現在、リビア、シリア、イエメンで内戦が継続しており、イスラエルとパレスチナのガザ地区の間での軍事衝突もみられている継続している。そして、これらの戦闘による人命の喪失や新たな避難民の発生が報じられている。こうした状況にある中東地域に、アメリカが新たな攻撃戦力を展開しはじめている。アメリカによる戦力投入はイランによる「脅威」の増大が理由とされる[1]。

 では、一方のイランはこの状況の変化にどのような対応をとるだろうか。また、このイラン問題は国際社会にどのような影響をもたらすのだろうか。以下では、この2点について歴史的観点を踏まえて検討する。本稿の結論は、中東地域をさらに不安定化させ、国際経済の悪化のリスクが高まるか否かはイランではなく、アメリカの対応にかかっているというものである。

イランの対外政策の柔軟性

 1979年4月1日にイラン・イスラム共和国の樹立が宣言されてから、40年が経った。この間、イランはパーレビ王朝を支えたアメリカとは対立関係であり続けている。この両国間の対立にはいくつかの転換点がある。その点に注目すると、最高指導者のホメイニ師、ハーメネイ師の両時代を通じて、その対外政策は主にアメリカもしくは同国と同盟関係にあるイスラエルの対外行動をめぐるものとなっていることがわかる。

 ホメイニ氏時代には、1979年10月にパーラビ元国王らをアメリカが受け入れたことに反発し同年11月、テヘランのアメリカ大使館占拠事件が起きた。その後、イラン・イラク戦争中の1986年にイラン・コントラ事件が発覚、87年10月および88年4月にはアメリカ軍によるイランの油田掘削施設への攻撃、88年4月にはイラン艦艇撃沈事件が起きている。

イメージ写真:イランの対外政策の柔軟性

 イラン革命後のこうした出来事の中、ホメイニ師は革命体制を守るためにイラク戦争の継続と反アメリカ、反イスラエルという基本姿勢をとっていく。しかし、88年7月3日、アメリカ軍のミサイル巡洋艦によりイランの民間航空機が撃墜されたことで、イラン国内に衝撃が広がる中、7月18日にイランは停戦を求める国連安保理決議598号を受諾したのである。ホメイニ師にとっては苦渋の政策転換といえる。

 ホメイニ師の後を継いだハーメネイ師にとっての対外的な政治課題は、(1)アメリカやイスラエルからの軍事攻撃の回避と、(2)国際的な経済制裁による経済低迷の打開である。このうち後者は、現在に至るまで国内政治に影響を及ぼし続けている。とりわけ、2010年6月9日に採択された国連安保理決議1929号では金融分野も対象とされ、イランの通貨は大きく下落し、2012年3月には国際銀行間通信協会(SWIFT)もイラン金融機関へのサービスを停止した。こうしたイラン経済の悪化を背景に、ハーメネイ師は、2013年8月に大統領に就任したロウハニ師をオバマ政権との核開発問題の交渉に向かわせるという政策転換を行った。

 その後、イランは、安保理常任理事国にドイツを加えた「P5プラス1」と核開発交渉を進め、2015年7月14日、最終合意に至る(履行は2016年1月)。

 以上、最高指導者による二つの政策転換の実例を紹介した。これらの政策転換の、国際的要素は(1)アメリカ、イスラエルによる軍事攻撃の回避、(2)国際的孤立からの脱却であると考えられる。また国内的要素は(1)国民生活の保障に加え、(2)体制内の穏健派と強硬派の対立への配慮も挙げられる。とりわけ以上で挙げた二つの実例では、イラン国内で民衆による体制批判の高まりがみられたことから、国内面を重視し、対外的に柔軟な対応をとったといえる。

 これらの点と現体制への批判が広まりつつあることを勘案すれば、今後、イランは武力衝突を回避し、柔軟な対外政策をとる蓋然性が高い。

アメリカとイランの応酬

 2019年に入り、トランプ政権は4月8日にイランの革命防衛隊をテロ組織に指定すると発表し(実施は同月15日)、同月22日にはイラン産原油禁輸免除措置の完全撤廃、5月5日には空母打撃群およびB52爆撃機、パトリオットミサイルの中東地域への配備を発表した。

 一方、イランはアメリカの核合意離脱から1年目を迎えた2019年5月8日、国家安全保障最高評議会が、核合意維持国に対し、自国の利益や安全保障の確保、ならびに核合意(「共同包括行動計画(Joint Comprehensive Plan of Action: JCPOA)」)26条と36条に定められた自らの権利にのっとり義務の一部履行を停止すると、関係大使に書簡を渡すかたちで通告した。またロウハニ大統領は同日、国営テレビを通しその内容を国民に公表した。

 イランが公表した重要点は次の通りである。(1)濃縮ウランと重水の売却を停止する、(2)とりわけ銀行、石油の分野で取り決めが履行されれば停止は解除する、(3)それについて60日以内に成果がなければ段階的に合意を停止する、(4)次の段階はウラン濃縮度を3.67%で抑えることの解除、およびイラン中部のアラク重水炉建設計画を再開する、(5)イラン核開発問題を再び安保理意付託すれば断固たる対応をとる、(6)あらゆるレベルでの協議継続の用意がある[2]。

 このイランの発表は、核開発の再開の表明と報じられるむきもあるが、むしろ、自らは核合意を遵守してきた一方、国際社会は履行していないと訴え、その履行を求めたものといえる。

 こうしたイランの核合意に関する新たな動きに対し、アメリカは5月8日には、イランの鉄、鉄鋼、アルミニウム、銅を経済制裁の追加対象品目とすること、同月24日には中東地域の米軍の安全確保目的にアメリカ軍1500人を増派することを発表し、イランに対する圧力を強めている。

イメージ写真:アメリカとイランの応酬

イランとアメリカの軍事衝突の回避は可能か

 今後のイランの政策は、これまでの歴史と同様に最高指導者ハーメネイ師の意思決定による。その意思決定に影響を与える現在の国内要素としては、(1)イラン軍や革命防衛隊の動向、(2)国民の不満の高まり、(3)反体制運動の動向、(4)経済活動の停滞状況が挙げられる。また国外要素としては、(1)EUが取り組んでいる、米国による経済制裁回避の手段としてユーロ決済による金融取引を行う特別目的事業体(SVP)の進展[3]、(2)中国、ロシア、インドなどとのドル決済をともなわない貿易の動向、(3)米国の軍事圧力の動向、(4)シリア内戦およびイエメン内戦の動向などがある。

 5月10日、米国は北朝鮮アプローチと同様、イランとの首脳会談のルートを開く準備をしたとの報道が流れた[4]。イランも、自国とアメリカとの間の身柄拘束者の交換について話し合う用意があるとのメッセージを出し、対話の窓口を開いている[5]。しかし、ハーメネイ師がトランプ政権との対話を選択するとは考えにくい。それは、オバマ政権とは異なり、イスラエル、サウジアラビア、UAEとの結びつきが強いトランプ政権は、イランからみれば信頼できる相手ではないからである。また、トランプ政権が「世紀の取引」として提案予定の中東和平案も、イランが同政権と話し合う上での障害になると考えられる[6]。  一方、EUに対しては、ハーメネイ師はEU側が求めるミサイル開発問題で妥協し、EU、ロシア、中国との外交に活路を見いだそうとする蓋然性はある。それは、間接的にトランプ政権からの攻撃を回避につながると考えられるためである。また、5月8日の核合意の履行に関するイランの不満の表明も、EUにアメリカとの新たな合意形成に向けた働きかけを求めたものとも考えられる。

 ただ、アメリカの中東地域での戦力増強や、公平性を欠く新中東和平案の発表により、イラクやシリアのシーア派民兵、イエメンのフーシー派、レバノンのヒズボラ、ハマスなどの反発行動を招きかねない状況にある。アメリカがこれらの勢力の支援者とみているイランに対し軍事行動をとれば、国際経済の悪化要因になる。今後、そのリスクを回避できるか否かは、トランプ政権がイランにどのような対応をとるかがカギを握っている

(2019/05/28)

脚注

  1. 1 5月7日、CNNテレビはイランが短距離弾道ミサイルをペルシャ湾で移動させているらしいとの情報が、戦力投入の重要な理由の1つと複数の政府関係者が語ったと報じた。
    Barbara Starr, ”Iran moving ballistic missiles by boat, US officials say”, CNN, May 8, 2019。
  2. 2 “Iran notifies JCPOA partners of suspension of some commitments,” Press TV, May 8, 2019.
  3. 3 2018年9月24日、イギリス、ドイツ、フランス、中国、ロシア、EUとイランの外相会合後に設立が発表された。“Remarks by HR/VP Mogherini following a Ministerial Meeting of E3/EU + 2 and Iran,”.
    2019年1月には、フランス、ドイツ、イギリスは貿易取引支援機関(INSTEX)の設立を発表した。稼働は6月で、取扱品目は食料、医薬品などである。” Joint statement on the creation of INSTEX, the special purpose vehicle aimed at facilitating legitimate trade with Iran in the framework of the efforts to preserve the Joint Comprehensive Plan of Action (JCPOA),”.
  4. 4 トランプ政権はイランとの連絡用電話番号を準備し、イランにおけるアメリカの利益代表部であるスイスに接触したと報じられている。Kylie Atwood, “White House passes phone number to Swiss, in case Iran wants to call,” CNN, May 10, 2019.
  5. 5 “Iran says serious about exchange of prisoners with US,” Press TV, April 24, 2019.
  6. 6 トランプ政権の「中東和平案」については以下を参照。Jeffrey Heller, ” Trump plan doesn't include Jordan-Palestinian union: U.S. envoy”, Reuters, April 25, 2019.