インド太平洋地域のディスインフォメーション研究シリーズ掲載のお知らせ

 この度、IINA(国際情報ネットワーク分析)では、笹川平和財団プロジェクト「インド太平洋地域の偽情報研究会」(2021年度~)において同地域のディスインフォメーション情勢について進めてきた調査研究と議論の成果を「インド太平洋地域のディスインフォメーション研究シリーズ」として連載いたします。IINA読者のご理解のお役にたてば幸甚です。


1.はじめに

 近年、ディスインフォメーションという情報操作型のサイバー攻撃を利用した影響工作について、国際社会の関心が高まっている。2016年の米国大統領選を契機に、ディスインフォメーションを利用した選挙干渉が国際社会において広く認知された。各国事例では、ロシアが国家として関与していたことが指摘され、当初は、「西側の民主主義諸国」対「ロシア」という構図が強かった。しかし、同様の手法を中国も用いるようになり、2019年のオーストラリア連邦議会選挙やアジア各国の選挙で選挙干渉事例が続いたことで、ディスインフォメーションはもはや欧米だけの問題ではなくなってきている。

 アジア太平洋地域では、欧米に対する情報操作型の攻撃とは異なった別の構図がある。そのため、欧米民主主義国とは異なるディスインフォメーション対策が同地域では採用されている。一方で、インド太平洋に位置しつつも、非アジア国家であるオーストラリアは、対中国を想定して欧州や米国の手法を混淆して取り入れており、アジア型とは異なった対策の方向性にある。

2.オーストラリアに対する情報操作型サイバー攻撃(ないしディスインフォメーション)

 事例[1]

 近年のオーストラリアにおける総選挙の事例を確認すると、保守連合が勝利した2016年7月2日のオーストラリア総選挙について、選挙に関する両院合同常任委員会(Joint Standing Committee on Electoral Matters(JSCEM))は、「サイバー情報操作(Cyber manipulation)」はなかったと結論付けている[2]。また、同じく保守連合が勝利した2019年5月18日オーストラリア総選挙でも、選挙の完全性を保証するためのタスクフォース(Electoral Integrity Assurance Taskforce (EIAT))は、「選挙における外国からの干渉は確認されず、また、選挙の実施を危うくし、結果に対するオーストラリア国民の信頼を損なうような他の干渉も確認されなかった」と結論付けている[3]。

 しかし、2019年の総選挙については、米国大統領選と同様に、選挙の前に政党や議会へのサイバー攻撃自体は確認されており、豪政府の対抗策等の努力により大過なく終わったにすぎないと考えられる。

 2019年2月、連邦議会、与党の保守連合を構成する自由党と国民党のほか、最大野党の労働党に対し、情報窃取型のサイバー攻撃があった。それぞれのネットワークに対し、不正侵入が確認されたが、個⼈情報等の情報流出はないと発表されている。豪政府は、「専⾨家は巧妙な技術を持った国家が、この悪意ある活動に関与していると見ている」、「この情報の出所や性質について、詳細な説明をするつもりはない」、「選挙に介入する意図があったとの証拠はない」と穏当な発表を行っているが[4]、オーストラリア信号局(Australian Signals Directorate (ASD))は「中国国家安全部が攻撃の責任を負っていると結論付け[5]」ている。またオーストラリア戦略政策研究所(Australian Strategic Policy Institute (ASPI))のアナリスト・ハンソン氏は、「過去数年にわたり、豪政府や企業、大学、シンクタンクは中国在住のハッカーたちの標的になってきた」ことを考慮すべきであり、過去のオーストラリア気象局へのサイバー攻撃が国防軍の情報窃取の入り口となった事例や、2016年米国大統領選といった先例をふまえ、「総選挙を前に価値のある情報を集める狙いがあった」と評価している[6]。こうした点から、豪政府の防御策が十分でなければ、米国民主党へのサイバー攻撃とそのリーク情報をもとにした2016年の米国大統領選への影響工作と同じシナリオを辿ったことは十二分に考えられるだろう。

 2019年の総選挙において中国の関連を強く示唆するものとしては、中国系候補者擁立をめぐる事案がある。総選挙に与党・自由党党員で高級車ディーラーの中国系男性がメルボルン郊外の選挙区から立候補しようとしたが、男性はその前段階で、豪治安情報局(ASIO)に接触し、「中国の情報機関側からスパイになるよう打診された」と明かした[7]。

 この総選挙においては、相続税の新設をめぐる、いわゆる「フェイクニュース」が主に流布されたことも確認されている。総選挙期間中に、「労働党が40%の相続税を新たに制定することを予定している」という誤った情報が、SNSや各種広告媒体を通じて流布された[8]。このとき、相続税を指す語としてあえて”Death Tax”が用いられ、死ぬほどの重税や死神のイメージと結びつけるような画像、動画も多く拡散された。労働党は、これは完全な誤りであると発表したうえで、Facebook(以下FB)にこの情報に関する投稿の削除を依頼し、FB側も対応し調査に応じた。労働党は、これを組織化されたキャンペーンであるとみなしたが、FBは、何らかの情報操作による干渉があったことは認めたものの、外国からの影響力を示す証拠は見つからなかったとしている。この事案については、保守連合と対峙する労働党へのネガティブなキャンペーンであることや、中国は自身の権威を牽強し敵対者を害する手法が主で、二項対立を利用して分断を煽り選挙の信頼性そのものを毀損する手法も用いるロシアとは傾向を異にすることを考慮すると、中国による干渉の可能性は低いと思われる。しかし、中国はロシアの手法を学びつつある[9]ことから、可能性を完全に排除すべきではない。また、その他の事例としては、中国人や中華系移民の間で主に使用され、10億人以上のユーザ登録がある中国製メッセージングアプリWeChat上で、「労働党が移民を推奨している」、「LGBT教育を通じて同性同士の交際を推進している」、といった誤った情報が流布されていた[10]。この一部は、中華系の自由党員が労働党党首の投稿を装って発信したものによると労働党は特定している[11]。

 この総選挙については、中国の干渉を想定しつつも、他国事例と比べると、明確な証拠が少ない事例であった。しかし、関連している事案や各種発表を検討すると、中国がディスインフォメーションによる影響工作を狙った可能性は濃厚であると言えるだろう。

3.オーストラリアにおけるディスインフォメーション対策

 以上のような国内事例および他国における選挙干渉事例をふまえ、オーストラリアにおけるディスインフォメーション対策としては、以下の7つの方策が採用されている。

 (1)選挙の実施および関連する脅威の調査
 選挙に関する両院合同常任委員会(Joint Standing Committee on Electoral Matters (JSCEM))は、選挙ごとに報告書を作成しており、2016年の総選挙に係る報告書(発行は2018年11月)から、ディスインフォメーションに係る調査項目が追加された。また、報告に基づき、常設のタスクフォースの設置や、プラットフォーマーの選挙における法的地位の明確化、学校教育へのメディアリテラシー教育の導入などを勧告している。

 (2)フェイクニュース拡散によるジャーナリズムへの影響調査
2017年5月、豪議会上院は、公益ジャーナリズムの未来に関する特別委員会(Select Committee on the Future of Public Interest Journalism)を設立した。検索エンジンやソーシャルメディアが、フェイクニュースの拡散によりジャーナリズムに与えた影響について調査を行い、ジャーナリズムの資⾦調達や監査の側面から提言を作成した。

 (3) タスクフォースの設置
 2018年6月、政府は、選挙の完全性を保証するためのタスクフォース(Electoral Integrity Assurance Taskforce(EIAT))を、選挙委員会、内務省、インテリジェンスコミュニティの協働で設置した。このタスクフォースは、選挙における外国勢力によるサイバー攻撃や干渉行為をモニタリングし、選挙委員会へ助言を行うことを責務としている。選挙委員会と内務省が共同で主導するEIAT は、首相・内閣府、通信芸術省(当時)(現在はインフラ・交通・地域開発・通信省に統合)、法務省、内務省、連邦警察、オーストラリア信号局等から構成されている。

 (4) 安全保障関連法の法改正
 2018年6月、安全保障関連法の法改正(National Security Legislation Amendment (Espionage and Foreign Interference) Act 2018)を行い、外国政府による秘密工作や干渉行為に対する新たな罰則が設けられ、外国政府の代理⼈の登録制度や政治献⾦の禁止等が定められた。

 (5) メディアリテラシーキャンペーン
 2019年4月より、オーストラリア選挙委員会(Australian Electoral Committee (AEC))の主導で、同年5月の総選挙に向けた“Stop and Consider”キャンペーンを実施した。SNSで投稿や共有を行う前に、一旦止まって情報源や内容を吟味してみようと呼びかけるもので、FacebookやTwitterをはじめとする各種SNSでキャンペーンが行われた。

 (6)プラットフォーマー規制
 2019年12月、豪政府は、オーストラリア競争・消費者委員会(Australian Competition and Consumer Commission(ACCC))がとりまとめたデジタルプラットフォームに関する調査報告書[12]への回答と、それに対応するロードマップを公表した[13]。これに従い、最初に、デジタル市場監視のための専⾨部署をACCC内に設置し、オンライン広告の分野から不正監視を開始し、必要に応じて法執行を行うとした。

 また、2021年2月には、ニュースメディアのコンテンツをプラットフォームに表⽰する場合に対価支払いを義務付ける法案(Treasury Laws Amendment(News Media and Digital Platforms Mandatory Bargaining Code)Bill 2021)を可決した。

 さらに現在、政府は、オーストラリア通信メディア局(Australian Communications and Media Authority (ACMA))に対して、プラットフォーマー企業へプラットフォーム上の有害なコンテンツの説明を義務付けるという規制権限を与えることを規定した、新しいディスインフォメーション規制の法整備を進めている[14]。本法案は、2022年後半に議会提出予定となっている。

 (7)プラットフォーマーの自主規制
 2019年4月、Facebookは、5月に予定されている総選挙への対策として、オーストラリアでの虚偽報道対策措置を強化し、オーストラリア国外で購入された政治広告を一時的に同国内で表⽰できないようにすると発表した[15]。あわせて、政党、スローガン、ロゴに関するコンテンツが含まれる広告の国外購入を禁止した。この時点では、オーストラリアで選挙関連広告の購入を試みた外国⼈/外国企業(およびそうした存在があったかどうか)は明らかになっていない。

 GoogleやTwitter等、プラットフォーマー企業のオーストラリア子会社は、デジタル・インダストリー・グループ(the Digital Industry Group Inc. (DIGI))という業界団体を組織しており、2021年2月に、ディスインフォメーションおよびミスインフォメーションに関する行動規範を策定した[16]。これには、Adobe、Apple、Facebook、Google、Microsoft、Redbubble、TikTok、Twitterの8社が同意、採択している。行動規範では、プラットフォーマーの倫理的責任、ディスインフォメーションへ対応する責務等を示し、誤った情報の流布への対策をとることを求めている。2021年10月には、この行動規範の違反に対する苦情申し立てを裁定するための小委員会をDIGIが設置し[17]、さらにガバナンスを強化した。

 以上が、オーストラリアにおける対策の概観となる。オーストラリアは、選挙のモニタリング、干渉行為の調査および事後の制裁、プラットフォーマーへの規制等、これまで欧米諸国で取り入れられてきた対策を、事前規制も事後規制もバランスよく採用している傾向にある。また、EIATには、インテリジェンスコミュニティを中心に、省庁横断的に多くの省庁が参加できていることは注目すべき点であり、こうした体制整備は日本も見習うところが大きいと言えるだろう。

4.おわりに

 以上の事例と対策の状況から、オーストラリアもディスインフォメーションの脅威に晒されていることを厳しく認識し、対策をとっていることがわかる。2016年の米国大統領選や英国のEU離脱国民投票において、ディスインフォメーションによる選挙干渉の事例が顕在化したことから、オーストラリアもこうした脅威が自国に迫っているものと認識を新たにした。それにより、2017年から2018年頃を端緒として、積極的な対策がなされた。対策の類型としては、コンテンツ規制を含む事前規制型と、制裁による事後規制型のハイブリッドであり、柔軟な姿勢で対抗策制定に臨んでいることが伺える。オーストラリアは、2022年5月21日に総選挙実施を控えており、中国による軍備増強への対抗策の一環とみられるAUKUS後の選挙であることや、ウクライナ情勢に対する中国の緩慢な対応についてモリソン首相が非難を強めていることから、中国の干渉はより一層激しくなることが予想される。これらの対策がどこまで機能するか、結果が早くも表れてくることになるだろう。

 (了)

(2022/05/19)

脚注

  1. 1 ディスインフォメーションの事例を検討するうえで、どこまでを関連する事例として取り扱うか、という点は議論がある。筆者は、ディスインフォメーションについて、「害意を以て故意に広められ、真なる情報と偽の情報の双方を含むものの、それが誤った文脈や詐欺的な内容、でっち上げや操作された内容に組み合わされることで、攻撃対象を認知するプロセスを歪ませる情報の集合体、およびそうした情報を拡散するオペレーション」であると再定義を行っている(拙稿「今日の世界における「ディスインフォメーション」の動向――“Fake News”から”Disinformation”へ」笹川平和財団『国際情報ネットワークIINA』2021年2月15日、詳細は、Tomoko Nagasako, “Global Disinformation Campaigns and Legal Challenges,” International Cyber Security Law Review, Vol. 1., Springer, 6 October 2020, を参照)が、ディスインフォメーションを用いた影響工作においては、情報操作に利用するための機密情報を窃取することを目的として、フィッシング等の情報窃取型サイバー攻撃が複合して用いられる事例が発生していることを留意すべきであると考える。こういった事例は、2016年の米国大統領選や、2017年のフランス大統領選、2018年のカンボジア総選挙等で確認されている。ついては、選挙干渉を目したサイバー攻撃事案も含めてディスインフォメーション関連事案として、本稿の検討範囲としている。(この表現は通常、本文の序文で用いられるのが一般的ですが。)
  2. 2 Joint Standing Committee on Electoral Matters, “Report on the conduct of the 2016 federal election and matters related thereto,” Parliament of the Commonwealth of Australia , November 2018, p159.
  3. 3 Joint Standing Committee on Electoral Matters, “Report on the conduct of the 2019 federal election and matters related thereto,” Parliament of the Commonwealth of Australia , December 2020, p106.
  4. 4 Brett Worthington, “Scott Morrison reveals foreign government hackers targeted Liberal, Labor and National parties in attack on Parliament's servers,ABC News, 18 February 2019.
  5. 5 Colin Packham, “Exclusive: Australia concluded China was behind hack on parliament, political parties – sources,Reuters, 16 September 2019.
  6. 6 Michael Vincent, “Suspicion falls on China after cyber attack on Australian Parliament — and it's not surprising,ABC News8 Feb 2019.
  7. 7China spy claims 'deeply disturbing', PM says,9 News, 25 November 2019.
  8. 8 Katharine Murphy, Christopher Knaus and Nick Evershed, “'It felt like a big tide': how the death tax lie infected Australia's election campaign,The Guardian, 7 Jun 2019.
  9. 9 Joel Wuthnow, Arthur S. Ding, Phillip C. Saunders,
    Andrew Scobell, Andrew N.D. Yang, “THE PLA BEYOND BORDERS,” National Defense University Press, 2021, p304.
  10. 10 Echo Huang and Tripti Lahiri, “Right-wing “fake news” circulates on China’s WeChat app as Australia’s election nears,Quartz, 9 May 2019.
  11. 11 Yan Zhuang and Farrah Tomazin, “Labor asks questions of WeChat over doctored accounts, 'fake news',” The Sydney Morning Herald, May 6, 2019.
  12. 12 Australian Competition and Consumer Commission, “Digital Platforms Inquiry Final Report,” Commonwealth of Australia, June 2019.
  13. 13 Australian Government, “Government Response and Implementation Roadmap for the Digital Platforms Inquiry,” Commonwealth of Australia, 12 December 2019.
  14. 14 The Hon Paul Fletcher MP, “New disinformation laws,” Ministery for Communications, Urban Infrastructure, Cities and the Arts, 21 March 2022.
  15. 15 Ariel Bogle, “Facebook bans foreign political ads in the lead up to the Australian election”, ABC News5 April 2019.
  16. 16Australian Code of Practice on Disinformation and Misinformation: An industry code of practice developed by the Digital Industry Group Inc. (DIGI),” DIGI, 22 February 2021.
    この行動規範をめぐるDIGI全体の動静、取り組みについては、以下から確認できる。
    https://digi.org.au/disinformation-code/
  17. 17Australia Disinformation Code of Practice Strengthened with Independent Oversight and Public Complaints Facility,Latest News, DIGI, 11 October 2021.