エチオピア、スーダン、ウガンダの衝撃
アフリカ東部が安全保障上の危機に瀕している。エチオピアでは同国北部ティグライ州を基盤とするティグライ人民解放戦線(TPLF)らと政府軍との武力衝突がつづく。一部の国連職員や欧米諸国の外交官はエチオピア政府から退去を命じられた。難民が隣国エリトリア、スーダンを行き来し、政府軍・TPLF双方による非人道行為も報じられている。首都アディスアベバは、アフリカ連合(AU)や国連アフリカ経済委員会(ECA)の本部もある地域外交の中心だが、そこまで戦闘が及ぶのか、世界がかたずをのんで見守っている。
スーダンでは10月25日にクーデターが発生し、ハムドク首相が自宅で拘束された。市民は首相の解放後、彼が軍部と手打ちをしたのではないかとデモを行っている。さらにウガンダでは、首都カンパラで10月25日に飲食店、11月16日には政府機関付近で連続自爆テロが発生し、それぞれ死傷者が出た[1]。ISが犯行声明を出したと報道されているが、正確には1990年代半ばにウガンダでイスラム法に基づく国家建設を掲げ結成された「民主同盟軍」(ADF)によるものである[2]。
前編で述べたとおり、主要国が「自由で開かれ」、かつ「安全な」インド太平洋を志向する中、アフリカはパートナーというよりも、暴力的過激主義や海洋安全保障の課題が発生する場と認識されている。他方、アフリカの現状に鑑みれば、このようなアフリカに、主要国は踏みとどまれるだろうか?今回はアフリカからみたインド太平洋を踏まえ、日本がとるべき政策と連携すべきパートナーを論じる。結論からいえば、主要国は、自由で開かれたインド太平洋(FOIP)の追求において、アフリカをパートナーと位置付け、かつ、安全保障に注力すべきである。その中で、日本は価値を共有する国々と連携し、アフリカ諸国とともに自由で開かれた「安全な」アフリカを追求することが、FOIP促進につながると考えるべきである。
アフリカにとっての欧米による自由で開かれた安全なインド太平洋シフト
アフリカ自身のインド太平洋に関する戦略はいまだ不明確である。現時点ではAUおよびアフリカ諸国は独自のリアクションを打ち出してはいないが、日本のFOIPがTICAD6で表明され、TICAD7でも継承されていることに鑑みれば、日本に対する警戒は特にないだろう。ただし、主要国のインド太平洋戦略においてアフリカは「脇に追いやられて」おり、中国の存在感が増す中、アフリカ自体がインド太平洋に関し主張すべきとの指摘もある[3]。その際に軸となり得る枠組みとしては、フランスのインド太平洋戦略でも言及のあった環インド洋地域協力連合(The Indian Ocean Rim Association for Regional Co-operation: IOR-ARC)が挙げられている。たとえばインド洋に面するケニアおおよびタンザニアも外交政策においてIOR-ARCを通じたインド洋諸国の地域連携を促進するとしており[4]、主要国がインド太平洋戦略においてカウンターパートとなりうる組織である。
もっとも、AUはかねてより、自由で開かれた「安全な」インド太平洋に関連する個別政策を打ち出している。海賊対処をはじめとする海洋安全保障については、2016年にAU総会で「海洋安全保障・治安・開発に関するアフリカ憲章(ロメ憲章)」を制定した[5]。2012年には開発や漁業、環境を含むより広範な「2050アフリカ統合海洋戦略(AIM-Strategy)」を策定済みである[6]。
アフリカ側からみると、主要国のインド太平洋シフトは、特に安全保障への関与減少がリスクとなる。たとえば、暴力的過激主義対策に関し、ロシアの民間軍事会社「ワグネル」による中央アフリカ共和国やマリへの進出は、欧州諸国によるサヘル地域関与の退潮と並行しており、懸念が広がっている。後述の中国アフリカ協力フォーラム(FOCAC)の機会をとらえ、セネガルのタルサル外相は、サヘル地域での安全保障に中国がより関与を深めることへの期待を表明した[7]。ロシアはバシール政権時代のスーダン政府とポート・スーダン港に軍事拠点を建設することについても合意している[8]。バシール大統領の失脚後、新政権下でこの計画がスーダン政府側より見直されたことでとん挫しているが、ロシアが紅海の要所である港に軍事拠点を持つ計画はアフリカ東岸における緊張を高めかねない。
攻勢をかける欧州、米国、中国
こうした中、ブリンケン米国国務長官は11月15日から20日にケニア、セネガル、ナイジェリアを訪問した[9]。ケニアではエチオピア情勢がスーダンにも波及することを懸念し、ナイジェリアでは米国がアフリカ諸国に対し過剰な債務を負わせない投資を行うと述べた[10]。19日にはホワイトハウスが2022年に第2回米国アフリカサミットを開催することを表明している[11]。さらに米国は12月9日よりバイデン大統領の提唱で「民主主義サミット」(Summit for Democracy)をオンライン開催した。アフリカからは17か国が招待されたが[12]、サミットの成果は不透明である。
ブリンケン米国国務長官が一足先に訪問したセネガルでは、11月30日からダカールでFOCACが開催された。このフォーラムは、2000年に北京で始まり、今回で第8回を数える。オンライン出席した習近平国家主席は、アフリカに対し10億回分のワクチン供与を発表した[13]。それに先立つ11月26日、AUは中国出資のアフリカ疾病予防管理センター(Africa CDC)本部の第一期工事終了を報じている[14]。2021年6月には、タンザニアが中国とダルエスサラーム港の共同開発を復活させることを表明した[15]。ダルエスサラーム港はインド洋に面し、インド太平洋の物流およびアフリカ域内のハブ港として極めて重要な港である。
EUも10月26日にルワンダのキガリでAU委員会との第2回閣僚級会合を開催し、EU執行機関・欧州委員会がアフリカをはじめとする新興国へ投資を拡大することを発表した[16]。注目すべきは、会合の冒頭発言したンサンザバガンワAU委員会副委員長が、AUのアフリカ安全保障アーキテクチャ(APSA)に対するEUからの支援を強調した点だ。副委員長は、安全保障分野におけるAU・EU協力枠組みがさらに進化することに期待を表明した[17]。
フランスも10月8日にモンペリエでフランス・アフリカサミットを開催した。ただし、1973年の開始以降初めて、サミットに出席したのはアフリカ諸国首脳ではなく3000人の若者であった[18]。フランス側の意図とアフリカ諸国の反応は定かでない。英語圏のアフリカ人も招くなどマクロン大統領の「新しいフランス・アフリカ関係」模索が打ち出された一方、背景としては9月25日の国連総会でマリの首相がフランス軍のサヘル地域撤退を非難したことや、アルジェリアとの歴史認識問題といった「タフな」文脈もあると指摘する声もある[19]。
日本のFOIPが試されている
以上に鑑みれば、日本のFOIPが、明確にアフリカを含んでいる以上、その真価が問われている。自由で開かれた「安全な」インド太平洋のためには、必ずしもFOIPと明示的に関連付けて実施されていない以下の政策を、アフリカ諸国・組織とともに、価値を共有する主要国と連携しつつ実施することが必要だ[20]。
まず、日本は開発援助をFOIPとも関連付けて実施することが肝要である。暴力的過激主義対策で重要な施策は、貧困や脆弱な社会基盤に対処し社会的不安定を減じていくことだからだ。例えば、FOIPでもしばしば言及されるケニアのモンバサ港をめぐっては、東アフリカ諸国にとって悲願の鉄道敷設プロジェクトに出資した中国の債務に苦しむケニアをもって、単純に中国の一帯一路に組み込まれ「債務の罠」に陥ったとみることへの警鐘もある。中国とアフリカ諸国は、冷戦期より非同盟諸国として連帯するなど強い歴史的紐帯をもつという点も忘れてはならないだろう。
他方、ウガンダがエンテベ国際空港の対中債務不履行に陥った場合、中国が同空港を「没収する」可能性も報じられ、中国側はこれを否定している[21]。実は、エンテベ国際空港は、国連の平和維持活動で不可欠な調達や訓練を行う地域サービスセンター(RSCE)、通信学校なども併設され、アフリカにおける国際平和活動(PKO)の拠点となってきた。日本はかねてより、PKOへ要員を提供するアフリカ諸国に対し訓練提供や資金拠出などの支援を行ってきた。しかし、日本は2017年の南スーダン共和国ミッション(UNMISS)撤収以降、部隊レベルのPKO要員派遣は行っていない。英国・フランスのように外交・安全保障面で常にアフリカの安全保障に関与してきたわけではなく、中国のようにアフリカへ展開するPKOへ大規模な要員・予算を提供しているわけでもない。さらには、EUのように多国間でアフリカの安全保障に関わる枠組みも有していない。PKOはアフリカの安全保障にマルチに関与する貴重な機会であり、日本の関与拡大が求められる。
海賊対処は日本が自由で開かれた「安全な」アフリカの促進に関与してきた一例である。日本は2009年以来、EU、NATOなどとともに、ソマリア沖海賊対処に従事してきた。近年、西アフリカ沿岸で海賊行為が増加しているのに加え[22]、アフリカ東岸についても、12月3日に国連安全保障理事会が国連憲章第7章を適用し、ソマリア沖海賊対処を継続する決議を採択したばかりである[23]。2020年に日英合同でケニア沿岸警備隊に対しモンバサ港で実施した共同訓練のように、日本は価値を共有する国々と連携しつつ、アフリカ諸国の能力構築支援を継続的に行うことが求められる[24]。
アフリカにおける「法の支配」促進も重点分野だ。日本はアジア・アフリカ法律諮問委員会(AALCO)[25]への人的・財政支援を継続してきた。AALCOは国際法に関しアジア・アフリカ諸国で構成する唯一の政府機関であり、中国、北朝鮮を含むアジア・アフリカ諸国が加盟している。このような「法の支配」を基盤としたルール形成の場を継続的に支援していくことは、目立ちにくいながら重要である。
喫緊のCOVID-19対策もFIOPと関連付けて実施すべきである。日本政府はCOVAXに2億ドルを供与し、2021年4月にはアフリカ25か国および中南米諸国に対するコールド・チェーン整備のための緊急無償資金協力も行っている[26]。しかし、アフリカ諸国のワクチン接種率は低く、その原因として国際的なワクチン分配がアフリカに対し十分に行われていないという指摘もある[27]。FOIP実現には自由で開かれた「安全な」人の移動が必要であり、感染症対策はその基盤である。
そして最も重要なのは、何のためのFOIPかという原点である。自由で開かれた国際社会をできるだけ多くの国と共有することが日本の目的ならば、インド太平洋に面するアフリカ大陸の安全保障をFOIPに組み込むことは自然であり不可欠である。
(2021/12/14)
脚注
- 1 “Uganda: One killed in bomb attack at Kampala bar,” BBC News, October 25, 2021.; Elias Biryabarema, “Three suicide bombers kill three, wound dozens in Ugandan capital,” Reuters, November 17, 2021.; Peter Fabricius, “Uganda terror attacks point to deeper Jihadi coordination,” ISS Today, November5, 2021.
- 2 公安調査庁「民主同盟軍(ADF)」。筆者は2018年5月に調査で現地を訪れたが、近隣国でのテロ発生により警戒されてはいたものの、自爆テロが発生するような不穏な様子は感じなかった。ただしエンテベ国際空港からカンパラ市内に至る幹線道路には中国企業による出資で整備されていることを示す看板が等間隔に掲げられていた。同じ調査でカンパラの前に訪れたアディスアベバと同様、中国がアフリカのインフラ整備に深く関与していることが誰にでもわかるようになっていた。
- 3 Denys Reva, “Africa must stake its claim in the Indo-Pacific,” ISS Today, May 19, 2021.
- 4 Ministry of Foreign Affairs of Kenya, “Multilateralism.”; Ministry of Foreign Affairs of United Republic of Tanzania, “Tanzania Foreign Policy the Case of Economic Diplomacy.”
- 5 The Extraordinary Session of the Assembly of the AU, “AFRICAN CHARTER ON MARITIME SECURITY AND SAFETY AND DEVELOPMENT IN AFRICA,” October 15, 2016.
- 6 AU, “2050 Africa’s Integrated Maritime Strategy,” 2012.
- 7 Asia Jane Leigh, “The Dragon’s Game in the Sahel,”ACCORD, December 10, 2021.
- 8 「ロシア、スーダンに海軍拠点計画 アフリカに再進出へ」日本経済新聞オンライン、2020年11月12日。
- 9 Michael Crowley, “China’s Influence Looms Over Blinken’s Africa Visit,” New York Times, November 19, 2021.
- 10 John Hudson, “Blinken lays out U.S. policy toward Africa and deliberately avoids mentioning China,” Washington Post, November19, 2021.
- 11 The White House, “President Biden to Host Second U.S. – Africa Leaders Summit,” November 19, 2021.
- 12 U.S. Department of State, “Summit for Democracy: Invited Participants.”
- 13 Edward Mcallister and Tom Daly, “China’s Xi pledges another 1 bln COVID-19 vaccine doses for Africa,” Reuters, November 30, 2021.内訳としては、無償供与が6億回分、現地生産が4億回分である(「第8回FOCAC開催」東京外国語大学現代アフリカ研究センター『今日のアフリカ』2021年12月4日)。
- 14 AU Press Release, “AFRICA CDC HEADQUARTERS CONSTRUCTION FIRST PHASE ACCOMPLISHES,” November 26, 2021.
- 15 Ken MORIYASU, “Tanzania to revive $10bn Indian Ocean port project with China,” Nikkei Asia, June 27, 2021.
- 16 AU “Statement delivered BY H.E. Dr. Monique Nsanzabaganwa Deputy Chairperson of the Commission at the opening Ceremony of the 2nd AU – EU ministerial Meeting,” October 26, 2021.
- 17 「EU、新興国に38兆円インフラ投資計画…中国の「一帯一路」に対抗」読売オンライン、2021年12月1日。
- 18 “Macron seeks to rejuvenate relationship with Africa at summit,” France 24, October 8, 2021.
- 19 Francois-Xavier Poirot, “Africa-France Summit 2021: A Real Revival or a Trick?” Modern Diplomacy, November 1, 2021.
- 20 秋元一峰「第 6 節 「アフリカの角」の地政学的重要性─海洋安全保障の視点から」日本国際問題研究所『令和元年度外務省外交・安全保障調査研究事業 反グローバリズム再考─国際経済秩序を揺るがす危機要因の研究─』2020年3月。
- 21 “China rejects allegations it may grab Ugandan airport if country defaults on loan,” Reuters, November 29, 2021.
- 22 外務省「ギニア湾における海賊問題の現状と取組」2020年6月25日。; 「ソマリア沖・アデン湾における海賊問題の現状と取組」2020年6月25日。
- 23 UN Doc. S/RES/2608, 3 December 2021.
- 24 在ケニア日本大使館「ケニア沿岸警備隊に対する日英共同訓練の提供」2020年1月31日。
- 25 『外交青書』(令和元年版)2019年。
- 26 外務省「中南米諸国・アフリカ諸国に対するコールド・チェーン整備のための緊急無償資金協力について」2021年4月27日。
- 27 白戸圭一「『アフリカの接種率3%』の現実 自国のワクチンだけを見ていては国益を損ねる」GLOBE+、2021年9月16日。