今年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻は依然継続中であるが、2013年秋に生じたウクライナ危機とクリミア併合に始まる両国間の紛争状態の改善に向けて、両国の停戦合意締結に尽力し、停戦合意後は停戦監視活動に従事してきた欧州安全保障協力機構(OSCE)はどのような対応を取っているのだろうか[1]。また停戦合意が有名無実化し、国家間戦争が生起した状況を踏まえ、協調的安全保障を実践する地域機構であるOSCEにはどのような課題を見出すことができるのか[2]。OSCEの公開情報、各種報道を基に、同多国間安全保障枠組みの持つ課題に注目したい。国家間の武力紛争の蓋然性は地域の違いに関わらず、平時から国家安全保障の観点より認識しておくことが必要であり、不断の努力により取り組んでおくべき課題である。

OSCEとは

 OSCEは前身の欧州安全保障協力会議(CSCE)より1995年に機構化を果たした、欧州安全保障構造において最大の地域機構である。欧州、中央アジア、北米の全57か国から構成され、安全保障課題に対して、政治・軍事、経済、環境、人権といった包括的アプローチにより取り組んできた。また、その活動には欧州のNATOや欧州議会、EUと重複が見れるが、その広範な加盟国と旧ソ連地域やユーゴスラヴィアなどの多数地域での長期ミッションの経験から、独自の役割、意義を有している[3]。

 その特異点として、協調的安全保障と呼ばれる、非軍事的な手段により、主として信頼醸成措置を実践し、国家間紛争の予防や非伝統的安全保障の課題に対処する多国間安全保障協力の枠組みであることがある。また、紛争予防メカニズムとして、監視団の派遣、停戦監視、インフラ復興支援など、冷戦後の国際情勢の変化に対応して、その役割を変化させ、また制度化も進めてきた[4]。

OSCEによる紛争予防の失敗

 2022年10月現在、紛争発生地域に派遣され、現地で停戦監視などの任務を担うOSCEのマンデートであるウクライナ特別監視ミッション(SMM)は3月末日を持って期間満了となり、その活動を終了した[5]。これはOSCE加盟国間でマンデート延長についての合意が得られなかったためである[6]。言わずもがな、合意に反対したのはロシアであった[7]。やや時を遡ると、ウクライナ紛争以前の2月13日のOSCEのプレスリリースでは、加盟国各国により構成されるSMMメンバーの一部が参加国の権限に基づく各国政府からの退避勧告の決定を受けているものの、SMMを継続する旨が伝えられていた[8]。しかし、急激な情勢悪化を受け、2月24日には国際メンバー全員の避難が決定され、避難が開始された[9]。3月7日には当該メンバー約500名の避難が完了している[10]。その後、4月28日にはOSCE議長国のポーランド外相ズビグニエフ・ラウと事務総長のヘルガ・マリア・シュミットがOSCEのSMMの停止措置を取ることを表明した[11]。こうしてSMMは2014年からの一連の活動を停止し、多くのメンバーは国外へ脱出に至った[12]。

 OSCEの紛争予防がこのように機能不全となった原因として、信頼醸成措置(CBMs)と紛争予防メカニズムそれぞれにおいて不備があったと考えられる。CBMsは軍事情報の年次交換、防衛計画、危機軽減、大規模軍事演習の事前通告といった12項目に及ぶ、偶発的な武力紛争の予防と再発防止のための政治的拘束力を有した措置である。今次のウクライナ戦争では第5項目の大規模軍事演習の事前通告に反する動きが、以前より存在していた。同措置内容は、陸海空の合計25,000名を超えた兵員を動員する軍事演習は21日前に事前通告を行うことなどを定めているが、開戦以前より、ロシアは即応能力の演練を目的としたOSCE規定に抵触しない抜き打ち演習を実施してきていた[13]。同措置に該当しない形での演習実施が常態化していたのである。言い換えると、武力紛争の準備段階である大規模軍事演習などによる部隊集結への査察や事前通告を規定する措置が有名無実化されていた。つまり、信頼醸成措置には抜け道が存在するということである。

 次に紛争予防メカニズムである。OSCEは冷戦終結後、域内の少数民族問題から生じる紛争予防のため、早期警戒、紛争予防、危機管理、紛争後復興の4段階の機能の制度化を進めてきた。ウクライナではこのうち、ウクライナ政府からの要請を受けて、常任理事会がアジェンダセッティングを行い、SMM派遣を決議した内容が早期警戒に相当し、派遣決定は紛争予防に相当すると考えられる。また、SMM派遣後の停戦合意違反などに関する各種情勢報告は危機管理に相当すると見られる。しかし、これら内容は前述の通り、国家間紛争への予防を主目的としたものではなく、今般のウクライナ戦争では紛争を抑止する力を有しなかった。

 以上、OSCEの紛争予防が機能しなかった原因2点を論じたが、昨年11月頃より、ロシアが大規模兵力を国境沿いに展開し、情勢のエスカレーションが危惧された際、OSCEは常設理事会(PC)での非難といった対応に留まった[14]。また、SMMも要員保護の観点から、開戦直前には退避が開始され、国家間紛争に対しては必ずしも紛争予防の機能を果たせないことを示した。従って、現行のCBMsや紛争予防機能のみでは、相互の戦略的意図や武力行使の意図を掴み、武力紛争を抑止することが難しいという課題を見出すことができる。

国際社会の情勢把握のための情報提供機能は果たしている

 しかしながら、OSCEがウクライナ戦争に関して全く機能しなかったわけではない。事実、開戦前後のSMMは国際社会にとって有益な公正・中立な情報を提供し、情勢の可視化、透明化の役割を果たしている。その情報提供機能について、具体的な事例を以下に紹介する。OSCEのSMMは、マンデートの詳細な活動状況を外部に発信するため、日報、スポットレポートなどの各種報告書をウェブ上にて公開している。上記報告書を概観するだけでもウクライナ情勢をめぐる目まぐるしい状況変化を見て取ることができる。例えば、2022年2月24日以前から、SMMはウクライナ、ロシア国境周辺での停戦合意の違反行為や劇的な動態増加を報告していた[15]。また、国際社会が本情勢を全面的攻勢と判断した24日以降は、多連装ロケットのような重火器を使用した本格的な軍事侵攻の様相を報告している[16]。これら報告書の内容は国際社会にとって中立かつ透明性の高い現地情報をもたらすものであるとともに、現代においても国家間戦争が生起することを各国に改めて認識させるものと言える。

国際社会におけるOSCEの意義:仲介役としてのOSCE

 OSCEは確かにウクライナ戦争の予防できなかったが、これまでの成果に照らしても、国際社会にとって一概に不要な存在とは言えない。OSCEの前身である欧州安全保障協力会議(CSCE)発足以降、同地域機構は多方面での成果を上げてきたが、ここではそのいくつかを紹介し、国際社会にとっての意義を論じる。

 ウクライナに関連する成果として、2014年9月に三者コンタクト・グループ勧告結果に関する議定書(通称ミンスク議定書)の署名がある。OSCEは地域機構ながら、当事国であるウクライナ、ロシアに加わって、停戦合意に参加したのみならず、声明内には事態鎮静化のためにSMMが主導的役割を担うことが明記されるなど、同議定書締結やその後の地域安定のために果たした役割は大きい[17]。また、ミンスク議定書の際に形成された三者コンタクト・グループ(TCG)はその後も当事国間の協議の場として用いられてきた[18]。端的に言えば、地域秩序の安定と維持のために欠かせない協議の場を提供し、停戦合意の締結と履行においても独自の成果を上げてきたと言える。

 次にウクライナにおける停戦維持のための貢献がある。ミンスク合意から2022年の開戦にいたるまで、OSCEはSMMを派遣し、停戦監視と情勢報告などを継続して、停戦維持に努めてきた。途中、ミンスク議定書が各種違反行為により、翌年1月~2月に破綻状態となったが、2015年2月に新たにミンスク合意履行に関する一連の措置(通称ミンスクⅡ)の合意文書の署名にも参加し、履行に努めてきた[19]。このように紛争予防の実効性の面では未だ様々な課題を持ち、結果として紛争予防は果たせなかったが、ウクライナでの停戦はOSCEの地道な活動の成果といえよう。

 3点目に、改めて情勢把握における意義を指摘したい。前述のように、OSCEによる、ウクライナ戦争の開戦以前ならびに開戦初頭までの停戦違反に関する報告は、国際社会の情勢把握にとって欠かすことのできない公正・中立な情報といえる。近年注目を集めるディスインフォメーションといったサイバー空間の軍事的使用という特性に加え、ウクライナの情勢はSNSを介し、両陣営から出所や真偽不明の情報が多数発信され、情報が錯綜する特殊性を持っている[20]。こうした状況にあるからこそ、ウクライナ情勢に関するSMMの各種報告書は、国際社会が中立かつ公正な地域情勢を把握するための貴重な情報源と言える。

 上記の成果を概観しても、OSCEが欧州の安全保障環境において果たしてきた役割は地味ながら、同時に稀有なものと言える。OSCEのCBMsと紛争予防メカニズムには前項のような課題点も指摘できるが、他方で、欧州をかつてのパワーポリティクスに回帰させない、多国間安全保障における建設的な取り組みの一つと言えるのではないか。

結論―OSCEの役割と考察

 OSCEはウクライナ紛争を予防できなかったが、国際社会の情勢把握に有意義な公正・中立な情報を提供する機能を果たしているため、今後も多国間安全保障の一枠組みとして唯一無二の意義を有する。また、情勢把握に限らず、その信頼醸成措置、紛争予防メカニズムも依然として多国間安全保障を考える上で重要な示唆を与えるものである。

 その一方、OSCEの課題を敷衍すれば、同機構の対話や信頼醸成措置を主要なツールとする多国間安全保障の枠組みには、紛争予防の制度上の問題、実効性の問題などがあると言える。国際的な安全保障環境をめぐり、6月には北大西洋条約機構(NATO)が12年ぶりに新戦略概念を発表し、10月には米国が新たな国家安全保障戦略、国家防衛戦略を発表するなど新たな動きがある。今後はOSCEの信頼醸成措置の妥当性の再検討に加え、これまでの停戦合意が何故有効に機能し得なかったのか、欧州諸国とOSCEの外交・安全保障における政策の一貫性がどの程度保持されているのか、どのような役割の変化が期待されるのかといった、地域機構の置かれている安全保障環境も考慮した、より包括的な分析が必要ではないだろうか[21]。

 最後に我が国に向けた考察として、OSCEへの日本の関与について述べたい。あまり日本国内で認知されていないが、我が国もOSCEには協力国として参加し、財政的支援や人的貢献の実績があり、特別な位置付けを有している[22]。アジアに目を転じると、同様な取り組みを行うASEAN地域フォーラム(ARF)などの取り組みは存在するが、OSCEと共通する課題も多く、地域情勢は日々緊張の度合いを強めている。我が国もOSCEでの多国間安全保障に関する知見から教訓を抽出し、インド太平洋地域の安全保障課題に適用する方策を模索することが、地域秩序の安定と平和に貢献することにつながるのではないか。

(2022/11/18)

脚注

  1. 1 2013年のウクライナ危機の発生と展開、OSCEの和平交渉への取り組みの詳細は経緯については、下記を参照されたい。湯浅剛「第6章クリミア併合とヨーロッパ安全保障」広瀬佳一編著『現代ヨーロッパの安全保障』2019年、97~118頁。
  2. 2 OSCEは欧州を中心に57か国が加盟する、世界最大規模の地域安全保障機構。経済、環境、人権軍事面以外も対象とした包括的安全保障概念を有する。外務省欧州局政策課、「欧州安全保障協力機構(OSCE)について」、外務省、2022年、2~3頁。
  3. 3 Margaret P. Karns et al, “International Organizations: The Politics and Processes of Global Governance,” Lynne Rienner Publishers, 2015, pp. 175-177.
  4. 4 矢野加奈美「欧州安全保障協力機構(OSCE)と紛争予防」『一橋研究』第23巻第3号、1998年10月、77~92頁。
  5. 5 “OSCE Special Monitoring Mission to Ukraine (closed),” OSCE.
  6. 6 “Chairman-in-Office and Secretary General expressed regret that no consensus reached on extension of mandate of Special Monitoring Mission to Ukraine,” OSCE, March 31, 2022.
  7. 7 なお、ロシアはOSCEの前身であるCSCE(欧州安全保障協力機構)発足時の1973年6月より正規メンバーとして加盟している。
    Ned Price, “Expiration of the OSCE Special Monitoring Mission to Ukraine Mandate,” U.S. Department of State, April 1, 2022.
  8. 8 The Special Monitoring Mission (SMM) to Ukraine is a civilian mission, “Press Statement from the OSCE Special Monitoring Mission to Ukraine,” OSCE, February 13, 2022.
  9. 9 OSCE SMM to Ukraine, “OSCE Special Monitoring Mission to Ukraine (SMM) Daily Report 44/2022 issued on 25 February 2022,” OSCE, February 26, 2022.
  10. 10 Francois Murphy, “OSCE says it has evacuated its international staff from Ukraine,” Reuters, March 8, 2022.
  11. 11 “OSCE Chairman-in-Office and Secretary General announce upcoming closure of Special Monitoring Mission to Ukraine,” OSCE, April 28, 2022.
  12. 12 9月の議長声明によれば、3名の現地スタッフは依然として拘束状態に置かれている。 “OSCE Chairman-in-Office and Secretary General deplore so-called “legal proceedings” against detained staff in Donetsk and Luhansk, demand their immediate release,” OSCE, September 15, 2022.
  13. 13 Marianna Spring, “How to spot false posts from Ukraine,” BBC, March 14, 2022.
  14. 14 Yevhenii Tsymbaliuk, “Statement in response to the Address by the Chairperson-in-Office of the OSCE, Minister for Foreign Affairs of Poland Zbigniew RAU,” OSCE, January 14, 2022.
  15. 15 “Statement from the OSCE Special Monitoring Mission to Ukraine,” OSCE, February 18, 2022.
  16. 16 2022年2月25日のスポットレポートを参照すると、接触線全域での両陣営による重火器を使用した交戦、インフラや軍事基地への攻撃の様相が克明に記されている。また同日の日報、その後のレポートでは重火器や航空機の飛来状況、SMMのパトロールができなくなり、定点観測カメラや聴取を中心とした活動内容などが記されている。 “OSCE SMM Spot Report 8/2022: Significant deterioration in the security situation in Ukraine,” OSCE, February 25, 2022.; “OSCE Special Monitoring Mission to Ukraine (SMM) Daily Report 45/2022 issued on 26 February 2022,” OSCE, February 26, 2022.; “OSCE Special Monitoring Mission to Ukraine (SMM) Daily Report 46/2022 issued on 27 February 2022,” OSCE, February 27, 2022.
  17. 17 ウクライナにおけるOSCEのより詳細な役割は注1参照のこと。
  18. 18 “Press Statement of Special Representative Kinnunen after the proposed Meeting of Trilateral Contact Group on 19 February 2022,” OSCE, February 19, 2022.
  19. 19 “Statement by the Trilateral Contact Group on consultations held on 14 February 2015,” OSCE, February 14, 2015.
  20. 20 Dave Johnson, “ZAPAD 2017 and Euro-Atlantic security,” NATO Review, December 14, 2017.
  21. 21 地域安全保障の重層的構造について、多国間安全保障の各種枠組み間の相互作用などを分析したものには、下記の文献がある。
    神保謙「アジア太平洋における多国間安全保障アーキテクチャ:素描」東京財団政策研究編『アジア太平洋の地域安全保障アーキテクチャ―地域安全保障の重層的構造―』東京財団、2010年、7~26頁。
  22. 22 常設理事会などへの参加権や、各種会議での発言権も有している。また、ウクライナ支援を始め、OSCE諸活動への協力は多岐に及ぶ。
    外務省「欧州安全保障協力機構(OSCE)」令和4年7月22日。