新型コロナウイルスの猛威が世界各地で席巻中である。そんな中、このコロナ危機後の世界秩序の行方について、世界の有識者の間で活発な議論が既に始まっている。一連の議論の嚆矢となった米国の有力外交・国際問題専門誌「フォーリン・アフェアーズ」誌掲載論文の “The Coronavirus Could Reshape Global Order”(コロナウイルスが変える世界秩序)[1]は、英国から米国への世界覇権の移行を決定付けた1956年のスエズ危機を例に、世界秩序は当初ゆっくりと、そしてある時、突如として変化する傾向があるとし、もし、米国がこのコロナ危機の克服の為に世界の指導国としての役割を果たせなければ、これは米国にとってのスエズ危機になり得ると論じた。その上で、米トランプ政権はこのコロナ危機の勃発に際し、国内外でリーダシップを全く発揮できておらず、これを好機として、中国が各国に医療関連物資を支援し、更に、このコロナ危機を乗り越える上で欧米主導の民主主義体制と比較して中国の権威主義体制の優位性を喧伝するなど、米国に代わり世界の指導国の立場を確立すべく、積極的な動きを展開していると警鐘を鳴らした。

 本稿では、米トランプ政権が各種戦略文書の中で、中国と共に米国主導の世界秩序に対する「現状変更勢力(revisionist power)」と位置付けるロシアが、コロナ危機後の世界秩序、取り分け世界の指導国の立場をめぐる米中二大国間の争いの行方をどう見据え、そこにおいてどのような戦略的ポジションを確保しようとしているのかについて論じる。

新たな米中二極体制の形成が加速化

 まず、ロシアの著名な外交・安全保障問題評論家でカーネギー・モスクワ・センター所長のドミトリー・トレーニンは「コロナウイルスのパンデミックが引き起こした危機はまだ初期段階だが、既に明らかなのは、これが世界それ自体を変えているのではなく、それ以前に進行していたプロセスを強化しているということだ。このプロセスは世界秩序の変化へと向かっている。最も重要なプロセスは米国と中国の競争激化と新たな二極体制の形成である」と指摘する[2]。

 露国立研究大学高等経済学院欧州・国際問題総合研究センター副センター長で、露大統領府の管轄下にある国際討論クラブ「ヴァルダイ ・クラブ」の有力メンバーのドミトリー・スースロフも「コロナウイルスの流行は複数の国際関係の既存の重要な発展トレンドを止めるのではなく、むしろそれを激化させる強力な触媒の役割を果たしている」とした上で「古い秩序の脱構築が早まっている。この流行以前から発生していた対立や矛盾が激化し、全体的なカオス状態が強まっている。各国でのコロナウイルスとの戦い、これに対する各国の対応、それに伴う世界経済危機が世界での全般的な力の再編を急速に早める。その結果、世界の指導的立場をめぐる葛藤や戦いが強まる。(中略)パンデミックはそのずっと以前に始まっていたその潜在性において他の国々を圧倒する米国と中国という二大パワーセンター形成のプロセスを一層加速化させた。米中の競争は世界の指導国の立場をめぐる対決を想起させる。コロナウイルス以前、“新たな二極体制”が誕生する見通しは技術や経済の分野が主で、軍事分野についてはずっと先のこととして語られてきた。中国は益々自信を持ってグローバルな志向の政策を遂行していたが、世界の指導国の地位を主張することはなかった。どうやらコロナウイルスの流行はこの制限を弱めたようだ。北京は他の世界全体に範を示すと公然と語り始めたと論じている[3]。

ロシアは「民主主義 対 権威主義」の思想戦からは一線を画す

 では、この米中対立の思想的な側面ともいうべき「民主主義 対 権威主義」という対立軸をロシアはどう見ているのか?

 スースロフは「パンデミックはそれ以前に既に始まっていた国際関係の新たなイデオロギー化を促進させた。米国は中国とロシアとの競争を自由と非自由の戦いの新たな幕明けとして提示しようとしている。米国のみならず中国もパンデミックとの戦いを自国の社会経済モデル並びに政治モデルの優位性の証明として提示し、世界に自らの思想拡大の為に利用しようとしている。ロシアはこの思想の競争にはまだ参加していない」と論じる[4]。

 一方、トレーニンは「国家が世界政治における重要アクターとしての立場を取り戻した。国家にとって社会管理の最新ツールがデジタルテクノロジーである。民主主義と権威主義の対立は二次的なものになり、統治の質と効率性の違いがこれにとって変わる」とし[5]、ロシアの国際問題専門誌「世界政治の中のロシア」編集長で、ヴァルダイ ・クラブ研究ディレクターを兼任するヒョードル・ルキヤーノフも「今後、世界政治においてイデオロギー的な要因は二次的なものとなる。欧米では民主主義と権威主義の小競り合いという伝統的な対立軸での議論が続いているが、このような二分法は無意味である。社会や政府のメカニズムの効率性の問題は非常に多くの要因に関連しており、その国の政治体制はそれ程重要な役割を果たしていない。」と指摘する[6]。

 西側諸国ではロシアを中国と共に権威主義国家として一括りにし、自らの民主主義国家と対置することが一般的であり、それ自体は一定の妥当性がある。それにもかかわらず、コロナ危機勃発を受けて、中国が米国への対抗上、自国の政治体制の優位性を主張し始める中、ロシアはこの米中の思想戦からは一線を画している点は注目に値しよう。

新たな米中二極体制におけるロシアの立ち位置

 では、ロシアは来るべき米中二極体制の中でどのような立ち位置を占めようと考えているのか?

 トレーニンは「来るべき米中二極体制は今後数十年間にわたりロシア外交政策にとって主要な挑戦となる。(中略)中国との協商関係(entante)[7]の維持がロシアの利益に資することは当然だ。米国の対立という状況の中で中国は経済・金融・技術面でロシアの最重要のパートナーとなった。ロシアと中国という2つの大国関係はそれぞれの国益と主権国家としての対等な関係という強固な基盤に依拠している。ロシアも中国も国際関係において軍事・政治同盟を締結し、自らの行動の自由を縛る必要性は感じていない。(中略)ロシアは中国との間に経済やその他の分野の可能性において明らかな不均衡があるにもかかわらず、中国とは対等な関係を断固として主張し続けている。(中略)問題は、米国と中国の関係が激化し、新たな二極体制の成立の可能性がますます明白になった状況においても、ロシアがこの形式を維持出来るかどうかである。(中略)ロシアは中国と米国の対立においてポジションを取っていないが、これを全くの部外者として傍観していることも許されない。ロシアは中国と米欧中心の世界秩序の残滓を取り除きたいという点で一致しているが、同時にロシアは中国中心のブロックの一員として暮らしたいとは思っていない。(中略)しかし、現実的には、ロシアの経済・技術・潜在的には金融分野における中国への依存度が急速に高まっている中で、ロシアはやむなく中国外交の流れの追随を余儀なくされる可能性がある」と指摘し、「新たな二極体制においてロシアが中国陣営の一員にならず、ロシアの国家性に取って極めて重要な国際的な勢力均衡を維持する為には、ロシアは中国への依存度を低下させ、欧州・インド・日本他の経済・金融大国との関係を発展させる必要がある」と論じている[8]。

 スースロフは「主権国家の役割が高まっていること、自国の発展モデルを自由に選択し、独自外交の遂行を志向する国が益々増えていること、国際関係の民主化の流れが続いていることなどから、冷戦時代のような古典的な二極体制が復活する可能性は低い。だが、何れにせよ、ロシアを含む他の国々は二大超大国の間の激しい競争に特徴付けられる世界における自らの立場について熟考しなくてはならない」とし、「(米中二極体制の形成トレンドと並行して)中期的にはグローバルな脅威との戦いなどで、(米国陣営と中国陣営といった)ブロック的なアプローチに制限されない多国間協力への需要が高まる。(中略)このようなトレンドはチャレンジでありチャンスでもある。ロシアも新たな世界秩序の作成者であり指導国の一つになり得る一方、周辺化してしまうリスクもある」と指摘する。彼によればロシアがそのようなリスクを回避するには、次のような問いに答えた上で、あるべき形にその外交政策上の優先順位を修正する必要があるという。

  • 米中二極体制が形成される一方で、(米中による)強固なブロックへの加盟を望まない国々が益々増えていく世界において、ロシアはどのような役割を果たすのか?
  • ロシアが果たすその役割は世界の他の国に何を与えることが出来るのか?
  • なぜ、これらの国々は強いロシアに関心を抱かなくてはならないのか?
  • ロシアは米国の中国やロシアへの敵意のレベルを弱め、この対立が軍事衝突や軍拡戦争に発展する危険性を低下させることが出来るか?
  • ロシアは感染症や自然環境の悪化との戦いに貢献することが出来るか?[9]

 さて、スースロフとトレーニンの論考からも明らかなように、ロシアはコロナ危機後の新たな米中二極体制の形成を見据え、短期的には米欧中心の世界秩序を終焉させるべく中国と連携しつつ、中長期では米中のどちらの陣営にも完全には与しない独立した戦略プレーヤーとしての生き残りを目指している。

 その為に、トレーニンは「欧州・インド・日本他の経済・金融大国との関係を発展させ、中国への依存度を下げるべき」とし、スースロフは「米中二極体制が形成される一方で、(米中による)強固なブロックへの加盟を望まない国々が益々増えていく世界において、ロシアが果たすべき役割を見出すべきとそれぞれ提言している。

 ここでトレーニンが挙げたロシアが関係を発展させるべき欧州・インド・日本は、スースロフが論じる冷戦時代のような米中による強固なブロックへの加盟を望まない国に該当するというのが、ロシアの戦略観と言えよう。

 勿論、日米同盟を外交・安全保障上の基軸にしている我が国が米国陣営に属することは言うまでもないが、来るべき米中二極体制下でも経済面では中国との関係は切っても切り離せない。その意味ではロシアの戦略観は必ずしも的外れではない。ロシアもまた欧州・インド・日本との関係強化を通じて、中国からの一定の戦略的な独立性を維持したいと考えているのであれば、コロナ危機後の新たな世界秩序を念頭に、日露両国の間で新たな戦略対話を開始する意義は十分にあるだろう。

(2020/5/1)

脚注

  1. 1 Kurt M. Campbell and Rush Doshi, "The Coronavirus Could Reshape Global Order – China is Maneuvering for International Leadership as the United States Falters,” Foreign Affairs, March 18, 2020.
  2. 2 Дмитрий Тренин, «Как России удержать равновесие в посткризисном биполярном мире», Московский Центр Карнеги. 15.04.2020.
  3. 3 Дмитрий Суслов, «Пандемия не смягчила конфронтацию, а стала одной из ее арен», Коммерсантъ. 07.04.2020.
  4. 4 Ibid.
  5. 5 Дмитрий Тренин, «Вирус и миропорядок», 30.03.2020.
  6. 6 Фёдор Лукьянов, «Китай Открывает Забало», Российская Газета, 31.03.2020.
  7. 7 トレーニンは「戦略的パートナーシップ以上、軍事・政治同盟以下」の状況にある現在露中関係を20世紀初頭の英仏露関係に因んで「協商関係(entente)」という用語で表現している。
  8. 8 Тренин, «Как России удержать равновесие в посткризисном биполярном мире»
  9. 9 Суслов, «Пандемия не смягчила конфронтацию, а стала одной из ее арен»