2022年11月6日、アントニオ・グテーレス(António Guterres)国連事務総長は、国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)において、人類は「気候地獄(Climate Hell)へのハイウェイを猛進している」と警告した。気候変動の影響は、食料や水などの不足から生じる人間の安全保障を巡る問題に発展する一方、天然資源を巡る争いや被災民移住に起因する問題を引き起こし[1]、安全保障上の問題としても顕在化している。さらに、ロシアによるウクライナ侵攻は、この問題を更に深刻化させている。アフリカの人口増圧力に対して食糧供給が不安視される中、ウクライナ産小麦などの供給やその他の食糧資源サプライチェーンの機能が不安定化すれば、地球規模での問題となるからだ。また、ロシアからの石油やガスの供給が大きく制約されれば、化石燃料へ回帰する誘因ともなり、さらなる環境破壊・気候変動という負のスパイラルを招くこととなる。

 気候変動の問題に取り組む上で最も重要なことのひとつは、現状を客観的かつ正確に評価することである。この点、宇宙空間におけるリモートセンシング技術[2]の発達により、地球上で発生する事象、気候変動に関する変化の現状を可視化し、これに関連する客観的なデータをデジタル化して取り扱うことができるようになったことは望ましい進歩である。また、更なる技術の進化によって、気候変動の影響による新たな感染症発生への対応や気候難民による人口移動の掌握などが容易になることへの期待も大きい。以下、このような技術の進化の現状とその可能性について論じる[3]。

可視化される地球空間−リモートセンシングの可能性

 現在、宇宙空間では、光学センサーや電波センサーを搭載した多くの観測衛星が地球を周回しており、様々な地球環境の情報を収集している。それらの中には、海面水温、大気物質、降水状況、海上風速、土壌水分などの情報が含まれており、三次元の空間情報、電磁波などの波長情報、時間経過に伴う変化情報として、様々な分野での利活用が期待されている。事実、1992年、気候に関連する諸問題を解決するために必要な観測データと情報を収集し、すべてのユーザーに提供することを目的として、国際気候モニタリング計画(Global Climate Observing System,GCOS)が実行に移されている。日本も、気候変動の影響を検出し、それらを監視すべく、総合的な観測システムをもってGCOSに積極的に関与してきた。特に、観測衛星「しきさい」「しずく」「いぶき」などを開発、運用する宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、宇宙から地球の気候変動を各種センサーによって観測することで、GCOSが掲げる必須気候変数(ECV: Essential Climate Variable)の測定に大きく貢献している[4]。これらの取り組みを通じて、地球上の陸海空の状態をデータ化し、さらに多様な外部データを有機的に結合させ、複合的な分析を行なうことによって、目視や画像だけでは確認し得ない事象を明らかにすることができる。また、このような先進技術と新しい分析手法は、今後も、気候変動の影響への緩和や適合への対策にも大きく寄与することが期待される。

 安全保障面においても、地球上での軍事的な事象や活動を宇宙から可視化しようとする動きが進んでいる。観測衛星からの情報は、地図や画層の目視では判別しかねる地上の状況を把握し、人や車両の活動の特異状況の判断、また危機の事前段階の予測などに応用可能であり、それらデータの戦略情報や作戦運用における利活用への期待は大きい。特に、光学衛星による高解像度の三次元情報を活用することによって、時間の経過に伴う変化を加味しつつ、地上部隊や装備品等の移動や活動の実態を正確かつ詳細に把握することが可能となる。今回のウクライナ侵攻においても、米マクサー・テクノロジーズに代表される民間の商用衛星画像は、スターリンクのような民間衛星通信インターネットサービス、電波源から判別される電子信号情報やSAR(レーダー)情報、更には、遠く離れた土地や戦場付近においてスマートフォンなどで撮影された画像データと一体となり、包括的に一元処理されることを通じて、インテリジェンスのためのビッグデータの重要な一部となった。それは、リモートセンシング衛星の情報が、その他の非戦闘情報と総合的に組み合わされ、俯瞰的に戦域全体を映し出すことを通じて、戦場全体を可視化させる役割を果たしたことに他ならない。

 欧州では、北大西洋条約機構(NATO)が「気候変動と安全保障上の影響評価(Climate Change and Security Impact Assessment)」と題する報告書を公表し、気候変動の影響への取り組みに積極的な姿勢を見せている[5]。NATO内では、軍事衛星と商業衛星を組み合わせ、地上・海上の状況監視能力の向上を図るのに併せて、海洋温暖化や砂漠化などの気候変動の影響を、共通の宇宙アセットで追跡することが検討されている。このNATOの取り組みは、域内の治安上の大規模な騒乱や混乱の発生を監視するだけでなく、気候変動の影響により住むところを追われた人々の移住傾向などを予測することにもつながり、人工衛星から得られる観測データを軍民両用(デュアルユース)情報として活用する道を開くことになる[6]。これらのデータのモデル化と予測は、カナダに新設された気候変動と安全保障に関する中核的研究機関(COE)が行うと見られる[7]。また、米軍でも、気候変動の影響に対する軍隊の適合の一環として、高度な観測衛星センサーや低コストの気象衛星を積極的に活用するための検討と準備が進んでいる[8]。

 将来的に、これらの様々な衛星情報に加え、陸海空の情報アセットから収集された各種データを集積した上で、高速・大容量・多接続を特徴とする情報通信技術(ICT)、人工知能(AI)、量子計算機などを組み合わせながら処理を進めることで、高い付加価値を有するリアルタイム情報が新たに生成されることが予想される。それは、インテリジェンスの質的向上を意味する。また、衛星間の情報共有が、レーザー光の活用によってより円滑になれば、大規模な宇宙データを地上で処理する手間と時間を省くエッジ・コンピューティング[9]により、宇宙空間上でのデータ処理が可能となり、地上における分析データの利便性は格段に向上するであろう[10]。

宇宙システムの両用化の可能性

 脅威の多様化やグローバル化に伴って、軍隊の任務や役割が拡がる中、宇宙システムを活用して、安全保障・軍事面での警戒監視能力の向上を図ると共に、データ解析を通じて、気候変動などのグローバルな問題の現状と将来[11]を可視化することの意義は大きい。更に、それらデータのデジタル化を図り、監視対象全域をデータベース化し、仮想空間上に現実をコピーする、すなわち運用・作戦領域のデジタル・ツイン(双子)化を実現することが望まれる[12]。それは、デジタル・ツイン化された仮想空間における重要課題のモデリング・シミュレーション[13]を通じた、作戦計画の実効性、将来装備品の能力や適合性の実証などに加えて、気候変動への影響の評価、緩和、適合に関して様々な試行や検証を行い得る環境が整備されることを意味する。そして、今後、激甚化する気候変動の影響への適合や緩和のために軍隊の関与が不可欠となる中で、軍隊としては、宇宙アセットにより集約され、デジタル化された観測データを用いて、気候変動の影響への対処と宇宙からの警戒監視という両用任務を効率的かつ効果的に遂行する方向に向かうであろう。

 更に、観測衛星により得られたデジタル情報から、AIによる深層学習を通じて変化分を常続的に検出し、将来動向の予測に活用することが実現できれば、それは、危機管理の観点から、気候変動の影響による地球環境の変化を正確に予測し、国民の生命、財産の保護や生物多様性の保全を先行的に図るための努力を支える力になるであろう。また、気候変動の影響への軍事的適合という観点から、陸海空という戦闘の従来領域と新領域(宇宙、サイバー領域)を有機的に結合させたマルチドメイン(全領域)の作戦に関わるTTX(机上演習)やウォーゲーム(シミュレーション分析)の活用を加速させることが考えられる。そして、それは、国家の宇宙システム資源を有効に最大限活用するという観点から、貴重な宇宙アセットの重複(Duplication)を排除し、他の重要領域に対する国家資源の再配分を可能とするであろう。

 物理学者アインシュタインは「知識には限界があり、空想は知識より重要であるが、想像力は世界を包み込む」として、柔軟で、斬新な発想を含む空想の重要性を指摘した。我々は、技術の進化を背景に、仮想・現実空間の融合が進み、作戦領域がシームレスに拡大してゆく状況下において、従来の固定概念にとらわれず、気候変動の影響や大規模感染症のようなグローバルな安全保障の課題に挑戦を続けることが求められている。その際に、軍民の境目なく依存が深まる宇宙空間が、技術の指数関数的な進化を背景にして、核心的な役割を果たすことは間違いないであろう。

(2022/12/22)

*この論考は英語でもお読みいただけます。
Visualizing Climate Change and Security Outlook for Remote Sensing in Space

脚注

  1. 1 2018年時点、多国間平和活動要員を受け入れている10か国のうち8か国は、気候変動の影響を大きく受けている。Florian krampe, “CLIMATE CHANGE,PEACEBUILDING AND SUSTAINING PEACE,” SIPRI Policy Brief, June 2019.
  2. 2 遠く離れたところ(リモート)から、対象物に触れずに対象物の形や性質を測定する(センシング)技術を指す。
  3. 3 Daniel Araya, “Space: The Final Frontier,” Forbes, January 5, 2021.
  4. 4 JAXA, “Contributions to Climate Change Science,” Earth Graphy.
  5. 5 NATO, “News: NATO releases its Climate Change and Security Impact Assessment,” June 28, 2022.
  6. 6 Jamie Shea, “NATO and Climate Change: Better Late Than Never,” The German Marshal Fund, March 11, 2022.
  7. 7 CDA Institute, “On Canada’S NATO Climate Change and Security Center of Excellence (COE),” Jun 30, 2022.
  8. 8 Sandra Erwin, “DoD focus on climate could shape future investments in weather satellites,” SPACENEWS, February 24, 2021.
  9. 9 データが生成される場所により近いところでデータの処理、分析、保存を行い、迅速でほぼリアルタイムの分析と応答性を実現するシステムを指す。Jon Gold and Keith Shaw,” What is edge computing and why does it matter?” Network World, JUNE 1,2022.
  10. 10 SPIE, “DARPA and CACI demonstrate optical satellite links,” May 19, 2022.
  11. 11 Morgan R. Edwards et al.” Satellite Data Applications for Sustainable Energy Transitions,” Frontier in Sustainability, October 3, 2022.
  12. 12 現実の世界から収集した様々なデータを、まるで双子であるかのように、コンピュータ上で再現する技術を指す。
  13. 13 ここでは、デジタル化された様々な問題をモデル化し、検証及び理解することを通じて、複雑なシステムをより良く理解し貴重な解決策案を導き出す手法を指す。