インドが発する複雑なメッセージ

 昨今、インドが、日本やアメリカ、オーストラリアとの連携を図ろうとしているは明白になっていている。2018年9月には米印間で外務・防衛閣僚が一堂に会する2+2協議が行われ、多くの合意がなされた。[1]10月にはインドのナレンドラ・モディ首相が来日し、日印間でも閣僚級2+2を開くことで合意した。[2]さらに、11月15日にはシンガポールにおいて、事務レベルによるインド太平洋地域に関する日米豪印4か国協議も実施された。[3]12月には、日米印の首脳会談も初めて開催された。

 このようなインドの実際の行動を見ると、日米豪との安全保障協力を進めることにかなり前向きなように見える。一方で、インドは日米豪と関係の安全保障の側面をできるだけ薄めようとしているようにもみえる。例えば2018年6月にシンガポールで行われたシャングリラ会議で登壇したモディ首相は、「インドの友好関係は封じ込めのための同盟ではない」と表現している。[4]実際には軍事色の強い協力関係が進めているにもかかわらず、軍事的ではないことを強調しているのである。なぜインドから発せられるメッセージは複雑なのだろうか。

 実は、インドは日米豪との連携に関してジレンマに直面している可能性がある。ジレンマとは、印中国境(実効支配線を含む)の防衛を考えた際に、長期的には日米豪との連携がインドの防衛力を高める方向に働くけれども、短期的には逆になる可能性があることだ。短期的に見ると、インドが日米豪との連携への反発により、現在、太平洋側に配備されている中国軍が印中国境に再展開してきて、かえってインドにとって不利な状況をつくってしまう可能性がある。インドは、このジレンマを解消する必要性がある。

日米豪との連携がインドに有利な点

 長期的にみて、日米豪との連携がインドの印中国境における防衛力を高めるとみられる点については、少なくとも3つの理由がある。第1に、印中国境において、中国軍の活動が強化され、インドにとって状況が悪化する方向性にあり、印中国境防衛力強化が急務であることだ。最近中国は、標高が高い印中国境地帯で運用できる戦車の開発など、明らかに印中国境を念頭に置いた武器開発を行っており[5]、戦略目的の道路などの建設も進んでいる。飛行場の数も6から15に増やしている。[6]

 そして、このような整備に並行して、中国軍の活動そのものも強化されている。2011年以降、中国軍によるインド側への侵入事件は毎年300-500件に達しており、中国空軍の演習も活発化してきている。さらに中国軍は、印パ両国が領有権を主張するカシミールのパキスタン側に、軍を駐留させてもいる。[7]このような状況から、印中国境における印中の軍事バランスは悪化傾向にある。だから、インドは印中国境における防衛力の強化に取り組む必要があり、日米豪との連携が必要となる。

 例えば、アメリカはすでに、印中国境防衛に必要な武器をインドに輸出し始めている。例えば、印中国境防衛の要になる部隊となる第17軍団は、9万人規模で、130万人もいるインド陸軍の規模から見ても大きな部隊であり、しかも、空中機動によってチベット方面に反撃に出るという、インドの対中戦略の要の部隊でもある。アメリカはこの部隊に多くの装備を供給しているのである。2010年代初頭から現在までに、アメリカは第17軍団関連装備として、C-17大型輸送機(10機発注+6機検討)、C-130中型輸送機(6機発注)、AH-64アパッチヘリコプター(空軍22機発注+陸軍39機検討)、CH-47大型輸送ヘリコプター(15機発注)、空輸可能なM777火砲(145門発注)などを輸出している。

 日本もまた印中国境の防衛につながる形で間接的にインドを支援している。日本は、インド北東部における道路建設に協力しており、[8]これは印中国境で双方が領有権を主張しているアルナチャル・プラデシュ州の外側ではあるものの、インド北東部におけるインフラ建設は、インド軍が印中国境に展開する際に重要である。

 第2に、中国の軍事行動の特徴から考えて、インドにとって日米豪との連携は、中国の行動を抑えるのに役立つものと考えられる。南シナ海の例を見ると、中国はこれまで「力の空白」を埋めるように勢力を拡大してきた。例えば1950年代には中国は西沙諸島の半分を占領したが、これはフランスがベトナムより撤退した直後のことであったし、1974年に中国は西沙諸島の残り半分も占領したが、これもアメリカ軍がベトナムから撤退した直後のことであった。1988年には中国は南沙諸島でベトナムから6つの環礁などを奪ったが、これもソ連がベトナムにおける駐留兵力を減らしたときであったし、1995年にはフィリピンが領有権を主張していたミスチーフ環礁を占領したのも、アメリカ軍がフィリピンから撤退した直後のことであった。[9]

 そのため、インドは中印国境において、「力の空白」を生じさせないように、軍事バランスを維持することが必要で、そのためには、インドが日米豪と連携することは効果的である。例えば、中国を東西から挟む形になる日本とインドの連携は、中国の国防費や空軍戦力を分散させることにつながる。中国が、東西に戦力を分散せざるを得ない状況となれば、日本にとっても、インドにとっても、軍事バランスの維持には好都合である。

 第3に、日米豪印の連携が印中国境における防衛に直接役立つ事例が出始めている。2017年6月から8月におきたドクラム危機である。この危機では印中両国が4000kmの国境で戦闘態勢のままにらみ合う事態に発展したが[10]、その際、アメリカはインドに、中国の軍の動きに関して情報を提供していた[11]。また、危機の最中、アメリカは空母、日本は「ヘリ空母」をインド洋に派遣して、インドが主催する共同演習(マラバール2017)を行い一定のけん制となった。この演習の時期はもともと予定されていたものではあるものの、中国メディアは演習を受けて、インドに対して「日米に期待するな」という記事を書いており、一定のプレッシャーを感じたものとみられる[12]。

 軍事支援以外にも、日本の平松賢司駐印日本大使が、力による現状変更を容認しないという、インド支持の声明をだした。[13]しかもドクラム危機は、インド国防相の訪日、安倍晋三首相の訪印直前に終わっている。中国が、危機を長引かせて日印関係をより強化させてしまうのを望まなかったふしがある。日本との連携が、印中国境防衛に一定の効果を上げた可能性は十分にある。こういった協力は、協力関係が深まっていくに連れて、効果を高めるから、長期的な視点にたてば、日米豪との協力の深化は、インドにとって利益になるはずだ。

日米豪との協力のマイナス面

 このように、インドが日米豪と連携することは、長期的に見て、印中国境におけるインドの防衛に一定程度効果的なのだが、インド政府が、この協力の軍事的側面を薄めようとしているのは短期的なリスクがあるからと考えられる。中国軍の主力は依然、日本方面や南シナ海方面に配備されている。インドが中国を刺激しすぎることがなければ、中国はインド方面には移動してこない。しかも、中国軍の主力がインド方面に移動してきた場合、ドクラム危機で日米豪が見せた程度の支援では、インドにとって不十分な状態にある。日米豪との連携は、インドから見れば、中国が実際に攻撃を開始したとき、日米豪がインド側にたって参戦してくれる。中国が日米豪と戦うことを恐れてインド攻撃を躊躇う。それくらいの確実な保障がなければ、十分とは言えない。だから、短期的には、あまりに日米豪に傾斜しすぎて中国軍の主力をインド方面に招いてしまう、そういう事態を避けることが、インドの国益になる。

 それゆえに、インドは長期的な利益と、短期的な利益の間のバランスをとる必要がある。つまり、短期的には、インドは中国を過度に刺激しないように活動しつつ、長期的には日米豪との連携を深める、こうした政策が採用されているとみられる。日本、アメリカ、オーストラリアにとっては、インドの印中国境防衛と長期戦略のジレンマを理解し、長期的な視点から協力を継続していく必要があるだろう。

  (2018/12/13)

脚注

  1. 1 詳細は、拙稿「米印2プラス2合意の戦略的意義」笹川平和財団国際情報ネットワークIINA(2018/11/17)を参照。
  2. 2 外務省報道発表「日印首脳会談」2018年10月29日。
  3. 3 外務省報道発表「日米豪印協議」2018年11月15日。
  4. 4 (注1)Shri Narendra Modi, “17th Asia Security Summit The IISS Shanri-La Dialogue Keynote Address”, International Institute for Strategic Studies, June 1 2018.
  5. 5 Arthur Dominic Villasanta, “China Hastens Military Build-up along Indian Border; Deploys ‘Xinqingtan’ Light Tank”,The China Topics, June 12 2017.
  6. 6 Sudhi Ranjan Sen, “Air Force Gets New Airfield In Arunachal Pradesh, 100 Km From China Border”,NDTV, August 17, 2016.
  7. 7 “Chinese Army troops spotted along line of control in Pakistan-occupied Kashmir”, The Economic Times, July 12 2018.
  8. 8 Rohinee Singh, “Japan gets contract to build strategeic roads on Indo-China border”, DNA, November 3, 2014.
    JICA、「案件概要表」(インド国:持続可能な山岳道路開発のための能力向上プロジェクト)。
  9. 9 防衛省「南シナ海情勢(中国による地形埋立・関係国の動向)」2018年2月2日。
  10. 10 Jonathan Marcus, “China-India border tension: Satellite imagery shows Doklam plateau build-up”, BBC, January 26 2018.
  11. 11 Swarajya Staff, “US Provided India Intelligence Input On Chinese Troop Deployments During Doklam Stand-Off, Hints Report”, September 5 2018.
  12. 12 "Don't bank on US and Japan, you'll lose: Chinese daily warns India over Doklam standoff", Business Today, 21 July 2017. なお、当時の海上自衛隊艦艇の航海については海上自衛隊ウェブサイト参照。
  13. 13 “Doklam stand off Japan backs India, say no one should try to change status quo by force” The Times of India, August 17 2017.