新領域における脅威の増加とレジリエンス
2021年11月15日、ロシアは対衛星兵器(ASAT, Anti−Satellite weapons)を用いて人工衛星の破壊実験を行った。この実験が強行された結果、平和的な宇宙活動の妨げとなる1500個もの宇宙ゴミ(スペースデブリ、space debris)が新たに発生することになり、ロシアは国際社会から大きな非難を浴びることになった[1]。事実、今回の衛星破壊実験や新たな商用ロケット打ち上げの増加によって増加し続けるスペースデブリは、国際宇宙ステーションや軍事衛星への物理的脅威となり、宇宙活動の安全確保を阻害することが問題視されている[2]。また、人工衛星の攻撃を目的とした兵器開発を進める中国も[3]、2021年7月核対応の極超音速宇宙兵器の開発試験を行ったと見られており、ミリー統合参謀本部議長(Gen. Mark Alexander Milley, Chairman of the Joint Chiefs of Staff)は、その宇宙兵器について「スプートニク[4]の瞬間に非常に近い」と述べ、中国への警戒感を露わにした[5]。
このように、宇宙空間の混雑化と宇宙システムの脆弱性が懸念される一方で、同様の動きはサイバー空間においても顕在化している。例えば、2007年のエストニアへの国家規模のサイバー攻撃に続く、ジョージア(2008年)やウクライナ(20015年)への大規模なハッキング攻撃は、国家主導による重要インフラを目標とする大規模なものであり[6]、北大西洋条約機構(NATO)も、2014年、サイバー空間を軍事作戦領域と位置づけると共に、ネットワークや作戦基盤に係るサイバー防御を強化している[7]。しかしながら、これらの空間領域では、未だ、国家間の行動規範が整備されておらず、行動のエスカレーションや誤算のリスクを回避するための国際的な枠組みも存在しない現状において、各国は、それらの不法活動等に対して安全保障上の抗堪性(レジリエンス)の増大をもって対応せざるを得ない状況にある。
統合抑止戦略:パートナーシップとイノベーションの重要性
2021年12月4日、レーガン国防フォーラム(Reagan National Defense Forum)において、オースティン(Lloyd James Austin III)米国防長官は、2022年初頭に公表される新しい国防戦略に言及し、その中で、重大なサイバー攻撃など非対称脅威から戦端が開かれるようなケースを挙げ、危機事態が予期しない場所から発生する危険を指摘した[8]。その中では、宇宙空間やサイバー空間が、作戦領域や戦闘領域として進化し続けるばかりでなく、情報通信技術(ICT)や先進技術の急速な進化によって、従来の陸海空という伝統的な戦闘領域との接続性が強まり、仮想空間の攻撃が現実空間にも死活的な影響を及ぼし得るという戦略環境の変化を窺えることができる。
その上で、オースティン国防長官は、新国防戦略の核となる「統合抑止(Integrated Deterrence)」に関して、米軍は、戦闘領域を区分すること無く、相互融合を強める全領域における優位性を獲得することで、敵の非対称な戦い方を抑止することを明らかにした。更に、統合抑止の重要な要素として、先進技術によるイノベーションと共に、パートナーシップの重要性を挙げ、シームレスに統合された戦闘領域における同盟国やパートナー国との緊密な協力の必要性を改めて印象づけた[9]。パートナーシップとは、同盟ほど厳格な軍事的義務を負うものではなく、関係国間の安全保障上の利益を増進させる、柔軟かつ有志的な枠組みであり[10]、インド太平洋地域における新たな集団安全保障機構を構築するアプローチとは一線を画する。しかしながら、米国としては、日米同盟や米韓同盟などの従来の二国間同盟に加え、日米豪印による戦略対話(Quadrilateral Security Dialogue:QUAD)、豪英米三国間安全保障パートナーシップ(trilateral partnership among Australia, the UK, and the US : AUKUS)、Five Eyes[11]などの既存の安全保障枠組みの連携を通じて、集団防衛同盟と同様の効果を期待しているようにも見られる。
新領域におけるパートナーシップと日本
既に、日本は、2018年12月に策定された防衛計画の大綱において、宇宙、サイバー及び電磁波を新領域[12]と位置づけ、新領域における能力と陸・海・空という従来の領域における能力を有機的に結合させ、全ての領域に係る攻撃を阻止・排除する領域横断作戦の必要性を訴えている[13]。その背景には、非核保有国としての日本が、領域横断作戦における全般的な優位性の確保を通じて、戦力の増大と近代化を図る周辺国との不均衡を是正し、武力攻撃事態においては、領域を横断した防衛能力の相乗効果をもって脅威を排除するという軍事的な判断が早くからあったものと見られる。
このような日本の取り組みに関して、同盟国である米国は、2011年に宇宙やサイバー空間における日本との協力を共通の戦略目標として定め[14]、2019年には、日米両国はサイバー攻撃が日米安全保障条約第5条にいう武力攻撃に該当することに合意している[15]。それ以降も、2021年3月16日に行われた日米安全保障協議委員会(2+2)[16]や4月16日の日米首脳共同声明[17]において、全領域を横断する防衛協力の深化を再確認するなど、領域横断作戦に係る日米協力は順調に進展しつつある。しかし、今回のオースティン国防長官による、パートナーシップ重視の発言からは、現在の新領域における日米協力の進展に満足することなく、更に、豪州、インドなど、インド太平洋における重要なパートナー国と日本との間の協力関係の進化とその加速化への期待が感じられる。
また、統合抑止の実現にあたって、新領域からの非対称な攻撃を含むあらゆる脅威をシームレスに阻止するため、最新の技術を結集した戦力や運用コンセプトに加えて、イノベーションによる先進技術の実装化が大きな鍵を握ると見られている。実際、ロシアは、極超音速、低高度、高機動などの飛行特性によって防御側のレーダーや可視での検知、追跡が困難な極超音速滑空体「アバンガルド(Avangard)」や極超音速巡航ミサイル「ツェルコン(Tsirkon)」などを実戦配備しつつある一方[18]、中国も軍民融合政策を推し進め、デュアルユース技術の軍事装備品への実装化を大胆に推進しようとしている。
この点に関し、米国としては、イノベーションを通じて軍事能力面での優位性を確保し続ける必要性を改めて認識し[19]、新たな統合抑止戦略を構築しつつあるものとみられる。その実現過程において、米国は、イノベーションによって最先端の技術とそれらの新しい組み合わせを生み出し、これらを反映した技術集約型の軍事能力と新たな能力の特性を反映した作戦運用上のコンセプトとの組み合わせによって、全ての領域における作戦をシームレスかつ不断に行い得る態勢への転換を企図している[20]。日本としても、独自に新領域と陸海空の既存領域間のシームレスな戦い方を実現することに加えて、米国を始めパートナー諸国との新領域に係る作戦での相互運用性を確保すべく、先進デュアルユール技術のイノベーションを加速すべきである。そのためには、防衛省の研究開発費を先進国と同等の規模まで増加させると共に[21]、デュアルユース技術を幅広く敷衍するための国家的な支援体制を整備することが急務であろう[22]。
日本の国防戦略を構築する必要性
新領域に関わる問題を含め、グローバルな安全保障環境が大きく変化する中で、日本としての新たな国防戦略構築が求められている。同盟国としての米国やパートナー諸国との間での戦略的対話を深めつつ戦略的な協力関係を強化するとともに、上述した軍事的イノベーションを連続することが不可欠である。特に、日米同盟を基盤として、その他の多様なパートナー諸国との協力関係を不断に維持し続けるためには、日本から時機に適した戦略的メッセージを繰り返し発出することが不可欠であろう。それは、日本が、新領域を巡る作戦において主体的かつ積極的な役割を一層果たすことが求められる中で、来年末に改訂予定の国家安保戦略、防衛大綱や中期計画の策定に併せて、領域横断作戦を含めた国防戦略を新たに策定することを含む。近い将来、日本の新たな国防戦略が実現すれば、戦略的なメッセージとして新領域における脅威を具現化しようとする国々に対する抑止効果を及ぼすのみならず、インド太平洋において、先進技術の進化や国際システムの変化に応じた、多国間の共通ドクトリンを構築する動きへと結びつくことも期待される。現在、時代の変化と技術の進化は指数関数的であり、日米同盟を基調とする日本の安全保障にとって、パートナーシップを基調とする新領域への具体的な対応に関して、一刻の猶予も許されないことを再認識すべきであろう。
(2021/12/22)
*この論考は英語でもお読みいただけます。
Japan Needs an Integrated Deterrence Strategy That Embraces Innovation and Partnership in New Domains -
脚注
- 1 Rajeswari Pillai Rajagopalan, "Russian ASAT Test Highlights Urgent Need for Space Governance Negotiations," The Diplomat, November 19, 2021.
- 2 2021年11月9日時点で、宇宙空間では推定約3万6千500 個にも及ぶスペースデブリ(10 cm以上)が地球を周回していると見られている。The European Space Agency, "Safety & Security: Space debris by the numbers," November 9, 2021.
- 3 Ryo Nakamura, "dUS Space Force chief convinced China would use satellite killers," Nikkei Asia, September 9, 2021.
- 4 1957年10月、ソ連による人工衛星スプートニク(Sputnik)の歴史上初めての打ち上げ成功は、米国がミサイル技術でソ連の後手に回ったかもしれないという不安(ミサイルギャップ、Missile Gap)を
惹起 することになり、これを契機に、米ソ間の宇宙開発競争の口火が切られ、核兵器の運搬手段としてのミサイル開発が加速化することになった。Albert Wohlstetter, “The Delicate Balance of Terror”, Foreign Affairs, January, 1959. - 5 Abraham Denmark and Caitlin Talmadge, " Why China Wants More and Better Nukes," Foreign Affairs, November 19, 2021.
- 6 Natalia Zinets, " Ukraine hit by 6,500 hack attacks, sees Russian 'cyberwar'," Reuters, December 30, 2016.
- 7 Laura Brent, “NATO’s role in cyberspace,” NATO Review, February 12, 2019.
- 8 U.S. Department of Defense, "Transcript: Secretary of Defense Lloyd J. Austin III Interview With Bret Baier, Fox News, at 2021 Reagan National Defense Forum," December 4, 2021.
- 9 U.S. Department of Defense, "Remarks by Secretary of Defense Lloyd J. Austin III at the Reagan National Defense Forum (As Delivered)," December 4, 2021.
- 10 Claudette Roulo, "Feature: Alliances vs. Partnerships,” March 22, 2019.
- 11 米国、英国、カナダ、豪州、ニュージーランド五カ国から構成され、政治的、軍事的な情報を共有する同盟。
- 12 Ministry of Defense, 2021 DEFENSE OF JAPAN Pamphlet, July 2021.
- 13 防衛省編『令和2年版日本の防衛 防衛白書』日経印刷、2020年、12頁。
- 14 外務省「日米安全保障協議委員会(日米「2+2」)」2011年6月21日。
- 15 外務省「日米安全保障協議委員会(日米「2+2」)」2019年4月19日。
- 16 防衛省「日米安全保障協議委員会(2+2)共同発表(仮訳)」2021年3月16日。
- 17 外務省「日米首脳共同声明 新たな時代における日米グローバル・パートナーシップ(仮訳)」 2021年4月16日。
- 18 Jessica Cox, “Nuclear deterrence today,” NATO Review, June 8, 2020.
- 19 Terri Moon Cronk, “Austin Discusses China, Russia, American Public Survey on Military at Defense One Forum,” DOD News, December 7, 2021.
- 20 Sue Gordon and Eric Rosenbach, “America’s Cyber-Reckoning How to Fix a Failing Strategy,” Foreign Affairs, January/February 2022.
- 21 Ministry of Defense, 2021 DEFENSE OF JAPAN, Nikkei Insatsu, September 24, 2021, p.440.
- 22 防衛省は、2022年度当初予算の概算要求において研究開発費を3257億円として、前年度比1141億円増の過去最大規模の要求を行っている。