フォーラムと演習の季節

 ロシアを観察する上で、毎年9月は重要なタイミングである。東方経済フォーラムとロシア軍大演習が実施されるためだ。
 前者は極東への投資呼び込みを目的として2015年からウラジオストクで開催されている政府主催イベントであり、日本の安倍首相も2016年から毎年参加している。一方、大演習の方は5月から始まる夏季訓練期間の総仕上げとして実施されるもので、4つの軍管区のうち1つを舞台として同盟国・友好国とともに大規模な軍事訓練が繰り広げられる。
 一見すると、これら二つのイベントは全く別個のものと捉えられようし、ロシア政府も両者を明確に紐づけているわけではない。ただ、昨年以降、経済と軍事の分野におけるこれら二つのイベントには一定の関連性が見出されるようになった、というのが筆者の観察である。ウクライナ危機以降、西側との関係悪化に苦しむロシアが、経済と軍事の両面からアジアとの関係を模索する姿がそこには透けて見える。小欄では2回にわけてこの点を詳しく見ていくことにしたい。

フォーラムと演習の季節

進む中露接近

 まずは昨年9月時点に時計の針を巻き戻してみると、同11日、ウラジオストクの極東連邦大学で第4回東方経済フォーラムが開幕した(13日閉幕)。世界の60カ国から企業代表者6002人とマスコミ代表者1357人が集まり、さらに日本の安倍首相、中国の習近平国家主席やモンゴルのバトトルガ大統領、韓国の李首相などが顔を揃えた。一方、北朝鮮の金正恩国務委員長と韓国の文在寅大統領はロシア政府からの招待を受けたものの参加を見送っている。
 こうした顔ぶれの中で存在感を放ったのが、習近平国家主席の初参加である。フォーラムの期間中、ロシアのメディアではプーチン大統領が習近平国家主席とともにブリヌイ(ロシア風クレープ)を焼いたり夜店を覗く様子が大々的に報じられ、「主賓」待遇を強く印象付けた。12日に行われた全体会合の席上、日本の安倍首相に対してプーチン大統領が「前提条件なしで平和条約を結ぼう」と、1993年の東京宣言を反故にするかのような発言(東京宣言では平和条約締結前に領土問題を画定するという「前提条件」が定められていた)を行なったことと比較すると、中国への厚遇ぶりは際立っていたと言えよう。2018年の中露貿易額が初めて1000億ドルを突破し、ロシアにとって中国が最大の貿易相手国となっていることからしても、中国の存在感はかつてなく高まっている。

進む中露接近

 一方、東方経済フォーラムの開幕と同じ9月11日には、ロシア軍東部軍管区を舞台とする大演習「ヴォストーク2018」が開始された。同演習については以前の小欄[1]で詳しく扱ったのでここで詳細を繰り返すことはしないが、最大の注目点は中国人民解放軍がモンゴル軍とともにこの演習に参加したことであった。従来、「ヴォストーク」演習は対日米戦争訓練と並行して対中国戦争訓練を主要な柱として行われてきたから、ここにおいて中国は「仮想敵」から「友軍」へと180度位置付けが変化したことになる。東方経済フォーラムにおける演出と併せて、中露の多面的な接近を強く印象付ける契機であったと言えよう。
 ただし、習近平国家主席はフォーラム後に演習視察に向かったプーチン大統領には同行せず、一定の距離を保った。また、演習の過程においては、対中国戦争を想定したものと見られる大規模地上戦訓練や予備役動員等が実施されており、政治的にはともかく、純軍事的には、中国は依然として仮想敵の一つに留まっている可能性が高い。演習にモンゴル軍を(少数とはいえ)参加させたことについても、過度の中国傾斜を印象付けないための配慮であったという捉え方が見られる[2]。
 2019年に入ると、中露の関係性には新たな動きが見られた。同年6月に中ソ国境樹立70周年を祝うためにサンクトペテルブルグを訪問した習近平国家主席は、プーチン大統領を「最良の友人にして同僚」と呼び、中露関係が「過去最高の水準」にあると述べるとともに、エネルギー、インフラ、5G通信、科学技術などの分野で複数の大規模協力合意が結ばれた[3]。安全保障面では2016年のグローバル安定性に関する中露共同声明を更新する形で新たな声明[4]が発出され、米国によるINF(中距離核戦力)条約破棄表明、MD(ミサイル防衛)計画の推進、イランの核開発を規制するJCPOA(包括的共同行動計画)からの離脱などを非難した。さらに7月23日、ロシア政府は中露国防省間での軍事協力協定締結交渉を進めるように命じる布告[5]を発出し、同じ23日には中露の爆撃機が日本海上で初めての合同空中哨戒飛行を実施したことが国際社会の大きな注目を集めた。次回で詳しく述べる2019年度ロシア軍中央軍管区大演習「ツェントル2019」にも2018年に続いて中国人民解放軍が参加し、合同訓練を実施している。

中露は同盟になるか

 政治・経済・軍事の全領域において中国が急速な台頭を遂げてきたことに鑑みれば、同国と4000kmもの国境を接するロシアにとっての存在感が高まっていくことは不自然ではない。2014年以降、西側からの経済制裁によってロシアのエネルギー開発や武器輸出が制約を被っていること[6]を考えればなおさらである。2015年に公表された『ロシア連邦国家安全保障戦略』[7]において、中国が初めて単独で名指しされ、中国との関係が「グローバル及び地域的安定性の基礎」と位置付けられたことからしても、ロシアの対中接近は予想されていた。

中露は同盟になるか

 ただし、その度合いが多くのロシア専門家の予想を上回っていたことは事実である。
 ことに安全保障面においては、互いに関心の薄い正面(例えばロシアにとっての台湾、中国にとってのウクライナなど)での紛争に巻き込まれることを避けるために踏み込んだ協力は避けるだろうという見方が従来は大勢を占めていた[8]。まして、相互防衛義務を有する同盟関係(かつての中ソ同盟のようなそれ)に中露が回帰する蓋然性は、極めて低いと見られてきた。中露両国も同盟の可能性は繰り返し否定しており、2019年6月に発出された『全面的なパートナーシップ及び戦略的相互関係に関する共同声明』[9]においても「同盟関係の構築、対立、第三国への敵対を拒絶すること」が再確認されている。
 他方、ここまで述べた中露の軍事的接近について考えるとき、たとえ同盟という形式をとらないとしても、実質的な軍事的協力関係がどこまで深化するのかについて関心が集まるのは当然であろう。ことに2014年に中露合同海上演習「海上連携2014」が東シナ海で実施されたこと、翌2015年に中国艦隊が黒海のロシア海軍基地であるノヴォロシースクを訪問したこと、2016年の「海上連携2016」が南シナ海で実施されたこと、そして中国の南シナ海領有主張を退けた国際仲裁裁判所の判決を支持しないとプーチン大統領が表明したことなどは、互いの安全保障問題に巻き込まれることを中露は回避する筈だという従来の見方に一定の修正を迫りつつある。
 「一定の」という留保が付くのは、これらの演習が紛争地域そのもの(尖閣、南沙諸島、クリミア半島など)からは離れた海域であったり、プーチン大統領の表明が「国際仲裁裁判所の判決は中国の意見を聴取していない」という手続き面に関するものであること(つまり領有権主張そのものを直接支持しているわけではない)によるものだが、全体としてみれば、中露の振る舞いに変化が生じていることはもはや否定できまい。
 では、結局のところ、中露関係(特に軍事面での関係)はどのように理解されるべきものなのか。同盟でないとすれば、緊密さを増す一方の軍事的協力関係をどう表現すべきなのか。あるいは、本当に中露は同盟にならないのか。続く次回では、これらの点に焦点を当てて中露関係の変動について考察してみたい。

以上

(2019/10/16)

脚注

  1. 1 拙稿「ロシア軍秋季極東大演習「ヴォストーク2018」−中国人民解放軍参加をどう読むか?」笹川平和財団『国際情報ネットワーク分析(IINA)』、2018年9月4日。拙稿「事後検証:ロシア軍秋季大演習「ヴォストーク2018」」同上『国際情報ネットワーク分析(IINA)』、2018年10月10日
  2. 2 兵頭慎治「ロシアの安全保障における「中国要因」」国際問題研究所『China Report』Vol.33、2019年3月27日。
  3. 3 Alexander Kruglov, “Beijing-Moscow relations at ‘highest level’,” Asia Times, June 25, 2019.
  4. 4 Совместное заявление Российской Федерации и Китайской Народной Республики об укреплении глобальной стратегической стабильности в современную эпоху. June 5, 2019.
  5. 5 Распоряжение Правительства Российской Федерации от 18.07.2019 № 1584р, July 22, 2019. なお、中露は2019年9月4日に「軍事及び軍事技術協力協定」を締結しているが、その内容は公表されておらず、これが政府布告のいう「軍事協力協定」に該当するのかどうかは明らかでない。
  6. 6 西側による対露制裁については以下の拙稿を参照されたい。「ロシアの武器輸出を巡る米露関係」『CISTEC journal : 輸出管理の情報誌』第180号、2019年3月、129-137頁。
  7. 7 Стратегия национальной безопасности Российской Федерации. December 31, 2015.
  8. 8 一例として、以下を参照。Денисов Игорь Евгеньевич, “Первомайская демонстрация,” Лента.Ру, May 17, 2014.
  9. 9 Совместное заявление Российской Федерации и Китайской Народной Республики о развитии отношений всеобъемлющего партнерства и стратегического взаимодействия, вступающих в новую эпоху. June 5, 2019.