冬を迎えたアメリカで新型コロナウイルス感染の勢いが増しており、経済に打撃を与えている。2021年1月20日に発足する新政権は、この感染症問題、経済危機をはじめ、テクノロジー革命に伴う雇用市場改革、社会運動のテーマとなった警察改革など取り組むべき国内問題が山積している。また、外交面でも旧来の同盟関係の再起動や対中国関係など難しい舵取りが待ち受けている。その中、アメリカは国際社会の外交・安全保障分野で「グローバルな道徳的リーダーシップ」[1]を取り戻せるのだろうか。

 以下では、この疑問を念頭に、次期政権に課された問題のうち、中東地域に関する2つの事例を取り上げ、トランプ政権が米国の外交に与えたダメージと、そこからの回復に伴う代償について考察する。ここで検討する2つの事例は、トランプ政権による①中東地域での駐留米軍の削減、②イラン核合意からの離脱である。これらは、対中国関係から受ける米国のダメージに比べれば、深刻さの度合いは低レベルかもしれない。しかし、アメリカの道徳性が問われる問題でもある。したがって、次期政権が2つの中東問題で政策手腕を発揮できるか否かが、旧来の同盟関係の再起動の試金石といえるだろう。

中東地域での駐留米軍の削減

 11月17日、ミラー国防長官代行が、イラクに駐留する3000人とアフガニスタンに駐留する4500人の兵について、2021年1月15日、すなわち次期大統領就任式の5日前までに、それぞれ2500人にまで削減すると発表した[2]。このように短期間に駐留軍を削減することについて、国内では共和党のマコネル上院院内総務やソーンベリー下院軍事委員会委員長など有力議員から反対の意思が表明された[3]。さらに、アフガニスタンに駐留する6100人の北大西洋条約機構(NATOの部隊も来年5月に撤退を予定している[4]。NATO)のストルテンベルグ事務総長は、同17日、「早すぎる撤退や調整が欠如した撤退の代償は非常に高くなる可能性がある」との声明を発表した[5]。

 アフガニスタンで支配領域を有している反政府武装勢力のタリバンは、2020年2月に米国との和平合意を結んだが、アフガン政府への軍事攻撃を続けており、内戦が悪化する蓋然性が高まっている。また、「イスラム国」(IS)がアフガニスタンでテロ攻撃を繰り返しており、テロリストの温床となる可能性がある。このような状況を踏まえれば、反対の声が上がるのも首肯できる。

 11月23、24日にオンラインで66カ国と32の国際機関が参加するアフガン復興会議が開催され、2021年からの4年間で120億ドルの支援が集まった[6]。しかし、前回のブリュッセルの会議より総額で32億ドル減額しており、アフガニスタンの安定性に影を落としている。近年、国際社会は「テロとの戦い」で政策協調を図ってきたが、トランプ政権下で軍事面でも、資金面でも、その協調は崩れてきている。

 アメリカの次期政権は、中東地域、とりわけアフガニスタンからの軍撤退問題で、NATOをはじめとする国際社会との協調政策を選択することで信頼回復を図ると考えられる。仮に、アフガニスタンが再びテロの温床となる懸念が高まれば、新たな戦略のもとでタリバンとの合意から離脱し、撤退期間の延長や兵力の増派という、次期政権にとっては厳しい選択を迫られる可能性がある。

 一方、イラクでもISの戦闘員のテロ活動が散見される。イラクのカディミ首相は、イランから支援を受けIS掃討作戦で活躍したカタイブ・ヒズボラなどのシーア派民兵組織を十分掌握するに至っていない。イラクでの急速な米軍削減はISの活動の復活につながる恐れがある。

 11月9日のエスパー国防長官を含む同省幹部の辞任に至った中東での米軍削減の加速化は、新政権にとってトランプ政権の「アメリカ第一主義」と失われた国際協調とをバランスさせるという難しい課題をつきつけている。

イラン核合意からの離脱

 10月末からトランプ政権は、対イランへの「最大圧力キャンペーン」を一層強めていた[7]。その契機となったのは、11月11日に国際原子力機構(IAEA)による報告である。同報告の内容は、イランの濃縮ウラン貯蔵量が11月2日の時点で2442.9kgになり、2015年と比較した10倍に達したというものである[8]。トランプ大統領は、11日のIAEAの報告を受け、翌12日、政権幹部にイラン核施設攻撃の選択肢について説明を求めて検討したが、断念した[9]。また、IAEAは別の報告書で、11月14日にナタンズの遠心分離機に六フッ化ウランが注入されたことを確認したと公表した[10]。

 このような状況下、ポンペオ米国務長官が11月18日からイスラエル、カタール、UAE、サウジなどを歴訪した。この外遊期間中の11月21日には、B52戦略爆撃機の中東配備の報道が流れ[11]、翌22日にはサウジの紅海沿岸に建設中の未来都市ネオムで、同国のムハンマド皇太子とイスラエルのネタニヤフ首長がポンペオ国務長官同席のもとで3者会談がもたれたと報じられた[12]。同会談では、合意に至らなかったもののサウジ・イスラエル間の国交正常化が話し合われるとともに、イラン問題に関する意見交換が行われたと伝えられている[13]。この動きが示しているのは、イラン脅威論を主張するサウジ・イスラエル関係が強化されつつあるということだろう。そして、それはアメリカの次期政権のイラン政策を牽制する動きともいえる。

 アメリカでの政権交代を前に、イランの脅威を弱めようとする動きは活発化しており、11月27日には、イラン国防軍需省の高官で核科学者のモフセン・ファフリザデ氏の暗殺にまで及んでいる。同氏は、イラン核兵器プログラムの「父」とみなされている人物である[14]。この事件を受け、11月28日、ハーメネイ最高指導者は犯罪の糾明と実行犯らの処罰を呼び掛けるとともに、ファフリザデ氏が従事した取り組みを継続する必要性に言及した[15]。2020年にイランの要人が暗殺されるのは1月3日のソレイマニ司令官に次いで2人目となった。前者は米軍の犯行であり、イランは報復攻撃を実施した。ファフリザデ氏の暗殺に関しては犯行声明が出ておらず、実行犯と責任者は不明である。しかし、この事件は犯人が誰であれ、イランの核開発計画を妨害する目的であったことは間違いないだろう。イランではイスラエル犯行説が語られており[16]、イランの対応次第ではアメリカの次期政権の核合意への復帰が困難になる可能性がある。

 イランでは、2021年6月に大統領選挙が行われる。2020年に実施された議会選挙では、ソレイマニ司令官の暗殺事件や新型コロナ感染症の拡大により、保守強硬派が多数の議席を占める結果となり、それを支える革命防衛隊の力が増している。次期大統領選挙でもこの傾向は続くと考えられる。また、イランは中国やロシアとの関係を深化させている。アメリカの次期政権はイランのこうした変化を十分踏まえて慎重な対応をとらざるを得ないだろう。

次期政権がとり得る対中東政策

 トランプ政権期に中東地域で起きた主要な変化としては、第1に、アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、スーダンとイスラエルとの国交正常化が挙げられる。第2に、ロシアがシリア、リビア、スーダンへの関与を強め、中国がイランとの関係を深めたことである。第3に、米国が大使館をエルサレムに移転し、エルサレムをイスラエルの首都と認定する一方、パレスチナ側に対しては、ワシントンの外交使節団の事務所閉鎖、パレスチナ難民への資金提供の削減を行うなどイスラエル寄りの政策をとったことで、中東和平問題におけるイスラエルの立場が強まったことが挙げられる。

 このように変化した中東地域に対し、アメリカの次期政権が外交ダメージの回復を急ごうとすれば、現状の路線の維持を求めるイスラエルやサウジアラビア、そして、アメリカ国内のユダヤロビーや共和党から激しい抵抗を受けるだろう。このため、次期政権は、中東政策でもEU、イギリスとの政策協調に努め、単独での大きな転換は行わない蓋然性が高い。

 その一方、次期政権はトランプ政権と異なり、人権問題に関与していくと見られている。その結果、トランプ政権と良好な関係にあったサウジ、エジプト、UAEなどはアメリカの共和党との結びつきを強める可能性もある。次期政権のグローバルな道徳的リーダーシップを取り戻す政策の先に、外国勢力を巻き込んだ更なるアメリカの分断という代償を払うことになるかもしれない。

(2020/12/10)

脚注

  1. 1 Katrina Manson, “Biden’s foreign policy: the return of American exceptionalism,” Financial Times , November 25,2020.
  2. 2 シリアに駐留している900人は維持の予定。Barbara Starr, Ryan Browne and Zachary Cohen, “US announces further drawdown of troops in Afghanistan and Iraq before Biden takes office,” CNN, November 17, 2020.
  3. 3 Ibid.
  4. 4 Lyse Doucet, “Taliban conflict: Afghan fears rise as US ends its longest war,” BBC, October 20, 2020.
  5. 5 “NATO chief warns against rapid troop withdrawal from Afghanistan”, Reuters, NOVEMBER 18, 2020.
  6. 6 EUが14億ドル、アジア開発銀行が9億ドルを拠出する。日本も7億2000万ドルの拠出を表明した。アメリカは6億ドルにとどまっている。青木健太、「アフガニスタン:ドナー国・機関の拠出金が減額しジュネーブ会合が閉幕」中東調査会『中東かわら版』No.108、2020年11月27日。
  7. 7 U.S. department of states, “The Islamic Republic of Iran: A Dangerous Regime.”
  8. 8 IAEA, “Report by the Director General: Verification and monitoring in the Islamic Republic of Iran in light of United Nations Security Council resolution 2231 (2015), GOV/2020/51,” November 11, 2020.
  9. 9 Eric Schmitt, Maggie Haberman, David E. Sanger, Helene Cooper and Lara Jakes, “Trump Sought Options for Attacking Iran to Stop Its Growing Nuclear Program”, New York Times, November. 16, 2020.
  10. 10 IAEA, “Report by the Director General: Verification and monitoring in the Islamic Republic of Iran in light of United Nations Security Council resolution 2231 (2015), GOV/INF/2020/16,” November 17, 2020.
  11. 11 Seth J. Frantzman, “Why has the US sent B-52s back to the Middle East? - Analysis,” The Jerusalem Post, November 22, 2020.
  12. 12 Itamar Eichner, “Saudi and Israel confirm top-level talks, but no formal ties imminent,” Ynetnews, November 23. 2020.
  13. 13 Ibid.
  14. 14 “Mohsen Fakhrizadeh, Iran's top nuclear scientist, assassinated near Tehran,” BBC, November 28, 2020.
  15. 15 “Leader calls on Iran's science centers to continue Fakhrizadeh's efforts,” Press TV, November 28, 2020.
  16. 16 “Weapon used in nuclear scientist's assassination made in Israel: Source tells Press TV,” Press TV, November 30, 2020.