今回、プーチン大統領が開いた欧州のパンドラの箱、すなわち、ウクライナへの「特別な軍事作戦[1]」 の幕開け、一方的な核兵器の態勢強化による威嚇[2]、ベラルーシとの実質上の軍事同盟化[3]、いずれもロシアによる覇権主義的な挑戦を象徴するものであり、世界的にも力による現状変更の謀計として認められるべきものではない。他方、米国を含むNATO諸国も、パートナー国であるウクライナ領内に自国部隊を配備する計画や意図が無いことを早々に表明したことで[4]、ロシア側の作戦に向けた軍事的姿勢を助長することになり、結果的に侵攻を抑止できなかったという道義的な批判を免れることはできない[5]。本稿では、今年6月のマドリッド首脳会議で新たな「戦略概念(Strategic Concepts)」の採択を控えるNATOが、現下の状況の中で、今後どのような同盟政策、核抑止政策を取っていくのかという問題意識に基づいて考察する。

1.本来任務に回帰するNATO

 現在、NATOは、加盟国に対するロシアの軍事的影響を排除すべく、130機を超える戦闘機や200隻以上の艦艇による警戒監視活動を継続する他、新たにルーマニアに多国籍戦闘群を展開することを決定し、その要員として既にフランス軍500人の派遣を終えるなど、地上戦力の増強を断続的に行っている[6]。この結果、NATO外縁の東方側面に位置するバルト3国、ポーランドにおける「増強前方戦闘群(enhanced Forward Presence : eFP)」の強化に加えて、南東部側面にも新たな戦闘群が展開し、ロシアの軍事脅威に対するNATO領域防衛の盾が張り巡らされつつある[7]。また、最高意志決定機関である北大西洋理事会(NAC)の承認を得て、多国籍の陸海空軍で構成される最大4万人規模のNATO即応部隊(NATO Response Force: NRF)は、段階的対応計画(Graduated Response Plans)によって、今回、初めて実戦配備の任務に就くことになった。2004年の運用開始から約20年の時を経て、危機管理から集団防衛まで幅広い危機事態に至短時間で対応することが要求され続けてきたNRFは、これまで主にアフガニスタンでの避難民支援や大統領選挙支援などの非軍事的な活動にとどめ置かれたが、今後、ロシアの脅威対処において如何なる軍事的役割を果たしてゆくのか、その真価を試される時機を迎えている。

2.ハイブリッド戦争への対抗

 今後のウクライナ情勢の推移は予断を許さないが、予想を超えるウクライナ側の抵抗、善戦ぶりが顕著であり[8]、大方の予想に反して、プーチン大統領の戦争が長期化しつつある。その中で、ロシアが幾つかの戦闘において勝利を収めるものの、戦術的には作戦が停滞し、焦燥感をつのらせているように見える。過去の例を振り返れば、ロシア軍は、2008年のジョージア侵攻では5日、2014年のクリミア併合においては4日で戦闘行動を終結しており[9]、今回も、プーチン大統領としては、軍事手段と非軍事手段を組み合わせたハイブリッド脅威を駆使することで、短期間の作戦終了を想定していたものと考えられる。

 しかし、戦局推移の見積もり段階から、ロシア側が侵攻プロセスを誤算していたとすれば、その原因の一つとして、以前から続けられてきた、NATO及び各加盟国によるウクライナに対する軍事支援がある。ロシアのクリミア併合以来、二国間ベースながら、NATO加盟国である米国、英国、カナダ、更にはトルコが中心となって、ウクライナに対して各種装備品を供与し、軍人の教育訓練に関する支援などを通じて、ウクライナ軍の能力向上に貢献してきた。また、今回の軍事侵攻に際しても、キエフに所在するNATO連絡事務所を通じて、サイバー防御、指揮通信、商用衛星画像の提供、ロジスティックスなどの総合的な支援が行われ、ロシア軍の攻撃に対するウクライナ軍の防御能力の抗堪性や持続性を確保する上で成果を発揮している[10]。更に、NATOやEUによる、2008年から始まるロシアによるハイブリッド戦争へ対抗するための努力の積み重ねが、この状況で功を奏していると見られる。2014年のクリミア併合以降、欧州においては、戦車や戦闘機などの軍事的手段のみならず、サイバー攻撃や偽情報などの非軍事的手段が実存的な脅威として強く意識されるようになり、その対抗措置を整えるべく、相次いでハイブリッド脅威に関わる独立した中核的研究機関(Center of Excellence : COE)が設立され、NATO、EUとCOE間の連携強化が図られている[11]。そして、今回、それらの協力の上に、迅速かつ有効な対ハイブリッド脅威への具体的措置が取られると共に、極めて稀有なことであるが、同盟、国境の枠を超えたインテリジェンス・コミュニティによる情報面の直接協力が実現したことも成功の要因として挙げられる。例えば、情報同盟であるファイブ・アイズ(Five Eyes[12]) の試みとして、戦闘領域における衛星画像、ドローン映像、レーダー情報、傍受された通信へのアクセスを一部開放することで[13]、豪州、ニュージーランドという太平洋諸国によるウクライナへの情報支援における一定の関与を導いた。それらが、NATOやパートナー諸国間の円滑な情報共有の実現とロシア側の虚偽を反証するための西側情報の迅速な公表に結びつき、ロシアによる非軍事的手段による攻撃効果を低減させ、被害の拡大と深刻化を未然に防ぐための布石となったことになる。すなわち、2014年以来続けられてきたハイブリッド戦争に対する分析、検討、対応手段の構築などの地道な努力が、今回のロシアのハイブリッド戦争の効果を減殺し、更にグローバルな情報連携がロシア軍の侵攻を遅らせることに関係していたと考えられる。このようにNATOや関係国による努力の結果、ウクライナに一縷の「希望」が見られる一方、NATO自身は、今回の軍事侵攻を契機として、軍事同盟としての基本、すなわち伝統的な軍事的手段に対する対応が同盟としての根源的な課題でありながら、結果的に、侵攻を抑止できず、無力さを露呈したという現実に再び向き合うことになる。

3.NATO首脳会議と新戦略概念

 現在、NATOは、2022年6月開催予定のマドリッド首脳会議に向けて、2010年以来12年ぶりとなる新戦略概念の採択を目指した準備を進めている。そこでは、今後10年間NATOが直面すると見込まれる幅広い課題への対処が戦略の中核を占めるが、今回のロシアによる軍事侵攻を受けて戦略概念の内容は一部修正せざるを得ないであろう。しかし、それ以上に、欧州の安全保障秩序の再編を狙ったプーチン大統領の暴挙は、同盟存続に係る根本的な問題をNATO加盟国に投げかけたことになる。例えば、欧州情勢が混迷を深める中、インド太平洋に向けての戦略重心の転換を図りつつある米国の軍事プレゼンス[14]を如何に欧州に引き止めるのか、昨年末からのロシアとの協議を通じて表面化した同盟内の凝集性への懸念[15]をどうやって払拭するのかなど、これまで繰り返し議論されてきた機微な問題が表面化しかねない。そして、特に、ロシアのウクライナ侵攻によって顕在化した核抑止の実効性をめぐる問題は、新たな戦略概念の中での取り扱いを含めて、首脳会議の大きな議題となるであろう。

 それは、2月27日、プーチン大統領が、今回の軍事侵攻を機に、核戦力などの特別態勢への移行を命じ、核兵器の無い世界を目指す西側諸国を震撼させたことに端を発する[16]。これまでも、ロシアは、2018年9月のロシアの大規模軍事演習「VOSTOK 2018」における核/通常弾頭搭載可能な弾道ミサイルの発射訓練[17]や、2020年5月ロシアの飛領地で、NATO加盟国の領土に接するカリーニングラードに、核搭載可能な中距離核ミサイルSS-26 Stoneミサイル(Iskander-M)配備を既成事実化して[18]、NATO同盟国に対して核兵器による威嚇を続けてきた。将来的に、ロシアが、超音速ミサイルシステムや巡航ミサイルなどの新たな核運搬手段の開発配備を推進し[19]、通常精密兵器と低出力核兵器を一体的に運用することを通じて、作戦上の主導性を確保するという戦い方を続けるのであれば[20]、従来のNATOの核政策も大きな影響と変更を迫られることになるであろう。これまでも、NATOは、世界に核兵器が存在する限り「核同盟であり続ける」として、核計画部会(Nuclear Planning Group:NPG)での核政策や核態勢の協議等を行い、通常戦力やミサイル防衛能力と共に核戦力を適切に組合せ、維持する姿勢を堅持してきた[21]。しかしながら、そのようなロシアの核戦力の運用に係る不透明性と不確実性が強まる中にあって、NATOは、時代と状況に応じた核戦力を伴う抑止戦略を模索し、合意し、それを実際の行動に移す責務を負っている[22]。

 また、作戦面でも、将来的にベラルーシ領内に核・非核両用の核戦力を擁するロシア軍部隊が駐留するような事態によって[23]、ポーランド・リトアニア国境の僅か104kmの狭い「スヴァルキ・ギャップ(Suwalki Gap)」と呼ばれる、NATO防衛において緊要な戦略的回廊の脆弱性が増大する問題に直面する。それは、今回のウクライナ侵攻の影響が周辺地域に波及する形で、バルト3国やポーランドの安全への不安と動揺が高まる中で、NATOがNRFを現地に事前展開しようとしても、ベラルーシに配備されるロシアの中・長距離核戦力による打撃力がそれを阻む可能性が高いことを指す。その結果、NATOは、自らの領域内であっても、東方側面における自由な作戦機動を躊躇せざるを得なくなり、バルト三国が作戦、補給、通信面で分断され、孤立するという最悪のシナリオが現実のものとなりかねない。そのような事態は、NATOの集団防衛条項(第5条)の早期発動の可能性を高め、欧州における核戦力を含む大規模な戦争の閾値が下がるような事態を招くであろう。

 このような核戦力をめぐる懸念に対して、INF条約の破棄後、米国による「核の傘」の信頼性を確保する新たな手立てが見えない中で[24]、欧州としては、NATO加盟国間で核抑止のリスクと責任を共有することを保証する核共有(Nuclear Sharing)協定の拡大に着手する可能性がある。核共有は、同盟内の責任分担、被害共有を明確に示し、事態生起の際には機能発揮する核抑止システムであり、現在、ドイツ、オランダ、トルコ、イタリア、ベルギーが核共有国としての位置づけにある[25]。新たな欧州の戦略環境の変化において、NATO首脳会議等での議論を経て、この核共有システムを中・東欧の加盟国が広く受け入れ、NATO東方に核の盾を築くことは、多角的核抑止戦力としてロシアの軍事的膨張を未然に抑えることへの期待にも結びつく。

 今後、東アジアにおいても、欧州と同様に、中国、北朝鮮などによる核脅威が一層高まることが懸念される中[26]、非核国家としての日本は、欧州の教訓とその動向を参考にして、どのようにそれらを抑止していくのか、真剣な政治的議論が求められる時期に来ている。先ずは、その第一歩として、現在、政府内で検討が進められている敵基地攻撃能力と併せて[27]、我が国を取り巻く環境変化に応じた核共有に関する議論が公の場で開始されるべきであろう。急激に流動性と不透明性を強める世界において、我々に残された時間は長くはない。

(2022/03/15)

脚注

  1. 1 Andrew Osborn and Polina Nikolskaya, “Russia's Putin authorises 'special military operation' against Ukraine,Reuters, February 24, 2022.
  2. 2 Yuras Karmanau,Jim Heintz,Vladimir Isachenkov,Dasha Litvinova, “Putin puts nuclear forces on high alert, escalating tensions,AP, February 28, 2022.
  3. 3 Heather Carrick, “Are Belarus and Russia allies? Is country in NATO, population and does it support Russian invasion of Ukraine,National World, March 1, 2022.
  4. 4NATO's defence plans activated, but no troops deployment inside Ukraine, says Stoltenberg,The Economic Times, February 24, 2022.
  5. 5 Kori Schake, “America’s Russia Policy Has a Biden Problem,The New York Times, February 11, 2022.
  6. 6 NATO, “News: NATO Response Force units arrive in Romania,” March 2, 2022.
  7. 7 NATO, “News: NATO’s defensive shield is strong'', says Chair of the NATO Military Committee,” February 28, 2022.
  8. 8 Atlantic Council military fellows, “Russia Crisis Military Assessment: Why did Russia’s invasion stumble?Atlantic Council, March 2, 2022.
  9. 9 ジョージア侵攻は2008年8月8日から開始され、8月12日に停戦が成立した。また、クリミア併合では2014年2月27日から3月2日の軍事作戦でクリミア半島占領が達成された。John E. Herbst and Alina Polyakova, “Remembering the Day Russia Invaded Ukraine,Atlantic Council, February 24, 2016.
  10. 10 NATO, “Press conference by NATO Secretary General Jens Stoltenberg following the Extraordinary meeting of NATO Ministers of Foreign Affairs,” March 4, 2022.
  11. 11 NATO Strategic Communications Centre of Excellence, “EU Commission President and NATO Secretary General visit NATO StratCom COE,” November 28, 2021.
  12. 12 ファイブアイズは、米、英、加、豪、NZの5カ国から構成され、構成国間の相互監視を行わないというお互いの信頼関係の上に、情報の共有、特に電子的な通信の監視結果を多国間で共有する枠組みとされる。Margaret Warner, “An exclusive club: The 5 countries that don’t spy on each other,PBS News Hour, October 25, 2013.
  13. 13 Aaron Patrick, “Australian spies know location of Russians ‘almost to the tank,Financial Review, March 1, 2022.
  14. 14“インド太平洋地域を重視” 米国防総省 軍の態勢見直し完了」NHK、 2021年11月30日。
  15. 15 2022年1月に開催されたNATO-ロシア理事会(NATO-Russia Council)において表面化した、同盟内における「一流(First class)、二流(Second Class)」という加盟国の格付け問題を指す。NATO, “Topics: NATO-Russia Council,” January 13, 2022.
  16. 16 Patricia Lewis, “How likely is the use of nuclear weapons by Russia?” Chatham House, March 1, 2022.
  17. 17 Dave Johnson, “VOSTOK 2018: Ten years of Russian strategic exercises and warfare preparation,NATO Review, 20 December 2018.
  18. 18 NATO, “Germany’s support for nuclear sharing is vital to protect peace and freedom,” May 11, 2020.
  19. 19 Jessica Cox, “News: How does NATO respond to the threat of nuclear weapons?” April 28, 2021.
  20. 20Russia’s Nuclear Weapons: Doctrine, Forces, and Modernization,” Congressional Research Service, January 2, 2020,p.35.
  21. 21 NATO,”Deterrence and Defence Posture Review,” May21, 2012.
  22. 22 NATO, “NATO Nuclear Policy in a Post-INF World Speech by NATO Deputy Secretary General Rose Gottemoeller at the University of Oslo,” September 10, 2019.
  23. 23 Euronews with AFP, “Belarus ready to host 'nuclear weapons' in case of Western threat, says Lukashenko,” February 17, 2022.
  24. 24 Luis Simón and Alexander Lanoszka, “The Post-INF European Missile Balance: Thinking About NATO’s Deterrence Strategy,Texas National Security Review, Summer 2020.
  25. 25 NATO, “Topics: NATO’s nuclear deterrence policy and forces,” February 23, 2022.
  26. 26 Sangsoo Lee, “North Korea Is Joining China and Russia in Confronting the US,38 North, March 2, 2022.
  27. 27Japan PM says enemy base strike capabilities option to boost defense,Kyodo News, November 27, 2021.