2014年のクリミア併合以降、欧州社会の中でロシアが孤立を深める中、OSCEはロシアとの対話等において一定の役割を果たしてきた。他方、2022年2月のウクライナ戦争の勃発により、こうした傾向はより強まった。それ以降、主要な国際的枠組みだけでも、2022年3月には欧州評議会の加盟資格の停止、4月の国連総会で国連人権理事会から脱退、11月には欧州通常戦力条約(CFE)から正式に脱退した[1]。また、経済面でも米国、EUによる追加制裁を始め、ロシア排斥が進んだ[2]。さらに、同様の傾向はロシアが伝統的に主導してきた枠組においても見られ、集団安全保障条約機構(CSTO)でも一部の国がロシア離れの動きを見せている[3]。

 こうした孤立化の流れにありながら、ロシアが依然として留まり続けている国際的枠組みの1つが欧州安全保障協力機構(OSCE)である。本論の狙いは、国際社会から孤立の一途をたどるロシアとOSCEとの関係を軸として、組織運営に関わる主要な論点を概観し、そこから導出されるOSCEの組織課題と欧州問題の示唆を得ることである。

OSCEにおけるロシアとの対話

 OSCEはウクライナ戦争の開戦当初から、ロシアに対しあらゆる機会を捉えて、戦闘行為の即時停止を主張し、対話を継続してきた[4]。OSCEの実質的な政策決定機関である常設理事会を始め、安全保障フォーラム(FSC)、民主制度・人権事務所(ODHIR)などの各協議体では定例会議や各種活動を通じて、ロシアとの対話を継続している。こうした取り組みの中でも注目されるのが開戦直後に発動されたモスクワ・メカニズムである[5]。同メカニズムはOSCEの枠組みにおいて、各国が行った人権侵害に対する重大な違反の申し立てを調査し、是正のための行動の特定を目的としている。既に、同メカニズムは第2弾、第3弾が発動され、ロシアへの働きかけを続けている[6]。しかし、いずれの取り組みも未だに成果を挙げるには至っておらず、OSCEのコミットメント履行は加盟国の判断次第という組織上の脆弱性を示している。しかし、一連の過程において、ロシアは各国からの問いかけにその都度応答し、曲がりなりにも対話は継続していることから、地域に開かれた対話の場としてのOSCEの役割は失われていない。

暗礁に乗り上げているウィーン文書の更新

 上記のようなOSCEからロシアに対する働きかけに対し、ロシアはこれまでOSCEの組織の在り方に度々不満を示してきた。例えば、ウクライナでのSMMマンデートの延長拒否を始め、モルドバミッションの活動延長への反対、2022年度、2023年度統一予算案の承認拒否等がある[7]。さらに、年次軍事情報の交換(AEMI)にも応じなかった[8]。中でも、特に懸念されるのが2011年ウィーン文書(VD2011)の更新に対する反対である[9]。同文書はOSCEの加盟国軍隊の相互査察といったOSCEの信頼・安全保障醸成措置(CSBMs)を取り決めたものであり、1990年の同文書採択から加盟国間の調整、措置内容の近代化や精緻化のために、数度の更新を経てきた。VD2011更新に係る議論は何度かその機会があったものの、未だに更新は実現できていない。ロシアのセルゲイ・ショイグ国防相の2023年8月のモスクワ安全保障会議における、「加盟国間の信頼が不足している状況では、検証メカニズムは実質的にインテリジェンスの情報源となるため、同文書の合意精神に適さない」という更新への反対意見からも、ロシアの消極的姿勢が見て取れる[10]。こうした関連議論の停滞を受けて、既にロシアの影響を低減する組織改善案も議論されているが、協調的安全保障の存立意義に関わる問題でもあり、OSCEには慎重な対応が求められる[11]。

2024年議長国決定をめぐる混乱

 次に、組織に係る1課題として議長国選出を取り上げる[12]。OSCEでは紆余曲折を経て、新たな議長国に軍事的中立国であるマルタが選ばれた[13]。しかし、当初名乗りを上げていたのはエストニアであった[14]。マルタ選出に至った理由は、ロシアとベラルーシがNATO加盟国であるエストニアの議長国就任に反対し続けてきたためであった[15]。一時は議長国不在となり、OSCEが活動停止に至ることさえ危惧されたが[16]、2023年末の閣僚理事会の終了間際に選出に至った。OSCE議長国の任期は1年であり、通常であれば、前年度の後半或いはより早い時期に決定される[17]。今回のように一部加盟国による議長国選出への反対は異例と言え、OSCEが欧州各地で実施している諸活動に相当程度のネガティブな影響を与えたことは明白であり、こうした事態の常態化を回避する必要がある。

OSCEの一体性に波紋を呼ぶロシア

 上記の2点とともに、特に憂慮すべき点は、ロシアの存在がOSCEの一体性にも影を落としていることである。2023年11月30日に第30回OSCE閣僚理事会が北マケドニアの首都スコピエで開催された。同会議にて注目を集めていたのが前述した議長国の決定に加え、ロシアのラブロフ外相の参加であった。これは会議の開催に至る過程で一部の加盟国が強い抗議の姿勢を示してきたことや、米露外相の直接対話の実現が期待されたためである。結局、ラブロフ外相は出席となったが、米国のブリンケン国務長官は会議の前日にOSCE議長との短時間の面会を済ませ、当日は欠席となった[18]。また、ロシア外相の出席を受けて、ウクライナ、ポーランド、バルト3国の合計5カ国は同会議への参加をボイコットした[19]。一方で、ハンガリー、カザフスタン、アルメニアなどの一部国家はこの機会を捉え、ロシアとの二国間会談を行った[20]。同様の不調和はその他の場面でも垣間見られ、これら一連の内容から、ロシアがOSCEに組織としての連帯を揺るがすほどの影響を与えていると言うことができる。OSCEはその前身の設立以来、異なる国々や地域との連携を重視し、一体性の保持に努めてきた。その方針は今後も継続されねばならないだろう。

終わりに: OSCEの組織課題と高まる責任と期待

 上述の通り、OSCEにおけるロシアとの協力やコミュニケーションを巡る組織としての諸課題は未解決である。OSCEは地域に開かれた多国間安全保障の枠組みであり、その意思決定は加盟国の合意に基づくという特徴を有する。しかし、全加盟国が常に組織の精神に基づき、合理的に行動するとは限らない。ロシアの存在は、たとえOSCEに長期的な信頼醸成や軍備管理の積み重ねがあったとしても、一部の恣意的に行動する国が組織の活動を容易く停止させられる可能性を改めて明示した。今後、OSCEがより安定した組織運営、協力関係の構築を目指すのであれば、組織構造の見直し、多国間協力の強化、一部国家の恣意的な行動に対する備えの強化といった諸課題に対処する必要があるのではないか。

 ロシアのラブロフ外相はOSCE閣僚理事会にて、「OSCEがNATOやEUの付属物となっており、その活性化に注力する価値はあるか?公平な安全保障の議論ができるプラットフォームとしていかがなものか」と、組織の在り方へ不満を述べている[21]。また、アルメニアのミルゾヤン外相は「OSCEが早期警戒、予防という中核的機能を果たさなかった」とその紛争予防機能の不足を批判した[22]。彼らの発言の真意は不明であるが、OSCEが実効性を向上させるための組織課題を抱えていることは事実である。

 他方、欧州地域の多国間安全保障の枠組みを俯瞰すると、欧州地域で西側とロシアが対話できる国際的枠組みはOSCEを置いて他にない[23]。また、CFE条約も活動を停止した今、欧州の軍備管理の頼みはOSCEとなる。OSCEはウクライナ戦争にとって鍵となる米露の直接対話や地域が共同連携するための対話の場を保持しつづけねばならない。さらに、いずれ戦争が終わる時、紛争予防や国家再建に長年携わってきたOSCEの真価が問われることになる。ウクライナ戦争終結の見通しは不明であり、OSCEは多くの課題を抱えているが、これからもロシアと粘り強く向き合っていくことが求められる。

(2024/02/15)

脚注

  1. 1 CFE条約はNATOとWTOの間で通常戦力の均衡を実現することを目的とし、欧州の軍備管理の基礎を成してきた。これを受けてNATOは共同声明を出し、必要な限り運用を停止するとした。これによって、欧州における軍備管理手段はOSCEのウィーン文書のみとなった。“North Atlantic Council statement on the Allied response to Russia's withdrawal from the Treaty on Conventional Armed Forces in Europe,” NATO, November 7, 2023.
  2. 2 Alexandra Prokopenko, “How Sanctions Have Changed Russian Economic Policy,” Carnegie Endowment for International Peace, September 5, 2023.
  3. 3 例えば、アルメニアではCSTOからの脱退議論が活発化しているといった議論もある。Arshaluis Mgdesyan, “Armenia considers possible future outside Russia-led military bloc,” Eurasianet, December 20, 2023.
  4. 4 以前の拙稿において、これら取り組みを含めたウクライナ戦争開始後のOSCEの対応を解説している。拙稿「OSCEはウクライナ戦争を終わらせることができるか―多国間安全保障の課題」国際情報ネットワーク分析 IINA、2022年11月18日。
  5. 5 モスクワ・メカニズムはOSCEの前身である欧州安全保障協力会議(CSCE)の時代に遡る。1991年10月のモスクワ人的側面会議にて、加盟国による人権侵害行為に対して、専門家による調査使節団を派遣することが合意された。“Ukraine appoints mission of experts following invocation of the OSCE’s Moscow Mechanism,” OSCE, March 15, 2022.
  6. 6 2022年9月、2023年5月にはロシアの人間的側面に関するコミットメントの法的・行政的履行状況についての報告書を提出している。同報告書はOSCEにおいてはロシアへの即時停戦を求める1ツールとしての役割を持っており、また、国際社会にとって、ウクライナにおける人権侵害の状況を専門家による客観的視点から分析したデータを提供する情報源としての役割を有している。Angelika Nußberger, Report on Russia's Legal and Administrative Practice in Light of its OSCE Human Dimension Commitments, OSCE, September 22, 2022; Veronika Bilkova, Cecilie Hellestveit and Dr. Elīna Šteinerte, Report on Violations and Abuses of International Humanitarian and Human Rights Law, War Crimes and Crimes Against Humanity, Related to the Forcible Transfer and/or Deportation of Ukrainian Children to the Russian Federation, OSCE, May 4, 2023.
  7. 7 拙稿で解説した通り、SPUは有志国による寄付を資金源とする取り組みであり、ロシアの拒否権に妨げられない。拙稿「OSCEのウクライナ支援―日本における支援論議への含意」国際情報ネットワーク分析 IINA、2023年10月27日。 なお、OSCEの財務規定によれば、規則2.07予算の承認において、予算は経営及び財務に係る諮問委員会の勧告に基づき、常任理事会により承認されるとある。OSCEは統一予算に承認が得られないことへの暫定措置として、2021年度予算の余剰金を2023年度予算に用いている。他方で、財務規定によれば、新規事業や諸活動ができないことから、OSCEの本来の機能を制限されることになるため、早期の予算承認が望ましい。“OSCE Financial Regulations,” OSCE, November 18, 2021, p. 6.
  8. 8 AEMIは毎年12月に実施されているが、2023年はロシアの協力を得られなかった。米国代表部は安全保障フォーラムの第1035回全体会議にて、これを強く批判している。“Statement by the Delegation of the United States of America on the Russian war of aggression against Ukraine,” OSCE, February 8, 2023.
  9. 9 ウィーン文書はOSCEの通常戦力の透明性を高めるための査察やデータ交換による信頼・安全保障醸成メカニズムであり、OSCEの実践する協調的安全保障の核となる文書である。“Vienna Document 2011 on Confidence- and Security-Building Measures,” OSCE, November 30, 2011.
  10. 10 ただし、VD2011の更新に係る議論の停滞はロシアだけに責を負うものではない。加盟国の中でもNATO加盟国は2010年代初期の段階では更新に消極的であったとされる。その詳細は別稿にて考察したい。Gabriela Rosa Hernández, “Russia Refuses Annual Vienna Document Data Exchange,” the Arms Control Association, March, 2023.
  11. 11 Cornelius Friesendorf, Stefan Wolff, “Options for dealing with Russia in the OSCE,” Security and Human Rights Monitor (SHRM), May 11, 2022.
  12. 12 OSCE議長は閣僚理事会により決定された加盟国外相が務める。議長は加盟国57カ国地域の紛争予防、解決、再建を主導し、加盟国間の合意形成を担う。また、常任理事会の議長を務めるほか、予算合意の形成、特別代表の任命といった重要な役割を有する。
  13. 13 “Decision No. 2/23 OSCE Chairmanship in the Year 2024,” OSCE, December 1, 2023.
  14. 14 エストニアのツァクナ外相は、同国が議長国となるための承認が得られなかったことを受け、ロシアに対する痛烈な批判コメントをしている。Margus Tsahkna “Comment by Minister Tsahkna on the decision of Russia and Belarus to veto Estonia’s OSCE Chairmanship,” Ministry of Foreign Affairs, Republic of Estonia, November 21, 2023.
  15. 15 Jacopo Barigazzi and Hans Von Der Burchard, “Tensions rise over future of the world’s largest security body,” POLITICO, November 23, 2023.
  16. 16 議長国不在となり、1975年から続いてきたOSCEがその活動を終了する可能性が指摘されていた。また、紙幅の都合で割愛したが、OSCE事務総長、少数民族高等弁務官、メディアの自由代表、ODHIR事務局長らトップ4の人事についても同様の状況が生じていたが、この閣僚理事会にて2024年9月までの延長合意に至った。本来これらポストの任期は3年であるため、これも暫定的な対応と言える。“Is a Russian veto on leadership about to provoke the downfall of the OSCE? ,” Foreign Policy Centre, November 9, 2023.
  17. 17 以前の議長国の北マケドニア、ポーランド、スウェーデンなどは就任の半年ほど前にはその旨が公表されている。
  18. 18 彼はロシアのラブロフ外相以下代表団の到着前に次の移動先のイスラエルへ移動した。ロシアへの抗議を示すためとも言われるが、米露外相の直接対話が実現できなかった点が悔やまれる。
  19. 19 会議に先立つ11月28日、エストニア、ラトビア、リトアニアの外相は共同声明を発表し、ロシア外相の個人参加について遺憾の意を示している。“Joint Statement by the Foreign Ministers of Estonia, Latvia and Lithuania,” Ministry of Foreign Affairs Republic of Estonia, November 28, 2023.
  20. 20 Alexandra von Nahmen, “Sergey Lavrov causes friction at OSCE security meeting,” DW, December 1, 2023.
  21. 21 “OSCE split over Russia's further participation in organization's work,” Interfax, Interfax: Russia & CIS Military Newswire, December 1, 2023.
  22. 22 “Armenian FM criticizes OSCE for failing to fulfill objectives of preventing, averting conflicts,” Interfax, Interfax: Russia & CIS Military Newswire, November 11, 2023.
  23. 23 安全保障分野においては、グローバルなレベルでは国連を残すのみである。