アラブ首長国連邦(UAE)は、12月2日に建国50周年をむかえた。同国は、新型コロナウイルス禍で延期となった「ドバイ国際博覧会」を一年遅れの2021年10月1日から22年3月31日の予定で開催、順調に運営している。また、11月には、2023年の国連気候変動枠組条約締約国会議(COP28)を主催することが決定された。本稿では、UAEの対外政策の転換に注目し、中東域内の関係の変化について考察する。このことを通じて、UAEが2020年9月のイスラエルとの国交正常化(「アブラハム合意」)から1年あまりを経る中、従来の中東域内関係の制約にとらわれない積極的な対外政策を推進していることを明らかにし、さらに、この動きに刺激され、中東地域で新たな国家関係が生まれつつあることを確認する。

イスラエルとの国交正常化の果実と課題

 UAEとイスラエルは、国交正常化後、相互に大使館を開設し、2021年6月にはイスラエルのラピド外相がUAEを訪問、11月には自由貿易協定の協議を開始するなど[1]、人的・物的交流を拡大している。両国は安全保障面でも協力を進めており、11月10日から5日間にわたり、アメリカ、バーレーン、イスラエルとの初の海軍合同演習を紅海で実施している[2]。このように、UAEは「アブラハム合意」から成果を生み出している。

 また、2021年11月、ドバイで注目される協定が署名された。ヨルダンとイスラエルが1994年に平和条約を結んで以降最大のエネルギーおよび水に関する合意を締結したのである。これには、アメリカのケリー気候問題担当大統領特使も立ち会った。この事業は、ヨルダン、パレスチナ、イスラエルに関わるNGO団体「Eco Peace Middle East」が提案したもので、UAEの政府系企業マスダール社がヨルダンに大規模な太陽光発電施設を建設し、2026年から発電が開始され、その電力をイスラエルに販売する計画である。得られた利益はUAEとヨルダンが折半することになっている。一方、イスラエルは、購入した電力を利用して海水淡水化を行い、水不足問題を抱えるヨルダンに水を供給する[3]。この水供給はパレスチナのヨルダン川西岸地域にも間接的に恩恵を与えるとみられる。

 UAEはイスラエルとの国交正常化に際し、イスラエルの前ネタニヤフ首相が進めようとしたヨルダン川流域を含むパレスチナの西岸の一部併合政策の凍結を条件にした。これによって、ヨルダンにイスラエルとの平和条約破棄を思いとどまらせるという平和の恩恵をもたらしたとはいえ、アラブ社会における「アブラハム合意」への反対には根強いものがある。この点に関し、UAEとして、ヨルダン、パレスチナの人々に対して、今回のエネルギー・水事業が成功した場合のプラスの生活実感を通じて「アブラハム合意」の積極的な意味を認識させることを意図したとも考えられる。

域内での対立解消に向けた動き

 UAEは、域内で対立関係にあった各国との和解にも取り組んでいる。まず、カタールとは、2021年1月に関係を回復した。2017年6月、UAEは、サウジアラビア、バーレーン、エジプトとともにカタールと国交を断絶し、経済封鎖を実施していた。断絶の主な理由は、カタールがイスラム主義のムスリム同胞団を支援していること、親イラン的な外交政策をとっていることとされた。その後、アメリカ、クウェートの仲介努力もあり、サウジアラビアのアル・ウラで開催されたGCC首脳会議において4カ国とカタールとの関係回復が合意され、カタールがGCCに復帰した[4]。

 第2に、シリアとの関係を深める方向にも動いている。2011年にシリア内戦が始まって以降、アラブ諸国の大半はシリアのアサド政権との関係を断ち、アラブ連盟からの脱退に追いやった。UAEも他のアラブ諸国と協調政策をとっていたが、2018年12月にはダマスカスの大使館を再開させていた。2021年に入り、UAEはシリアのアラブ連盟の復帰に向けて動き、10月にはアブダビのムハンマド皇太子がアサド大統領と電話会談、11月にはザイド外務・国際協力相を団長とする一行がダマスカスを訪問し、アサド大統領と内戦終結について協議を行っている。シリアとの関係修復の動きは、UAE以外にもみられており、2021年9月にはエジプトとシリアの両外相が会談を行っており、10月にはヨルダンのアブドゥラ2世国王とアサド大統領の電話会談が10年ぶりに行われている[5]。

 第3は、トルコとの関係である。両国関係は、トルコによる①ムスリム同胞団への支援、②カタールへの軍の派遣、③リビアでのトリポリ暫定政権への軍事支援、④東地中海での天然ガス田開発をめぐる対立などにより、悪化していた。両国の関係改善の動きは、8月31日にアブダビのムハンマド皇太子とトルコのエルドアン大統領とが電話会談をしたことで急速に進展し、11月24日には、同皇太子がアンカラを訪問するまでになっている。同皇太子のトルコ公式訪問は2012年以来であり、エルドアン大統領との1対1の会談に加え、両国政府関係者を交えての協議がなされた。その結果、両国間で協力推進に関する10の協定の覚書が署名され、この協定の事業にアブダビ政府系ファンド「アブダビ開発ホールディング」(ADQ)が投資として、100億ドル規模の資金を割り当てることになった。

 なぜ、UAEは、このように域内で対立していた国との和解に動いているのだろうか。いくつかの理由が考えられるだろう。まず、イスラエルと平和条約を結んでいるエジプト、ヨルダンと連携し、シリアとパレスチナの状況の改善をはかることで、「アブラハム合意」に反対する人びとの批判を軽減できることが挙げられる。また、カタールおよびトルコとの関係改善は、両国のイスラム主義運動への支援を抑制するという意図があると考えられる。さらに、地域の問題の解決に取り組むことで域内での政治力を高めることもできるだろう。

 なお、UAEは、領土問題や海上交通の安全保障で対立するイランについては、10月13日にワシントンでアメリカとイスラエルとの3カ国外相会議に参加し、イランの核武装への対策を共有しており[6]、対イラン関係では慎重な姿勢を崩していない。その一方、UAEは、イランとの間で人的交流も進めており、11月のイランのバゲリ副外相がアブダビ訪問、12月初旬のUAEの国家安全保障最高顧問のタフヌーン・ビン・ザイド氏のテヘラン訪問などがみられている[7]。

変化への足かせ

 UAEは、ポスト・オイルに向けて経済構造改革を進めており、イスラエルを含め国益にかなった全方位外交を積極的に展開している[8]。しかし、こうしたUAEの対外政策が全て期待通りの成果を上げているわけではない。アサド政権の復権を望まない人びとや国家も存在し、シリアのアラブ連盟への復帰は、カタールのGCC復帰と異なり難航が予想される。また、イスラエルの東エルサレムの占領に反対する人びとは、UAEの対外政策に否定的な目を向けており、ヨルダンでの域内最大の太陽光発電施設の計画では変更を迫る声もあった[9]。このように、UAEの政策は、それに反発する勢力との対立構図を生み出すリスクも孕んでいる。

 こうした足かせはあるものの、UAEの積極外交によって、東地中海地域でのイスラエルをめぐる対立関係の緩和の兆しも見えている。そのUAEとの関係を強めているイスラエルのベネット政権が、今後、どのようなパレスチナ政策を打ち出すかが注目される。

(2021/12/22)

脚注

  1. 1 “Israel, UAE launch free trade agreement talks as bilateral trade rises,” Reuters, November 16, 2021.
  2. 2 “UAE, Bahrain, Israel and U.S. forces in first joint naval drill,” Reuters, November 12, 2021.
  3. 3 Bruce Riedel and Natan Sachs Tuesday, “Israel, Jordan, and the UAE’s energy deal is good news,” Brookings, November 23, 2021.
  4. 4 “Saudi FM: Full ties restored between Qatar and blockading nations,” Aljazeera, January 5, 2021.
  5. 5 “UAE foreign minister meets Assad, most senior Emirati visit to Syria since war began,” Reuters, November 10, 2021.
  6. 6 Missy Ryan and Karen DeYoung, “As Iran nuclear talks fail to make headway, Biden administration suggests increasing openness to a Plan B,” Washington Post, October 13, 2021.
  7. 7 テヘランを訪問したタフヌーン氏は、ライシ大統領、シャムハニ最高国家安全保障会議議長らと会談している。“Iranian President Receives UAE Delegation Headed by Tahnoon bin Zayed,” Asharq Al-Awsat, December 6, 2021.
  8. 8 中東域外では中国との関係も強めている。例えば、2019年4月の第2回「一帯一路」の国際協力フォーラムにドバイ首長のムハンマド副大統領が参加し、両国間で34億ドルの新規契約を締結している。“Sheikh Mohamed’s visit to China: Another milestone in UAE-China comprehensive strategic partnership,” Emirates News Agency, July 18, 2019. また、フランスとは、2021年11月、再生可能エネルギーや水素燃料の開発事業を協力して行う話が進められている。“France to work with UAE on renewable and hydrogen projects -minister,”Reuters, November 22, 2021.
  9. 9 Barak Ravid, “Scoop: Saudis tried to stop UAE-Israel-Jordan solar energy deal,” Axios, November 24, 2021.