2023年10月7日のハマス等によるイスラエルへの越境攻撃を起点とするガザ紛争に関係する戦闘の拡散は、具体的には、次の4つが挙げられる。
- ① イラクとシリア領内における、駐留アメリカ軍の撤退を求めるイラクのイスラム抵抗運動(IRI)とアメリカ軍との戦闘
- ② 紅海・アラビア海における、イスラエル関係船舶の航行阻止を標榜するイエメンの反政府勢力フーシ派と船舶保護を目的とする「繁栄の守護者作戦」(Operation Prosperity Guardian)を主導するアメリカ・イギリス軍などとの戦闘
- ③ 南レバノンの一部を占領しているイスラエルに抵抗し独自の武装組織を有するレバノンの政治組織ヒズボラとイスラエルとの戦闘
- ④ シリアのゴラン高原を占領しているイスラエル軍に抵抗し武装闘争を行っている親イラン民兵とイスラエルとの戦闘
これらの4つは国家と非国家組織との戦闘であり、一般的には、軍事力で優位な国家側が非国家組織を制圧することが可能といえる。しかし、国際社会は、これら非国家組織を支援しているイランが、ガザ紛争と連動して反イスラエル闘争を展開していると想定しており、各地での戦闘のエスカレートがイスラエルとイラン、アメリカとイランという国家間の軍事衝突に結び付くことを懸念している。そこで、本稿は、現在の中東地域の戦闘の動向を踏まえ国家間の軍事衝突が起きるかについて考察する。
ガザ紛争に関与するアメリカとイランとの緊張関係
アメリカとイランの間の対立は、1979年のイラン革命とその年に発生したアメリカ大使館占拠事件が根底にある。近年においては、トランプ政権が2018年5月8日にイラン核合意から離脱し、対イラン経済制裁を復活させたことや、2020年1月3日にイラクでアメリカ軍が無人機によって革命防衛隊のコッズ部隊を率いていたソレイマニ司令官を殺害したことで、両国関係は一層悪化した。同司令官は、レバノン、パレスチナ、シリア、イラクにおける反イスラエル組織を、民族・宗派を超えてネットワーク化した人物であり[1]、イランは、ソレイマニ司令官の殺害はアメリカとイスラエルの連携により行われたと考えており、両国との対立を深めた。
イスラエルによるガザ地区への攻撃に対し、親イランの非国家組織がイスラエルへの抵抗活動を強める中、アメリカはイエメンのフーシ派、イラクとシリア領内で活動するイラクのイスラム抵抗運動(IRI)と戦闘状態になった。フーシ派との戦闘は、1月11日にイエメンにあるフーシ派関連施設をイギリスとともに空爆したことで本格化した。その後、アメリカ軍は数度攻撃を行っているが、フーシ派による紅海やアラビア海を通行するタンカーやアメリカ軍駆逐艦へのミサイル攻撃が見られており[2]、期待した効果は挙げられていない。また、2023年10月以降、IRIなどによるシリアとイラクのアメリア軍施設を狙った160回を超える攻撃が行われている[3]。
その中、1月28日にヨルダン北東部でシリアとの国境付近のアメリカ軍の拠点が無人機により攻撃され、兵士3人が死亡、34人が負傷する出来事が起きた。バイデン大統領は「イランの支援を受ける過激派武装グループ」の攻撃だと述べ、「報復する」と宣言した[4]。この出来事へのアメリカの対応として、共和党からは、非国家組織を支援するイランを攻撃すべきとの発言が出ている[5]。しかし、バイデン政権は、1月29日、カービー戦略広報官が「イランとの戦争は望んでいない」と述べており[6]、国家間での戦争へと拡大する蓋然性は低い。
エスカレートするイスラエル・イランの対立
イスラエルとイラン関係の対立の根本的要因は、パレスチナ問題や聖地エルサレム問題をめぐり、イスラエルの占領政策に反対するイランがイスラエルを国家承認せず、占領からの解放運動を行う組織に軍事的、経済的な支援を行っていることにある。そのイスラエルによるガザ地区での軍事作戦が展開される中、革命防衛隊にかかわる3つの事件が起きた。ひとつは、2023年12月25日にシリアのダマスカス郊外の家屋で、革命防衛隊上級軍事顧問ムサビ氏がミサイル攻撃により殺害されたことである。2つ目は、2024年1月3日、ソレイマニ司令官の4周年追悼式典がイラン南東部のケルマンの同司令官の墓地近くで行われていた際、自爆テロが起き、死者84人、負傷者280人以上の犠牲者がでたことである。そして、3つ目は、2024年1月20日、シリアのダマスカスの集合住宅がミサイル攻撃を受け、そこにいた革命防衛隊の幹部3人を含むイラン人5人に加え、シリア人、イラク人、レバノン人の5人が死亡した事件である。このうち、12月25日と1月20日の精密なミサイル攻撃について、ライシ大統領は発言の中でイスラエルに言及し、それぞれ「イスラエルは今回の犯罪の代償を払うことになる」、「『卑劣なテロ行為』にイランは必ず反応する」と述べている[7]。
上記の事件対する報復とみられるイランの武力行使は、1月14日深夜に行われた。革命防衛隊の発表では、攻撃対象は2拠点とされ、いずれも弾道ミサイルが使用された。そのひとつがイラクのクルド自治区のアルビルにあるイスラエル情報機関のモサドの関連施設である。もうひとつは、シリア領内のイドリブにある「イスラム国」(IS)の関連施設である。[8]。イランのこれらの攻撃は、ソレイマニ司令官殺害への報復として、イラク領内のアメリカ軍基地を限定的に攻撃した時と同様の手法といえるだろう。なお、1月20日の事件に対する報復は未だ行われていないと見られる。
イスラエルとイランの国情が戦闘回避に働く
ガザでのハマス等との戦闘に加え、レバノン国境でも交戦が続くイスラエルは、財政的な困難を抱えつつある。2023年12月25日、イスラエル財務省は2024年2月末まで戦闘が継続した場合の経済予測を公表した。それによると、約500億シェケル(140億ドル)の追加支出の必要性があることが明らかになった[9]。また、戦闘への参加や避難などにより労働人口が約2割減少しているともいわれている[10]。こうしたこともあり、イスラエルは予備役を中心にガザ地区から一部の部隊を撤退させている[11]。
内政面でも揺らぎが見えている。1月13日、ネタニヤフ政権の対ガザ作戦に抗議するデモが行われ、ネタニヤフ首相の退陣を求める声や、戦時内閣内での確執も報じられている[12]。こうした国情では、さらなる戦闘の拡大は難しい。 一方、イランは、世界銀行によると、2023年の経済成長率が4.2%となり、同年の世界の経済成長率2.6%を上回っている[13]。2023年12月25日には、ユーラシア経済連合(EAEU)加盟国と全品目の約90%の関税を撤廃する内容の自由貿易協定(FTA)に調印し[14]、同協定発効後にはイランとEAEUの貿易額が大幅に伸びると考えられる。また、イラン統計センターの発表によると、2023年9月23日から12月21日の失業率が7.6%に低下し、労働人口が前年比で約70万人増加しており[15]、経済回復を着実に進めているといえる。
外交では、イランは上海協力機構やBRICSに加盟するなど国際社会での孤立解消に積極的に動いてきた。とりわけ、ロシア、中国およびサウジアラビアをはじめとする周辺国との関係強化に努めており、戦闘拡大は避けたいと考えられる。
むすびにかえて
イランは、国外で起きた革命防衛隊関係者の殺害事件や外国勢力による国内でのテロ攻撃への対応として、強い言葉による非難とピンポイントの報復攻撃を行っている。そこには事態をエスカレートさせない慎重さが見て取れる。イランのハーメネイ最高指導者は、イラン革命で構築された現行のイスラム法学者による統治体制の維持を最優先に国内外の問題に対応しており、今後もそれは変わらない。したがって、その体制を揺るがすリスクがある国家間紛争につながる軍事行動に許可を与えることはないと考えられる。
また、ネタニヤフ政権は、1月20日、バイデン大統領との電話の直後、パレスチナ国家樹立に否定的な発言を行い、二国家共存を求めるバイデン政権との立場の違いを明確にした[16]。このため両政権が対イラン共同軍事作戦を実施することは難しくなっている。イランとアメリカの間ではメッセージの交換が行われており、相互に紛争の拡大は望んでいないと伝えている[17]。つまり、イスラエルもしくはアメリカがイランの領土に攻撃を行わない限り、国家間の軍事衝突が起きる蓋然性は低いといえる。
(2024/02/07)
脚注
- 1 “Qasem Soleimani: Why his killing is good news for IS jihadists,” BBC, January 10, 2020.
- 2 Kareem El Damanhoury, Tara John and Oren Liebermann, “Oil tanker on fire in Gulf of Aden after Houthi missile attack,” CNN, January 27, 2024.
- 3 Oren Liebermann, Natasha Bertrand and Katie Bo Lillis, “Biden’s response to Jordan attack is likely to be powerful, but US is wary of triggering a wider war with Iran, officials say,” CNN, January 30, 2024.
- 4 “US drone attack: Three US troops killed in drone strike on US base in Middle East,” BBC, January 28, 2024.
- 5 「米、強まる対イラン強硬論 兵士死亡で政権に圧力―大統領選、争点浮上も」時事通信、2024年1月30日。
- 6 註3に同じ。
- 7 “Israeli regime will definitely pay for killing IRGC advisor: Raisi,” Islamic Republic News Agency, December 25, 2023; Parisa Hafezi, Elwely Elwelly and Clauda Tanios, “Islamic State claims responsibility for deadly Iran attack, Tehran vows revenge,” Reuters, January 5, 2024; “Kerman terrorist attack: Iran forensic officials revise death toll down to 84,” Press TV, January 4, 2024; “Israeli regime helpless in dealing with Resistance: Raisi,” Islamic Republic News Agency, January 20, 2024.
- 8 Parisa Hafezi and Timour Azhari, “Iran says Revolutionary Guards attack Israel's 'spy HQ' in Iraq, vow more revenge,” Reuters, January 16, 2024.
- 9 Steven Scheer, “Israel budget plans for Gaza war to last through February, widening deficit,” Reuters, December 25, 2023. なお、1月1日に開かれたイスラエル中央銀行の金融委員会会合は、2022年4月の利上げ開始以降初めて政策金利を0.25ポイント引き下げ4.5%とした。ガザ紛争がイスラエル経済に広範な打撃を与えていることが見て取れる。Sharon Wrobel, “Bank of Israel cuts interest by 0.25% — first change of direction since April 2022,” Times of Israel, January 1, 2024.
- 10 「イスラエル、経済圧迫も継戦支持 戦後構想、依然不透明―ハマスは停戦訴え・ガザ衝突3カ月」時事通信、2024年1月6日。
- 11 Dan Williams, “Israel to pull some troops from Gaza as war enters new phase,” Reuters, January 2, 2024.
- 12 Maayan Lubell, “On war's 100th day, fan and foe agree: Netanyahu's reign won't last,” Reuters, January 16, 2024.
- 13 “Iran economy grew 4.2% in 2023, outpacing US at 2.5%, WB figures show,” Islamic Republic News Agency, January 10, 2024.
- 14 “Russian-backed union signs free trade pact with Iran,” Reuters, December 26, 2023. なお、ユーラシア経済同盟の加盟国は、アルメニア、カザフスタン、キルギス、ベラルーシ、ロシア。このほか、ウズベキスタン、キューバ、モルドバがオブザーバー国となっている。「中央アジア・コーカサス等の地域機構・枠組」外務省、2023年1月26日。
- 15 “Iran’s jobless rate down to 7.6% y/y in Q3 calendar year,” Islamic Republic News Agency, January 1, 2024.
- 16 Mark Lowen, in Jerusalem, and Sean Seddon, “Israel-Gaza: Netanyahu defies Biden over Palestinian state,” BBC, January 21, 2024.
- 17 “Iranian FM: US has been constantly sending messages to Iran since the beginning of the Gaza war,” Nournews, December 28, 2023.