2018年9月6日、アメリカとインドの関係強化を明確に示す閣僚級の2+2協議が開催された。両国の外務・国防の閣僚4名がニューデリーに集まって協議したのである。多忙な閣僚を4人同時に集めることはそれだけでも調整が難しい。しかも、インドはこれまで閣僚級の2+2を実施していない。日本やオーストラリアと2+2を実施しているが、現時点では閣僚より下の次官級レベルである[1]。しかも今回の米印2+2では、両国の戦略上、多くの重要な合意がなされた。その意義の大きさは「次は2019年にアメリカで行う」という決定でもわかる。[2]

  本稿では、米印合意の内容と、その戦略的意義を分析する。

日印2プラス2

日印2プラス2の三つの成果

 今回の合意内容には3つの成果がある。1つはインド太平洋における協力について両者の認識ギャップを埋めたことである。「自由で開かれたインド太平洋戦略」は、もともと日本が最初に掲げた戦略である。しかし、2017年11月10日、トランプ米大統領がベトナム・ダナンにおける演説で「自由で開かれたインド太平洋」というフレーズを使用し[3]、2017年12月には国家安全保障戦略に位置付けれ、以後、アメリカの戦略として定着した。2018年6月にはインド側も、ナレンドラ・モディ首相がシンガポールでのアジア安全保障会議(シャングリア・ダイアローグ)でインド太平洋について演説を行った。[4] 7月末には、マイク・ポンペオ米国務長官がワシントンで同様に演説し[5]、米印におけるインド太平洋地域への認識が共有されるようになってきた。一方で、より詳細に両者の認識をみていくと、アメリカとインドの間には明らかなギャップも存在する。

 その一つが地理的範囲だ。「インド太平洋」という概念については、2018年6月のモディ首相の演説でも、7月のポンペオ国務長官の演説でも、東南アジア諸国がその中心にあることでは一致している。しかしインド洋については、太平洋優先で考えるアメリカ側と、インド洋優先で考えるインド側では、重視の度合いが異なる。ポンペオ国務長官は、インド太平洋の定義としてインドの東側までを指しており、アメリカ軍のインド太平洋軍の担当範囲もまたインドの東側の海岸線までになっている。しかし、これをインドから見ると不十分としか思えない。実際には、米印が懸念する中国海軍の活動はインド洋の東側、西側問わず活発化しつつあるからだ。

 この問題について、今回の米印2+2では、インド洋の西半分を担当する米中央軍とインド海軍との間で協議を始めることで合意した。つまり、西インド洋の安全保障についても米印間で関心を共有し、認識ギャップを埋める努力を始めたのである。

 2つ目は、アメリカとインドの軍同士の間の共同運用を実施するための体制をさらに整備したことである。2つ以上の国の軍隊が協力して行動する場合、多くの問題が生じ得る。例えば、相手の国の基地に入り、燃料を補給し、壊れた装備を修理する。また、機密情報を共有し、通信を行うこともある。共同行動のためにはこれらの協定が必要になる。アメリカとインドの間では、すでに相手国の基地に入ることや、補給をするための協定(LEMOA: Logistics Exchange Memorandum)、機密情報を共有する協定(GSOMIA: General Security of Military Information Agreement)が結ばれている。

 今回の2+2では、新たに通信を行う際の協定(COMCASA: Communications Compatibility and Security Agreement)が結ばれた。そして、2019年にアメリカとインドの間で陸海空すべての軍種が参加する共同訓練を実施することでも合意した。アメリカとインドという別の国の軍隊が共同で陸海空の演習を行うためには、多くの課題を克服する必要がある。これらの協定により、両国は、陸海空軍の共同訓練が実施可能な段階に入ったのである。訓練の場所は、インド東部の印中国境の近くで、2017年には印中両軍が対峙する原因となったドグラム高地からやや南の地域である。

 3つ目は、武器取引や共同開発を実施するための合意が多くなされたことである。前の段で紹介した通信に関する協定は、現代の防衛装備品が高度な通信を必要とすることから武器取引にも深く関わる。[6]また、米印2+2では、アメリカがインドに対して、高度な軍事技術を提供しやすくするために、インドSTA-1(Strategic Trade Authorization)という、取引の際の商務省への申請を許可される国に指定した。これはアジア地域では日本と韓国だけに認められてきたものだ。これが異例なのは、インドの武器体系が日本や韓国とは違うからである。インドは現在でも約7割近くを旧ソ連・ロシア製の武器で構成している。したがって、ロシア製装備の使い方を教え、維持管理する関係で、ロシア軍関係者が出入りしている。アメリカが高度な軍事機密を提供すると、ロシア軍に機密が漏洩する可能性が懸念される。それにもかかわらずアメリカは、インドをあえて特別扱いして、高度な軍事技術を提供しやすい体制を整えつつあるのである。

米国の対印軍事装備品

米国の対印軍事装備品協力の持つ戦略的意義

 米印接近の背景には、アメリカの対中戦略にとってインドがますます重要になってきているという事実がある。アメリカとインドの接近は1992年以降にはじまり、25年以上経過しているが、特に武器取引については、主に3つの分野に集中している。印中国境において中国の自治区であるチベット方面への攻撃に使用可能な武器と、インド洋で対潜水艦戦に使われる武器、それにミサイル防衛である。今回の2+2前後には、印中国境地帯で威力を発揮する航空機や巡航ミサイル迎撃用の対空ミサイル(NASAMS-II)や戦闘機(F-16およびF/A-18)、対潜ヘリコプター(MH-60R)、無人海上哨戒機ガーディアン(MQ-9B)、それに高高度ミサイル防衛システム(THAAD)を、インドが米国からの購入する可能性について報道がなされた[7]。実際、対潜ヘリについては、インドへの輸出がほぼ決まったようである[8]。

これらの武器取引の内容からわかることは、アメリカが中国との軍事バランスを念頭にインドへの武器輸出を行っていることである。インドがチベット方面への攻撃力を高めれば、中国は太平洋方面に使う予算や空軍をインド方面に振り向けなければならない。インドがインド洋に進出してきた中国の潜水艦への対応能力を高めれば、米海軍は東シナ海、南シナ海により多くの艦艇を集中できる。インドがミサイル防衛網を整えれば、中国はより多くの核弾頭をインド向けに振り向けなければならないから、その分だけ中国の軍事的負担が重くなる。つまりアメリカの対印武器輸出の3つの重点分野は、アメリカが対中戦略上いかにインドとの協力で自国を優位にできるかという観点を示しており、今回の2+2でインドを特別扱いした動機なのである。

 今回の2+2では米印両国は明らかな接近傾向を示している。ただし、ロシアとイランへの経済制裁を行っている最中にインドがロシアから武器を買ったり、イランから石油を輸入したりした場合、インドも制裁対象になるのか、といった問題は解決されなかった。しかし、大きな流れとしては、米印の接近は継続するだろう。

日本にはどのような意味があるのだろうか。日本は中国の強引な海洋進出に直面し、その文脈からインド太平洋戦略を提唱した。その日本にとって、インド太平洋戦略の要の国であるアメリカとインドの協力関係が強化されることは望ましい。しかもそれが実際に共同で軍事行動できるレベルまで高まることは歓迎すべきものだ。インドの武器体系がロシア中心からアメリカ中心に移行することも、日印の安全保障協力にも寄与するため、日本の利益に合致する。

 だから日本の戦略としては米印両国の関係強化を歓迎しながら、その動きが日本も含めた、日米印3カ国の関係強化につながっていくようにすることが求められる。おりしも、本稿執筆の時点で、海上自衛隊のヘリ空母「かが」と2隻の護衛艦によって編成された「インド太平洋方面派遣訓練部隊(ISEAD18)」が南シナ海からインド洋において行動中で、アメリカ、東南アジアや南アジアのインド洋諸国のメディアに活動が報じられ存在感を示している[9]。 このような活動は米印2プラス2における米印協力の進展を歓迎しながら、日本がいなければインド太平洋戦略は成立しない状態をつくっていく上で有効に機能するものと考えられる。

  (2018/10/17)

脚注

  1. 1 日印の2+2については、2019年以降、閣僚級に格上げすることが合意された模様。
  2. 2 Ministry of External Affairs, Government of India, “Joint Statement on the Inaugural India-U.S 2+2 Ministerial Dialogue”, September 6, 2018.
  3. 3 US White House, “Remarks by President Trump at APEC CEO Summit | Da Nang, Vietnam”, November 10, 2017.
  4. 4 US White House, “National Security Strategy of United States of America”, December 2017.
  5. 5 Shri Narendra Modi, “Keynote Speech at the Shangri-La Dialogue 2018,” International Institute for Strategic Studies, June 1, 2018.
  6. 6 US Department of States, “Remarks on ‘America's Indo-Pacific Economic Vision’”, July 30, 2018.
  7. 7 例えば今回の2+2で結ばれた通信に係る協定が、実際の対潜水艦戦やそれに関わる武器の取引にどう関わるかは、以下の記事に若干説明されている。
    Vishnu Som, “How Top-Secret US System Will Allow India To Track Chinese Submarines”, NDTV, September 6, 2018
  8. 8 “Ahead of '2+2' dialogue, India moves to buy 24 US MH-60R helicopters”, The Week, August 25, 2018.
  9. 9 米メディアも含め、現地では各種報道がなされている。以下は筆者がコメントを求められたベトナムとスリランカでの報道。
    ベトナム
    "Thông điệp từ chiến hạm Nhật ở Biển Đông "(南シナ海における日本からのメッセージ),
    Thanh Niên, August 26, 2018.

    スリランカ
    "Japan moves in to thwart China’s ambitions in the Indian Ocean", News In Asia, August 25, 2018.