「想像力は知識よりも重要である。知識には限界があるが、想像力は世界を包み込むのである(Imagination is more important than knowledge. Knowledge is limited. Imagination encircles the world.)」、物理学者アインシュタイン(Albert Einstein)は、人間として、知識を詰め込むことよりも、想像することの重要性を強調した[1]。いつの時代も、新たな技術の登場は、我々の生活に大きな影響を与えるが、時に、その発展のスピードが指数関数的な上昇カーブを描くことがあり[2]、今を生きる人類の予想を遥かに超える未来を招く。18世紀に起こった第一次産業革命では、その技術進化に仕事を奪われることを恐れた労働者達が、機械打ち壊し運動、所謂ラダイト運動を起こし、新たな技術の導入に対して強い嫌悪感と抵抗の姿勢を露わにした。そこには、技術が人間の理想を達成するための道具に過ぎず、人間自身による未来の選択とその優先順位が最も重要であるという洞察が欠けていたのである[3]。

NATO同盟の挑戦

 2016年、NATO全体の改革に責を負う変革連合軍(Allied Command Transformation : ACT)は、来たるべき未来の戦い方の特徴を見定めるべく「2036年戦いの展望(Visions of Warfare 2036)」[4]と題する文書を公表した。その中では、急激に進化する科学技術が未来に及ぼす未知の影響、予期せぬ結末、全く新しい可能性など、想像力から生まれる世界観を表現する「ストーリー・テリング(storytelling)」に焦点が当てられた。そして、ACTは、「物語=ストーリー」を使って人に何かを伝えるための幾つかの空想科学的なエピソードを提示し、不透明な未来に向かう軍事の革新的なインスピレーションを、同盟内に芽生えさせることを期待した[5]。そのような評価手法は、一般的にSF(Science Fiction)プロトタイピングとも呼ばれ、具体的には「現実の科学技術に基づいて創作された短編小説、映画、コミックを通じて未来予測を行い、その未来に向けて行動を起こすこと」を指す[6]。これらは、フューチャリスト(未来研究員)によって実践されるが、その仕事は、科学技術の趨勢に基づいて、未だ定まっていない未来を想像し、実際にプロトタイプ(試作モデル)を作りつつ改良を行い、人間主体の未来の姿へと近づけて行く作業に他ならない。

新たな視点と高い視座

 空想科学の分野で、初めて人類による宇宙空間への挑戦が描かれたのは、19世紀に「SFの父」と呼ばれるジュール・ベルヌ(Jules Gabriel Verne)が書いた月世界旅行の長編小説である[7]。それは、根拠の無い夢想話では無く、科学的な天文力学に基づく未来視であって、その100年後の米国の月着陸計画(アポロ計画)との類似性が多く指摘されることから、SFプロトタイピングの先駆けと位置づけられる。

 何故、空想科学なのか。これは、空想の世界を描いたものではあるが、読者に対して現状に対する独自の視点を提供し、未来に取り組む高い視座を提供することを可能にするからである。しかし、先進技術がどのようにして開発され、実装化されるかを見通すことは容易ではなく、短中期の達成目標に縛られる実務的な大きな組織がこれらに主体的に取り組み、実現することは試練に近い難しさがある。そこには、事業の手戻りや組織内での混乱を恐れる保守的な配慮が作用している。それは、変化の早い中で新しい物事や考え方を受け入れようとする時、本能的に元の場所に強く止まろうとする、人間の習性としてのメンタル・インピーダンス(Mental Impedance)と呼ばれる[8]。

 その一方で、SF作家やフューチャリストは、未来を想像することに関する制約を受けず、部外者としての視点を提供することが自由であり、軍事を取り巻く技術的環境の大きな変化の中で、その高い視座が潜在的な脅威を特定し、その対処方法を考察するのに有効であるという認識が各国の軍事組織にも広がりつつある[9]。未来は人間が決めるものであり、AIを搭載した自律型ロボットが戦闘を繰り広げる未来の戦場が現実のものとなっても、そこには人間の関与が不可欠であることは言うまでもない[10]。しかし、その未来の在り方を変える先進技術に対して、人間が無関心、無理解であれば、我々が思い描いている人間中心の未来が、その姿を変える可能性も否定できない。そして、国家間の対立において、それらの先進技術を使う国が優越し、使わない国を支配する構図が出来るのであれば、現在の先進技術の重視とその利用は、国家の存続にとっても死活的な要件となる。SFプロトタイピングは、一つの未来予測の手法であり、未来を決めるものではないが、その習得と取組を通じて、柔軟な発想を涵養し、自己シミュレーションを繰り返すことを通じて、未来が内包する不透明性、不安定性へのレジリエンスを強化するプロセスは示唆に富んでいる。

国家安全保障戦略への示唆

  2013年12月に閣議決定された国家安全保障戦略は、国家安全保障に関する基本方針として、概ね10年程度を念頭に作成されており、現在、その改訂の時期を迎えつつある。それは、我が国の国益を長期的視点から見定め、国際社会の中で我が国の進むべき針路を明らかにするという点で[11]、画期的かつ意欲的な戦略文書である。そして、日本を取り巻く環境の変化が非常に急激なものとなっている現在、戦略としての一貫性を保ちつつ10年以上先の未来を見据えた改訂を行うには、科学的根拠に基づく合理性と柔軟性を保持しつつ最大限の慎重さと大胆さが求められるはずである。人間が「細部にわたり未来予測を行っても、ほんの数年以内にそれは全く馬鹿げたものになる」[12]と批判を受けるが、過去の人類の経験と現在の判断にだけ依拠して将来戦略を構築すれば、それは、「(未知の)知らないものを起こらないものとして判断する」[13]という思考様式による束縛を意味することになる。現実に対応すべき安全保障上の課題が山積する中で、「限界がある知識」では無く「世界を包み込む想像力」をもって、あらゆる可能性を秘めた未来を正しく描くことができるか、それが新たな国家戦力を策定する際に最も大きな課題となるであろう。そして、日本が新たな国家戦略を構築する際に、国際情勢に応じて受動的に考えるのではなく、これから日本として如何なる国際的地位を占め、如何なるグローバルな役割を果たすのか、それを明確なビジョンとして国民に示すことが求められているのである。

(2021/1/29)

脚注

  1. 1 Jeff Nilsson, “Albert Einstein: “Imagination Is More Important Than Knowledge,” The Saturday Evening Post, March 20 2010.
  2. 2 Klaus Schwab, “The Fourth Industrial Revolution What It Means and How to Respond,” Foreign Affairs, December 12 2015.
  3. 3 Eliane Glaser, “Lessons of the Luddites,” The Guardian, Nov 17 2011.
  4. 4 Trina Marie Phillips and August Cole eds., Visions of Warfare 2036, Norfolk VA: NATO Allied Command Transformation, 2017.
  5. 5 Mark Tocher, “Visions of Warfare 2036: a futurist prototyping methodology to support military foresight,” Defence Future Technologies What we see on the horizon, Armasuisse, November 2017, p.45.
  6. 6 ブライアン・デビット・ジョンソン、谷功監修、島本範之訳、『インテルの製品開発を支えるSFプロトタイピング』細亜紀書房、2013年、43頁。
  7. 7 ジュール・ベルヌによる1865年出版のDe la Terre à la Luneと1870年出版のAutour de la luneの2編を指す。
  8. 8 三宅宏司、「4 戦争と科学技術」新田義弘ほか編『テクノロジーの思想』(岩波講座 現代思想13)、岩波書店、1994年、240頁。
  9. 9 Marc Prosser, “Why Companies and Armies Are Hiring Science Fiction Writers,” Singularity Hub, Aug 2019.
  10. 10 外務省「報道発表 自律型致死兵器システム(LAWS)に関する政府専門家会合に対する日本政府の作業文書の提出」平成31年3月22日。
  11. 11 「国家安全保障戦略について」平成25年12月17日閣議決定。
  12. 12 Arthur C. Clarke, PROFILE OF THE FUTURE, New York, NY: Bantam Books, 1965, p.ⅺ.
  13. 13 Douglass Smith, Book Reviews, Naval War College Review, 57(2004), p.147.