2022年12月16日、日本政府は、新たな国家安全保障戦略、国家防衛戦略及び防衛力整備計画の3つの文書の閣議決定を行った。それは、日本が、ロシアによるウクライナ侵攻に象徴される武力による一方的な現状変更の試み、北朝鮮や中国による核・ミサイル能力の強化など、歴史的な安全保障環境の転換点を迎えて、より具体的で実践的な安全保障体制の強化を決意したことを意味する。そして、同日行われた記者会見において、岸田総理は、新たに強化すべき能力として、宇宙・サイバー・電磁波等の新たな領域(新領域)への対応能力、経空脅威に対する反撃能力、中国の脅威を意識した南西地域の防衛能力に言及した[1]。本稿においては、それらの新たな防衛能力の実現を加速化するための方策として、これまで日米同盟に比して後れを取ってきたと見られる多国間協力をいかに進化させてゆくのか、ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけとして安全保障面での一体性をより高める欧州とのパートナーシップを例として考察する。

新領域への対応:ハイブリッド脅威に対するパートナーシップの構築

 2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻において、米国および北大西洋条約機構(NATO)をはじめとした西側諸国は、ウクライナ向け包括的支援パッケージ(the Comprehensive Assistance Package for Ukraine)に象徴されるパートナーシップに基づく直接、間接の軍事的な技術支援を通じて、その攻撃の影響を緩和することに成功した。それは、対ハイブリッド(複合混成型)作戦[2]に資するサイバー防御や商用衛星画像の提供など、新領域に係る多国間協力が、ロシアによるハイブリッド攻撃の影響を弱めることに寄与したことに他ならない。今後、東アジアにおいても、中国による台湾併合の試みなどの事態に連動して、第三国へのハイブリッド攻撃が予想される中で、日本は、それら攻撃による軍事、民生双方への影響を局限すべく、日米同盟に基づく二国間の協力態勢に加えて[3]、パートナーシップに基づく多国間の連携、協力を重視した対応が求められることになろう。

 日本をグローバル・パートナー(Global Partner)と位置づける北大西洋条約機構(NATO)は、2014年以降、サイバー空間や宇宙空間を軍事的な作戦領域と定義し、そこでの重大な攻撃が北大西洋条約の集団安全保障条項(第5条)を発動する要件になり得ると合意している。また、非軍事的な領域も含めた欧州の安全保障への取組を強化する欧州連合(EU)においても、サイバー攻撃や偽情報などを欧州の安定に対する実存的な脅威として捉える中で、ハイブリッド脅威に関わる独立した中核的研究機関(Center of Excellence : COE)を設立するなど、欧州として一体となった防衛態勢の整備を進めている[4]。日本も、2022年2月に策定された防衛力整備計画において、新領域における対処能力を強化することを明らかにしており、更に、横断的な対処態勢を構築しつつある欧州諸国との実践的なパートナーシップを強化する基盤は整っている。

反撃能力の基盤:経空脅威の抑止と対処に求められる先進技術協力

 敵の射程圏外からミサイルを発射する「スタンド・オフ防衛能力」は反撃能力の一つであり、その能力は統合防空ミサイル防衛(Integrated Air and Missile Defense : IAMD)の重要な構成要素に他ならない。現在、IAMDが対処すべき経空脅威においては、①ミサイルの長射程化、②複数個別誘導再突入体(MIRV)・機動再突入体(MaRV)化された弾頭、③迎撃することが難しい変則的な飛翔軌道、これらに加えて運用面での④発射形態(固定式発射台、輸送起立発射機(TEL)、潜水艦)の多様化による奇襲攻撃、⑤同時発射能力による飽和攻撃の多用など、急速な進化を遂げ、多様性を増しつつある。

 これらの脅威の変化を受けて、日本でも、発射される前段階としての、いわゆる「発射の左側(Left of Launch)」[5]における脅威の破壊、または無力化の重要性が強く意識されるようになった。その実現に向けて、攻撃目標の設定(ターゲティング)に係る包括的なインテリジェンス能力の向上や、組織的な反撃のための指揮統制(C2)システムの整備が喫緊の課題となっている。更に、その整備は一朝一夕には実現できないものの、地上における弾道ミサイル等の状況を可視化するための画像認識、リモートセンシング技術、更には、その脅威分析を速やかに実施するための人工知能(AI)、量子計算、自律機能などの新興・破壊的技術(Emerging and Disruptive Technologies : EDTs)のIAMDシステムへの実装化を、可及的速やかに推し進める必要がある。

 また、地上発射型のイージス・アショア−を中核としたBMD体制を有するNATOも、このような経空脅威の急速な進化に対して、弾道ミサイル等が発射された後の「発射の右側(Right of Launch)」における迎撃対処の難しさに直面しつつあり、新たなIAMDの構築に向かうことになろう。近年の技術革新の急速な進展による軍事技術と民生技術のボーダレス化の中で、軍事技術にも応用し得る先進的なデュアルユース技術を基盤とするEDTsは、進化を続ける経空脅威を抑止、対処するための重要な鍵を握ることになる。それは、日本が、EDTs に係る協力、連携体制の構築を通じて、脅威を共有する欧州諸国とのパートナーシップをより一層前進させる必然的な理由となろう。

南西防衛能力の強化:パートナー国との軍事サプライチェーンの強化

 今回のロシアによるウクライナ侵攻の教訓として、武力衝突が長期化する中において、継戦能力の確保が大きな課題となっている。事実、欧米では、ウクライナへの戦車や大砲のような正面装備品の供与に係る政治判断以上に、戦場における弾薬やミサイルの大規模な消耗によって引き起こされる兵站備蓄の減少は、支援国における深刻な国防上の問題を引き起こした。これは、第二次大戦以降、国家間の戦争を経験することのなかった西側の防衛産業が物理的な製造能力の限界を露呈しただけでなく、ミサイルなどの弾薬等にも半導体などの技術集約型の部品が組み込まれる流れの中で、近代的な装備品の生産、補給における脆弱性が浮き彫りになったことを意味する。そして、NATOは、この状況に対して、加盟国が弾薬やミサイルの共通化や標準化を促進することに加えて、加盟国間のサプライチェーンを調整することで、それらの余剰備蓄や増産分を同盟内で融通し合うシステムの構築の検討を始めている[6]。これは、有事の際に、西側諸国内における弾薬、整備、補給、物品等のサプライチェーンを安全に確保し、有志国間での相互補完性を確保するための欧州の知恵とも言える。

 日本も、南西地域や島嶼部において、武力による現状変更を図る事態が生起し、それが長期化することとなった場合に、後方補給や作戦支援の点で万全の態勢が構築されているとは言えない状況にある。その場合、NATOが検討する後方支援上の新たな取り組みを参考にして、豪州、ニュージーランド(NZ)、韓国などのパートナー諸国と共に、弾薬や装備品の共通化を推進し、有事を想定したサプライチェーンの強靭化を図るような柔軟な発想が求められることになろう。また、今後の欧州との安全保障協力の機会が増加することを念頭に、事前に、半導体や弾薬など軍事面での相互運用性を向上すべく、欧州諸国とのサプライチェーンを整備しておくことが望まれるところでもある。

 但し、日本におけるサプライチェーン再構築に係る戦略的な取り組みは、日本の防衛のために必要不可欠で緊急性を要する重要課題であることから、民間防衛産業の責任によって行われることは避けるべきであり、政府が、政治、外交、経済的側面から、パートナー諸国の防衛産業コミュニティとの協力基盤を主導的に整備することで実現されるべきであろう。

おわりに

 2023年1月のストルテンベルグ(Jens Stoltenberg)事務総長の訪日時には、新領域における協力の進化と共に、新たな協力文書である国別適合パートナーシップ計画(ITPP)の策定に向けた進展が確認されるなど、日本とNATOの戦略的かつ実践的な関係強化が確認された[7]。既に、2022年に改訂された「戦略概念(Strategic Concept)」[8]において、NATOは、①抑止力と防衛力の更なる強化、②明確な脅威としてのロシアに加え、野心的な中国への警戒、③新領域等におけるパートナー国や機関との関係強化を同盟の重点項目として挙げており、それらは、今回、安保関連三文書に示された日本の安全保障政策の方向性と軌を一にしていると考える。その背景には、2022年6月、岸田総理がNATO首脳会合に参加し、豪州、NZ、韓国と共にアジア太平洋パートナー(AP4)として、日本が欧州における安全保障上のプレゼンスを高めた成果があり、欧州側の期待の大きさも伺うことができる[9]。日本としては、グローバルな安全保障態勢の構築を念頭に、安保関連三文書に示された数々の課題を克服すべく、日米同盟に加えて、欧州諸国とのパートナシップを新たな軸とする安全保障態勢を戦略的に推進してゆくことが求められている。

(2023/3/8)

*この論考は英語でもお読みいただけます。
Japan's Multilateral Cooperation after the Three Security Documents - Strengthening Partnerships with European Countries in New Domains, Advanced Technology, and Supply Chains -

脚注

  1. 1 首相官邸「岸田内閣総理大臣記者会見」2022年12月16日。
  2. 2 対象国の情勢を不安定化し、その社会システムを脆弱化させた上で、軍事作戦を、短期間かつ低コストで終わらせることを目的とする、サイバー攻撃、欺瞞、妨害行為、偽情報の流布等の非軍事的攻撃と物理的な軍事攻撃を組み合わせた戦い方を指す。
  3. 3 同盟国である米国は、国防戦略の中核をなす統合抑止において、シームレスに(境目なく)統合された戦闘領域での戦いを重視するとしており、2011年以降、新領域における日本との協調的な協力の必要性を確認している。外務省「日米安全保障協議委員会(日米「2+2」)」2011年6月21日。
  4. 4 Hybrid CoE , “ Hybrid CoE - The European Centre of Excellence for Countering Hybrid Threats, ” March 21,2022.
  5. 5 ミサイル攻撃の流れを発射から弾着までを時系列に並べた場合、発射される前の段階は、時系列上、発射時期の左に位置づけられることから、「発射の左側」と呼ばれる。
  6. 6 NATO, “NATO Secretary General in Ramstein: we must urgently step up support for Ukraine,” January 2023.
  7. 7 NATO, “Joint Statement: Issued on the occasion of the meeting between H.E. Mr Jens Stoltenberg, NATO Secretary General and H.E. Mr Kishida Fumio, Prime Minister of Japan,” January 31, 2023.
  8. 8 NATO, ” STRATEGIC CONCEPT – NATO,” June 29, 2022.
  9. 9 外務省「NATOアジア太平洋パートナー(AP4)首脳会合」2022年6月29日。