海上自衛隊は、2023年4月から9月の5か月間、令和5年度インド太平洋方面派遣(Indo-Pacific Deployment 23:IPD23)を実施した。これは、2022年12月に発出された安全保障三文書の一つである「国家防衛戦略」の指針を実行するものである。本稿では、このIPD23が「国家防衛戦略」の目標達成にどのように貢献しているのかを概説する。また、それらをさらに推進するための課題について述べる。

出典:海上自衛隊

「国家防衛戦略」指針とその実行としてのIPD23

 IPD23は、「インド太平洋地域の各国海軍等との共同訓練等を実施し、戦術技量を向上させるとともに、各国海軍等との相互理解の増進、信頼関係の強化及び連携の強化を図り、地域の平和と安定に寄与する」ことを目指すものである。IPDは2017年に開始され今回で7回目であるが、IPD23では、計27回の共同訓練・演習等が行われ、東シナ海・南シナ海をはじめ南太平洋、インド洋に及ぶ遠洋への派遣と同沿岸国17か国への訪問がなされた。またIPD23の中には、主要な7つの多国間演習も含まれていた[1]。これは 2022年12月に策定された「国家防衛戦略」上の防衛目標の達成に向けた具体的なアプローチでもある[2]。昨年のIPD23からは、これまでのIPDが目指していた「日本と価値観を共有する国々と共有しない国々の双方に自由で開かれたインド太平洋(FOIP)のビジョンを受け入れてもらうよう説得するという段階」[3]から「価値観を共有する国々との連携と価値観を共有しない国々への抑止の段階」への明らかな変化がうかがえる。

 「国家防衛戦略」は、日本防衛の基本方針を明示している。また、これまでの「防衛計画の大綱」に代わり「国家防衛戦略」としての方針であり、戦後の防衛政策の大きな転換点となった[4]。「国家防衛戦略」では、「今後の防衛力については、相手の能力と戦い方に着目して、…新たな戦い方への対応を推進し、…力による一方的な現状変更やその試みは決して許さないとの意思を明確にしていく」との方針が示され[5]、初めて脅威を対象とした防衛基本方針となったことも大きな転換点である[6]。また、防衛目標達成のための3つのアプローチとして、➀日本自身の防衛体制の強化、②日米同盟の抑止力と対処力の強化、③同志国等との連携の強化を挙げている[7]。具体的な項目として「自由で開かれたインド太平洋(FOIP:Free and Open Indo-Pacific)というビジョンの推進等を通じて力強い外交の推進」という外交努力と相まって防衛省・自衛隊として「力による一方的な現状変更やその試みを抑止するとの意思と能力を示し続け、相手の行動に影響を与えるために、事態に応じて柔軟に選択される抑止措置(Flexible Deterrent Options: FDO)[8]としての訓練・演習等や戦略的コミュニケーション(SC:Strategic Communication)[9]を政府一体となって、また同盟国・同志国等と共に充実・強化していく」との方針が示されている[10]。IPD実施の目的として、上記アプローチにあるとおり、同盟国・同志国と連携し訓練・演習等を行うことで、力による一方的な現状変更やその試みを抑止するFDOやSCも当然含まれる[11]。

安保三文書制定後の自衛隊の共同訓練・演習およびIPD23の目的の変化

 自衛隊と外国軍との訓練・演習数(2023年1月~12月)をまとめたのが次表である。

表「自衛隊と外国軍との訓練・演習数(2023年1月~12月)」

海外共同訓練 国内共同等訓練
統合訓練 15 24 39
海上自衛隊 53 56 109*1
航空自衛隊 33 42
陸上自衛隊 25(14) 11 36(14)*2
102 124 226
備考:
・自衛隊のみの訓練・演習は含まない。ただし南シナ海でのIPD23部隊による対潜訓練は含めた。
・統合訓練と各自衛隊の訓練の公表が重なっている場合には、統合訓練に含めた。統合訓練ではない陸海空の訓練で陸海空の公表が重なっている場合にはそれぞれが参加していることからそれぞれでカウントした。
*1このうちIPD23で実施した訓練・演習は、約1/4の27回に及ぶ。
*2陸上自衛隊の海外訓練には、能力構築支援(( )内)を含む。

出典:統幕、各自衛隊ウェブサイトを参照し著者作成(2024年1月現在)

出典:海上自衛隊

 自衛隊の海外訓練・演習や国内での外国軍との共同等訓練・演習は、年々増加し、昨年は、200件を越えている。その約半数は、米軍を含む訓練・演習である。この中で自衛隊は、FDO、SCとして海外での訓練・演習等に加えて、国内において二国間および多国間訓練・演習を米軍中心に積極的に実施している。例えば、統合訓練は、海外・国内訓練とも人道支援/災害救助(HA/DR)を中心としているが、一部の国内訓練として日米での防空・ミサイル防衛訓練や日米韓三か国による弾道ミサイル情報共有訓練、日本近海上空での飛行訓練などを2022年度から急激に増加させている。これは、北朝鮮のミサイル発射への抑止とプレゼンスと同時に力による一方的な現状変更やその試みを行う大国に対する抑止にも寄与している。

 陸自は、海外での能力構築支援以外では、ミサイル発射訓練、水陸両用戦訓練、特殊作戦訓練を中心としており、特に日本国内では演習場の広さの問題や規則上の制約が大きい訓練・演習を海外で積極的に行っている。また空自は、日本近海での日米で編隊を組んだ共同飛行訓練に加え、同志国との編隊飛行訓練を増加させている。このように同盟国や多くの同志国と様々な各種戦を実施していることが、FDOとSCにつながっている。

 海自は、回数的にはこれまでの海外訓練や国内での共同訓練回数を維持している。一方でIPD23では昨年までのものとは内容的に変化している。それはインド太平洋諸国への寄港機会の増加と共に7つの主要な多国間訓練を含み、行動中に27回もの共同訓練・演習を行っているからである。これは、海上自衛隊が1年間で実施した外国軍との共同・親善訓練等の約1/4にも及ぶ。さらにIPD23の行動に合わせて、海上幕僚長はもとより、海上自衛隊の主たるフォース・ユーザー指揮官(有事の際の部隊運用における指揮官)である自衛艦隊司令官(フォース・ユーザー指揮官のうち海上自衛隊の最高指揮官)の現地視察を組むなど同盟国・同志国との連携と力による一方的な現状変更やその試みの抑止のためのSCを展開している。

 具体的には、2023年5月のIPD第3水上部隊である最新鋭護衛艦FFM「くまの」[12]のシンガポール入港と国際海洋防衛装備展示会(IMDEX Asia 2023)参加に合わせた海上幕僚長のシンガポール出張に加え、これまでは自衛艦隊司令官の海外出張は、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処行動の部隊視察など実任務における海外出張が主たるものであったが、IPD23の行動に合わせて同年8月に日米豪比軍連携しての各国艦隊司令官・将官による南シナ海状況の視察や同時期のフィリピン訪問が行われている。日米豪比の部隊運用における各国海軍の最高指揮官(またはインド太平洋地域指揮官)が、南シナ海での訓練を一堂に会して視察したことは、FDO・SC、そしてプレゼンスとしても大きなインパクトを与えている。さらには、米海軍空母「ドナルド・レーガン」の東シナ海行動中の同艦上での日米韓艦隊司令官懇談のための自衛艦隊司令官の現地進出もある[13]。

 以上の自衛隊の具体的訓練・演習内容は、昨年までのものとは、明らかに異なるものである。まさに防衛目標達成のための3つのアプローチの実行であり、同盟国・同志国との連携と力による一方的な現状変更やその試みを抑止するとの意思と能力を示し続け、相手の行動に影響を与えるために、FDOとしての訓練・演習等やSCを強く意識したものとなっている。

FDO、SC推進のための課題

 自衛隊は、国家防衛戦略目標達成のための海外や国内での共同訓練・演習を増加させ、また演習内容も政策・戦略から現場・戦術まで一貫した防衛目標に沿ったFDOやSCを展開している。さらに現在の安全保障環境下における日本の役割を考慮すれば、同盟国や同志国からの共同訓練実施要望はこれまで以上に増加すると見積ることができる。しかしながら、安保三文書にもあるとおり、自衛官の定員増加が期待できない中で、これ以上の共同訓練・演習を増加させることには限界がある。これを解決する一方策として、次のことが考えられる。

(1) 最新鋭護衛艦FFMを活用した効果的、効率的なIPDの継続

 同盟国、同志国からの共同訓練・演習要請と日本にとって最適のFDOとSCのための共同訓練・演習を精査し、国家防衛目標達成のためのアプローチとしての効果的、効率的な共同訓練・演習を行う必要がある。その最も有効な方策がIPDの継続である。またIPD23においてはじめて、最新鋭護衛艦FFM「くまの」が参加した。FFM「もがみ」型護衛艦は、従来の護衛艦の戦闘機能に加え、機雷戦機能をはじめとする多機能性を追加している。一方において、エンジンの状況や水中音波情報、電子情報などを艦内の戦闘情報センター(CIC:Combat Information Center)に集約するなどの省人化を図ることで、5,000トン型護衛艦の約半分にあたる約90人の乗員で運用する新たな発想のもとで生まれた護衛艦である。このFFM型護衛艦の就役隻数(24隻以上就役予定)の増加と共に、FDO、SC、プレゼンスを効果的に行うとともに、人的負担が在来型護衛艦と比較して少人化により減少した乗員数のFFM型護衛艦を活用したIPDの継続が上記問題解決につながる。

(2) メジャー・コマンド(自衛艦隊等)指揮官レベルの海外共同訓練視察の実施

 これまで自衛隊は、ハイレベルでのSCを統幕・陸海空幕僚長の海外出張により行ってきたが、指揮通信技術の発達および隷下部隊への委任が可能な作戦術(Operational Arts)の進展により、少なくともグレーゾーン事態や平時における指揮は、メジャー・コマンド指揮官がどこにいても可能となっている。メジャー・コマンドとは、軍隊の中での主たる部隊のことであり、陸海空自衛隊では、例えば、陸上総隊、自衛艦隊、航空総隊などを指す。こうした実際の闘いを指揮、運用する主たる部隊指揮官が、海外での活動に参加、視察することは、軍政中心の統幕・陸海空幕僚長よりも、むしろ、より効果的なFDOやSCが展開できる場合もあることを今後は考慮する必要がある。

(3) 陸・空自および海保間の統合運用・連携の試金石

 IPD23期間中においても陸自が米豪主催多国間共同訓練(Talisman Saber 2023)を中心に参加、また空自も日米仏共同訓練(Multi Big-Deck Event)などに参加している。そして海上保安庁も日豪キリバス親善訓練に参加している。海自としては、この陸・空自、海保との連携をさらに高め、米国、豪州、インド、ASEAN諸国、欧州諸国と共同、親善訓練機会増を図る必要がある。例えば、自衛隊、海保間で実施時期を調整した上で、IPD以外の時期における陸自の豪、フィリピン、ベトナム国軍との共同演習の作為や空自における海外派遣中の海自DDH護衛艦のみならず、海自が参加しない米、豪、印、英、仏共同訓練で同諸国の空母、強襲揚陸艦とともにF-35Bが参加することも、そのプレゼンス、抑止の上で大きなインパクトがある。そして海保のフィリピン、インドネシア、ブルネイ・ダルサラーム国との海上保安当局間の合同訓練やフィリピン、インドネシア、マレーシア、ベトナム、ジブチ、スリランカ国に対する「海上保安庁モバイルコーポレーションチーム(MCT)」の派遣がある[14]。これらの連携を維持、拡大するとともに防衛戦略目標の一つである「我が国自身の防衛体制の強化」の「国全体の防衛体制の強化」として統幕、各陸海空自衛隊と海上保安庁がそれぞれ独自で海外訓練・演習を企画するのではなく、相互に連携、調整して、その実施時期や地域をより効果的、効率的に計画すれば、FDO、SCを日本としてさらに高めることが可能となる。

(4) 同盟国、同志国とのロジスティック、SCなどを含めた連携

 IPDなどの陸海空自の海外訓練において必要かつ重要なオペレーションが同盟、同志国基地、港湾へ入港、入国しての補給、整備、休養である。また同盟国、同志国と連携したSCの展開は、連携国が少ない力による一方的な現状変更やその試みを行う権威主義国家に対して、より効果的な抑止が可能となる。そのために日本とオーストラリアやインドとの連携を参考に、価値観を共有するフィリピン、ベトナム、インドネシア、シンガポールなどと、日本との「物品役務相互提供協定(ACSA)」、「情報交換・情報保護協定」、さらには「防衛装備品・技術移転協定、円滑化協定(RAA)」の締結が重要であり、これは日本の国家防衛戦略指針、防衛目標達成のため、そして、そのアプローチのため必要不可欠なものとなっており、早期の締結が必要である。

むすびにかえて

 IPD23 は、「国家安全保障戦略」の「力による一方的な現状変更やその試みは決して許さないとの意思を明確にしていく」との方針に基づき、インド太平洋の主要なチョークポイントである海峡を含む西(南)太平洋、東シナ海、南シナ海、インド洋で活動を実施した。訪問国は17か国に及び、また日米同盟を中心に価値観を共有する同志国と27回もの訓練・演習を実施している。その訓練・演習も紹介した主要な7つの演習への参加、実施も重要であるが、IPD23の特徴である各海域でそこに存在する各国軍が訓練を柔軟に実施したことは、連携の深さを証明するものである。また、IPD23の一環として、南シナ海で海自の艦艇と潜水艦が対潜訓練を行ったこと、さらに南シナ海で日米豪比海軍の部隊運用における司令官が集結し、部隊視察したことは、明らかに「国家安全保障戦略」方針に基づくものである。一方において、IPD23の母体である自衛隊の定員増は、防衛三文書にも明記されていない。その課題と対策の一例を今回示したが、防衛三文書に基づく日本の安全保障戦略の抜本的強化の実行が、今後どのように行われるのか注視すべきであろう。

(2024/02/05)

*この論考は英語でもお読みいただけます。
Current Status and Challenges for Japan’s Strategic Communications based on the National Defense Strategy: Indo-Pacific Deployment 2023 and a Free and Open Indo-Pacific

脚注

  1. 1 海上自衛隊「令和5年度インド太平洋方面派遣」。IPD23の構成は、第1水上部隊(護衛艦「いずも」・「さみだれ」・「しらぬい」・搭載航空機4機、派遣人員約880名)、第2水上部隊(輸送艦「しもきた」・LCAC2隻、派遣人員約140名)、第3水上部隊(護衛艦「くまの」、派遣人員約90名)、潜水艦部隊(潜水艦1隻、派遣人員約80名)の艦艇8隻、航空機4機の派遣人員数1,200名に及び、指揮官に2名の海将補を配置する1個護衛隊群以上の規模であった。また行動期間中一部の訓練に陸上自衛隊が参加した。
    主要な共同演習等は、次のとおりである。
    • (1)国際海洋防衛装備展示会(IMDEX Asia 2023)
    • (2)ランカウイ海事航空展覧会(LIMA2023)
    • (3)日米豪韓共同訓練(Pacific Vanguard 2023)
    • (4)日印共同訓練(JIMEX 2023)
    • (5)Pacific Partnership 2023
    • (6)米豪主催多国間共同訓練(Talisman Saber 2023)
    • (7)日米印豪共同訓練(MALABAR 2023)
  2. 2 「国家防衛戦略」国家安全保障会議決定・閣議決定、令和4年12月16日、6頁。
  3. 3 IPD2022については、李信愛「令和4年度インド太平洋方面派遣:自由で開かれたインド太平洋に対する日本の戦略的コミュニケーション」国際情報ネットワーク分析IINA、2022年9月27日を参照のこと。
  4. 4 防衛省『令和5年版 日本の防衛 防衛白書』209頁。
  5. 5 前掲「国家防衛戦略」6頁。
  6. 6 前掲「国家防衛戦略」1-2頁。
  7. 7 前掲「国家防衛戦略」6-17頁。
  8. 8 FDOとは、危機発生時に部隊の展開等を通じ、相手側に当方の意図と決意を伝え、抑止を図るものである。一例を挙げれば、1996年に中国が台湾の総統選挙を妨害するために台湾海峡でミサイル演習を行った事に対し、アメリカが空母2隻を台湾海峡近海に派遣し、事態の沈静化に成功したことなどがある。石原敬浩「戦略的コミュニケーションとFDO―対外コミュニケーションにおける整合性と課題―」『海幹校戦略研究』2016年7月、2頁。
  9. 9 戦略的コミュニケーションとは、「価値観と利害に基づく総体的なコミュニケーションのアプローチであり、目的達成のためにアクターが実施するあらゆる行動が含まれる」ものである。NATO Strategic Communications Centre of Excellence, “About Strategic Communications.”
  10. 10 前掲「国家防衛戦略」10-13頁。
  11. 11 前掲「国家防衛戦略」6頁。
  12. 12 新型護衛艦FFM「くまの」は、「もがみ」型護衛艦の2番艦である。「FF」は「フリゲート」を意味し、「FFM」は、「FF(フリゲート)+M(Mine+Multi-purpose:機雷戦対応+多機能性)」護衛艦を表す。また、艦番号がこれまでの3桁や4桁の護衛艦と異なり、「もがみ」は、艦番号「1」であり、今回参加した「くまの」に艦番号「2」を表示するなど、これまでの護衛艦ではない新たな護衛艦であることを海上自衛隊が明確に示していることが解る。
  13. 13 「自衛艦隊司令官の駐フィリピン共和国日本国次席公使への表敬及びIPD23部隊の激励について」自衛艦隊、2023年8月。
  14. 14 海上保安庁「海をつなぐ」『海上保安レポート2022』2022年5月。