我々はDisinformationの時代に生きている

 これは、安全保障やインテリジェンス研究を専門とするトーマス・リッド(Thomas Rid)の言である[1]。「ディスインフォメーション」(Disinformation)という言葉は、日本ではまだ耳慣れないが、海外の報道では、外国勢力の干渉による情報騒乱を指すニュースでよく用いられている。特にその傾向が顕著になったのは2016年以降である。それは、2016年の米国大統領選挙において、Facebook(フェイスブック)で得られた政治志向等の個人情報を選挙時の情報発信に利用した「ケンブリッジ・アナリティカ事件」や、ロシア政府の関係組織が民主党全国委員会にハッキングを行い、ヒラリー・クリントン候補に不利になるEメールをSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)に流して情報操作を行い選挙に干渉したとされる「ロシアゲート事件」が起こり、サイバー空間上の情報操作による選挙干渉が注目を浴びたからだ。2020年の米国大統領選でも、外国勢力による情報操作型のサイバー攻撃がなされたことが示唆されており、QAnonという米国内の陰謀論を信奉する運動を利用することで、ロシアやその他の国々が米国の選挙や政治に影響を与えたのではないかとみて、1月19日には、米国のバイデン新政権のヘインズ国家情報長官が外国勢力の干渉に係る調査を強化することを指名公聴会で明言した[2]。

 本稿では、我が国の安全保障にも重大な影響をもたらしかねない現象としての、「ディスインフォメーション」の世界的な動向とそれが意味するところを概観する。

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安全保障問題としてのディスインフォメーション

 ディスインフォメーションのような情報操作型のサイバー攻撃は、我が国の安全保障上の問題として取り扱う必要がある。そして、特に他国からの民主主義プロセスへのサイバー攻撃に着目すべきである。何故なら、民主主義プロセスへの攻撃は、国家の意思決定に干渉するものであり、国家の存立そのものを脅かす脅威となるからである。

 しかし、一方で、日本ではその実情がまだ十分に認識されておらず、その一因として、我が国での用語の問題があるのではないかと筆者は考えている。2020年2月に総務省主宰のプラットフォームサービスに関する研究会が公表した最終報告書[3]によると、「我が国では一般的に『フェイクニュース』という言葉が報道等で利用されることが多いが、『フェイクニュース』について国際的に定まった定義はなく、また、諸外国の政府の政策文書等では「disinformation(偽情報)」や「misinformation(誤情報)」という表現が用いられることが多い[4]」として、日本では「フェイクニュース」という言葉のほうが一般的である現状を指摘している。しかし、上記のような安全保障上の文脈において、はたして「フェイクニュース」という用語は適切なのであろうか?

 筆者は、「フェイクニュース」という言葉は、現在使われている文脈においては事態を矮小化して認識させるミスリーディングな用法であり、日本でも「ディスインフォメーション」(あるいは短縮形で「ディスインフォ」)という用語を用いるべきと考える。この議論の詳細は後述するが、なぜ適切な用語で現状をとらえねばならないのか。それは、日本の安全保障に影響を与えかねないほど、世界の状況は緊迫しているからだ。

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ディスインフォメーションとは何か?

 筆者はディスインフォメーションの事例収集を行っているが、個別の中身を精査していけば、それは旧来のプロパガンダやアクティブ・メジャーズ[5]といった各種工作の組み合わせであり、特に目新しい手法というわけではないことを確認している。同様の情報工作は、新聞やテレビ、ラジオといったオールドメディアを通じて、第二次世界大戦中も冷戦時にも、脈々と水面下で行われていた。

 しかし、それがサイバー空間に舞台の中心を移し、改めて注目を浴びたターニングポイントが2016年という年であった。そこで、2016年を一つの区切りとして、それ以降のロシアと中国によるディスインフォメーションの事例として現時点で確認できたものを筆者が各種政府報告書や報道記事等のオープンソースからまとめ、マッピングしたものが下記の図1である。こうしたオペレーションを用いている国の大半はロシアと中国であるため、以下では主要な対象をこの二国に絞って問題を明確にする。

図1:Disinformation Cases (since 2016)(各種資料より筆者作成)
図1:Disinformation Cases (since 2016)(各種資料より筆者作成)[6]

 この調査結果から、ロシアと中国が、それぞれヨーロッパ諸国と環太平洋諸国に対して影響力を及ぼそうとしていることがわかる。また、ロシアについては、アフリカ諸国まで干渉の範囲を広げており、影響力を強めようとしている姿勢が読み取れる。

 また、「Unknown」として表示した1件は、2018年の沖縄知事選挙における事例である。これは、沖縄知事選挙中に「沖縄県知事選挙2018」「沖縄基地問題.com」という動画中心のサイトが作成され、⽴候補者で新規米軍基地建設反対派である⽟城デニー⽒(現県知事)や、その陣営である故・翁⻑雄志前知事を貶めるような、根拠のないいわゆる「フェイクニュース」がこれらのサイトからSNSを通じて拡散された事例であった。これについては、「フェイクニュース」が発信されたことは確認されており、琉球新報や沖縄タイムスがファクトチェックを行った検証記事を発表している[7]。しかし一方で、その発信源を突き止めようと琉球新報が調査を行ったものの、その発信源は解明されずに終わってしまった[8]。

 この追跡に関連するニュースは、玉城氏陣営に関する誤った情報を発信しており、反玉城氏の姿勢であったため、国内の反対派勢力からの発信の可能性も考慮しなければならない。しかし、ディスインフォメーションとは、自国に有利な勢力のために反対勢力を追い落とす目的で誤った情報をばらまく、といった単純なものではない。いずれの勢力に対しても偽の情報や操作された情報、誤解を誘う「ミスリーディング」な情報を流布させることで情報騒乱を起こし、民主主義における選挙の正統性を貶めることがディスインフォメーションの目的の一つと考えられる。

 そうした観点で考えると、琉球帰属未定論によって沖縄で世論形成を図っていると指摘されている中国[9]、そして沖縄の米軍基地は日露関係に障害であると明言し、近年沖縄に接近を図っているロシア[10][11]、これらの国家による干渉の可能性を排除するべきではない。そしてその可能性は、日本の安全を担保する日米同盟と密接にかかわる沖縄の在日米軍に影響を与える沖縄知事選挙が、特定の勢力によるディスインフォメーションにより影響を受けてしまうという、深刻な安全保障問題につながるのである。

 このような事態を防ぐため、民主主義に対抗的なデジタル権威主義国家が、Disinformationというオペレーションで以てサイバー空間でどのように影響力を強めているのか、またわれわれ民主主義国家がこうした動きに対してどのように対策をとっていくべきなのか、といった調査、研究を行うことが喫緊の課題であるといえる。

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ディスインフォメーションの再定義

 そして、このようなディスインフォメーションの動向を捉えるために、その語義も明確に定義されるべきである。

 前段で「フェイクニュース」ではなく「ディスインフォメーション」という語が特に安全保障上の文脈では用いられるべきだと述べた。その理由は、「フェイクニュース」は、直訳すれば偽のニュースということになるが、後述するような「偽」と言い切れない情報、操作された情報、「ニュース」以外のSNS上におけるBotアカウント[12]等による情報量やネットワークの歪曲という行為が対象から外れてしまうからである。例えば、外国勢力の影響を受けたインフルエンサーがその外国勢力の意図のもと政治的発言を行ったり、特定意見に関するBotアカウントが大量に生産されたりすることで、民主主義を支える民衆の意見は容易に影響を受けて歪むことになる。ロシアがInternet Research Agencyという民間会社を通じて、特定意見を流布するためのBotアカウント等を作成しインターネット上で工作を行っていたこと[13]や、中国人民解放軍がその政治工作条例にある三戦のうち、世論戦と心理戦の概念の下、ソーシャルメディアおよび情報ネットワークをターゲットにしていること[14]はすでに各国の公式報告書や先行研究で指摘されているとおりである。民主主義プロセスへ攻撃を行うことを企図する勢力は、情報とそれが拡がるネットワーク、そして受け手の認知領域を標的とし、攻撃しているのであって、単なる偽のニュースを流すことに終始しているのではない。

 では、このような現況を表すのに適切な用語は何か。筆者は、国家の意思決定を脅かすような安全保障上の文脈では、日本でも「ディスインフォメーション」(あるいは短縮形で「ディスインフォ」)というワードを用いるべきだと考える。上記総務省の報告書にもあるように、国際的にはDisinformationという表現が浸透しているところであり、世界と定義を共有できる利点もある。そのために、ディスインフォメーションの定義を考えるにあたり、まずはEUでの定義を確認してみたい。以下の図は、欧州評議会によって2017年に公表された報告書における定義図[15]である。この報告書では、情報を取り巻く混乱した状況をInformation Disorder(情報の無秩序)と表現し、その状況下における正しくない情報を以下の3種類に分類している。

  • Mis-information(誤情報)…事実誤認や誤った文脈での情報の結合、ミスリーディングなコンテキスト等であるが、誤って広められたものであり故意や害意はないもの。
  • Dis-information(偽情報)…害意を以て故意に広められた、誤った文脈や詐欺的な内容、でっち上げや操作された内容の情報
  • Mal-information(悪意の情報)…秘匿されていた情報をリークする、機微な個人情報を相手を害する目的で公にするなど、真なる情報だが害意を以て広められている情報

Information Disorder

図2:EUによるDisinformationの定義
図2:EUによるDisinformationの定義

 上図では、Disinformation(以下ディスインフォメーション)は全てFalse(誤り)の領域に入っていることからもわかるように、この報告書での考え方は、ディスインフォメーションは虚偽の情報をベースに構成されるという考え方となっている。しかし、2016年米国選挙や、その他、英国のEU離脱に関する国民投票、2017年のフランス大統領選やドイツ議会選挙等に関する一連のオペレーションをディスインフォメーションと評している報告書[16][17]や報道等を概観すると、この定義は現実とはやや齟齬があることがわかる。例えば、2016年の米国大統領選挙では、民主党選挙委員会がハッキングに遭い、メール等の情報がリークされるとともに、それをもとにSNSで民主党候補の反ヒラリー・クリントン氏の言説が形成される工作があった。これは、端緒となるリーク情報は虚偽の情報ではない。また、フランス大統領選では、マクロン氏がゲイだとするヘイトスピーチが拡散されていた[18]。このとき、マクロン氏本人はそれを否定するコメントを出していた[19]ので、この場合はいわゆる「フェイクニュース」であるのだが、このような個人情報は第三者が事実確認することが難しく、また個人の権利擁護の点からも公表すべきものではないが、意図的に大統領選挙でマクロン氏を不利にする目的でこうした情報が広められている以上、仮にマクロン氏がゲイということが事実だったとしても、これは選挙干渉のために操作された情報としてディスインフォメーションの範疇に入るであろう。

 よって、これらをふまえてディスインフォメーションの定義図を描きなおすと下記のようになる。

図3:筆者によるDisinformationの定義
図3:筆者によるDisinformationの定義

 このように、ディスインフォメーションについては、真なる情報も含むが、それが不都合な真実や差別的な文脈かのように仕立て上げられ歪まされるという点が重要である。前出のリッドも、ディスインフォメーションは「真実と虚偽、そして理想的には両方を混ぜ合わせたものを使用して、敵対勢力の政治システムにおける既存の緊張と矛盾を悪化させる」ものであると指摘している[20]。さらに踏み込んでディスインフォメーションを定義するとすれば、「害意を以て故意に広められ、真なる情報と偽の情報の双方を含むものの、それが誤った文脈や詐欺的な内容、でっち上げや操作された内容に組み合わされることで、攻撃対象を認知するプロセスを歪ませる情報の集合体、およびそうした情報を拡散するオペレーション」とするのがよいのではないか。特に現在の安全保障の文脈においては、ディスインフォメーションが「民主主義を害する目的で行われる、サイバー空間を中心とした国家的な情報歪曲オペレーション」であることを付言すべきである。ここでは、試験的にディスインフォメーションの定義づけを試みたが、今後の事例蓄積により、この定義も変化していく可能性がある。しかし少なくとも、単なるフェイクにとどまらない、真実ですら都合よく操作されて流布されるようなオペレーションによって我々は刻々と攻撃を受けている、という認識を持つことは重要だろう。

結びにかえて

 サイバー空間にも民意が存するこの時代において、我々の民主主義を守るためにも、ディスインフォメーションの調査、研究、対策は怠ってはならない。日本にも喫緊の対策が必要であり、今後の各国動向をもとにして、引き続き我が国でとりうる対策を検討していきたい。

(2021/2/15)

脚注

  1. 1 Thomas Rid Active Measures: The Secret History of Disinformation and Political Warfare. Farrar Straus & Giroux, New York. April 2020, p.6.
  2. 2 Julian E. Barnes, “Biden Nominee Vows to Track Foreign Influence on Domestic Extremist Groups,” The New York Times, January 19, 2021.
    なおQAnonとは,米国内でトランプ元米国大統領支持派を中心として広まっている運動で,米国の電子掲示板に端を発し,SNSで大きく支持者を獲得して広がった.QAnonは,民主党をはじめとするトランプ大統領の敵対勢力を,人身売買や小児性愛を行う悪の秘密結社と捉えており,そうした陰謀論に基づく米国大統領選の選挙不正説等をインターネット上で拡散している.その影響は日本のSNSユーザにも広まっており,QAnonに影響を受けた同様の日本の運動をJAnonと称する。
  3. 3 総務省『プラットフォームサービスに関する研究会最終報告書』2020年2月。
  4. 4 同上、16頁。
  5. 5 「アクティブ・メジャーズ」または「積極工作」とは、1920年代以降にソ連またはロシア政府によって行われた、対象組織を自国に有利な方向に誘導する政治工作を指す。誤報、プロパガンダ、欺瞞、妨害工作、体制の不安定化、スパイ活動などのオペレーションを組み合わせることで対象に影響を与えた。
  6. 6 地図画像についてはVECTORWORLDMAP.COM version 2.2 (COPYRIGHT 2009, Graphics Factory CC)を利用。
  7. 7 藤代裕之「フェイクニュース検証記事の制作過程〜2018年沖縄県知事選挙における沖縄タイムスを事例として〜」『社会情報学』第8巻2号、社会情報学会、2019年、143-157頁。 同稿の主題は沖縄タイムスの事例だが、琉球新報のファクトチェック動向についても触れられている。
  8. 8 「知事選に偽情報、誰が? 2サイトに同一人物の名前 正体を追うと・・・<沖縄フェイクを追う>①」『琉球新報』2019年1月1日。
  9. 9 「『琉球帰属未定論』を提起し,沖縄での世論形成を図る中国」『内外情勢の回顧と展望』公安調査庁、23頁、2017年1月、なお「琉球帰属未定論」とは、中国共産党の機関紙である人民日報等で主張されている、「米国は,琉球の施政権を日本に引き渡しただけで,琉球の帰属は未定である。我々(中国)は長期間,琉球を沖縄と呼んできたが,この呼称は,我々が琉球の主権が日本にあることを暗に認めているのに等しく,使用すべきでない」といった説である。
  10. 10 新垣毅、「プーチン大統領側近に独占インタビュー 沖縄の基地は「日ロ関係に障害」 対米従属の弊害を指摘  セルゲイ・グラジエフ氏」『琉球新報』2019年10月7日。
  11. 11 ロシア連邦極東連邦管区大統領全権代表公式ウェブサイトにおいて.ロシア連邦副首相兼極東連邦管区大統領全権代表のユーリ・トルトネフ氏が、2018年10月に東京と沖縄を訪問し、日本政府や経済界の代表者らと会談し、日本と極東地域の今後の協力について協議する旨が記載されている。“В рамках рабочей поездки Юрия Трутнева пройдет обсуждение сотрудничества России и Японии на Дальнем Востоке,”Официальный сайт полномочного представителя Президента Российской Федерации в Дальневосточном федеральном округе, 26 октября 2018.
  12. 12 Botとはロボット(Robot)の略称で、特定の処理を自動的に実行するコンピュータプログラムの通称である。そして、Botアカウントとは、SNS上でBotを利用することで自動的な投稿や応答を可能としたアカウントのことである。特定のプログラムによって、短時間で大量の投稿を行ったり、SNS上の投稿から言語を学んで自動的に応答したり、といった機能を持つものもある。気象情報等の自動投稿のように適正に使えば問題はないが、巧妙に人力のアカウントのように装っているものなどもあり、特定の意見の大量流布等に利用されると、公正で健全な情報流通を阻害するものとなってしまう。
  13. 13 “CIA/FBI/NSA Assessment: Russia’s Influence Campaign Targeting the 2016 US Presidential Election,” Background to “Assessing Russian Activities and Intentions in Recent US Elections“: The Analytic Process and Cyber Incident Attribution, Office of the Director of National Intelligence (ODNI). Januiary 6, 2017, p.4.
  14. 14 Dean Cheng , Cyber Dragon: Inside China's Information Warfare and Cyber Operations, ABC-CLIO, November 2016, p41ff.
  15. 15 Claire Wardle, and Hossein Derakhshan, Information Disorder: Toward an interdisciplinary framework for research and policymaking, Council of Europe, September 27, 2017, P.5.
  16. 16 Putin‘s Asymmetric Assault on Democracy in Russia and Europe: Implications for U.S. National Security: A Minority Staff Report Prepared for the Use of the Committee on Foreign Relations United States Senate, One Hundred Fifteenth Congress Second Session, U.S. Government Publishing Office, January 10, 2018.
  17. 17 House of Commons Digital, Culture, Media and Sport Committee, Disinformation and ‘fake news’: Final Report Fifth Report of Session 2017–19. UK Parliament, February 18, 2019, p.7ff.
  18. 18 “Ex-French Economy Minister Macron Could be ‘US Agent’ Lobbying Banks’ Interests,” Sputnik, February 4, 2017.
  19. 19 19. “France election: Macron laughs off gay affair rumours,” BBC, February 7, 2017.
  20. 20 20. Rid, op.cit., p.7.