はじめに:日本のウクライナ支援をめぐる議論の問題点とOSCE

 日本は2023年5月にG7サミットをホストし、ゼレンスキー大統領の訪日や陸上自衛隊車両の提供を実現した[1]。また、同年9月にはG20と時を同じくして林外務大臣がウクライナを訪問、G7の共同宣言に基づく2国間文書作成に向けた確認と復興機材の提供を実施。ウクライナ避難民の受け入れ数は2000名以上に上る[2]。これら一連の対応をとおし、日本は官民一体のウクライナ支援の姿勢を改めて国際的にアピールすることができた。しかしながら、支援は経済中心という印象が強く、ウクライナが切望する防衛装備品移転の実現は困難であり、また、ウクライナ現地官民への支援は不十分な状況にある。つまり、依然として日本のウクライナ支援の議論は防衛装備品に係る内容に偏り、また、その対象は国家や日本国内のウクライナ住民に限られたものになっていると言え、支援の一貫性などには一考の余地がある。本稿はこうした問題認識に基づき、ウクライナ現地の官民に対する中長期的な支援という視点から、紛争当事国への包括的安全保障観に基づく支援について、一日の長があるOSCE(欧州安全保障協力機構)の事例を参照し、日本のウクライナ支援議論に対する含意を示すものである。

OSCEの戦時下のウクライナへの関与はSMMからSPUへ

 OSCEは拙稿の「OSCEはウクライナ戦争を止められるか」で紹介した通り[3]、2022年2月24日のウクライナ戦争開始からほどなくして、同地での特別監視ミッション(SMM)を停止した。しかし、その後もOSCEはウクライナへの関与を続けており、連日のOSCEにおける各種会議ではウクライナ戦争に関する議論がウクライナ、ロシア双方を交えて継続されているほか、SMMとは異なる形での各種ウクライナ支援を実践している。その1つがウクライナ支援プログラム(Support Programme for Ukraine: SPU)である。

 SPUは2022年11月1日のプレスリリースにて、その発足が発表された[4]。加盟国の出資により運営される無期限の同プログラムはウクライナ市民、市民組織の国内制度の長期的で民主的な社会的レジリエンスを支援することを目的としている[5]。具体的には23の事業から構成され、緊急性のある安全保障課題に焦点を当てた、人道的な地雷除去、化学物質の脅威への対処、戦争による環境破壊の監視、人身売買のリスクからの避難民の保護、さらには、長期的な国家安定を目指した司法改革の支援、憲法正義の強化、紛争被害者の心理的支援システムの開発など多様な項目がある。そこで本プログラムの発足以降の実績を見てみると、今後予定されているものも含めた総数は10数件に及ぶ。これらの支援活動を端的にまとめれば、OSCEは幅広い分野でウクライナにおける安全保障、教育、ジェンダー平等、環境保護、法的支援等の問題に対処しており、官民を対象に中長期的な支援を実施している。ここでは紙幅の都合から、ソフトあるいは特異な支援に焦点を当て、3つの取組み例を紹介する。

SPUの事例①:地雷問題啓発の取り組み

 今次戦争がウクナイナにもたらした重大な課題の1つが地雷である。同国にはロシア軍が戦線の後退に伴い防御のために大量に設置した地雷が残されており、今や地球上で最も地雷汚染が深刻な国家となっている[6]。こうした地雷は地域住民の市民生活や復興を妨げる重大な脅威となっていることから、OSCEは4月4日の国際的な地雷問題啓発の日に合わせて、ウクライナ政府と連携し、地雷への注意喚起、地雷除去に向けた活動紹介を市民向けに発表した[7]。さらに、5月2日から3日間、マイン・アクション2023と言われる地雷に関する問題に対処する国際シンポジウムへのウクライナ政府の参加を支援した[8]。これら地雷の危険性に関する啓発や地雷除去に係る各種支援は官民双方を対象としており、また、国際的な取り組みに連動して実施されている点に特徴がある。

SPUの事例②:人道的性格を持つ課題の取り組み

 また、地雷のように目に見える課題に留まらず、ウクライナはジェンダーに基づく問題、人身売買、戦争犯罪といった問題にも直面している[9]。こうした状況に対処するため、OSCEは6月2日にはサイバー犯罪と人身売買を担当する司法執行者向けの訓練を実施[10]、同月20日にはジェンダーに基づく暴力への対応能力を強化するため、NGOと連携して現地の弁護士らを交えた会議を開催するなど、被害者のメンタルヘルスにも配慮した支援を実施している[11]。また、7月30日には反人身売買の国際デーに合わせた市民向けのメッセージ拡散の取り組みを支援しており[12]、民間企業と共催して、警戒すべき兆候の特定、リスク最小化、支援を得るためのアドバイスを提供している[13]。さらに、戦争犯罪の証拠収集にも努めており、その調査結果をまとめた報告書も発行している[14]。上記内容は戦時下のOSCEならではの支援と言える。

SPUの事例③:法的支援の取り組み

 さらに、戦争犯罪に伴い顕在化したのが国際人道法の侵害をはじめとした法的問題である[15]。OSCEは現地の法的支援の必要に応じて、6月28日に戦時下の人権擁護のための司法手段の使用に関する議論を支援したほか[16]、7月12日から16日までの4日間に渡り法、司法、社会、リーダーシップセミナーをNGOと連携して開催した[17]。また、8月、9月には学生向けの法に関するサマースクールを複数回実施している[18]。こうした法的支援に関する取り組みは憲法に係るものから国際法、戦争犯罪をめぐるものなど広範な内容に及ぶ。また若年層の官民を対象にしている点からは、中長期的な効果を狙っていることが見て取れる。

終わりに:OSCEによるSPUの我が国の支援論議への含意

 ここまで、OSCEの戦時下におけるウクライナ支援の取り組みを概観したが、未だ情勢が不安定なウクライナに対する支援は、SPUの掲げる支援項目の実践に大きな制約を与えていることは間違いない。しかし、その支援時期、対象、内容などの情報からはOSCEが現時点で実行可能な項目を中長期的視点から、着実に実践していることを見て取れる[19]。また、これら支援は戦時下のウクライナの現地社会のみならず、戦後のウクライナ社会にも裨益する支援と言える。以上のようにOSCEはSPUによる支援を行いつつ、依然として対話による解決に向けた意欲を持ち、その包括的安全保障概念に基づいてウクライナ、ロシアに向き合っているのである[20]。

 最後に日本のウクライナ支援議論を鑑みると、冒頭で述べた各種支援に加え、G7サミット時に発表されたウクライナ支援に関する共同宣言に基づく二国間合意の締結に向けた協議を開始している[21]。しかし、果たしてこうした日本の支援は現地官民を対象とした一貫性のある中長期的なものと言えるだろうか。安全保障協力と言えば、我々はどうしても兵器供与ばかりに目を向けがちであるが、OSCEの事例にみられるような、包括的な安全保障課題を取り上げる比較的ソフトな形でのウクライナ支援という選択肢もあるのである。また、そこではウクライナの現地官民に寄り添う形の芯の通った息の長い支援を実施するという観点も必要である。日本が国際社会でのプレゼンス向上に取り組む一方で、グローバルサウスを始めとする諸外国はウクライナへの各国の関与を注視していることを忘れてはならない。困難な状況に直面する他国に真に寄りそう支援こそ、日本の国益につながるのではないか。

(2023/10/27)

*この論考は英語でもお読みいただけます。
OSCE Support for Ukraine ― Implications for the Debate about Support in Japan

脚注

  1. 1 防衛省「ウクライナへの装備品等の提供について」2023年5月21日。
  2. 2 出入国在留管理庁「ウクライナ避難民の受入れ・支援等の状況について」2023年10月6日。
  3. 3 拙稿「OSCEはウクライナ戦争を終わらせることができるか――多国間安全保障の課題」国際情報ネットワーク分析IINA、2022年11月18日。
  4. 4 OSCE, “New donor-funded Support Programme for Ukraine,” November 1, 2022.
  5. 5 米国のOSCE代表部カーペンター大使はメディア向けブリーフィングの席上、同プログラムが無期限である旨に言及している。Michael Carpenter,” Supporting Ukraine against Russia’s unjustified war through the Organization for Security and Cooperation in Europe (OSCE),” July 25, 2023.
  6. 6 Daniel Boffey, ”Ukraine desperate for help clearing mines, says defence minister,” The Guardian, August 13, 2023.
  7. 7 OSCE, “International Day for Mine Awareness and Assistance in Mine Action,” April 4, 2023.
  8. 8 同シンポジウムはクロアチア内務省と地雷対策センターが毎年開催するイベントであり、世界中の地雷除去専門家が集い、ベストプラクティスの共有、新技術の発表や学習を目的としている。ウクライナにとっては政府の地雷除去の取り組みの説明、国際的な支援が必要な分野を表明する貴重な場となっている。OSCE, “Ukrainian Section at the International Symposium “Mine Action-2023,” May 3-5, 2023.
  9. 9 OCHA, “UKRAINE HUMANITARIAN RESPONSE 2023 Situation Report,” September 5, 2023.
  10. 10 OSCE, “OSCE assists Ukrainian law enforcers in investigating cybercrimes and trafficking in human beings,” June 2, 2023.
  11. 11 OSCE, “Improved response to sexual violence is in focus of OSCE project assistance to Ukraine,” June 20, 2023.
  12. 12 OSCE, “OSCE assists Ukrainian partners in spreading safety messages on the occasion of the World’s Day against Trafficking in Persons,” July 30, 2023.
  13. 13 本活動に際して専用の特設サイトを設置している。OSCE, Tomson Reuters,“BE SAFE FROM HUMAN TRAFFICKING,” July 30, 2023.
  14. 14 OSCE, “Moscow Mechanism: "Report on Violations and Abuses of International Humanitarian and Human Rights Law, War Crimes and Crimes Against Humanity, related to the Forcible Transfer and/or Deportation of Ukrainian Children to the Russian Federation",” May 4, 2023.
  15. 15 Amnesty International, “UKRAINE 2022.”
  16. 16 OSCE, “OSCE supports discussions on use of constitutional justice tools to defend human rights in Ukraine in times of war,” June 28, 2023.
  17. 17 OSCE, “Law, Justice and Society. Leadership seminar,” July 12, 2023.
  18. 18 例えば、8月に4回のシリーズに及ぶサマースクールを開催。若手法曹関係者、法学部の学生、大学院生が90名以上参加して、講義、プレゼンテーション、模擬裁判大会などの活動を実施している。OSCE, “Young Ukrainian lawyers enhance their understanding of human rights protection tools at a series of OSCE-supported summer schools,” August 31, 2023.
  19. 19 OSCEによるウクライナ支援はSPUの枠外でも人道法、各種国際法擁護の観点からウクライナへの間接的、直接的な支援を実施している。例えば、2023年4月24日にはOSCEは国際人道法(IHL)と国際人権法(IHRL)を支持するために、人的次元の補完会議(Supplementary Human Dimension Meetings)を2日間に渡り開催、OSCE加盟地域から250名が参加しており、法の支配に基づく国際秩序への貢献に努めている。OSCE, “More determination needed by states to prevent breaches of international law and ensure accountability during conflict and crisis, OSCE leaders say,” April 24, 2023.
  20. 20 OSCEの事務総長ヘルガ・シュミットはウクライナ戦争開戦後のDW(Deutsche Welle:ドイツ国際放送事業体)の取材において、OSCEは主要な任務である欧州の平和と安全の再建に向けて、意欲的に取り組む旨を述べている。Marina Strauss, “OSCE could fulfill potential after Ukraine war,” DW, May 23, 2022.
  21. 21 Presidential Office of Ukraine, “Ihor Zhovkva starts negotiations with Japan on bilateral agreement on security guarantees,” October 7, 2023.