現実的な対中戦略構築プロジェクトのワーキングペーパー掲載のお知らせ

 この度、IINA(国際情報ネットワーク分析)では「現実的な対中戦略構築プロジェクト」と提携して、日米専門家による対中戦略構築のための情報を日本語と英語で掲載いたします。今後の国際関係の潮流の要因である米中関係について少しでもIINA読者の理解にお役にたてれば幸甚です。


はじめに

 グローバリゼーションが退潮し中国の国際的な地位が高まるにつれて、日米同盟は歴史的に重要な岐路に立たされている。その中心には、技術的・地経学的競争がある。世界は多国間の統一的基準に基づく貿易、投資、サプライチェーン構築の障壁削減を前提とするテクノ・グローバリズム志向の経済・イノベーションの枠組みから移行しつつある。それに取って代わるテクノ・ナショナリズム的な枠組みにより、各国は、自国のハイテク産業をリードする企業が他国の同種企業よりも優位に立つようにするため、貿易・技術問題により頻繁に介入するようになっている。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが発生し、その後各国において電子商取引とデジタル通信を利用する動きが加速したことで、この移行に伴うリスクが高まった。ウクライナに対する残酷な侵略を巡り、ロシアを孤立させ、処罰するために導入された新たな経済制裁レジームも同様である。

 この経済安全保障の力学により、政治家は「技術覇権」を追求するために新たなルールを課し、国内企業に助成金を出すよう促される場合もある。また、中国と競争し、グローバルな研究のための人材やイノベーションへのアクセスを最大化するための取り組みにより、各国による産学連携の自発的なネットワークの構築や、技術貿易政策の問題やサプライチェーンの多角化に関する調整が促されている場合もある。このように、従来的な意味でのテクノ・ナショナリズムに対する共感の高まりと、代替的なテクノ・ミニラテラリズム、すなわちこの対中競争を管理する「技術同盟」へのアプローチとの間において、微妙な均衡が生まれつつある。後者を国益のために活用することは困難であるが、取り組む価値はある。

 米国と中国は、この技術を中心とする競争における主役であるが、日本も依然として欠かせないプレイヤーである。各国の中で、日本の研究開発への投資額は米中に続き世界第三位であり、日本企業は米国における研究開発に対して、他のどの国の企業よりも多くの資金を提供している。日本はまた、特許出願数でも中国、米国に続き世界第三位である。技術革新とサプライチェーンの再構成に関していえば、日米両国とも、リソース、データと人材をプールすることが相互利益になることを認識してはいるものの、これは本質的に国内に競合するステークホルダーがいることが多い、複雑な取り組みである。

 両国は、この分野における対中戦略の調整に取り組むことにより、実効性を高めるとともに、一部の保護主義的な政策による副作用を最小限にすることを図っており、それを支えるための新たな二国間協議を立ち上げているところである。それでも、こうした取り組みには、これらの政策的選択肢を巡る両国の分析、優先事項、議論に関する相互理解が深まるという恩恵があるだろう。本稿は、米国側に焦点を当てつつ、プロセスについて議論するところから始める。

 中国との技術競争の推移は、ソ連圏と西側諸国間における20世紀の冷戦を想起させるが、経済・サプライチェーンが一層絡み合うことによって複雑性が増しており、互いの勢力圏も広く重複している(例:南アジア、東南アジア)。日米両政府は、中国による圧力から自国を守り、将来に向けて技術的な優位性を維持するための措置を講じているが、中国との経済的・地政学的関係が両国で微妙に異なる点を踏まえて行わなければならない。

 本稿の目的は以下の通りである。

  • 政治家と関心ある市民に対し、中国の貿易と技術を巡る「問題」に関する米国の判断に対する最新の評価/分析を提供する。
  • 中国との技術競争に勝利するための同盟国による取り組みを比較し、その政策調整方法について評価する。
  • 短期的な共通戦略の実施を改善し得る政策調整を提言する。その際、日米同盟が新たな「経済政策協議委員会」(経済版「2+2」)の枠組みにおいてどのように経済安全保障政策を調整することが可能かについて焦点を当てる。

米国政府による中国に関する最近の議論

 20世紀、米国は重要な対中政策・地政学的戦略に関する議論を何度も行ってきた。その中には、1940年代の蒋介石と中国国民党による活動を支援する取り組み、1970年代のニクソン大統領による中国の国家承認を中華民国から中華人民共和国に変更する決定、そして貿易関係の正常化と1990年代末の中国の世界貿易機関(WTO)加盟を通じた中国とのいわゆる「統合深化」の推進が含まれる。

 興味深いのは、中国との統合深化を実質的に達成したのと同じクリントン政権が、米国の競争力強化を支援するため、ホワイトハウス内に「経済安全保障会議」(最終的には国家経済会議として実現)を設置することを初めて提案した政権でもあったということである。したがって、中国と経済的に接近することと、「経済安全保障」を強化することは、(少なくとも当時は)矛盾するものではないとみなされていた。

 米国の研究者と政治家もまた、多くの時間を費やしてこれらの過去の決定について振り返り、その結果について評価し、しばしば嘆いてきた。21世紀に入り10年強が経過し、米国発のグローバル金融危機を経て、米国の政治家は、経済安全保障の検討事項に大きな重点を置いた上で、改めて対中政策に関する議論を始め、考えを改めるようになった。

統合深化の終焉

 2000年以降、統合深化の試みを始めて以来、米中の経済関係は統合を深め、複雑化した。貿易パターンが変化するにつれ、米国の輸出入総額に占める中国のシェアはその後の20年間で約2倍になった。米中の貿易関係は2017年にピークを迎えたと言え、米国の対外輸出総額のうち、中国向けの米国製品のシェアは8.6%、米国の輸入総額に占める中国のシェアは21.6%に達した。米国の対中輸出のうち、金額ベースでトップを占めたのは旅行(すなわち、中国人が訪米し、お金を使っているということである)、機械類と輸送機器、(木材、砂利、金属鉱石、綿などの)原材料、農産物(大半が大豆と豚肉)、化学製品であった。中国からの輸入品目の上位には、電気機械、機械類、家具や寝具、玩具やスポーツ用品、プラスチック製品が含まれていた。

 言うまでもなく、こうした単純な貿易の分類は、現代のサプライチェーンの複雑性、両国が相互に行う直接投資の拡大、大規模な資金の流れについて誤った印象を与える。米中が関与する重要な部品の貿易の多くは間接的に行われており、二国間貿易の統計には表れてこない。そのため、希土類金属(rare earth metals)、電気自動車のバッテリー、医薬品原料、半導体などの品目について、供給の確保を巡って多くの懸念が米国政府内で浮上した。トランプ政権はまた、米中経済関係における他の間接的な側面を取り上げた。(海外で生産されたとしても)米国の技術を利用して生産した場合には、ハイエンドの半導体を中国に販売できる主体を制限したのだ。このように、統合深化に対する米国の反発はさまざまな正面で顕在化している。

 金融面では、中国は米国債の保有額で第二位である(2020年時点で1兆ドル超)一方、米国の投資家は推計1.1兆ドルの中国株を保有している。その上、互いの国に対して相当な金額のベンチャーキャピタル(VC)投資を行っており、2018年には米国のファンドから約200億ドルが中国に流入したほか、中国の対米VC投資は約30億ドルであった。しかし、COVID-19のパンデミックによる世界的な景気の低迷と相まって、トランプ政権以降の二国間経済関係の冷え込みにより、2020年には米国の対中投資額はわずか25億ドルまで減少した。

 トランプ・バイデン両政権が、オバマ政権の「アジアへのリバランス」を前身とする長期の戦略的競争関係と位置付ける米中関係の新たな現実は、さまざまな意味で、2000年代前半の製造業の雇用喪失を巡る国内の政治的懸念に端を発している。定量化は難しいものの、頻繁に引用される2000年代のある研究では、中国との新たな貿易・投資パターンにより、1999年から2011年までの間に、米国の製造業では100万人近い雇用が失われたと推計されている。自動化の進展と景気後退がチャイナ・ファクターに加わり、21世紀に入って最初の10年で、オハイオ州1州だけでも約40万人分の製造業の雇用が失われるほどになった。

 そのような雇用喪失を巡る政治的懸念は、(一般的に中国の責任とされ、)中国の経済・外交活動に対する監視強化につながった。この動きは、知的財産の窃盗、技術移転の義務化、外資企業より中国企業を優遇する中国政府による差別的待遇の事例を受け、まさに米国の経済界が中国における機会についてより悲観的になりつつあるときに起きた。例えば、中国の事業環境を巡って米国企業を対象に行われた2014年の米中ビジネス協議会( US-China Business Council)の調査では、「米国企業の間における中国市場の見通しは、過去4年間で『楽観的』から『ある程度楽観的』へと着実に30ポイント変化している」と指摘されており、その後も米側の受け止めは悪化を続けている。

 2015年に始まった中国政府による「メイド ・イン・ チャイナ2025」イニシアチブを受け、全米商工会議所( US Chamber of Commerce)は、中国が「国家の権力を利用して、経済競争力の中核となる産業において、グローバル市場の競争力学を変えようとしている」と結論付けた。さらに、2015年は中国の「軍民融合」イニシアチブが国家戦略になってから丸1年を迎えており、これらの二つのイニシアチブは、中国の経済活動を巡る米国政府の懸念を、単なる経済・政治的脅威から、安全保障上の脅威へと高めることになった(一部には、この脅威を存立に関わるとしてみなしている者もいる)。

 トランプ政権時代、米国務省は中国の軍民融合戦略について「中国共産党の積極的な安全保障戦略」と称し、「国際的な科学技術協力と公正な世界的商慣行を支える信頼、透明性、互恵主義、共通の価値観を脅かす」ような「軍事的優位を達成するため」のものだと断じた。2019年、統合参謀本部議長(ジョセフ・ダンフォード大将)は、議会に対し、グーグルなどの企業による中国事業は、「中国軍に直接的利益をもたらしている」と証言した

 (「メイド・イン・チャイナ2025」や「軍民融合」などの政策を通じた)中国の科学技術分野の進展が米国にとって政治・経済・軍事的脅威になるという懸念に、重大な戦略的結果をもたらす外交的影響を与える可能性があるイデオロギー的要素が加わっている。これはいわゆるデジタル権威主義あるいはデジタル・レーニン主義に関するもので、中国は自国の技術を利用して一党支配・国家主導型政治経済モデルを他国に輸出しようとしている。ワシントンの多くの政治家は、中国による「デジタル・シルクロード」とそれに関連する活動が、権威主義体制に対する決定的な支援となり、民主主義の前進を阻害し、世界各地で中国政府の他国に対する影響力や強制力が増すのではないかと懸念している。少なくともワシントンの大半の政治家の目には、さまざまな形(政治的、経済的、軍事的、イデオロギー的)で、技術と経済安全保障は米中戦略競争の中心を占めるようになったと映っている。

戦略的競争の政治

 それでも、対中政策については、米国の政治家はこれまでになく足並みがそろっているようである(すなわち、中国に対して強硬姿勢を採り、このような認識された脅威から米国と同盟国を守るために積極的な政策を講じること)が、バイデン政権期に入って微妙な相違が生じており、米国政府が一貫性のある政策を実施することは難しくなるだろう。結果として、例えばバイデン政権による米国のサプライチェーンの脆弱性に関する100日間の見直しに基づいてどのような措置を講じるのか、また米国のハイテク産業強化を目的とする野心的な法案(イノベーション・競争)をどのように成立させるのかについて、時折事態を膠着させるような議論が行われている[1]。この二つのイニシアチブだけでも、半導体、通信、バイオテクノロジーなどの分野における国内の研究、教育、製造用に数十億ドルの新たな資金拠出が見込まれており、いずれも超党派で比較的広範な支持を得ている。しかし、サプライチェーンの多角化と競争力強化に関するこの二つのイニシアチブの動機には、それぞれ全く異なる政治的背景がある。

 最も多くの関心を集めているグループは、中国に対し安全保障上の国益を重視する、共和・民主(バイデン政権内の者も含む)両党の国際派である。彼らにとっての主たる目的は、重要な技術分野で競争する米国企業を強化し、中国の経済力と同国による台湾に対する行動により生じる戦略的脆弱性を軽減することである。主な懸念は半導体分野である。台湾の台湾積体電路製造(TSMC)が世界で最も高度な半導体の90%超を製造し、同社は世界最大のロジック半導体製造業者である。この点において、中国が台湾を威嚇し、場合によっては将来的により大きな影響を及ぼす能力を有していることは、米国の政治家が神経をとがらす原因となっている。

 このグループに属する米国の政治家は、新たな研究・製造能力への補助金の支給を推し進めているが、投資を行う場所や、同盟国との協力方法については比較的柔軟である。彼らの思考において重要なことは米国企業の競争力であり、大容量バッテリー、衛星、通信などの他の技術分野にも同様のアプローチを採ることを提唱している。また、このグループは、オバマ政権が署名した後にトランプ政権が拒否した、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定に米国が再び関与することも提唱している。この安全保障を重視するグループは、TPPにより中国を孤立させ、あるいは同国に対し、経済活動に関するより受容可能な国際基準を受け入れさせることができると考えている。

 ワシントンにおける別のグループは、大半が民主党でバイデン政権内の者もいるが、国内経済と、中国によるグローバル貿易システムの悪用により受けた損害とみなしているものの回復を優先している。このグループのメンバーの多くは、他国や企業が過去の貿易自由化協定を利用しており、米国における経済格差につながっているとも考えている。そのため、このグループは国内における成果全般ほどには中国に対する相対的優位について関心がない。例えば、民主党のバーニー・サンダース上院議員は、イノベーション・競争法に反対票を投じが、それは同議員が同法は国内への投資や米国の労働力開発支援を義務付けないまま企業を助成することになると考えているからであった。

 サンダース議員をはじめとするこのグループの多くのメンバーは、TPPや類似の協定は問題の一部であり、解決策の一部ではないとみなしている。

 さらに、民主党が過半数を占める下院では、上院の競争法案を拒否し、独自の法案である「米国競争法」(America COMPETES Act)を作成し、2022年2月に可決した。米国競争法には上院のイノベーション・競争法と同じ規定が一部含まれているものの、米国競争法では、国内の取り組みに大きな焦点が当てられており、米国の国力を強化するための多国間戦略は重視されておらず、気候変動緩和が強調されている。共和党は、米国競争法について、連邦政府のイニシアチブを重視しすぎており、中国との直接競争を軽視していると揶揄した。インディアナ州選出のジム・バンクス下院議員は、下院の法案は中国よりサンゴ礁への言及回数が多いと不満を述べた。今年中に両法案が一本化されるのか、どのようにされるのかについては議論の余地があるが、2022年11月の中間選挙で民主党が上院・下院いずれかにおいて(または両方において)多数派を失えば、対中経済安全保障問題を巡る議会における現在の対立は一層行き詰まりかねない。

 両者とも妥当な主張をしているため、この対立に対する単純な解決策はない。国家安全保障の視点からは、米国と同盟国の安全保障のためには、戦略的技術とサプライチェーンの強靱性を支えるための的を絞った投資が確かに必要である。さらに、経済的平等の推進やその他の政治的目的のために政治家が市場原理を無視してワシントンから企業の意思決定を支配しようとすれば貴重な財源が無駄になる可能性が高い。その結果、インフレ、市場シェアの低下や競争力の低下につながりかねない。加えて、こうした政策の過度に「アメリカ・ファースト」的、あるいは保護主義的なアプローチは、同盟国が対中国で同じような目標を共有するときに、同盟国間で非生産的な補助金競争を引き起こし、多国間協力を阻害するおそれがある。

 しかし、政府主導の「国内情勢」の視点からは、国民にとって最善の利益を基に意思決定を行ったり貧困層を支援したりする上で、民間部門だけに頼ることはできないのも事実である。さらに、条件を付けずに米国の戦略的産業を強化する「放任」アプローチでは、今日世界各地の民主主義国家の安定性を蝕んでいる経済的不均衡に対処できる可能性が低い。経済的不満により米国内で「アメリカ・ファースト」的感情が深まると、将来の対中政策決定に支障を及ぼすだろう。そのため、ワシントンの政治家と官僚には、経済安全保障政策の策定に関して重要な役割がある一方で、企業は納税者に対して何らかの形で説明責任を果たすべきである。加えて、同盟国が十分に調整された対応をとることができれば誰にとってもより良く、より効果的であるが、これは民間部門だけでは管理しきれない。中央政府の指示と一元的な意思決定が必要なのである。

 今回の対立は、米国内における追加的な経済・貿易改革政策の実施が議論を引き起こすものであり、一様ではないことを示している。政策調整には非常に多くのステークホルダーとさまざまな政府機関が関与するため、プロセスには数カ月、場合によっては数年かかることがあり、その結果は骨抜きになっている可能性がある。

経済安全保障意識の再興

 トランプ政権時代の経済安全保障政策の実施には、国内・同盟国間における不十分な調整を含めさまざまな欠点があり、時にちぐはぐな行動が見られたものの、政権が自己不信に陥ることはなかった。同政権は議会の支持を得て、中国による挑戦に真っ向から対抗した。一方では(エンティティ・リストの指定を含む)新たな輸出規制投資規制、米国の基礎科学研究に対する中国によるアクセス制限などの一連の積極的な守りの対策を講じ、他方では研究開発に対する新たな補助金や複数の注目を浴びた官民による委員会や戦略文書などの攻めの対策を講じた。さらに他国に対し、米国の後に続いてグローバルな「クリーン・ネットワーク」を構築するよう要求した。これは、通信、クラウド・コンピューティング、海底ケーブルやデジタル経済の他の部分において中国のシステムとアプリケーションを排除するものである。

 しかし、全体としてみると、アイデアや目的ばかりが先行して攻めの動きが遅れ、米国企業をイノベーションの最前線にとどまらせるような実際のプログラムが実施されていなかったとトランプ政権の高官でさえ認めるほどであった。米国防総省の国防イノベーションユニット( Defense Innovation Unit)の責任者(当時)は、2020年の公開フォーラムにおいて、「われわれは守りを重視しすぎており、バランスが誤っていた」と語った[2]。その後、トランプ政権による積極的な守りの対策をどの程度維持するのか、どのような攻めの対策であれば議会や民間部門の同意を得られるのか、そしてこれら全ての問題についてどのように同盟国と調整するのかという問題は、バイデン政権が対応することになった。これまでのところ、トランプ政権からバイデン政権への移行の特徴は、変化よりも継続である。

 バイデン政権は、トランプ政権時代における対中輸出規制や投資規制などの守りの対策の多くを維持した。例えば、トランプ政権の最終日に駆け込みで打ち出された、中国から情報通信技術・サービス(ICTS)を調達する米国企業に関する規制を実施したり、科学研究安全保障の強化に関するトランプ政権の計画を足掛かりにしたりしている。2021年4月、バイデン政権はさらに中国のスーパーコンピューター企業7社をエンティティ・リストに追加したほか、同年12月には30社超の中国のテクノロジー企業に対しても同様の措置を講じた

 バイデン政権のチームは名前こそ「クリーン・ネットワーク・イニシアチブ」を継続する可能性は低いものの(軽蔑的な名称もその一因である)、信頼性の高い通信・コンピューターネットワーク構築を支援し、より一層の透明性と説明責任を可能する政策を推進するだろう。バイデン政権は、重要・新興技術作業部会を通じてすでにこの案を日米豪印のクアッド(Quad)の中で提唱しており、インド太平洋において信頼できる技術の採用を促進しているトラック2のクアッド・テック・ネットワークを支持している。

 前述のとおり、研究・イノベーションを支援し、重要なサプライチェーンを多角化し、サイバーセキュリティーへの投資に補助金を支給し、労働者の技術リテラシーを高める技術戦略や、その他の攻めのテクノ・ナショナリズム的政策は高い政治的支持を得ている。難しいのは、世界中の経済界の指導者、労働者、投資家、政府機関、軍、同盟国やパートナーなどさまざまなステークホルダーの利益のバランスを取ることである。国際的には、一部の政治家は経済協力開発機構(OECD)やクアッドのようなミニラテラル・グループを通じて取り組むことを望むかもしれないが、効果的な共同行動の基礎は、少数の鍵となるパートナーシップにおいて二国間から始め、そこから拡大していくのが最も簡単に成功させる方法である。日米両国にとって、経済安全保障政策をより良く連携させる機会は多くあるべきでるが、成功するためには、指導者が十分な関心を持ち、省庁間で相当な調整を行うことが必要となる。

日米同盟内における将来の経済安全保障政策の調整管理

 日米同盟内における現在の経済安全保障政策アプローチの調整は、政治家に独自の課題を突き付ける。従来の「2+2」の枠組み(米国側は国務省・国防総省、日本側は外務省・防衛省が参加する閣僚級会合)は、極めて円滑な枠組みへと発展した。日米両国は、長官/大臣レベルから次官補代理/審議官レベルで2+2の会合を定期的に開催しており、両国の国家安全保障会議(NSC)事務局は2+2プロセスを活用して閣僚級会合で特定された政策目標の推進を図っている。

 現在の(外交・安全保障政策)2+2の枠組みが、必ずしも今日ほど権威や包括性があったわけではないことは指摘する価値がある。かつては安全保障協議委員会と知られた本来の2+2は、日米両国が日米安全保障条約に署名した1960年にさかのぼる。数十年間にわたって、安全保障協議委員会の主な焦点は在日米軍基地の政治的・兵站的問題に関するものであり、米国側の代表は通常駐日大使と在日米軍司令官であった。しかし、冷戦が終わり、日米両国が「共通課題(Common Agenda)」を拡大したとき、両国は委員会の地位を高め、委員会は対北朝鮮や中東における新たな課題に対するより広範な外交戦略の調整の場となった。今日では、ウクライナがロシアによる侵攻を退ける支援をするための政策を調整する上で不可欠である。

 外務・防衛の官僚間でこれらの政策問題に関する主導権を分け合う過程は必ずしも円滑ではなかった。特に日本側では、数十年間にわたって外務省がこの政策空間を独占していたためなおさらであった。本来の2+2が30年前にそのポートフォリオを広げたとき、そしてその後2007年に防衛庁が省に昇格したとき、多くの外務官僚は同盟問題に関して主導権を分け合うことを望まなかった。しかし、協力することによって全体としてアクセスが拡大し、リソースが増え、全当事者に利益となる戦略を策定・実施できると理解したとき、こうした消極的姿勢は次第に薄れていった。

 2021年、一部の日本の政治家は、2+2のプロセスを利用して「経済政策」を取り上げ、日米両国による経済安全保障の調整に役立てることを提案した。しかし現状、2+2の議題は多く、主要な経済的ステークホルダーを従属的地位に追いやるおそれがあった。サイバーセキュリティー、データガバナンス、輸出規制、投資規制やサプライチェーンの強靱性に関する合意された手続きを整理するには、多くのさまざまな省庁の専門知識と権限が必要である。2+2の枠組みは、大きな目標を立て、マクロレベルでの共通戦略を策定する上では役に立つかもしれないが、よく言われるように「悪魔」は細部に宿るのである。

 結果として、日米両国は経済安全保障問題に特化し、関係省庁を関与させる形で2+2のような新たな枠組みを設置することについて議論した。しかし、関係するステークホルダーを真に代表する指導者集団を設置しようとすれば、手に負えなくなるおそれがある。最低でも、両国は「3+3」アプローチを採ることになり、国務省、商務省とおそらく国土安全保障省かエネルギー省が、日本の外務省、経済産業省(METI)、総務省(MIC)と調整することになる。その組み合わせに一定の二国間・地域の貿易問題を追加するのであれば(おそらくそうするだろうが)、米通商代表部(USTR)が主導的役割を担うと主張するだろう。二国間の2+2会合の予定を立てるだけでも大変なのに、3+3(あるいはそれ以上)の組み合わせは特に困難になるだろう。しかも、ここには他の重要なステークホルダーである米国のエネルギー省、司法省、国防総省や財務省、日本の財務省、文部科学省、防衛省や法務省が含まれてすらいない。妥協が必要であった。

 日米高官は、最終的に日米経済政策協議委員会(通称経済版「2+2」)という二国間の政策調整を協議する場を新設することで落ち着いた。同委員会は、2022年1月のバイデン大統領と岸田総理のテレビ会談で明らかにされた。現代にはこのような新たなアプローチが必要であり、経済版「2+2」により、二国間の貿易・経済政策の調整を改善することが可能でありプラスの効果があるだろう、と両国で高い期待が寄せられている。しかし、成功するためには主導権の分け合いに不慣れな省庁間でこれまでにない共同の努力が必要であり、民間部門との緊密な調整も必要である。今回の同盟管理の再構築を米国側で機能させることは最も大きな課題かもしれない。

 関連する政策官庁やステークホルダーの数が単純な2+2よりはるかに多いため、経済版「2+2」の立ち上げを成功させるのは難しいだろう。前述のとおり、USTRは地域の貿易問題に対処するいかなる新たな二国間の枠組みにおいても主導的役割を担うべきだと考えている。エネルギー省、財務省、国土安全保障省も経済版「2+2」の議題に関心がある。当然、これらの省庁は将来の二国間協議に貢献するよう求められるだろうが、商務省や国務省はこれらの省庁を真のパートナーとして扱うだろうか。それとも下に見るだろうか。商務省高官の中には、国務省と主導権を分け合うことに消極的な者もいる。METIのみを直接相手にして問題に取り組みたいと考えているからだ[3]。商務省はまた、日本に関する専門家が比較的少なく、この点において国務省に対し引け目を感じるかもしれない[4]。

 商務省の実務レベルの官僚がまだ理解していない可能性があるという事実は、経済版「2+2」の長期的な潜在的可能性と、「2+2」が二国間、地域、場合によっては一部のグローバルな目的さえ達成する能力をどうすれば高められるかということである。本来の2+2の地位が1994年に向上して以来、立場や権威が高まったように、経済版「2+2」は経済安全保障や関連政策問題のための主要な二国間政策調整ツールとなる可能性がある。そうなれば、多様な官僚集団が、二国間の問題に対処するだけでなく、世界第一位と第三位の経済大国としての影響力を利用して、他のクアッド諸国や欧州連合との広範な調整を支援できるかもしれない。

 経済版「2+2」の議題は、重要技術のサプライチェーンの強靱性、輸出規制や投資規制のための政策と実施の連携、可能であれば新興技術における競争力強化における連携(基礎科学や応用研究開発への支援を含む)など、一部の主要な経済安全保障問題が中心となるだろう。日米両国がこうした協力をデュアルユース技術や国防イノベーションの推進にまで拡大できるかはまだ定かではない。というのも、デュアルユース研究やテクノロジー・スタートアップに対する国防予算の支出に関する両政府のアプローチが法的・政治的に異なるため、事態が複雑になるからだ。

 現在の市場変動や、ロシアに対する輸出規制(日米両国や欧州にも影響を及ぼしている)を踏まえれば、エネルギー安全保障はより重要な議題となっている。他の優先課題としては、安全で信頼できる通信の展開(特に5GやオープンRAN技術)やサイバーセキュリティー戦略が挙げられる。後者二つの問題は、最終的にかつての国際的な「クリーン・ネットワーク・イニシアチブ」や、バイデン政権が潜在的な「インターネットの未来のための同盟」として検討してきたものへとつながる可能性がある。これらの問題の一部は、バイデン政権のインド太平洋経済枠組み(IPEF)と関連付ける上で重要となる可能性があるため、IPEFの構築と実施も二国間の議題となる可能性がある。

 もちろん、いかなる官僚的プロセスも常に一般的な政治的現実を受け入れざるを得ない。これはすなわち、前述の中国や経済安全保障政策を巡る米国の政治的対立が、純粋に実務的な解決の取り組みを阻害するということである。例えば、日本がIPEFの要素を既存の環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)と結び付けようとすれば、米国から反発を受ける可能性が高い。米国の政策が国連海洋法条約や包括的核実験禁止条約と整合性がとれていることを踏まえれば(両条約とも上院未批准)、代わりとなる拘束力の低い合意であれば実現可能性が高くなるかもしれない。さらに、一部のサプライチェーン強靭化イニシアチブにおいては、一定の「国内調達」条項や、特定産業による関連する政治的影響力を受け入れざるを得ない可能性もあるだろう。

 最も重要なことは、21世紀においてわれわれが直面している最も重大な安全保障問題の一部に対処するために、十分に機能する省庁間の同盟調整メカニズムを構築する貴重な機会が目前にあることを両国の政治家が認識することである。2+2は名目上、二人の閣僚のみが主導するものであるが、むしろ継続的に政治家と民間の指導者を関与させるという共通の目的意識を持った官僚組織全体にわたる共同の努力とすべきである。この目的に向けて、経済政策協議委員会は、鍵となる経済団体、例えば全米商工会議所、在日米国商工会議所、経団連、経済同友会などを定期的に関与させてもよいだろう。これらの団体は、既存の二者間の関与において、経済版「2+2」への支援を調整することができる。

 21世紀の新たな課題に対処するため、今日の日米同盟には、強力で結束力のある日米経済政策協議委員会が必要である。経済安全保障、半導体、パンデミック対策などの問題は、いずれも新たな政策パートナーシップと官民協力を必要としている。官僚が経済版「2+2」を自身の優先課題について協力して対応する上で役に立つ、優れた議論の場として認識するようになれば、新たな経済政策協議委員会はその潜在能力を発揮するようになるだろう。

(2022/07/22)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
【Shaping the Pragmatic and Effective Strategy Toward China Project:Working Paper Vol.10】China and the New Role for Economic Security in the US-Japan Alliance

脚注

  1. 1 「イノベーション・競争法」案は2021年6月に上院を通過したが、下院は上院案を可決せず、「米国競争法」という独自の法案を作成し2022年2月に可決した。本稿執筆時点では、両法案はいまだ一本化されていない。
  2. 2 2020年3月30日に新アメリカ安全保障センターで開催された公開フォーラム「同盟イノベーションの基盤構築(Forging an Alliance Innovation Base)」におけるマイケル・ブラウン氏とのインタビューに基づく。
  3. 3 2022年2月18日に筆者がNSC職員やプロセスに関与した他の人々に対して行ったインタビューに基づく。
  4. 4 同上。