はじめに

 6月13日、令和4年度インド太平洋方面派遣(IPD)が、10月下旬までの予定で開始された。5カ月にわたる派遣期間中、海上自衛隊(MSDF)は護衛艦「いずも」(DDH-183)、護衛艦「たかなみ」(DD-110)、搭載ヘリコプター3機を第1水上部隊として、護衛艦「きりさめ」(DD-104)を第2水上部隊として派遣している[1]。さらに、潜水艦1隻と航空機3機(P-1海上哨戒機1機、UP-3Dオライオン電子情報訓練機1機、US-2救難飛行艇1機)がIPD22に参加している[2]。派遣の中心は海上自衛隊だが、陸上自衛隊(GSDF)も派遣活動の一部に参加している。

 自由で開かれたインド太平洋(FOIP)の旗印の下、今次派遣には、米海軍主催多国間共同訓練「リムパック2022」、「パシフィック・パートナーシップ2022」、日米豪韓共同訓練「パシフィック・ヴァンガード22」、日印共同訓練(JIMEX)、豪州海軍主催多国間共同訓練「カカドゥ2022」、米豪比主催多国間共同訓練「サマサマ/ルンバス」等、地域の主要な安全保障パートナーとのさまざまな共同演習が含まれている。さらに、8月末時点で、日本が派遣期間中に既に訪問した国あるいは訪問予定として公表した国は13カ国(豪州、フィジー、仏領ニューカレドニア、インド、パラオ、パプアニューギニア、フィリピン、ソロモン諸島、トンガ、米国、バヌアツ、ベトナム、ミクロネシア連邦)に上る。

 日本がインド太平洋のより広範な地域に影響圏を拡大しようと取り組む中、海上自衛隊によるインド太平洋方面への年次派遣は国際的な注目を集めてきた。特に、インド太平洋方面派遣は世界に向けた日本のメッセージを体現したものであり、日本政府がFOIPに対する戦略的コミュニケーションを洗練させてきたことを示唆している。本稿では、日本が戦略的コミュニケーションを活用して国家目標を支援し、インド太平洋方面派遣において戦略的コミュニケーションを応用していることについて概説する。とりわけ、日本の戦略的コミュニケーションの一環として今年度実施されているインド太平洋方面派遣の二つの重要な要素について検討する。本稿の最後では、FOIPの実現に向けて取り組む中で、日本による戦略的コミュニケーションの取り組みの成功と限界について簡潔に分析する。

日本による戦略的コミュニケーションの導入

 海上自衛隊によるインド太平洋への派遣は2017年に始まり、2019年に「インド太平洋方面派遣」と正式に命名された。日本政府は、派遣の主な目標は「自由で開かれたインド太平洋」を実現することであると明言している。これに沿って、海上自衛隊の艦艇がインド太平洋地域を訪問し、二国間・多国間の演習や訓練、能力構築支援、寄港、艦艇見学を含む共同活動を域内外各国と実施した。これらの活動の目的は、二国間・多国間の相互運用性を高めるだけでなく、日本による地域の平和と安定への寄与を示すとともに、パートナーによるFOIPへの理解を増進し、連携を強化することであった[3]。こうした目的から示唆されるのは、日本政府には派遣を戦略的メッセージの発信ツールとして活用し、FOIPを巡る政治的目標を支援する意図があるということであった。すなわち、日本による派遣には、戦略的コミュニケーションに不可欠な特徴が含まれているのである。

 分野や目的によって定義は異なるが、政治や国際関係分野における戦略的コミュニケーションは本質的に政治的なツールであり、国家の目的を推進するために言葉と行動の双方を通じたコミュニケーションを活用してオーディエンスに関与し、影響を与える[4]。戦略的コミュニケーションという言葉は、「戦略的にコミュニケーションを行う」という形で誤用されることが多いが、戦略的コミュニケーションはコミュニケーションのためのコミュニケーションではない。「価値観と利害に基づく総体的なコミュニケーションのアプローチであり、目的達成のためにアクターが実施するあらゆる行動が含まれる」のである[5]。

 英国や米国は、2000年代後半、テロとの戦いやグローバルなコミュニケーション競争が激化する中で、戦略的コミュニケーションを国の政策や戦略の中心に据える先駆けとなった[6]。日本は、2012年末に発足した第二次安倍政権において、政策決定への戦略的コミュニケーションの導入に向けて、遅ればせながらも重要な独自の措置を講じた。とりわけ中国がますます主張を強めるなど、安全保障環境の複雑性と不確実性が増す中で、自国のイメージを改善するだけではなく、戦略的目標をさらに促進するためには、異なるアプローチでコミュニケーションを利用する必要があると日本政府は理解するようになった[7]。政府はついに、戦略的コミュニケーションの概念を重要な外交政策文書(「外交青書2015」)・安全保障政策文書(「平成31年度以降に係る防衛計画の大綱(30大綱)」)のそれぞれに公式に盛り込んだ。

 日本はいまだ戦略的コミュニケーションの定義や原則を定めていないため、この概念をどのように理解し、適用すべきかについて政府内でのコンセンサスが形成されていない。しかし、政府が戦略的コミュニケーションのための国防手段の利用を改善したことで国家安全保障と国益を確保し、日本の新たな国際的役割を推進したことに疑いの余地はない[8]。特に30大綱では、国防の目的に資するあらゆる政策手段において戦略的コミュニケーションを実施し、自衛隊による共同訓練や演習、寄港等のさまざまな活動を、日本の意思と能力を示すための戦略的コミュニケーションの一環として活用する決意が述べられている[9]。

自由で開かれたインド太平洋を巡るインド太平洋方面派遣のメッセージ

 海上自衛隊による海外での活動は、日本が戦略的コミュニケーションを導入する前からメッセージを発信していた。しかし、FOIPという概念が正式に表明され、その地位が高まるにつれて、メッセージを発信し、政治目標を支持することの重要性が大きく増した。2016年、安倍総理はFOIPのビジョンを公表した。その目的は、他国との緊密な協力を通じて「自由で開かれた」インド太平洋を実現するため、ルールに基づく国際秩序を形成することであった。中国が大規模で野心的な一帯一路構想を通じて影響力を増す中でFOIPを実現するためには、日本と協力する政治的意思と能力のある域内外の新たなパートナーによる支援と関与が必要だということを日本は認識していた。

 したがって、世界の観測筋の関心を引くために、安倍政権は、言葉と行動を通じてFOIPのメッセージを発信することに多大な労力を費やすことで、日本の意思と能力を示すとともに、FOIPが単なるスローガンではないことを証明しようとした。インド太平洋全域にわたる海洋安全保障と海上の安全を強化するという名目で、日本はとりわけ法の支配に基づく海洋分野での関与を強化した。米国、豪州、一部の東南アジア諸国やインドといった長年にわたる友好国だけではなく、英国、フランス等の比較的新たなパートナーとも海洋分野のパートナーシップを強化した。こうした動きは域外のさまざまな国々による日本との協力強化を促すと同時に、インド太平洋地域における主要な安全保障プレーヤーとしての日本の新たな役割を宣伝することにつながった。

 インド太平洋方面派遣は、FOIPに向けた日本の海洋分野における関与にとって不可欠な要素であり、日本が国家目標を達成するために戦略的コミュニケーションを高度な形で活用していることを示している。戦略的コミュニケーションの観点から、IPD22には二つの重要な要素がある。一つ目として、今年度の派遣は、過去最長かつ最大であるという点で特筆に値する。今次派遣には約1,000人の自衛隊員が参加し、域内の主要な共同演習により積極的な形で参加する[10]。その上、多様なパートナーとの間で他にも主要な海上共同演習を実施することに加え、IPD22には環太平洋合同演習「リムパック」が含まれている。インド太平洋方面派遣中に世界最大の海上共同演習であるリムパックに日本が参加するのは初めてであり、非常に有意義である。今年度のリムパックでは、米国とそのパートナーによる「地域的な海軍の展開」を示すことに成功した[11]。特に、実質的な空母への改修の第1段階を終えたばかりの護衛艦「いずも」がリムパックに初めて参加したことで、日本の海上作戦能力が向上していることを示した。岸信夫防衛大臣が記者会見において、リムパックへの参加を通じて、戦術技量を向上させ、同盟国・同志国との連携を強化し、FOIPに向けた強い結束を示すという日本の意思について述べたことは特筆すべきである[12]。米国政府は、リムパックは特定の国を念頭に置いたものではないと明言しているが[13]、インド太平洋地域で海洋分野の競争が激化する中、米国と志を同じくするパートナーの間で海洋分野のパートナーシップが強化されたことは、重要なメッセージを送った。実際、艦艇の海外派遣は時間と労力を消費することを踏まえれば、強化されたIPD22は、地域の安全保障問題においてより大きな役割を担い、より目に見える形でメッセージを発信する上で今次派遣をより効果的かつ効率的なものにしようと日本政府が取り組んでいることを示している。さらに、こうした変化は、FOIPを巡る日本の意思と能力が高まっていることや、パートナー間における協力が拡大していることを示すことにより、日本からのメッセージをより説得力のあるものとしている。

 今年度の派遣に関して重要なもう一つの点は、東南アジアの海域を主舞台としてきた過去の派遣と比べて、太平洋島嶼国に積極的に関与することを日本が表明したことである。同地域は日本にとって戦略的重要性が高く、海上自衛隊は派遣期間中、同地域で重要な活動を実施する。IPD22で寄港したか、あるいは寄港を予定している13カ国のうち、8カ国は太平洋島嶼国である。これには海上自衛隊によるフィジー、トンガ、ソロモン諸島、バヌアツへの初寄港も含まれる。同地域への訪問中、海上自衛隊はFOIPの旗印の下に親善訓練や能力構築支援を通じて安全保障関係の強化に努めた[14]。また、太平洋におけるその他の地域の主要なステークホルダーとの戦略的協力も強化した。海上自衛隊は米国、豪州、英国、フランス、ニュージーランド、カナダ、さらにはメキシコやチリとまで、IPD22の一環として太平洋地域で二国間・多国間海上演習を実施した。日本は特に同盟国や能力を有する同志国と協力し地域諸国とのパートナーシップ拡大に努めた。その典型例が、7月15日から19日までの日程でパラオで開催された「パシフィック・パートナーシップ2022」への海上自衛隊の参加である。同演習には、米海軍、米沿岸警備隊、英海軍とパラオ共和国海上保安局が参加した[15]。防衛省幹部は、このように太平洋島嶼国を集中的に訪問することは日本にとって極めて異例であると強調した[16]。

 中国が近年同地域で軍事的影響力を拡大し、米国に代わって覇権を握ろうとしていることを踏まえると、こうした変化は、太平洋島嶼国、中国、米国やその他のパートナーを含む地域のさまざまなステークホルダーに対し意味のあるメッセージを送っている。特に、今年5月、中国がソロモン諸島と安全保障協定を締結したことや、失敗には終わったものの、太平洋島嶼国10カ国に対し安保協定に調印するよう迫ったことで、太平洋において政治的・軍事的影響力を強化しようとする中国の野心が高まっていることが明確に示された。このような状況において、海上自衛隊による派遣は、日本とそのパートナーが協力して中国による軍事的プレゼンスの拡大や戦力投射能力の向上に対処していくことを示唆している。また、日本が同地域において積極的に海洋分野で関与することは、中国によるより強硬な姿勢を懸念している国々にとって、日本が信頼に足るインド太平洋のパートナーであり、政治的意思と能力を備えた魅力的な選択肢であることを示すものである。

成功と制約

 FOIPの旗印の下、日本はそのビジョンを国際的に広めることにおいて珍しく成功を収めた。インド太平洋地域内外の諸国は、同地域において日本との協力により積極的になり、協力深化へと向かっている。IPDを含む日本による海洋分野での関与拡大が、FOIPに対する他国からの支持拡大と関与を引き出す上で極めて重要な役割を果たしたことに疑問の余地はない。

 しかし、日本のメッセージがFOIPの構築に十分に貢献し、地域の平和と安定に寄与したと結論付けるのは困難である。戦略的コミュニケーションは双方向のコミュニケーションであることから、メッセージの受け止め方はオーディエンスによって異なり、意図せぬ結果が生じることが多い。共通の価値観と利害を強調し、安全保障問題におけるより大きな役割を示すことで、各国に対して日本との協力を促してきた日本政府による取り組みは、多くの場合、反中連合を巡る懸念を中国政府内で引き起こし、不必要な挑発となった[17]。また、中国やロシアをはじめ、既存の自由な国際秩序を否定する国々の連合を一段と強化する結果にもなった。

 FOIPが同志国との戦略的関係強化を優先していたにもかかわらず、当初はいかなる国も疎外することのないよう、繊細なアプローチを維持していたことは特筆すべきである。安倍政権は、異なる価値観や規範を優先する国々、すなわち中国やロシアを、FOIPの主要なオーディエンスと見なしており、両国に対し、国際法を遵守する責任ある国際的アクターとなって、域内における安定的な安全保障環境の確保に貢献するよう促すことを目指していた[18]。しかし、日本政府は日本と価値観を共有する国々としない国々の双方にFOIPのビジョンを受け入れてもらうよう説得するという困難な課題に直面した。

 日本が戦略的コミュニケーションを活用して競争と協力のバランスを取ることは一層困難になった。東シナ海や台湾を巡る中国の主張が強まるにつれて、日本の対中脅威認識が高まる一方、ロシアによるウクライナ侵攻は、日本のロシア政府への友好的アプローチに対する懐疑的な見方が強まった。この状況下で、岸田政権は米国政府との協調や、価値観に基づくパートナーシップを強化し、非民主主義的な地域大国を避ける傾向が強まっているようである。要するに、意図せぬ緊張悪化を防ぎつつ、インド太平洋における地域協力を形成するためより説得力のあるメッセージを発信するという課題に日本は引き続き直面しているのである。

(2022/09/27)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
Indo-Pacific Deployment 2022: Japan’s Strategic Communications to the Free and Open Indo-Pacific

脚注

  1. 1 海上自衛隊「令和4年度インド太平洋方面派遣」(2022年8月23日閲覧)。
  2. 2 同上。
  3. 3 同上。
  4. 4 以下を参照のこと。James Farewell, Persuasion and Power: The Art of Strategic Communication, Washington DC: Georgetown University Press, 2012, pp.xviii~xix; Paul Cornish; Julian Lindley-French; and Claire Yorke, “Strategic Communication and National Strategy,” Chatham House, 2011, p.27.
  5. 5 NATO Strategic Centre of Excellence, “About Strategic Communications,”(2022年7月29日閲覧)。
  6. 6 Cornish, et al., 2011, pp.10-11; Jente Althuis, “How U.S. Government Fell In and Out of Love with Strategic Communications,” Defence Strategic Communications: The Official Journal of the NATO Strategic Centre of Excellence, Volume 10, 23 February 2022, pp. 96-99.
  7. 7 国家安全保障会議「国家安全保障戦略」2013年12月17日、31頁。
  8. 8 詳しくは、李信愛「安倍政権の戦略的コミュニケーションの実践における『積極的平和主義』の役割と含意」(博士論文(非公表))(東京大学、2022年)を参照のこと。
  9. 9 防衛省「平成31年度以降に係る防衛計画の大綱」2018年12月18日、8-10頁。
  10. 10 海上自衛隊「令和4年度インド太平洋方面派遣」(2022年8月23日閲覧)。
  11. 11 Nick Childs & James Hackett, “RIMPAC packs a punch,” 22 July 2022, IISS,(2022年8月10日閲覧)。
  12. 12 防衛省「防衛大臣記者会見」2022年6月28日(2022年8月2日閲覧)。
  13. 13 Megan Eckstein, “US Navy officials say Pacific exercise is not aimed at China, but it zeroes in on defending Taiwan,” Defense News, 12 July 2022.
  14. 14 2022年8月23日現在、海上自衛隊はバヌアツ、パラオ、ソロモン諸島、フィジー、ミクロネシア連邦と親善訓練を行っている。
  15. 15 海上幕僚監部「パシフィック・パートナーシップ2022について」2022年7月12日(2022年8月18日閲覧)。
  16. 16 The Yomiuri Shimbun, “Japan’s de facto aircraft carrier Izumo to be dispatched to Indo-Pacific from mid-June,” The Yomiuri Shimbun, 3 June 2022.
  17. 17 Mainichi Japan, “China blasts US, Japan rhetoric ahead of Quad summit,” Mainichi Japan, 19 May 2022.
  18. 18 外務省「サンクトペテルブルク国際経済フォーラム安倍総理スピーチ」2018年5月25日; 外務省「安倍総理の訪中(全体概要)」2018年10月26日(2022年8月17日閲覧)。