気候変動への適合の必要性[1]

 2014年のウェールズ首脳会合以来、エネルギー安全保障に取り組んできたNATOは、2021年6月14日に開催されたブリュッセル首脳会合において、「気候変動と安全保障に関する行動計画」(“NATO Climate Change and Security Action Plan”)を初めて採択し、気候変動に対する取り組みへの確固たる姿勢を示した[2]。その背景には、気候変動の影響によって地政学的な環境が変化し、安全保障上のリスクが顕在化する現実への危機感がある。例えば、北極圏は、長らく北極評議会(Arctic Council : AC)を通じて環境保護や持続可能な開発の対象とされてきたが、地球温暖化によって北極海の海氷融解が急速に拡大することで、天然資源や航路開発を巡る関係国間の協力と対立の動きが表面化しつつある。

 将来的に、経済的な非軍事競争が広がる中で、ロシアが北極圏における軍事力増強や軍事活動を続ける限り、この地域が、宇宙空間やサイバー空間のように戦闘領域化する危険性も危惧される[3]。また、気候変動の影響は、食料や水などの自然資源を巡る争いを引き起こし、飢餓や貧困に苦しむ人々の移住を余儀なくさせ、周辺地域の緊張感を高めるなど、地域全体を相乗的に不安定化させてゆく「危機の乗数」と見られている[4]。それは、気候変動が、目に見える直接、短期、集中的な影響のみならず、間接、長期、広域的な可視化しにくい影響を生み出し、それらが複合的に組み合わさることで、より深刻な影響を及ぼし得ることを示している。そして、今、国際社会から「安全保障に対する最大の脅威」として位置付けられる気候変動に対して、危機対処のエコシステム(生態系)の頂点に立つ軍隊の関与が強く求められるのも、その影響が日々深刻化する中において自然な流れと考える[5]。

 しかし、その軍自体が、気候変動に伴う異常気象の下で、環境ストレスに対する脆弱性(Vulnerability)を増大させ、より高いレベルの環境レジリエンス(抗堪性)を求められる状況になっている。確かに、気候変動の影響は、現場で活動する兵士に未知なる物心両面のストレスを与え、異常気象による気温上昇や空気密度の変化、更には、海洋環境の変化による塩分濃度の上昇等を引き起こし、軍隊の装備品の正常な運用が阻害されることで、軍隊にとって任務を達成することが困難となる懸念も現実のものになりつつある[6]。更に、気候変動による海面上昇は軍事基地の水没を招き、作戦運用に直結する滑走路や基地施設を使用不能の状態に追い込み、軍隊が、その戦力発揮の基盤を喪失する可能性も高まっている[7]。気候変動の影響への安全保障上の危機感が高まる中、2021年4月にオースティン(Lloyd James Austin III)米国防長官は、気候変動を実存的脅威であると指摘し、改めて、米軍全体で気候変動への評価と適合の取り組みを本格化させ始めた[8]。

気候変動の影響緩和への挑戦

 2021年4月22日の気候変動サミットにおいて、バイデン(John Biden)米大統領は気候変動への取り組みの緊急性を「勝負の10年(the decisive decade)」という表現で訴え、同年6月のG7(先進主要7カ国会議)では、2030年までに温室効果ガス(GHG)総排出量を半減し、2050年には排出実質ゼロを達成することに合意するなど、気候変動の影響緩和を加速させるための政治的な動きが活発化している[9]。その中で、これまで、軍隊においては、これまで軍事面のGHG排出量に関する状況を把握することが難しかったが、主要なエネルギー消費組織としての軍隊に対して、そのGHG排出削減に係る対応への関心と期待が高まりつつある[10]。

 確かに、地球温暖化の元凶である二酸化炭素を多く排出する化石燃料は、作戦や行動に必要不可欠なエネルギー源として軍隊の戦闘能力の生命線であり続けてきた[11]。しかし、それは、イラクやアフガニスタンでの対テロ作戦などでも明らかになったように、その化石燃料の確保と使用に際して、多くの犠牲を許容せざるを得ない状況を生み出してきたのも事実であり、米軍内でも「軍隊を燃料の束縛から開放(“military must be unleashed from the tether of fuel.”)」するタイミングが待たれていたことは間違いない[12]。今後、軍隊は、太陽光、バイオ燃料、水素燃料電池などの代替エネルギーを中心とする態勢への移行を加速化することで、化石燃料への依存から脱却し、長らく懸案だった燃料に関する脆弱性を解決する時期を迎えつつある。

 実際に、米軍では、先進技術を用いたGHG排出量削減への動きが顕著であり、大型輸送機や空中給油機が作戦機の中で最大の排出源であることに鑑み、米海軍では、低炭素な給油ドローンを利用した空中給油についての検証を進めている[13]。これは、現状の装備体系を維持しつつ、空中での燃料補給に係るエネルギー効率を高め、軍隊の作戦運用における脱炭素化に伴う影響を局限するための新たな試みとも言えよう。

軍隊のレジリエンスと先進技術

 2010年3月、オバマ元米大統領は、エネルギー安全保障政策の転換についての演説を行った際、バイオマス燃料で飛ぶF-18戦闘機「グリーン・ホーネット(Green Hornet)」の試験飛行に併せて、航空用燃料の代替燃料への転換という画期的な発表を行った[14]。それから10年という年月が経過して、概して、軍隊の化石燃料への依存に大きな変化は無いように見えるが、米国防総省による再生可能エネルギーへの転換のための努力は着実に続けられてきた[15]。近年、持続可能な社会を作るための取り組みが世界的に広がる中で、環境、社会、ガバナンス(ESG)への投資が急速に増大しつつあり、先進技術の指数関数的な進化が進んでいることを背景にして、経済面における脱炭素化を巡る国際動向の変化も著しい[16]。

 近い将来、軍事・民生双方に適用可能なデュアルユース技術が一般的となる中で、AI、ロボット、無人化などの先進技術の実装化と同じく、これらの環境関連の技術が加速度的に急成長し、軍隊に取り込まれていくことも見込まれる。それは、小型、軽量、そしてエネルギー効率にも優れるドローン技術などが積極的に導入され、AI搭載の自律化された装備品が従来の化石燃料依存型の装備品に置き換えられていくことを意味する[17]。更に、破壊的技術である量子コンピューターやナノバイオ技術の実用化が近づきつつある中で、作戦・後方面において新たなエネルギーシステムの需要が創出され、脱炭素化の進んだエネルギー効率の高い軍事組織への移行も視野に入ってきている[18]。例えば、それは、基地等における有害物質の使用を控え、廃水・廃棄物の処理などの自己完結的かつ持続可能な環境保護システムの導入の動きを促し、軍隊の活動に伴う環境へのダメージを軽減することに結びつくであろう[19]。

 確かに、これらの再生エネルギーに関する技術は、実用性や費用対効果の面で、未だ開発途上にあるものも多いが、軍隊として、先行する環境関連の民間技術を積極的に導入し、あらゆる可能性を追求し、挑戦の流れを止めないことが重要である。それは、クリーンエネルギーの導入を通じた軍隊の新時代への適合を促すことにもなり、結果的に、兵士の意識改革、軍内のイノベーション、また合理的かつ先進的な装備体系への円滑な移行などに結びつくことが期待されるからである。NATOの行動指針文書としての「NATO2030」においても、気候変動の影響への対応を重視すると共に、その解決手段の一つとしての「新興の破壊的技術(Emerging and Disruptive Technology:EDT)」は、軍隊にとって挑戦であると同時にチャンスでもあると位置付けられている[20]。気候変動の影響という地球規模の重要課題に対して、軍全体に気候変動への取り組みに係るリテラシーが敷衍し、先進技術を活用しつつ持続可能な組織へと移行してゆく過程の中で、気候変動下の新たな時代における軍隊のレジリエンスは涵養されてゆくはずである。

インド太平洋へのインプリケーション

 今後、インド太平洋は、北極圏、サハラ以南のアフリカと並んで、気候変動による危険を最も受ける地域と想定されている。それは、異常気象や海面上昇による物理的被害に加え、「危機の乗数」としての気候変動がもたらす飢餓や干ばつ、人口移動などを引き金として、社会不安に伴う混乱が深刻化かつ拡大し、インド太平洋が長期的に不安定な地域に陥る可能性を示唆している[21]。その中で、インド太平洋地域は、中国が掲げる「一帯一路」構想の対象地域と重複する部分が多く、中国は、この地域への資金援助、開発援助、衛生支援などの手段と併せて、風力や太陽光発電プロジェクトなどの再生可能エネルギーの技術や製品の提供や供与によって、多角的に中国の影響力の強化を図ろうとしている[22]。この結果、インド太平洋地域が、気候変動の影響力を緩和する技術に関して競合関係にある大国同士の影響力と支配権を巡る新たな地域にもなりかねない[23]。

 既に、2021年6月にG7首脳は、中国との戦略的競争を念頭に世界規模での発展途上諸国へのインフラ支援を開始することを合意し、一帯一路を進める中国への対抗姿勢を明らかにしている[24]。今後、国際的な協調の反面、気候変動に係る直接支援や技術導入が地域的な対立軸となることで、気候変動へのグローバルな対応を巡って協調と競合というコインの表裏の関係が強調されるようになるかもしれない。それは、「より良い回復(Build Back Better)」を掲げるバイデン大統領が、同地域への戦略的な支援枠組みの実現を急ぐ中で、日本としては、安全保障面から「気候同盟」の構築をも視野に入れ、自由、民主主義、法の支配という価値を共有する国々と協力しつつ、インド太平洋地域への官民一体となった、気候変動に関係する協力や支援を速やかに行うべきであろう[25]。

(2021/7/12)

*この論考は英語でもお読みいただけます。
Climate change as a security threat – strengthening the resilience of the military –

脚注

  1. 1 「気候変動」とは、地球の大気の組成を変化させる人間活動に直接又は間接に起因する気候の変化であって、比較可能な期間において観測される気候の自然な変動に対して追加的に生ずるものを指す。United Nations, “UNITED NATIONS FRAMEWORK CONVENTION ON CLIMATE CHANGE,” 1992.
  2. 2 NATOは近年気候変動への対応を強化しており、例えば2014年2月には「グリーン・ディフェンス」フレームワークを採択し、軍のエネルギー効率と回復力を向上させるための取組を開始している。NATOの取り組みの詳細については以下のNATO公表文書を参照:NATO, “Official texts: Wales Summit Declaration Issued by the Heads of State and Government participating in the meeting of the North Atlantic Council in Wales,” Sep. 05 2014; NATO, “News : NATO and its partners become smarter on energy,” Apr. 07 2015; NATO, “NATO Climate Change and Security Action Plan,” June 14 2021, NATO, “Brussels Summit Communiqué,” June 14, 2021.
  3. 3 Thomas Graham and Amy Myers Jaffe, “There Is No Scramble for the Arctic Climate Change Demands Cooperation, Not Competition, in the Far North,” Foreign Affairs, July 27, 2020.
  4. 4 2018年時点で多国間平和活動要員を受け入れている10か国のうち8か国は、気候変動の影響を大きく受けている:Florian Krampe, “CLIMATE CHANGE,PEACEBUILDING AND SUSTAINING PEACE,” SIPRI Policy Brief, June 2019; NATO, “Remarks by NATO Secretary General Jens Stoltenberg at an event hosted by the Atlantic Council,” June 7, 2021; United Nations Secretary-General, “Secretary-General's remarks to the Security Council - on addressing climate-related security risks to international peace and security through mitigation and resilience building,” February 23, 2021.
  5. 5 United Nations Security Council, “Press Release: Climate Change ‘Biggest Threat Modern Humans Have Ever Faced’, World-Renowned Naturalist Tells Security Council, Calls for Greater Global Cooperation,” United Nations, February 23, 2021.
  6. 6 Rene Heise, “NATO is responding to new challenges posed by climate change,” April 1, 2021.
  7. 7 John Conger, “Climate Security: A Tale of Two Defense Hearings by Francesco Femia and Caitlin Werrell,” Council on Strategic Risks, June 3, 2021.
  8. 8 US Department of Defense, “News: Defense Secretary Calls Climate Change an Existential Threat,” April 22, 2021; US Department of Defense “Immediate Release: DOD Announces Installation Climate Exposure Assessments Plan Through the Defense Climate Assessment Tool,” April 22, 2021, 日本も防衛省内に今後の気候変動の対応を検討する「気候変動タスクフォース」を設立することを明らかにしている。Japan Ministry of Defense,“Minister of Defense Mr. Kishi Nobuo attended the Climate Security session in the Leaders Summit on Climate,” April 23, 2021.
  9. 9 The White House, “Remarks by President Biden at the Virtual Leaders Summit on Climate Opening Session,” April 22, 2021; Ministry of Foreign Affairs of Japan, “CARBIS BAY G7 SUMMIT COMMUNIQUÉ,” Jun 13, 2021.
  10. 10 全署名国の炭素排出量を制限するパリ協定(2015年)では、条約の運用規則の下で、軍隊の炭素排出量は除外される可能性はあるもの、決定は個々の署名国に委ねられている。また、米国防総省は「米国で最大の単一のエネルギー消費組織」と指摘されている。Stuart Parkinson, Linsey Cottrell, “Under the Radar: The Carbon Footprint of Europe’s Military Sectors,” Conflict and Environment Observatory, February 2021, US Office of the Assistant Secretary of Defense for Energy, Installations, and Environment, “Department of Defense Annual Energy Management and Resilience Report (AEMRR) Fiscal Year 2017,” July 2018; Arthur Neslen, “Pentagon to lose emissions exemption under Paris climate deal,” The Guardian, December 15, 2015.
  11. 11 Intergovernmental Panel on Climate Change (IPCC), “Climate Change 2014 Mitigation of Climate Change,” Cambridge University Press, 2014, p.122; Bill Lynn, “Energy for the War Fighter: The Department of Defense Operational Energy Strategy,” Department of Energy, June 14, 2011.
  12. 12 Jon Powers, Michael Wu, “A clean energy agenda for the US Department of Defense,” Atlantic Council, January 14, 2021; Greg Douquet, “Unleash us from the tether of fuel,” Atlantic Council, January 11, 2017.
  13. 13 Anna Mulrine Grobe, “Why the Pentagon is serious about reducing its carbon footprint,” The Christian Science Monitor, March 16, 2021; Ryan Pickrell, “The US Navy's new pilotless tanker plane just refueled an aircraft carrier fighter jet for the first time, and this is what it looked like,” Insider, Jun 7, 2021.
  14. 14 Marianne Lavelle, “First Green Supersonic Jet Launches on Earth Day,” NATIONAL GEOGRAPHIC NEWS, April 21, 2010.
  15. 15 Timothy Gardner, “U.S. military marches forward on green energy, despite Trump,” Reuters, March 2, 2017.
  16. 16 European Commission, “Overview of sustainable finance,” April 21, 2021.
  17. 17 Stuart Parkinson, “Will the UK Reduce its Military Carbon Emissions?” Rethinking Security, July 2, 2020.
  18. 18 CES, “Disruptive Tech for Climate Change Resilience,” December 4, 2019.
  19. 19 NATO, “Topics: Environment – NATO's stake,” May 6, 2021.
  20. 20 NATO, NATO 2030: United for a New Era, November 25, 2020, p.31.
  21. 21 U.S. House of Representatives, “Hearing: Climate Change, National Security, and the Arctic: Testimony of Sherri Goodman,” March 17, 2021.
  22. 22 Greenpeace International, “Chinese equity investments in energy reshape South and Southeast Asia – Greenpeace analysis,” July 29, 2019.
  23. 23 Global Commission on The Geopolitics of Energy Transformation, “A New World: The Geopolitics of the Energy Transformation,” IRENA, 2019.
  24. 24 The White House, “FACT SHEET: President Biden and G7 Leaders Launch Build Back Better World (B3W) Partnership,” June 12, 2021.
  25. 25 Steve Holland, Guy Faulconbridge, “G7 rivals China with grand infrastructure plan,” Reuters, June 13, 2021.