半島情勢の急展開と歴代最高支持率で就任1周年を迎えた文在寅政権の思惑

 朝鮮半島情勢は、平昌オリンピック閉幕からわずか3ヶ月の間に、通算3回目となる板門店での南北首脳会談が実現しただけにとどまらず、史上初となる米朝首脳会談開催まで決まり急展開した。4月27日に行われた南北首脳会談の際に、韓国の文在寅大統領が金正恩国務委員長を出迎えた板門店の共同警備区域内にある南北境界線は、昨年11月13日に北朝鮮軍の兵士一名が脱走し、それを防ごうとする北の警備兵らによる銃撃が行われた場所とは目と鼻の先にある。それから半年も経たずに、金正恩国務委員長自らが笑みを浮かべながら軍事境界線を越えるとは誰も予想しなかったはずだ。こうした急激な南北関係の変化に韓国国民は前向きな反応を示した。南北首脳会談直後の世論調査において、「北朝鮮を信頼できる」と回答した人が65%にまで達したのである[1]。

 南北首脳会談の成果として板門店宣言が発表されたことを受けて、韓国政府は2015年8月以来続けてきた軍事境界線付近での大型拡声器による北への宣伝放送を中止した。北側も同様に対南宣伝放送を停止しただけではなく、北朝鮮の標準時を996日ぶりに日韓の標準時と同じに戻す[2]など、南北双方で板門店宣言に基づく緊張緩和措置を具体化する行動がとられた。

 韓国としては、これほどまで短期間に北側が軟化するとは期待していなかったのかもしれない。米朝会談が実現するまでの間「仲裁者」としての存在感をいかんなく発揮し、米朝会談が実現した後も影響力を持ち続けたいという思惑を持っていたに違いない。

 そのような中、先月6日で文在寅政権は発足1年を迎えた。韓国ギャラップの調査によれば、南北首脳会談前に7割台だった支持率が8割(83%)を超え、発足当時の支持率にほぼ戻るという歴代大統領が成し得なかった記録を残した[3]。前回(2018年2月)の拙稿で注目した保守層の支持はほぼ倍(36%→66%)となり、政権発足時の値にまで回復した。政権支持層である進歩層の支持率は97%である[4]。地方選挙[5]と国会議員補欠選挙が予定される米朝首脳会談の翌日の6月13日に実施されるのを前に、与党支持率が野党保守政党などと比べて抜きん出ている。文政権としてはこの勢いをあと数週間大切にしたいところだろう。

東アジア

米韓双方での在韓米軍関連発言を巡る動き

 日本のゴールデン・ウィークの最中に、米韓関係に緊張が走る出来事が立て続けに起きた。南北首脳会談直後の4月30日に、文正仁(ムン・ジョンイン)韓国大統領外交安保特別補佐官が米外交誌『フォーリン・アフェアーズ』への寄稿文[6]の中で、「(北との)平和協定が結ばれた後は、韓半島において在韓米軍駐留を正当化することは難しい」と述べた。これに対して、韓国保守系メディアは一斉に「妄言だ」と反発した。米韓相互防衛条約上、在韓米軍が抑止のために存在する理由は「いずれかの締約国に対する太平洋地域における武力攻撃」が対象と規定されていて、朝鮮半島だけに限定されている訳ではないからである。

 これに対して青瓦台(大統領府)はすぐに火消しに動いた。5月2日に報道官が文在寅大統領の言葉として、在韓米軍については「韓米同盟の問題」とし、「(朝鮮戦争の休戦協定から転換される)平和協定の締結とは何の関連もない」と述べた。また、任鍾晳(イム・ジョンソク)秘書室長が文特別補佐官に対して、この文大統領の言葉を電話で直接伝えたとされる[7]。その後、文特別補佐官自身も「平和協定締結後にも北東アジアの戦略的安定と韓国国内の政治的安定のために在韓米軍の持続的な駐留が望ましいと思う[8]」と明らかにして自ら事態の収拾に乗り出したのである。

 しかし、文特別補佐官は従来から政府高官という立場にありながら、「個人的な見解」として行う発言が波紋を広げてきたことで有名な人物だ。例えば、平昌オリンピック開催を前に、「北朝鮮は核とミサイル活動を中止し、韓米軍事訓練の縮小・中断を考慮する必要がある」と発言したことがある。これに対して韓国政府は「文特別補佐官の発言は学者としての所信」と一旦は回答したものの、最終的に韓米連合訓練は規模が縮小された。また昨年9月には、宋永武(ソン・ヨンム)国防部長官が国会で「斬首部隊創設」について言及した際、文特別補佐官が「斬首部隊とは非常に不適切な表現」と発言すると、宋長官は「文補佐官は学者の立場で騒いでいる。嘆かわしい」と批判したが[9]、大統領府は宋長官を厳重注意し、その後国防部側がメディアに対して「斬首部隊の名称を使わないで欲しい」と要請してきたとされる。今回の文特別補佐官の発言も常識はずれの妄言ではなく、政権の真意であり、いずれ将来的に実現してしまうのではないかと訝しむ声もある[10]。

 韓国での騒動と時を待たずして、5月3日付のニューヨーク・タイムズ紙が、「トランプ大統領が米朝首脳会談を控え、米国防総省に在韓米軍兵力縮小オプションを準備するよう命令した」と報じた[11]。この報道に対して、米国防総省は聯合ニュースの書面取材に対して、「韓国での任務は変わりなく、我々の兵力態勢にも変化はない」と明らかにした[12]。4日にはボルトン米国家安全保障問題担当大統領補佐官がホワイトハウスで韓国の鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安全保障室長と会談し、在韓米軍の規模を維持することを再確認した。11日に行われた米韓外相会談後の記者会見の席上で、康京和(カン・ギョンファ)外交部長官は「会談において在韓米軍削減についての協議は行われなかった」と説明した[13]。米韓両国が揃って今回の騒動の鎮静化を図ったのである。米朝首脳会談実現へ向けて、両国が水面下で一進一退の攻防を繰り広げている中で、米韓の連携に綻びが生じないように細心の注意を払っているように見える。

板門店

戦時作戦統制権返還を巡る米韓の認識ギャップ

 こうした一連の文特別補佐官の在韓米軍を巡る発言への対応を見ても、文在寅政権が現時点において在韓米軍撤退を望んでいないことは明らかである。その背景には、北朝鮮の非核化へ向けた米韓の連携強化があるだけでなく、韓国が進める独自の国防力増強策が未だ道半ばであることが大きい。一方で、両国間の長年の懸案である平時における戦時作戦統制権の米軍から韓国軍への返還については、昨年10月の米韓安全保障協議会(SCM, Security Consultative Meeting)において、「来年(2018年)のSCMまでに返還計画を共同で補完・発展させていくこと」で合意して以来、文政権はその実施のための準備を加速させてきたとされる。

 こうした返還への韓国側の積極的な動きに対して、これまで米国側は一貫して消極的とされてきた。現政権以前の9年間の保守政権では、時間の経過と共に返還への動きが鈍くなる反面、北朝鮮の脅威が増して、結果として2014年10月に「韓国側の条件が整えば返還」としながらも、事実上の無期限延期に至った経緯がある。今後たとえ返還が実現したとしても、韓国が望む自軍主導の新たな米韓連合司令部において、歴史上一度も他国の軍隊の指揮下に入ったことがない米軍(小規模な部隊を除く)が、韓国軍の指揮下に入るなど考えられないというのが一般的な見方だ。

 しかし、それでも韓国側は返還への動きを加速させているとされる。今年3月、国防部傘下の国防広報院が発行する『国防日報』によれば、韓国陸軍の特殊作戦司令部(特戦司)関係者が「未来の特戦司は韓国軍主導の連合・合同特殊作戦司令部として、米軍特殊戦戦力を効率的に作戦統制することができる指揮体系を構築し、我々の空軍と海軍の特殊作戦戦力を平時においても作戦統制・訓練させることができるシステムを発展させていく」と発言したとされる[14]。在韓米軍の主要兵力である陸軍はおろか、特殊作戦戦力までもが韓国軍の指揮下に入るとは到底考えられないにも関わらず、このような踏み込んだ話が表に出てきている。

 こうした韓国側の動きに対して、米国側は韓国側が望む米韓未来司令部副司令官には中将が、国連軍・在韓米軍司令官は大将が兼務し、既存の米陸軍第8軍隷下の在韓米陸軍部隊が未来司令部の指揮下に、有事の際の圧倒的多数の増派兵力は国連軍・在韓米軍司令官の指揮下に入るとする「並列型指揮体系」が採用されるのではないかとの報道も出た[15]。また、最近の動きとして、米軍は統制権返還と米韓連合軍司令部解体に備えて、カナダ軍やオーストラリア軍の人員を増やして、国連軍司令部機能を強化しているのではないかとの分析もある[16]。

このように、米韓の間で意見の隔たりがあるとわかっていながら、韓国が戦時作戦統制権返還と韓国主導の新しい司令部創設にこだわるのはなぜだろうか。盧武鉉大統領以来の進歩層に存在する「自主国防の精神と米国からの依存脱却」というマインドセット以外に、「国防費増額による国防力増強ができるこの時期を逃すまい」とする政権の考えが根底にあるのではないかと推察する。さらに、これを可能とする政治力が任期2年目のまさに今、国民の8割からの支持も得て盤石であることも作用していると考えられる。

 ここのところ、我々は米朝首脳会談の行方に目を奪われがちだが、我が国の安全保障に極めて重要な要素の一つである米韓同盟の動向についても注意深く見守る必要がある。