はじめに

 歴史上、ロシアの軍事力は幾度も大きな変貌を遂げてきた。近代ロシア軍の礎を築いたドミトリー・ミリューチンによる軍改革(19世紀)、レオン・トロツキーが建設したソ連赤軍、冷戦期における核ミサイル部隊化などなど、挙げていけばキリがない。とにかく世界史上におけるロシアは、その軍事力によって記憶されるところが非常に大である。

 21世紀もどうやら同じことになりそうだ。2022年2月24日に始まったウクライナへの全面侵略以降、ロシアはその軍事力によって国際政治における台風の目となった。しかもこの間、ロシアの軍事力は増強に次ぐ増強を続けており、特に欧州正面では顕著である。日本周辺の極東ロシア軍(特に地上軍)は軒並みウクライナ戦線に動員されているとみられるものの、原潜部隊など一部の軍事力は増強傾向にある。本稿では、こうしたロシア軍の現状と、その予想される方向性について述べていきたい。

2025年のロシア軍

 まずは2025年初頭時点におけるロシアの軍事力を概括的に把握することから始めたい。英国際戦略研究所(IISS)が毎年発行している年鑑『ミリタリー・バランス』の2025年度版によると、ロシア軍の総兵力は推定で113万4000人[1]。開戦前に見積もられていた約90万人と比較して23万4000人増であり、大雑把に言えば、我が国の自衛隊丸ごと一個分ほどが増えたことになる。

 2000年に成立した当初のプーチン政権は、どちらかというと軍事負担の軽減に熱心な政権であり、兵力削減と国防費の抑制を重視していた。ところが2008年のジョージアとの紛争、2014-15年の第一次ウクライナ侵略、2015年以降のシリア介入と戦争が続く中でこの原則はなし崩しになっていく。そこにダメを押したのが今回の第二次ウクライナ侵略であり、上記のような兵力の膨張であった。

 そこで今度は113万4000人の内訳を見てみよう(表1)。『ミリタリー・バランス』の推定によれば、現在のロシア軍で最多を占めるのは陸軍(SV)で、その兵力は約55万人。開戦前のロシア陸軍は兵力約28万人と見られていたので、ほぼ倍増したことになる。今まさに経験しつつある戦争が凄まじい消耗戦の様相を呈し、兵力や火力をどれだけ投入できるのかという「量」のファクターが重視されるようになったことを反映したものだろう。実際、この戦争が始まってからロシア国防省は毎年40-50万人程度を契約軍人(志願兵)として集めており[2]、それが陸軍の兵力倍増という結果につながっているのだろう。しかし、これだけの人間を集めても28万人が55万人に増えただけであると見るなら、この数字は、戦争が凄まじい数の人命を「消耗」しながら行われていることを改めて突きつけるものでもあろう [3]。また、海軍歩兵部隊は開戦前の3万5000人から1万人へ、独立兵科である空挺部隊(VDV)も4万5000人から3万5000人に減少していると『ミリタリー・バランス』は見積もっており、この種の精鋭部隊の人員充足はなかなか難しいらしいことも伺われる。

 空の戦いを担当する航空宇宙軍(VKS)に目を転じると、2021年には保有作戦機1160機・人員16 万5000人であったものが、2025年には1224機・17万人と微増した。ただ、最前線で戦うSu-25攻撃機が194機から161機へと激減しているほか、Su-34戦闘爆撃機も多くの損害を出している。視覚的証拠に基づいてロシア・ウクライナ両軍の戦闘損失を記録し続けている『Oryx』によれば、開戦から3年間でロシア軍が失った航空機は固定翼機136機、回転翼機(ヘリコプター)152機にも及ぶとされ[4]、消耗戦は空の戦いでも起きていることが伺われよう(付言するならばウクライナ軍の方はとうに航空戦力を消耗し尽くしており、この意味で西側からのF-16やミラージュの供与は戦略的重要性を有していた)。

 最も印象的なのは海軍(VMF)である。2021年時点では15万人であった人員が、 2025年には11万9000人と評価されている。前述した海軍歩兵部隊の壊滅的な損害が大きな影を投げかけていることは間違いないが、ウクライナ軍の執拗な攻撃によって黒海艦隊が被った打撃も見逃せないだろう。過去3年間で、同艦隊は旗艦である1164型(スラヴァ級)巡洋艦モスクワなど水上戦闘艦艇3隻を失い、さらに636.3型(改キロ級)通常動力型潜水艦1隻、大型揚陸艦4隻などを停泊中に撃破された。2024年には艦隊の司令部と予備指揮所を相次いで攻撃されてもおり、戦争の全期間を通じてかなりの海軍将校が戦死したと見られている。

表1: ロシア軍の戦力組成の変化

2021年 2025年
総兵力 90万人 113.4万人
軍種 陸軍(SV) 28万人 55万人
海軍(VMF) 15万人 11.9万人
航空宇宙軍(VKS) 16.5万人 17万人
独立兵科 空挺部隊(VDV) 4.5万人 3.5万人
戦略ロケット部隊(RVSN) 5万人 5万人
参謀本部直轄 特殊作戦群(SSO) 1000人 1000人
国防省直轄 鉄道部隊(ZhDV) 2.9万人 2.9万人
指揮・支援 18万人 18万人

出典:IISS, The Military Balance.各年度版を参照し著者作成

通常戦力の将来像

 以上のような状況の中で、ロシアはさらなる軍事力の増強と質的な転換を図ってきた。これまで述べてきた通常戦力に関してまず述べるなら、その基本的な青写真は2022年12月に示されている。当時のセルゲイ・ショイグ国防相が国防相拡大幹部評議会で行った報告[5]によって提示されたものだ。同年に始まったウクライナ侵略が初期の目論見に反して長期にわたる消耗戦の様相を呈し始めたことに加え、スウェーデンとフィンランドの北大西洋条約機構(NATO)加盟によってロシア北西部の防衛強化を図らねばならくなった、というのがショイグの説明であり、開戦前に101万人強であったロシア軍の兵力(定員)を150万人(うち、契約軍人69万5000人)へと1.5倍増するとされた。

 さらに詳しく見ていくと、ヘルソンとザポリージャに3個自動車化歩兵師団、カレリアに1個軍団を編成すること、西部、中央、東部、北方艦隊軍管区の7個自動車化歩兵旅団を自動車化歩兵師団に改編すること、空挺部隊に2個空中襲撃(ヘリボーン)師団を増設すること、既存の海軍歩兵旅団を基礎に5個海軍歩兵師団を編成することなどがショイグ構想では謳われている。単に兵力を増強するだけでなく、師団を基本とする重編成への移行に重点が置かれていることが見て取れよう。これに関連して、各諸兵科連合(戦車)軍と同数の混成航空師団及び陸軍航空旅団(ヘリコプター80-100機装備)を配備することや、砲兵予備として軍管区直轄砲兵師団5個と大威力砲旅団(複数形ながら部隊数不明)を編成するともショイグは述べており、支援戦力も分厚く配備する方針が窺われる。

 さらに興味深いのは、従来の軍管区の区割りを変更し、欧州正面をモスクワ軍管区とレニングラード軍管区に担当させるとの方針が示されていることだ。加えて過去15年間にわたって採用されていた軍管区単位の地域別統合運用体制を解体し、各軍種の総司令部が運用にも責任を持つ(フォース・ユーザーとなる)ともされており、全体的にはソ連時代の運用体制の復活が志向されている模様である。

 2024年12月の国防省拡大幹部評議会におけるアンドレイ・ベロウソフ国防相の報告は、こうした方向性をさらに明確化したものとして注目されよう[6]。この中でベロウソフが述べたのは、NATOとの間で10年以内に大規模な軍事衝突が発生する可能性があるとの中期的見通しであり、ロシアの軍事力はこのような想定に基づいて編成されねばならない。ウクライナ侵略の行く末にかかわらず、NATOを仮想敵とする軍事力を目指すとの宣言であり、そうである以上はロシアの軍事力もまた、引き続き大規模戦争を念頭に置いた重厚長大な戦力組成を目指すと予想される。

依然として健在な核戦力

 他方、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の運用を担当する戦略ロケット軍(RVSN)については、人員約5万人という評価が『ミリタリー・バランス』では一貫して引き継がれている。実戦に関与していないのだから当然ではあろう。実際、11個ロケット師団(+通信ロケット師団1個)を基幹とするRVSNの体制に大きな変化はなく、ICBM自体の配備数も約330発とほぼ横ばいで推移している[7]。

 ただ、旧式ICBMから新世代ICBMへの更新による質的な戦力強化は着実に進展してきた。セルゲイ・カラカエフRVSN司令官によれば、2024年までの10年間で21個ICBM連隊(うち16個連隊は移動式ICBM装備連隊)が装備更新を行い、その結果としてソ連時代に開発・配備されたRS-12Mトーポリ移動式ICBMが完全に退役した[8]。代わってロシア軍の地上配備核戦力の背骨を構成しつつあるのが新世代のRS-24ヤルスであり、いくつかのバリエーション(ヤルス-S、ヤルス-Mなどの名称が伝えられているが詳細は不明)がTEL(移動式発射装置)とサイロ(地下発射管)の双方に合計200発以上配備されていると見られる。これに加えて極超音速滑空飛翔体(HGM)を搭載したアヴァンガルド・システムの配備がゆっくりとではあるが進んでおり、オレンブルグの第13ロケット師団では2個連隊の編成が完了したと見られる[9]。今後はオシーナと呼ばれる新型ICBMの開発がヤルス・シリーズの後継として本格化していくことになろう。

 海軍が運用する弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)についても、質的近代化が進んでいる。ロシア海軍SSBN部隊の規模は概ね11-12隻程度と大きく変化していないが、旧式化した667BDR型(デルタIII型)や667BDRM型(デルタIV型)が順次退役する一方、新世代の955型(ボレイ級)や955A型(ボレイ-A型)の配備が進んだことで、現在ではSSBN戦力の半数以上がソ連崩壊後に開発された新世代艦で構成されるようになった。今後は955AM型(ボレイ-AM型?)と呼ばれる改良バージョンが北方艦隊を中心に配備される見込みである。

 戦略爆撃機については、新型戦略爆撃機計画(PAK-DA)が一向に進展せず、老朽化と減勢が進む。もっとも、既存の爆撃機に対する延命・近代化改修は実施されており、さらに近年ではTu-160超音速戦略爆撃機の再生産が低率ながら再開されてはいるため、近いうちに爆撃機戦力が大幅に減勢することも予期し難い。全体的にはロシアの戦略核戦力は量的には横ばいを続けつつ質的な近代化を図っていく、ということになるのではないか。

表2: 核戦力組成の変化

2021年 2024年
ICBM RS-12Mトーポリ(SS-25) 27 0
RS-12M2トーポリ(SS-27Mod.1) 78 78
RS-20Vヴォイェヴォーダ(SS-18Mod.6) 46 34
RS-24ヤルス(SS-27Mod.2) 155 204
RS-28サルマート(SS-X-29) 0 0
アヴァンガルド(SS-19Mod.4) 4 10
SSBN 667BDR型 1 0
667BDRM型 6 5
955型 3 3
995A型 1 4
戦略爆撃機 Tu-95MS/MSM 55 52
Tu-160/M/M2 13 15

出典:以下の資料を参照し筆者作成。IISS, The Military Balance.各年度版。Kristensen, et. al, op. cit, 2024. Hans M. Kristensen & Matt Korda, “Russian nuclear weapons, 2021,” Bulletin of the Atomic Scientists, 2021, Vol. 77, No. 2, pp. 90-91.

 こうした中でリスク要因を挙げるなら、RVSNの次期重ICBMであるRS-28サルマートの開発が難航し続けていることであろう。従来の主力であったRS-20V重ICBMは既に耐用寿命を迎えて退役を開始しており、このままサルマートの配備が遅れると一時的に地上配備の戦略核弾頭が大幅に減少する可能性が否定できない。ただ、サルマートは2024年に行われたプレセツク宇宙基地からの発射実験で大爆発を起こしており、信頼性問題を解決して実戦配備に移るには、まだ今しばらくの時間が必要であると思われる。

 もう一つの不確実要素は、RVSNがとうとう中距離弾道ミサイル(IRBM)の運用を開始するという点にある。2024年11月、ロシアはオレシュニクと呼ばれる新型弾道ミサイルをウクライナに対して1発発射した。ロシア側の発表を総合するに、オレシュニクは通常弾頭型のIRBMであり、その運用はRVSNが担うことになるようだ。ベラルーシへの前方配備も予定されている。この種の戦域打撃力が実際にどの程度の規模・態勢で配備されるのかははっきりしないが、核弾頭を搭載して戦域核兵器化することも当然ながら想定される。

おわりに

 これまで述べてきたロシア軍の変貌は、どうやら長期的な質的変化を伴うものとなりそうである。その中で米国の欧州防衛に対するコミットメントは維持されるのか、維持されないとした場合、欧州各国自身による防衛努力がどの程度の規模と内実を伴ったものとなるのかが今後の焦点となろう。これは、俄かに動き出したウクライナ戦争停戦に向けた動きの中で、ロシアの再侵略抑止をどの程度の信憑性を持って実現できるのかどうかという問題にも繋がってくる筈である。

*この論考は英語でもお読みいただけます。
Key Changes in the Russian Military since the Start of the War

(2025/03/24)

脚注

  1. 1 IISS, The Military Balance 2025, Routledge, 2025, p.180.
  2. 2 例えば2023年中の募集人員について、セルゲイ・ショイグ国防相(当時)は54万人という数字を挙げている。 “Сергей Шойгу: операция по Авдеевке войдет в учебники,” ТАСС, 21 февраля 2024. 他方、2024年12月に開催されたロシア国防省拡大幹部評議会においては、同年中(おそらく11月までと思われる)の志願兵募集数が42万7000人であったとアンドレイ・ベロウソフ国防相が明らかにしている。
  3. 3 ロシア側の戦死者については『メディアゾーナ』とBBCによる合同追跡プロジェクトが有名である。これによると、戦死だと確実に判定できる死者の数は2025年2月末までの時点で9万6000人弱、人口動態から推定される戦死者の総数は最大16万5000人と見積もられている。“Russian losses in the war with Ukraine. Mediazona count, updated,” Mediazona, accessed March 12, 2025.
  4. 4 “Attack On Europe: Documenting Russian Equipment Losses During The Russian Invasion Of Ukraine,” Oryx, accessed March 12, 2025.
  5. 5 ロシア国防省公式サイトで閲覧可能であるが、セキュリティ保護のなされていないURLに繋がるため、安全上、ここではリンクを張らない。
  6. 6 同上の理由でリンクは張らない。
  7. 7 Hans M. Kristensen, Matt Korda, Eliana Johns and Mackenzie Knight, “Russian nuclear weapons, 2024,” Bulletin of the Atomic Scientists, 2024, Vol. 80, No. 2, pp.118-119.
  8. 8 “Надёжная опора безопасности и суверенитета России,” Красная звезда, 17 декабря 2024.
  9. 9 Ibid. なお、アヴァンガルドのような大型地上配備ロケットの場合、1個ロケット連隊の定数はミサイル6発とされている。