2023年10月7日、イスラエル南部の街や軍事基地を、ハマスをはじめとするパレスチナ武装組織[1]が攻撃した。これを受け、イスラエルは「自衛権」のもとでパレスチナ暫定自治区のガザへの武力行使を開始し、50日以上が経過した。この間、非武装の民間人の身柄拘束や殺害という人道を逸脱した行為が起きている。

 この武力衝突の顕著な特徴として挙げられるのは、第1に、世界各地で、こうした逸脱行為に対する抗議活動が見られていることである。こうした抗議活動は、アメリカ、イギリス、フランスなどでの分断やEU内での不協和音を生んでいる。第2の特徴は、地域単位の多国間会議などで対応策が協議されていることである。そのことで、欧米とグローバルサウスとの主張の違いが鮮明になったことで、国際規範の実効性が危うくなり、国連および国際機関の機能に支障が生じている。

 本稿では、こうした国際社会の変化を踏まえ、当初よりパレスチナ武装組織側の立場を鮮明にしているイランに焦点を当て、イスラエルとアメリカが警戒するイランが支援する「イスラム抵抗」勢力による戦火の拡大の可能性について検討する。確かに、イランは、10月7日のハマス等によるイスラエル攻撃を「テロ行為」ではなく民族解放闘争だと擁護している。果たして、イランはイスラエル、アメリカが喧伝する脅威となるような対外政策をとっているのだろうか。以下では、2001年のアメリカ同時多発テロ事件後の「テロとの戦い」と今回の武力衝突をめぐるイランの外交を比較することを通し、イランの対外政策について考察する。

「テロとの戦い」とイランの対応

 2001年9月11日、イランが敵視していたアメリカへの同時多発テロ事件が起きた際、イランのハタミ大統領は事件発生直後、ハーメネイ最高指導者は9月17日に、それぞれテロ攻撃を非難している。その背景には、イランは被抑圧者の解放を目的に武装闘争を行った革命体制であり、テロリストとは明確に一線を画すことを示す意図があったと考えられる。また、テロ支援国とみなされることを避けたいとの考えもあったとみられている[2]。

 さらに、このテロ事件に関する「テロとの戦い」として、アメリカが、同年10月7日にアフガニスタンのタリバン支配地域を空爆した後、イランはアメリカと協力してアフガニスタン人への援助物資の運搬を行ってもいる。このハタミ政権の政策選択は、アフガニスタンの北部同盟を支持しタリバンの弱体化をはかること、およびアフガニスタンからの難民の流入の阻止という国益を優先したものであった[3]。このように、イランのハーメネイ体制は、国益のためにはアメリカとの協力も辞さない一面をもっている。

 イランのこの国益優先の政策は「イスラム国」(IS)との戦いでもみられた。イランにとって、イラクとシリアのシーア派ネットワークの維持は重要な国益であるため、アメリカが主導する有志連合とは別に、イラン革命防衛隊が両国のシーア派民兵組織とともにISの壊滅に尽力した。

テロ行為ではなく民族解放運動とのイランの認識

 一方、今回のパレスチナ武装組織によるイスラエルへの攻撃についてはどうだろうか。攻撃があった10月7日、イラン外務省のカナニ報道官は「シオニズム政権による占領、侵略、組織的テロリズムに対するパレスチナ人の自衛権は法的権利」だと主張した[4]。また、翌8日、ライシ大統領はパレスチナ人の「正当な防衛」を支持すると述べている[5]。さらに、10日には、ハーメネイ最高指導者がハマス等による攻撃について、「占領政権の統治の主要な構造の一部を破壊することに成功した」と評価し、攻撃計画はパレスチナ人が立案したものであり、非パレスチナ人によるものとの考えを退けた[6]。

 パレスチナ問題は、2003年のオスロ合意以来、和平交渉の大きな進展はなく、イスラエルのネタニヤフ政権下の占領政策により入植地の拡大、人権抑圧、聖地アル・アクサ・モスクへの頻繁な冒瀆などが続いており、パレスチナ武装組織による武力闘争が活発化している。こうした闘争を、イスラエルやアメリカなどはテロ行為とみなしているが、イランの首脳らはパレスチナ民族解放運動ととらえている。

 仮に、民族解放運動とすれば、現在のイスラエルのガザでの武力行使は「テロとの戦い」ではなく、民族解放闘争への「報復」攻撃ということになる。一方、民族自決権を追求する行為にしても、「テロとの戦い」かにしても共通する問題がある。それは、武力行使の範囲をどこまで認めるかという問題である。

 では、国際社会は、こうしたパレスチナの闘争や武力行使の問題をどのように見ているだろうか。10月27日の国連総会決議と11月11日のアラブ連盟とイスラム協力機構の合同首脳会議での決議が参考になるだろう。

 ヨルダンの提案により10月27日に開催された国連総会の緊急特別会合で、今回の武力衝突に関する決議案「民間人の保護と法的、人道的義務の遵守」を採択した。決議案への賛成は121、反対は14、棄権44、不参加14で、反対したアメリカや、棄権した日本、イギリスなどは、ハマスの武力行使をテロとして非難していないことを投票行動の理由としている。同決議は、①ガザの人道状況の悪化への懸念、②イスラエルのガザへの地上侵攻の再考を強く促す内容になっている[7]。1972年の第27回国連総会でテロを非難する欧米に対し、アラブ・アフリカ諸国は根源的な原因の追究の必要性に言及し、民族解放闘争の制限を警戒する姿勢を示し、テロの定義の明示は回避された[8]。今回も、アラブ・イスラム諸国をはじめグローバルサウスは協調して1972年と同様の立場を示したと見ることができるだろう。

 11月11日のアラブ・イスラム諸国首脳会議は、50カ国以上が参加した前日の第1回サウジ・アフリカ首脳会議でサウジのムハンマド皇太子が、イスラエルのガザでの武力行使は国際人道違反だと非難した流れを受けている。決議では、①占領地の解放、②「二国家解決」に基づくパレスチナ問題の解決など従来のアラブ和平イニシアチブの重要性が再確認された[9]。同会議で、イランのライシ大統領はイスラエルに石油や商品に関する制裁を科すことを提案したが、決議には盛り込まれなかった。しかし、首脳会議は、イスラエル、アメリカが主張する自衛権のもとでガザでの武力行使の継続を容認しない姿勢を示した。

ガザをめぐる南北間の亀裂のなかのイラン外交

 アメリカをはじめとする欧米諸国とグローバルサウスの間で、ガザの惨状をめぐる見解の違いが明確になる中、イランはサウジアラビアとの国交回復、上海協力機構への正式加盟、BRICSへの加盟決定という今年の流れを背景に、アラブ諸国をはじめグローバルサウスの国々との関係をさらに深める動きを見せている。

 イランがテロの認定やテロ行為に対する武力行使の根拠を重要視するのは、イスラエルやアメリカなどから「テロ支援国家」とみなされ、武力行使の対象になるリスクがあるからでもある。また、イランは、反イスラエルの武装組織との関係を維持することで、イスラエルによる自国への攻撃の抑止力としている面がある。これらの点を踏まえると、国益を現実的に追求してきたイランにとって、ガザでの戦闘がレバノンやシリアに拡大することは、望ましいこととはいえない。

 SNSの発達によって、政治エリートの国益をかけた外交や情報戦略を打ち消すようなガザでの悲惨な実態は、戦火を止めるような国際世論の動きを生み出している。それは、イランの外交にとって追い風となっているかに見える。ただし、その風はイラン国内の人権問題をたきつける可能性も孕んでいる。

(2023/12/07)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
Iran’s Perspective on Palestinian Militant Groups and Armed Conflict with Israel
— Iranian Diplomacy Amid the Rise of the Global South

脚注

  1. 1 10月7日のイスラエルへの攻撃はハマス単独で行われたものではなく、パレスチナ・イスラム聖戦(PIJ)、ムジャヒディン旅団、アブ・アリ・ムスタファ旅団、アル・アクサ殉教者旅団、オマル・アル・カシム部隊も参加したとされる。また、PIJ、ムジャヒディン旅団、アル・ナセル・サラ・アル・ディン旅団は、当日、人質をとったと主張している。なお、ハマスをはじめ複数のパレスチナ武装勢力は2020年以降、合同演習を繰り返し、連携を強めていたとも報じられている。Abdelali Ragad, Richard Irvine-Brown, Benedict Garman and Sean Seddon ,”How Hamas built a force to attack Israel on 7 October,” BBC, November 28. 2023.
  2. 2 松永泰行「展開する国際・地域情勢とイラン」酒井啓子編『「テロ」と「戦争」のもたらしたもの――中東からアフガニスタン、東南アジアへ』アジア経済研究所、2002年、 35-50頁。
  3. 3 アメリカによるアフガニスタン空爆の10日後には、国際社会が同国内の被災者援助のための物資の搬入を開始している。当時、イランは国内のバンダルアッバース港からアフガニスタンのヘラートまでの物資運搬でアメリカと協力した。
  4. 4 “‘Al-Aqsa Storm’ spontaneous move by Palestinians to defend their rights: Iran,” Islamic Republic News Agency, October 8, 2023.
  5. 5 “Iran president urges Muslim governments to stand with Palestine,” Islamic Republic News Agency, October 8, 2023.
  6. 6 “Supreme Leader: Zionist regime suffered irrevocable military, intelligence defeat,” Islamic Republic News Agency, October 10, 2023. ハーメネイ師の発言は、10月7日のハマス等による攻撃の翌日、ウォール・ストリート・ジャーナルが計画立案にイランが関わっていると報じたことを受けたものとみられる。Summer Said, Benoit Faucon and Stephen Kalin, “Iran Helped Plot Attack on Israel Over Several Weeks,” The Wall Street Journal, October 8, 2023. なお、同日、ブリンケン国務長官は、10月7日のイスラエルへの攻撃にイランが関与したとの証拠はみつかっていないと述べている。“Iran prisoner swap for $6 billion in spotlight after Hamas attacks Israel,” Reuters, October 8, 2023.
  7. 7 “Protection of civilians and upholding legal and humanitarian obligations,” United Nations General Assembly, October 30, 2023.
  8. 8 坂本まゆみ『テロリズム対処システムの再構成』国際書院、2004年、34-35頁。なお、1972年の第27回国連総会の第六委員会で、同年に起きたミュンヘン・オリンピック事件を契機としてテロリズムが取り上げられ審議された。
  9. 9 “Resolution of the Joint Arab Islamic Extraordinary Summit On Israeli Aggression Against the Palestinian People,” Organization of Islamic Cooperation, November 11, 2023.