冷戦後の同盟危機 ― 相互運用性の欠如
ウォルター・リップマン(Walter Lippmann)は「同盟とは鎖のようなもので、弱い環を加えても強くはならない(An alliance is like a chain. It is not made stronger by adding weak links to it.)」[1]と述べているが、同盟国が一体となって効率的・効果的に行動し得る能力を意味する相互運用性は、共通の戦術、作戦、戦略目標に向けて、その鎖の環同士を強く結束させる接着剤の役割に喩えられる。冷戦後のNATOは、能力面と計画面において、この相互運用性が同盟国間で欠如していることを痛感した。
1989年、米ソ両国首脳の冷戦終結宣言により、東西冷戦の勝者となったNATOは、その10年後の「同盟の力」作戦(Operation Allied Force)[2]で明らかとなった同盟内の能力格差(capability gap)に対して危機感を露わにする。コソボ紛争で実施されたそれは、NATOとして初めての主権国家への空爆作戦であったが、米軍とその他の加盟国軍の間の攻撃システムに係る「相互運用性(Interoperability)」[3]の欠如によって、作戦参加国間のコミュニケーションが困難になり、共同の作戦行動が取れないという、同盟として不愉快な事実に直面したのである[4]。
また、2001年から開始されたアフガニスタンにおける国際治安支援部隊(ISAF : International Security Assistance Force)は、NATOにとっては欧州・大西洋地域外で初めての平和支援ミッションであったが、多国籍部隊の運用に伴う根本的な課題にも直面することになった。そこでは、人道復興支援目的の非軍事作戦であったにも関わらず、NATO軍事部門は、ミッション参加国の装備品、作戦手順、ドクトリン、言語の不整合性を解決するために、予想をはるかに超える時間と労力が求められたのである[5]。その一つの大きな理由として、東西冷戦下のNATOが、旧ソ連による大規模攻撃に対して核抑止を軸とする防御戦略を構築する一方で[6]、NATO加盟国は自国の領域防衛に関して責任を負うに留まっていたため、同盟内で通常戦力の使用における相互運用性が急務となるような事態は想定されていなかった内部の事情を挙げることが出来る[7]。
領域横断作戦へ向けての取組
これらの経験を踏まえ、NATOは、大西洋同盟としての維持、強化のため、2002年1月のプラハ首脳会合以来、変革(Transformation)を同盟発展の重要テーマとして掲げている。特に、2004年10月に初期作戦能力を達成したNATO即応部隊(NATO Response Force : NRF)[8]は、その変革を前進させる「触媒 (catalyst)」[9]として位置付けられている。事実、2014年のウェールズ首脳会合では、前年のロシアによるクリミア併合事案の教訓から、NRF内に初動対処部隊(VJTF/極めて短時間で展開可能な部隊)の創設が新たに決定され、現在ではNRFは4万人規模の自己完結的な能力を有した初期投入戦力として再編成されるに至った。その背景には、NRFが多国籍軍で構成される作戦初期投入戦力として、厳格な待機ローテーション管理や義務的な準備訓練、最終検閲という一連の戦力組成の過程を通じて、参加国間の相互運用性に係る具体的かつ実践的な問題を検証し、各加盟国の不均衡な軍事能力を標準化していくための有用な仕組みとして重視するという発足当初からの基本理念がある。NATOは、その創設以来、定期的な実戦演習や訓練を通じて、相互運用性の維持を図ってきたが、更にNRFという非常にユニークで機動的な統合作戦単位の活用によって、加盟国間の能力標準化を段階的に達成しつつある。それは、同盟全体の能力格差を低減し、いかなる環境変化にあっても、NATOが軍事同盟としての凝集性と実効性を維持しようとする強い決意の表れでもある。
しかし、昨今、NATOを取り巻く戦略環境の大きな変化、例えば米国による自国第一主義的な政策への転換、ロシアによる既存の国際秩序に対する挑戦的な動きや中国の軍事的台頭に伴う国際環境への影響は[10]、同盟国間の防衛計画の整合性や相互運用性の在り方についても新たな影響を与えつつある。また、新たな脅威の出現によって、作戦面でも、NATOは、2016年のワルシャワ首脳会合において、サイバー空間を、陸海空と並ぶ第4の作戦領域として位置づけ、その防衛が集団安全保障の一部と確認されると共に、2019年ロンドン首脳会合では「宇宙」も新たな第5の作戦領域として追認するなど、新たな領域横断的な作戦準備に向けて、宇宙空間やサイバー空間における相互運用性を確保するための努力を始めている。
終わらないNATO変革 ― 技術リテラシーの敷衍
近年、技術の急激な進歩によって、あらゆるものがインターネットにつながり(IOT)、デジタルの世界と物理的な現実世界、更に人間が融合する環境が具現化しつつある[11]。そして、その規模と速度を規定するのは、情報通信技術(ICT)に加え、人工知能(AI)、3Dプリンター、ロボット、自動運転、ナノテクノロジー、量子コンピューターなどの革新的な先進技術群である。しかし、マクロ的視点で見られる融合に対して、先進技術に係るミクロ的視点では、人間の適応能力を超えるスピードで技術が進化し得るという、技術と人間の間の関係性の歪みから、融合とは逆の「分断」という負の側面も見えてくる。それは、技術リテラシー(Technological Literacy)に関わる問題であり、技術進化から恩恵を受けられる人々とその技術的知識が欠如しているために不利益を被る人々に、社会や集団が二極化するという、所謂「デジタル・ディバイド(digital divide)[12]」と呼ばれる社会分断に他ならない。
今後、同盟国家間でも、その先進技術の社会への実装化の規模と速度の違いに起因する相互運用性に関するギャップが生起し、分断と二極化が生じ得るおそれに注意しなければならない。実際、米国の人工知能に関する国家安全保障委員会(National Security Commission on Artificial Intelligence: NSCAI)は、「AIは軍事の相互運用性にとっても大きな課題であり、AIの能力格差が軍事同盟の有効性を減じる」という報告を行い、同盟国に対して先進技術による分断の可能性があることに警鐘を鳴らしている[13]。我々は、新たな技術上の同盟分断(self-decoupling)への懸念が時間と共に深刻化していくこと予期した上で、それに備えなければならない。既に2004年、欧州連合軍最高司令官ジョーンズ大将(General James L. Jones)は、物理的な変革(physical transformation)に加え、先行的かつ積極的な戦力の運用を目指す「文化的な変革(cultural transformation)」の必要性を指摘している[14]。それは、冷戦後のNATOが立ち向かうべき「新たな脅威」が、冷戦下の明白な軍事脅威から、国際テロや破綻国家に象徴される不確かな恐怖とリスク[15]へその姿を変えつつあるという、NATO最高司令官の変化に対する危機感を如実に示したものであった。幸いにも、NATOにおいては、環境変化に適合するための変革プロセスが途切れることなく続いており、1980年前後からNATO共通アセットとしての早期警戒管制機(AWACS)が多国籍搭乗員によって運用されるなど[16]、作戦面でも多様性を前提とする組織文化が醸成されていると見られる。そして、今後の新たな変革プロセスにおいて、技術リテラシーの教育・訓練の力も借りて、加盟国間の情報・技術格差吸収されることが期待される。NATO内部では、既に、新たな戦略やコンセプトを作り出すための議論と共に[17]、賢人会議に位置づけられるNATO2030プロジェクトでの検討が本格化しつつあり、今年末に予定されるNATO外相会合でその対応と方向性が示されるものと思われる[18]。
日米同盟にとってのインプリケーション
アジア太平洋地域に目を転じれば、昨今の中国の軍事的台頭に対して、多国間の安全保障協力が具体的な進捗を見せつつあり、日本も「自由で開かれたインド太平洋戦略」(Free and Open Indo-Pacific Strategy: FOIPS)や「4カ国の安全保障協力(Quadrilateral Security Dialogue: QUAD)」を通じて地域全体の平和と繁栄の確保へ向けた積極的な姿勢を明らかにしている[19]。今後、宇宙・サイバー・電磁波領域を巡る新たな環境変化と国際公共財の自由なアクセスを確保するための多国籍の作戦協力がより重要性を増す中で、日米豪印の安全保障協力をより実効的に進めようとするのであれば、それらの国々との相互運用性を更に高め、多国間協力を常時継続できるような環境の整備が必要になる。特に、日本としては、自らが同盟国及び協力国の間で能力格差を惹起させないよう配慮し、AIやICTなどの先進技術の実装化とリテラシーの敷衍のための積極的な自助努力が大きな課題となるであろう。今後とも、NATOの相互運用性の確保へ向けた弛まない挑戦は、日米同盟の実効性維持のための大きな検討の資となるに違いない。
(2020/11/05)
*この論考は英語でもお読みいただけます。
Transformation of NATO in Distress
- Challenges to Greater Interoperability -
脚注
- 1 Walter Lippmann , “Alliances,” in Charles W. Freeman Jr., The Diplomat's Dictionary, United States Institute of Peace Press, 1997, p.10.
- 2 NATO, “Kosovo Air Campaign (Archived) Operation Allied Force,” April 7, 2016.
- 3 The Joint Staff J-7, “Chairman of The Joint Chiefs of Staff Instruction, CJCSI 2700.01G: Rationalization, Standardization, and Interoperability (RSI) Activities,” p. A-2, February 11, 2019.
- 4 James Derleth, “Enhancing interoperability: the foundation for effective NATO operations,” NATO Review, June 16, 2015.
- 5 Elisabeth Braw, “Next Steps for NATO: The Necessity of Greater Military Interoperability,” Foreign Affairs, November 27, 2016.
- 6 NATO, “A Short History of NATO.”
- 7 Hans Binnendijk and Elisabeth Braw, “For NATO, True Interoperability Is No Longer Optional,” Defense One, December 18, 2017.
- 8 NATO, “Topic: NATO Response Force,” March 17,2017.
- 9 NATO, “The NATO force structure,” February 13, 2015.
- 10 NATO, ''NATO: Maintaining Security in a Changing World,'' Speech by NATO Secretary General Jens Stoltenberg - Ambassador Donald and Vera Blinken Lecture on Global Governance, Columbia University, September 26, 2019.
- 11 総務省『平成29年版情報通信白書』107頁。
- 12 デジタル・ディバイドとは、インターネットやパソコン等の情報通信技術を利用できる者と利用できない者との間に生じる格差を指す。我が国の国内法令上用いられている概念ではないが、一般に、情報通信技術(IT、特にインターネット)の恩恵を受けることのできる人とできない人の間に生じる経済格差を指し、通常「情報格差」と訳される。「デジタルデバイド」外務省『IT情報通信技術』。
- 13 Eric Schmidt et al.,Interim Report, National Defense Magazine, National Security Commission on Artificial Intelligence (NSCAI), November 2019, P.45.
- 14 “General James L. Jones, Supreme Allied Commander, Europe,” NATO Review, December 1, 2006.
- 15 金子譲「安全保障概念の多様化と軍事力の役割」戦略研究学会『戦略研究』第2号、2005年1月、5~7頁。
- 16 NATO “Multinational Projects,” Media Backgrounder, October 18, 2013.
- 17 NATO, “Emerging and disruptive technology webinar on interoperability,” NATO News, July 17, 2020.
- 18 NATO, “Remarks by NATO Secretary General Jens Stoltenberg on launching #NATO2030 - Strengthening the Alliance in an increasingly competitive world,” June 8, 2020.
- 19 外務省「日米豪印協議」『報道発表』、2018年6月7日。