イスラエルは、東エルサレム、ヨルダン川西岸、ガザ地区、ゴラン高原などを1967年の第3次中東戦争で占領下におき、これら地域の一方的併合や入植を推し進めてきた。こうしたイスラエルの政策に関し、現在まで、占領地域の法的地位や人権問題をめぐりパレスチナ人との争いが続いている[1]。その両者の間で、2021年4月から5月中旬にかけて武力衝突が起きた。

 この出来事は2つの時期に区分できる。第1は、4月中旬から5月9日までのイスラエル治安部隊とパレスチナ人との小競り合いの時期である。第2の時期は、イスラエル軍とガザ地区のイスラム過激派との軍事的衝突へとエスカレートした5月10日以降である。また、この時期に、エジプト、アメリカなどの当事者以外の国々が武力衝突の鎮静化に動きはじめた。空間的には、第1時期の舞台は限定的な場所であったが、第2の時期には地域、そして国際社会の関与へと拡大している。トランプ前政権は、パレスチナ人を置き去りにしたアブラハム合意(イスラエルとUAEとの平和条約と国交正常化)などで、中東和平を進めてきたが、その限界が今回の紛争であきらかになった。バイデン政権となり、そのイスラエル支持姿勢は変わらないが、パレスチナ人の人権を尊重する姿勢を取るようになったことは、大きな変化である。本稿は、パレスチナ人の人権がどのように取り扱われたかに焦点を当てて中東和平の現状を検討する。

第1の時期:パレスチナ人への差別の助長による小競り合いの激化

 2018年7月19日、ネタニヤフ政権はアメリカのトランプ前政権との強い結びつきを背景に、イスラエル建国70周年を記念して「ユダヤ人国家」法を国会で成立させた[2]。その主な内容は、①イスラエルはユダヤ人の歴史的祖国であり、民族自決権はユダヤ人特有の権利である、②統一エルサレムはイスラエルの首都である、③公用語をヘブライ語とする、④入植地の開発を奨励、促進するなどである[3]。同法の成立により、イスラエル社会では、約900万人のイスラエル人口のおよそ20%を占めるアラブ系市民と占領地で暮らすパレスチナ人への人種差別的構図が強まったといえる[4]。

 その中、本年4月13日ころから、東エルサレムのシェイク・ジャラー地区でのパレスチナ人家族の住居の撤去問題や、新型コロナ対策としてアル・アクサモスクに向かう道路の一部の通行が制限され、これに抗議するパレスチナ人と治安部隊との小競り合いが見られていた。また、4月22日にはパレスチナ人の排斥を公然と主張する極右組織「ラハファ」(Lehava)などのユダヤ人とパレスチナ人との衝突事件が発生した。その後も極右ユダヤ人および治安部隊とパレスチナ人との小競り合いが続き、負傷者や逮捕者がでる事態となる。その様子が動画サイトで世界に広く流れたことで、イスラエル占領下でのパレスチナ人の人権問題に世界の注目が集まった。

 これと同時期の4月19日、米国のカーネギー平和財団のウェブサイトに、米国の新しい中東和平アプローチは人権と人間の安全保障を守ることを優先すべきとの提言「イスラエル・パレスチナの現状を打破するために」が発表された[5]。また、米国の人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは4月27日、イスラエル政府をアパルトヘイトと迫害の罪で告発する報告書を出している[6]。さらに、4月29日のタイム誌でも中東和平問題における人権が取り上げられた[7]。

 一方、事態は悪化の一途をたどった。ラマダン月の最後の金曜日(「神聖な夜」)に当たる5月7日には、アル・アクサモスクに治安部隊が突入しゴム弾と閃光弾を使用する事件が起き、翌8日と9日にも治安部隊とパレスチナ人の衝突は続いた。

 このように、第1の時期の衝突は、アル・アクサモスクとその周辺の場所を中心に、ネタニヤフ政権下で人種・宗教的な差別意識が高まったユダヤ人と、それに抵抗するパレスチナ人の直接のぶつかり合いである。その契機となったのは、住居の剥奪、宗教の自由の制限というパレスチナ人が長きにわたり被ってきた人権抑圧の端的な顕れであった。

第2の時期:軍事衝突で表面化した人権をめぐる各国指導者の思惑

 ハマスは5月10日を期限として、東エルサレムからのイスラエル軍の撤退を求める最後通告を行っており、期限切れとなった同日、イスラエルに向けてロケット弾攻撃を実施した。イスラエル軍はこれに応戦してガザ地区を空爆、その後、地上と海上からも攻撃をはじめた。ハマスのほかイスラミック・ジハードも参戦したイスラエル軍との戦闘は、同月21日に停戦を迎えるまで11日間続いた。その間の被害は、ガザ地区でのパレスチナ人の死者242人(うち、子ども66人)、負傷者はおよそ1900人に上る。一方のイスラエルは死者12人(うち、子ども2人)、数百人の負傷者が出たとされる[8]。

 この軍事衝突では、イスラエルもハマスおよびイスラミック・ジハードも、一般市民の区別なく攻撃対象としていた[9]。その映像が国際ニュースで取り上げられたこともあり、イスラエル国内やヨルダン川西岸でパレスチナ人の抗議行動が活発化する一方、イスラエルのユダヤ人の中ではハマスに対する徹底攻撃を支持する世論が高まっていった[10]。

 この軍事衝突を受け、国際社会は国連を舞台に停戦に向けた動き活発化させた。その一方、アメリカのバイデン政権はこれまでの政権と同様、ハマスをテロ組織と見ており、イスラエルの自衛権を支持し、国連安保理では議長声明の発出に反対した。

 歴史的に「パレスチナの大義」を掲げてきたアラブ諸国も必ずしも一枚岩ではない。5月11日に外相レベルのアラブ連盟緊急会議を開催し、イスラエルを非難したものの[11]、2020年にアメリカのトランプ前政権の仲介で「アブラハム合意」によるイスラエルとの国交正常化を果たしたアラブ首長国連邦をはじめとする数カ国は難しい立場となった[12]。一方、チュニジア、アルジェリア、ヨルダン、エジプトなどは、占領下のパレスチナ人の人権問題を国連の安保理や人権理事会で協議する状況をつくった意義はある[13]。しかし、これらの国には「アラブの春」以降、公正・公平を求める市民運動の火種が残っており、パレスチナとの連帯の表明は自国民への配慮もあると考えられる。

 とりわけ積極的に動いたのは、3月に出されたアメリカの人権報告書で問題を指摘されたエジプトである[14]。同国のシシ政権にとって今回の出来事は、バイデン政権との関係改善の好機であり、パレスチナとイスラエルの停戦調整に活発に動いた。また、ガザ地区への5億ドルの資金供与の発表や、救援物資の搬入、治療を求めるパレスチナ人の受入れなどのためにガザ地区との境界のラファ検問所の開放も行っている[15]。

 バイデン政権は、このような国内事情を意識したエジプトなど一部のアラブ諸国と協調をはかりながら、5月19日、ネタニヤフ首相に対し「停戦に向けて、今日、大幅な緩和が行われることを期待する」と圧力をかけている[16]。その上で翌20日、シシ大統領と停戦への取り組みについて協議し[17]、5月21日午前2時より停戦を迎えた。各国の思惑は様ざまであったが、こうしてパレスチナ人の人権への政治的アプローチが動き始めた。

ガザ地区での人権回復は中東和平への重要な一歩

 バイデン大統領は停戦合意を公表した5月20日のスピーチで、「パレスチナ人もイスラエル人も等しく安全で安心な生活を送り、等しく自由、繁栄、民主主義を享受する資格がある」と述べ、国連と協力して国際的な人道支援活動を行うことを約束した[18]。その後、同月24日からブリンケン国務長官がイスラエル、パレスチナ、エジプト、ヨルダン、サウジアラビア、カタールを訪問し、各国首脳と協議をもった。

 その協議では、①パレスチナ人への支援、②ガザ地区の再建、③2国家共存がテーマとなった。この①と②については具体策が示されたが、③の2国家共存には、イスラエルとパレスチナ両国の政治体制の安定、エルサレムの最終地位、ガザ地区住民の大半を占める難民の帰還権など難問が山積している。6月13日に誕生したイスラエルの新連立政権には同国の歴史上はじめてアラブ系の政党が参加し、イスラエル国民としての統合を形の上では体現している。しかし、2国家共存の道のりは遠い。

 とはいえ、イスラエル国内や占領下のパレスチナ人の人権回復は恒久的な停戦を確保するための重要な一歩である。この歩みを中東和平へとつなげるためには、バイデン政権が人権を軸に関与し続けることが必要であることは確かだろう。

(2021/06/22)

脚注

  1. 1 占領地の法的地位ついては国連安保理決議465号で占領地の入植の禁止、478号でイスラエルによる東西エルサレムの統一および首都化が非難されている。また、人権問題についてはジュネーブ条約第4条違反になるといえる。
  2. 2 イスラエル国会の120議席のうち賛成は62、反対は55で、かろうじて可決した。
  3. 3 Jonathan Lis, Noa Landau, “Israel Passes Controversial Jewish Nation-state Bill After Stormy Debate,” Haaretz, July 19, 2018.
  4. 4 Maayan Lubell, “Israel adopts divisive Jewish nation-state law,” Reuters, July 19, 2018.
  5. 5 Zaha Hassan, Daniel Levy, Hallaamal Keir, Marwan Muasher, “Breaking the Israel-Palestine Status Quo,” Carnegie Endowment for International Peace, April 19, 2021.
  6. 6 Human Rights Watch, A Threshold Crossed: Israeli Authorities and the Crimes of Apartheid and Persecution, April 27, 2021.
  7. 7 H.A. Hellyer, “A Major Rights Group Says Israel Is Guilty of Apartheid. It Might Fracture the Status Quo in Washington,” Time, April 29, 2021.
  8. 8 United Nations Office for the Coordination of Humanitarian Affairs, “UN releases US$22.5M for rising humanitarian needs in Gaza,” May 21, 2021.
    ガザ地区では7万7000人以上の避難民がでていた。その多くは停戦を受けて帰宅したものの、自宅が破壊または深刻なダメージを受けた1000人程度が避難所に残った。なお、パレスチナ人の死者数は248人との報道もある。
  9. 9 戦闘に参加したイスラエル空軍のパイロットが、イスラエルのテレビ番組で、AP通信やアル・ジャジーラなど多数の報道機関の事務所が入っていたガザ地区の高層ビルへの空爆は、イスラエルの市街地へのハマスやイスラミック・ジハードのロケット弾攻撃を阻止できなかった不満解消のためと語っている。 “Israel-Gaza: Pilots bombed Palestinian buildings to 'vent frustration', says report,” Middle East Eye, May 24, 2021.
  10. 10 “Poll: 72% of Israelis believe Gaza operation should continue, with no ceasefire yet,” The Times of Israel, May 20, 2021.
  11. 11 “Arab League condemns Israeli air strikes on Gaza,” Al Jazeera, May 11, 2021.
  12. 12 Frank Gardner, “Israel-Gaza: Conflict stalls Arab-Israeli rapprochement,” BBC, May 14, 2021.
  13. 13 Dina Ezzat, “Arab League lobbies for Gaza ceasefire,” Ahram Online, May 18, 2021.
  14. 14 “2020 Country Reports on Human Rights Practices: Egypt,” Bureau of Democracy, Human Rights, and Labor, Department of State, March 30, 2021.
  15. 15 Mustafa Salama, “Israel-Gaza ceasefire: Sisi has figured out how to get Biden's attention,” Middle East Eye, May 27,2021.
  16. 16 “Readout of President Joseph R. Biden, Jr. Call with Prime Minister Benjamin Netanyahu of Israel,” The White House, May 19, 2021.
  17. 17 “Readout of President Joseph R. Biden, Jr. Call with President Abdel Fattah Al Sisi of Egypt,” The White House, May 20, 2021.
  18. 18 “Remarks by President Biden on the Middle East,” The White House, May 20, 2021.