人為的な気候変動

 2021年夏、地球上の様々な地域において、ほぼ同時期に複数の異常気象が発生した。その結果、米国、カナダ、南欧では気温が50°C前後まで上昇し、大規模な山火事が次々と発生し、ドイツ、ベルギー、中国では未曾有の大洪水が起きるなど、世界各地で予想を超える大きな被害がもたらされた。この数年、気候変動による被害は増加の一途をたどっており、その原因とされる地球温暖化に伴う世界の経済的損失は2030年までの20年間で約2.5倍に膨れあがり[1]、2050年までに世界で2億人が「環境移民(Environmental Migrants)」となる可能性が指摘されている[2]。

  8月9日、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、地球温暖化研究に関して最新の科学的知見を評価し、その結果をとりまとめた第6回評価報告書(AR6)を公表した。IPCCは、気候変動に関連する科学を評価するための国連機関であり1988年に国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)によって設立され、気候変動の影響とそのリスク、さらにその適応と緩和戦略を提唱している[3]。

 IPCC AR6では、地球温暖化に関して、人間の影響は「疑う余地がない(unequivocal)」と断定し、「人為的な(human-induced)」気候変動が、大気、海洋、氷雪床、生物圏の広範囲で急速な変化を生じさせるとしている[4]。前回、2013年に公表されたIPCC AR5(第5回評価報告書)では、地球温暖化における人間の影響の可能性は極めて高いという比較的抑えた表現であったが、それから10年を経ずして、科学的見地から、人間の活動が及ぼす気候事象への重大な影響について警告されたことは、国際社会に大きな衝撃を与えることになった。

 また、今回の報告書では、過去数十年にわたって温室効果ガス排出量を削減する国際社会の努力が完全に不十分であった事実を認め、人類が脱炭素化を更に大胆かつ着実に進めない限り、現在の地球温暖化や気候変動を緩和できないという強い危機感が改めて示されている[5]。インガー・アンダーセン(Inger Andersen)国連事務次長も「気候変動は今ここにある問題であり、誰も安全ではない。そして、それはより急速に悪化している」と警鐘を鳴らして、世界に対して更に踏み込んだ取り組みを求めている[6]。

 しかし、長期的には、地球温暖化対策への努力の加速化によって気候変動の緩和を実現し得るものの、短中期的に、気候変動の影響を早急に排除することは期待し得ない状況にある[7]。それは、深刻化しつつある融氷、海面上昇などの環境変化は、既に、人為的な温室効果ガス排出によって、気候システムや生態系に対して不可逆的な変化を与える「転換点(tipping points)」[8]に到達している可能性が高く、過去数千年で前例のない程の変化の多くが、今後、数百年から数千年にわたって続くと見られるためである[9]。その変化は後戻りできないほどの進度に達し、人類は、危機の乗数と言われる気候変動の影響によって、今後、何世代にもわたって不安定な地球環境に置かれることになるであろう。

 軍は、この一連の気候変動の影響が一過性ではないことに留意し、気候変動の影響を適正に「評価」した上で、その影響に「適合」し、それを「緩和」すべく、早急に、軍事面における持続可能な循環システムを構築すべきである。

気候変動レジリエンスと軍

 2008年以来、新たなエネルギー安全保障や持続可能性に対して積極的な姿勢を示してきたNATOは[10]、本年7月以降のギリシャ、アルバニア、トルコなどの壊滅的な山火事に際して、軍用ヘリコプターや人員を派遣して空中からの消火活動を支援するなど、積極的な活動を行っている[11]。これまでも、NATOは、2010年のバルカン半島の洪水や2015年のコソボの山火事などに部隊を派遣した実績を有しており、これらは欧州大西洋災害対応調整センター(EADRCC)を通じて行われ、市民緊急対応メカニズムに基づく民生支援と位置付けられる[12]。

 既に、NATOは、北大西洋条約第5条に定められた集団防衛義務[13]を補強する目的で、同第3条において、平時から、個々の加盟国の即応性と準備の義務を明確にし、集団防衛を遂行する上での脆弱性の排除と回復力(レジリエンス)の維持強化を謳っている[14]。NATOにとっては、大規模な自然災害は同盟全体の脆弱性を増大させる要因の一つであり、このような自然災害への対応支援は、Covid-19のようなパンデミックと同じく、集団防衛態勢を担保するためのレジリエンス強化の一環であることが伺われる。

 今後、多くの気象要因が複雑に影響を及ぼし合うという非線形相互作用によって、気候変動の影響は予測を超えるスピードと激しさを併せ持ちながら、その被害を世界中に拡散してゆくであろう[15]。その中で、NATOの果たすべき役割と活動は、同盟として差し迫った脅威へ対処するという共通認識の下で[16]、その拡大を続けることは想像に難くない。事実、2021年6月のNATO首脳会合で採択された「気候変動と安全保障に関する行動計画」(“NATO Climate Change and Security Action Plan”)では、気候変動は「脅威の乗数」と位置付けられ、軍事面における対策強化の方向性が明らかにされている[17]。日本でも、近年、記録的な大雨や台風の影響などにより自衛隊が行う災害派遣は大規模かつ長期間の活動となる傾向が指摘されており、同様の問題意識が共有されることが期待される[18]。

 その一方で、軍そのものが、地球環境の中で活動する主要なプレーヤーである以上、一般市民と同じように等しく気候変動の影響を受けるのは言うまでもなく、極度の高温や豪雨、砂嵐という異常気象が進む中で過酷な作戦を迫られる機会は増大してゆくと見られる。その中で、軍の持続可能性を支える装備品や兵士のレジリエンス強化が必要とされるのは当然の流れである[19]。事実、フランスでは、技術の進化によって兵士の身体及び認知能力を向上させる「強化型兵士(Soldat Augmenté)」に関する様々な議論が始まり[20]、生物学的見地からも、気候変動の影響下における兵士の環境耐性能力を改善する動きが始まっている[21]。

作戦領域としての地球環境

 今後、軍は、気候変動が「安全保障に対する最大の脅威」としての存在感を増す現実を前に、いかなる自律的な戦略やドクトリンをもって行動していくべきであろうか[22]。

 現在、技術の急速な進化により各領域の境界が曖昧となり、その融合が進む中で、結果的に、陸海空の既存領域に加え、サイバー、宇宙空間の相互接続性が高まり、これらを一元的かつ包括的に作戦領域と考える動きが見られている[23]。マクロ的視点から、気候変動が影響を及ぼす地球環境と、新領域と言われるサイバー空間、宇宙空間は、「非競合性と非排除性(nonrivalness and nonexcludability)」[24]を併せ持つ国際公共財であるが、いずれも人為的な要因によって、その自由なアクセスや活用が妨げられる危険性が拡散し、深刻化している[25]。

 その中でも、大気、海洋、雪氷、陸面が相互に関連する気候変動は、その不可逆的な影響の拡大により、相互接続される作戦領域全体に対して相乗効果的なインパクトを与えることが懸念される。そのため、軍は、サイバー空間や宇宙空間と同様に、気候変動を新たな作戦領域の一つとして位置付け、軍事的アプローチを重視した、戦略的な対処方針を確立すべき時機を迎えつつある。

 そして、その作戦領域としての気候における人為的な変動への対処において、攻撃者を多面的に理解し、その意図と能力を把握するための「帰属(attribution)」を特定することが、サイバーセキュリティや宇宙システムの任務保証(Mission Assurance : MA)と同様に不可欠と考えられる。この際、まず、脅威の実態を明確化するという観点から、気候変動の軍事面での影響要因を特定し、それらを客観的に評価することを優先すべきであろう。次に、軍による長期的な対処を前提とした組織改革、適正な資源配分、気候リテラシーの涵養などを実現するために、気候変動に関する安全保障戦略や軍事戦略の構築が喫緊の課題になる。さらに、気候変動の影響に様々な意味において脆弱性が増す中、重要な作戦領域であり国際公共財でもある地球環境を防護するために、同盟、友好国間での情報共有や相互扶助を進め、国家や国家を超える地域としての気候レジリエンス能力を強化することが強く求められる。

(2021/08/27)

*この論考は英語でもお読みいただけます。
Climate Change as an Operational Domain:Sustainable Military Review will begin after UN IPCC Report

脚注

  1. 1 DARA and Climate Vulnerable Forum, Climate Vulnerability Monitor: A Guide to the Cold Calculus of a Hot Planet, 2nd Edition, Fundación DARA Internacional, 2012.
  2. 2 International Organization for Migration (IOM), Compendium of IOM’s Activities in Migration, Climate Change and the Environment, 2009.
  3. 3 United Nations, “IPCC report: ‘Code red’ for human driven global heating, warns UN chief,” UN News, August 09, 2021.
  4. 4 IPCC, Climate Change 2021: The Physical Science Basis: Summary for Policymaker, August 07, 2021.
  5. 5 United Nations Climate Change, “UN Climate Change Welcomes IPCC’s Summary for Policy Makers on the Physical Science Basis of Climate Change,” August 09, 2021.
  6. 6 Inger Andersen, “Speech: Time to get serious about climate change. On a warming planet, no one is safe,” United Nations Environment Programme, August 09, 2021.
  7. 7 NASA, “Is it too late to prevent climate change?” August 09, 2021.
  8. 8 United Nations, “Global Issues: Climate Change.”
  9. 9 IPCC, “Climate change widespread, rapid, and intensifying – IPCC,” August 09, 2021.
  10. 10 NATO, “Topics: NATO’s role in energy security,” Jun 23, 2021.
  11. 11 NATO, “News: NATO Allies stand together against wildfires,” August 12, 2021.
  12. 12 NATO, “Topics: Euro-Atlantic Disaster Response Coordination Centre,” April 02, 2020.
  13. 13 バイデン米大統領は、北大西洋条約第5条を「神聖な義務(sacred obligation)」と呼び、集団防衛の重要性を強調した。NATO, “Short remarks by NATO Secretary General Jens Stoltenberg and US President Joe Biden at their meeting in the margins of the NATO Summit,” Jun 14, 2021.
  14. 14 NATO, “Resilience and Article 3,” March 31, 2020.
  15. 15 Jill Jäger, Neeyati Patel, Vladimir Ryabinin, Pushker Kharecha, James Reynolds, Lawrence Hislop, and Johan Rockström, An Earth system perspective. In Global Environment Outlook 5: Environment for the Future We Want. United Nations Environment Programme, 2012, pp. 193-214.
  16. 16 Laurie Goering, “From Iraq and Pakistan to the Caribbean, climate change is driving threats of new insecurity and violence, security analysts say,” The Thomson Reuters Trust Principles, February 19, 2019.
  17. 17 NATO, “NATO Climate Change and Security Action Plan,” Jun 14, 2021.
  18. 18 防衛省編『令和2年版日本の防衛 防衛白書』日経印刷、2020年8月、282頁。
  19. 19 Ministry of Defence, “Climate Change and Sustainability Strategy,” March 30, 2021.
  20. 20 Ministère des Armmés, “Discours de Florence Parly, ministre des Armées, introduisant la table-ronde "Ethique et soldat augmenté" au Digital Forum innovation défense,” December 04, 2020. また、「強化兵士」については、橳島次郎「兵士の強化改造 どこまで許される?――フランス軍事省倫理委員会の容認意見を読み解く」『世界』2021年5月号(Vo.944)、2021年4月8日、241-249頁が詳しい。
  21. 21 LAURENT LAGNEAU, “Le Service de santé des Armées cherche à améliorer l’acclimatation des soldats à la chaleur,” Zone militaire opex360.com, May 24, 2021.
  22. 22 SECURITY COUNCIL, “Climate Change ‘Biggest Threat Modern Humans Have Ever Faced’, World-Renowned Naturalist Tells Security Council, Calls for Greater Global Cooperation,” United Nations, February 23, 2021.
  23. 23 NATO, “Topics: NATO’s approach to space,” Jun 17, 2021.
  24. 24 Paul A. Samuelson, “The Pure theory of public expenditure,” The Review of Economics and Statistics, Vol. 36, Issue. 4, November, 1954, The MIT Press, pp. 387-389; Sandro Galea, “Public Health as a Public Good,” Boston University School of Public Health, January 10, 2016.
  25. 25 Cabinet Secretariat, “National Security Strategy," December 17, 2013.