アメリカのトランプ大統領は、シリアのアサド政権が反体制派の制圧のために化学兵器を使用したとして、4月13日、シリアに対する軍事行動をとった。シリアの化学兵器使用に対するアメリカによるシリアへの爆撃は2017年4月に続き2回目となる。今回は、単独で実施した前回と異なり英仏との共同作戦で、シリアの化学兵器関連施設などに限定したミサイル攻撃であった(米国防総省発表では105発)。

 シリアにおいてアメリカは、これまでも、北シリアでクルド人が中心勢力となっている「シリア民主軍」(SDF)の支援を行うなど反アサド政策をとってきた。このため、アサド政権の要請を受けて軍事的な支援を行っているロシアおよびイランと対立関係にあった。こうした状況を踏まえて、本稿ではトランプ政権のシリアへの関与と中東地域への影響について分析する。本稿の結論は次の通りである。「アメリカ第一主義」に基づく対外政策を展開するトランプ大統領は、「アメリカの血や資源は、中東における永続的な平和と安全保障を生み出すことはできない」との考えを有している[1]。一方、イスラエルとサウジアラビアは、「イスラム国」(IS)後の中東地域への関わりの軽減を図るアメリカをつなぎとめようとしており、イランに対する敵視政策を強化している。そのことが、シリアの平和構築、パレスチナ国家の樹立、イエメン内戦の終結を一層難しくしている。

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シリア撤退問題とシリアへのミサイル攻撃

 トランプ大統領は3月29日、オハイオ州の集会で、ISを打倒したので「アメリカは間もなくシリアから出ていくだろう」「もう他の人たちにまかせよう」と述べた[2]。その後、大統領と国家安全保障チーム[3]が協議し、4月4日には、シリア駐留を当面継続するとの発表がなされた。

  米軍のシリアからの撤退は、①ISの完全壊滅、②イランの影響力の拡大阻止、③シリア内戦の終結などが関係してくる。このうち②については、シリア南部(ゴラン高原、ダラア)でのヒズボラおよびイランの革命防衛隊の活動が懸念されている。このことはアメリカの同盟国であるイスラエル、サウジ、ヨルダンの安全保障にかかわるため、アメリカの撤退の足かせとなる。

 しかし、トランプ大統領は即時撤退(約6カ月程度)をしないことに合意したものの、会議で、①撤退スケジュールがないこと、②湾岸諸国など資金力がある国が介入していないことにいら立ちを見せたと報じられている[4]。4月4日の時点でもトランプ大統領の本音は、シリアからの撤退であることに変わりはなかったといえよう。

 米軍のシリア撤退問題が論議を呼んでいた中、4月7日にシリアの東グーダ地区ドゥーマでの化学兵器使用疑惑が表面化した。米英仏は、化学兵器を使用したのはアサド政権であると断定し、シリアに対する武力行使を実施した。軍事作戦に関しては、①アサド政権の軍事施設に限定、②シリア国内のイラン関係の軍事施設への攻撃、③ロシアの軍事施設を含めた攻撃という選択肢が考えられるが、今回は①の中でも化学兵器に関連しているとされる施設に限定された攻撃となった。

  トランプ大統領の撤退発言に対してイスラエルやサウジが懸念を表明していることから、アメリカはこの両国に配慮し、②を選択することもありえた。しかし、ロシアとの軍事衝突を避けることを優先する英仏および国防総省の意見が入れられた。このため、攻撃後のシリア情勢の枠組みが大きく変わることはなかった。むしろ、米英とロシアの関係のさらなる悪化を招き、ロシア、トルコ、イランが進めているシリアの和平構築にアメリカが関与することが一層難しくなったといえる。

 なぜ、トランプ政権は英仏とともにシリアに対する攻撃に踏み切ったのだろうか。トランプ政権は国内では、11月の中間選挙、財政赤字問題に加え、ロシア疑惑問題や女性スキャンダル問題などを抱えている。また国外では北朝鮮問題を抱えている。軍事力行使は、これらの問題との兼ね合いがあると考えられる。しかし、トランプ大統領は4月13日、攻撃後の国民向けの演説で再び、「地域の運命は自国の人々の手にある」と述べ、アメリカはいつまでもシリアに踏みとどまることはない旨を示した[5]。つまり、武力行使後もトランプ大統領のシリアからの撤退の意思は変わっていないといえる。

アメリカのシリア撤退の理由

 アメリカのシリアへの軍事介入は、国連安保理のテロ行為に関する加盟国の対応をうたった決議1624号(2005年)および「イスラム国」(IS)に関する2014年の決議2170号、2178号にもとづいて実施されている。しかし、シリアのアサド政権は、アメリカには介入を要請しておらず、その行為は国連憲章(第2条4項)に反すると主張している。テロとの戦いや、大量破壊兵器拡散の阻止、人権保護などを目的とする国際介入を、普遍的な価値に基づくものとして容認するか否かは議論が分かれるところである。このため、米国防総省内でも撤退について検討が行われていた。唐突に見える3月29日のトランプ大統領の「シリアからの撤退」発言の背景には、こうした流れがある。

 トランプ大統領の対シリア政策決定の要因の1つは、ISの状況である。現在、ISの支配領域はシリア全土の5%未満となっており、IS戦闘員はゲリラ戦術をとっていると報じられている[6]。つまり、ISとの戦いは軍事的局面から治安強化による対応の段階に入りつつあるといえる。この段階での米軍のリスクは、「ISとの戦い」という大義が薄れる中でテロ攻撃などにより人的被害が出ることといえる。そのことに鑑みれば、現在のアメリカの対シリア政策は大きくみて次の4つになると考えられる。①ISの復活を阻止するため役割を限定して駐留を継続、②平和構築を地域の国々(シリア政府、トルコなど)に任せ撤退する、③シリア領内におけるイランの対イスラエル軍事行動を阻止しようとしているイスラエルの政策に協調する、④シリアと軍事関係を強めているロシアの東地中海地域での影響力拡大に歯止めをかける役割をNATO諸国で分担する。トランプ大統領は③と④を重視しているとみることができる。

 2つ目の要因は、シリア復興会議でアメリカが表明している支援資金である。米国務省は2017年、シリアの安定化(水道・電力の復興)、不発弾除去作業などに2億ドルを拠出している。2018年も2億2500万ドルの支援を決定しているが、トランプ政権はこれの凍結を指示した[7]。トランプ大統領は3月29日の演説で「われわれは中東で7兆ドルも費やした。それで何を得た?何も」と述べている[8]。中東地域で使う資金を国内のインフラ整備などにまわすと改めて強調し、支持者を確保する狙いもみえてくる。

トランプ発言の国内の動揺

 トランプ大統領は3月29日のシリア撤退発言を前にした27日、フランスのマクロン大統領、ドイツのメルケル首相と電話会談を行っている。両首脳との話題の中心は貿易問題であったが、マクロン大統領との会談ではシリア政策についても協議している。その中で、トランプ大統領はトルコとの政策協調に言及している[9]。

 シリア介入後のアメリカのシリア政策に関しては、今年1月にティラーソン国務長官(当時)がスタンフォード大学での演説で、①駐留米軍の維持、②「シリア民主軍」(SDF)の支援、③イランの影響力拡大阻止について言及している。これらの内容は、国務省、国防総省で共有されていた。それは国防総省が検討していた米軍の撤退条件とされている①シリア内でのロシア、イランの軍事力の展開状況の確認、および、②SDFが捕虜にしているIS戦闘員の処遇の決定がなされて後の時期を考慮したものでもあった。

 したがって、トランプ大統領の撤退発言は、国務省、国防総省の実務者レベルにとっては突然の出来事となった。発言直後、国務省のナウアート報道官は撤退については承知していないと述べ、国防総省のホワイト報道官もシリアでは依然として重要な仕事が残っている旨述べていた。つまり、ティラーソン長官の演説からわずかの期間で、実務者レベルと政策決定者レベルの乖離が表面化したことになる。

シリアでのロシアの動向

 現在のシリア情勢を分析する観点としては、①北シリアでのトルコによる軍事活動(「オリーブの枝」作戦)の動向、②反体制派勢力の抵抗活動、③アサド政権の存続問題、④ロシア、イランの影響力、⑤シリア内におけるヒズボラやシーア派民兵などの反イスラエル戦線の活動状況、⑥ISの動向が挙げられる。今後の米軍の撤退に関しては、アメリカとの対立を深めているロシアのシリアにおける影響力が問題となる。

 ロシアはシリア内戦下でシリアにタルトゥース海軍基地とフメイミム空軍基地を確保し、東地中海でNATOを脅かす存在となっている。また、ロンドンでの元ロシア人スパイ暗殺未遂事件でEUとの対立を深めている。さらにNATOのメンバー国であるトルコが、ロシア、イランとともにアスタナ会議を通してシリアの平和構築に関与している。そのトルコが「オリーブの枝」作戦へのNATOの非協力的姿勢を批判するとともにインジルリク基地の米軍の使用問題(期限、駐留兵員数)を持ち出す事態となった。

 ロシアとNATO間の緊張が高まる中、フランスが東地中海地域での安全保障のため、トルコをNATOにつなぎ止めようとしている。マクロン大統領は、2月26日、3月4日、25日とエルドアン大統領と電話会談し、シリア情勢に関する協議を重ねてきた。その目的は、トルコとSDFの仲介役を果たし、北シリアで安全地帯を設置することである。このようにフランスがNATOの一員として役割を果たす姿勢を示していることと、トランプ大統領のシリア撤退発言とは無関係ではないといえる。

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米軍のシリア撤退後の懸念

 中東地域では、5月にレバノンでの国会議員選挙、イラン核合意問題、アメリカ大使館のエルサレム移転問題など現在のパワーバランスを大きく変える動きが予定されている。従来のアメリカの中東に関する基本戦略では、①同盟国イスラエルの安全保障の確保、②国際社会へのエネルギーの安定供給の確保が重視されてきた。イスラエルの安全保障政策としては、①レバノンにおけるヒズボラ勢力の弱体化、②イラン・イラク・シリア・レバノンというシーア派の回廊の遮断、③シリア国内のイランの活動を監視し、ゴラン高原からのイスラエルへの攻撃を阻止、④パレスチナ自治政府を支え、パレスチナ内部の対イスラエル抵抗運動の穏健化をはかるなどの施策がとられてきた。シリアへの国際介入はISとの戦いだけでなく、アサド政権を打倒し、シーア派の回廊を遮断することも目的であったとみられている。

 そのイスラエルは5月14日に建国70年を迎える。国内ではパレスチナとの2国家共存への支持は弱まり、パレスチナ人を「ユダヤ人国家イスラエル」のマイノリティー集団であるとみる傾向が強まっている[10]。このため、聖地エルサレムの解放、パレスチナ人との連帯を主張するイスラム教徒との溝はますます深くなっており、この地をめぐる緊張が高まっている[11]。

 2月10日、イスラエルは、イランがシリア領内からドローンによる領空侵入をはかったことの報復として、シリア領内のイラン関連施設約10カ所を目標に大規模な空爆を実施した。また、イスラエル空軍(F35ステルス戦闘機2機)がシリア、イラク領空を通り、イラン領空の偵察飛行に成功したと報じられている[12]。また3月26日にはイスラエル空軍がレバノンのヒズボラの拠点数か所を空爆[13]、さらに4月9日にもホムスの空軍基地にレバノン領域からミサイル攻撃を行ったと報じられている[14]。仮にこの一連のイスラエルの軍事行動が事実だとすると、イスラエルは自力で安全保障を確保する姿勢を示しつつある。

 今年、レバノン、シリアにおける反イスラエル戦線とイスラエルの間で衝突が起きる蓋然性は低くない。アメリカはシリアでこれまで14人の戦死者を出している。ISとの戦いが終わりつつある中、米国民からすれば国益とはあまり関係がないと思える東地中海地域での紛争にアメリカが関わり、人的被害を出すことは望ましいことではない。中間選挙を控え、再選をねらうトランプ大統領としては、シリアからの米軍撤退の環境を整える段階に入っているといえそうだ。

まとめ

 これまでアメリカの中東政策では、イスラエルとサウジを重視してきた。両国は、イラン脅威論を主張しており、アメリカの中東地域への関与を必要としている。そのサウジのムハンマド皇太子は3月19日から訪米し、米メディアにイラン脅威論をアピールした。同皇太子は、国際社会がイランに圧力をかけなければ、サウジ・イラン間で今後10~15年以内に戦争が起きる可能性があると述べている[15]。またサウジは、イランのミサイル開発の脅威の事例として、イエメンのフーシ派(シーア派)がサウジ領内に向け発射したミサイルはイラン製であるとした。しかし、それは検証性に乏しいと考えられている。さらに、イエメン内戦におけるサウジの非人道的行為や、クシュナー上級顧問とムハンマド皇太子との関係の違法性が疑われていることなどから、米国内では国会議員を中心に超党派で武器輸出を見直す動きもある。一方、イスラエルに関しては、ネタニヤフ首相がトランプ大統領との結びつきを強めていることで、民主党や人権派ユダヤ人団体との距離が生じている。

 トランプ政権は、①中東地域でのロシアの台頭、②地域諸国間の紛争リスクの高まり、③米国内の政治情勢から、シリア政策を根本的に見直しつつあると考えられる。しかし、イランの脅威を感じているイスラエルとサウジにとって、シリア領内のイラン関係の軍事拠点の壊滅、イラン核合意の再協議は重要課題である。したがって、両国が、アサド政権の化学兵器使用疑惑を機とするアメリカによるシリア攻撃および、イギリス、ドイツ、フランスによる新たなイラン制裁を後押ししたとしても不思議ではない。

 今回、シリアの化学兵器使用疑惑に対し、米英仏は制裁として軍事攻撃を実施した。そのことでアメリカとロシアとの対立はさらに深まっている。5月には、イランの核合意の見直し期限があり、イスラエル建国70周年、レバノンの国会議員選挙なども予定されている。こうした状況において、トランプ流の「アメリカ第一主義」による中東地域へのアメリカの関与の低下は、東地中海地域でのシリアとレバノン、紅海およびペルシャ湾、そしてイエメンなどの状況を一段と危ういものにするといえるだろう。

脚注

  1. 1 “President Trump's entire speech announcing airstrikes in Syria,” ABC News, Apr 13, 2018.
  2. 2 “Trump says US withdrawing from Syria 'very soon',” AFP, March 30, 2018.
  3. 3 ティラーソン国務長官、マクマスター大統領補佐官、ポサート補佐官が退任。ポンペイオ中央情報局(CIA)長官が国務長官に、ボルトン元国連大使が補佐官に就任。
  4. 4 “Trump gets testy as national security team warns of risks of Syria withdrawal,” CNN, April 5, 2018.
    注1に同じ。
  5. 5 注1に同じ。
  6. 6 「IS、シリア残留勢力の現状 支配地域は5%未満に」AFP、2018年3月22日。
  7. 7 “Trump Freezes Funds for Syrian Recovery, Signaling Pullback,” The Wall Street Journal, March 30, 2018.
  8. 8 注1に同じ
  9. 9 The White House, “Statements & Releases: Readout of President Donald J. Trump’s Call with President Emmanuel Macron of France,” March 27, 2018.
  10. 10 Aluf Benn, “The End of the Old Israel: How Netanyahu Has Transformed the Nation,” Foreign Affairs, 2016, July
  11. 11 3月30日からはじまったガザ地区とイスラエルの境界付近での抗議活動による死者は、ガザの保健省によると4月14日時点で34人、負傷者は3000人に上る。“Israeli forces kill two Palestinians as Gaza protests,” Aljazeera, April 13, 2018, continue.
  12. 12 “Report: Israeli stealth jets flew over Iran,” y net news, March 31, 2018.
  13. 13 “Report: IDF hit Hezbollah outposts in Lebanon,” y net news, March 25, 2018.
  14. 14 「イスラエル軍機がシリア基地攻撃=レバノン領空からミサイル、14人死亡」時事通信、2018年4月9日。
  15. 15 “Saudi Prince Calls for Stepped-Up Pressure on Iran,” The Wall Street Journal, March 29, 2018.