予算を止める権力
―第二次トランプ政権による執行留保―
梅川 健
第二次トランプ政権は、大統領権力を極めて乱暴に扱っている。そのひとつ、予算にまつわる権力を本稿では検討したい。
第二次政権は、発足直後から対外援助の急激な縮小を進めた。2025年1月20日、トランプ大統領は、対外開発援助の新たな契約や助成の決定と資金の支払いを原則90日間停止し、各事業が新政権の外交方針に合うかを調べるよう命じた。3月10日には、ルビオ国務長官が、国際開発庁(USAID)の事業の83%に当たる約5200件を打ち切ると発表した。翌年度予算の削減を待たず、用意されていた資金を止めたのである。これにより、アメリカの対外援助政策は大きく方向転換した1。
議会と大統領が合意して認めた予算を、大統領が使わずに留保する行為、または使用を遅らせる行為を「予算の執行留保(impoundment)」という。アメリカでは予算は法案の形で決められ、その詳細を定めるのは議会である。大統領は議会の作成する予算法に署名をする。大統領が執行を止められるなら、何に予算を使うか議会が決める意味は薄れる。そして、後から執行留保の違法性が指摘されても、一旦打ち切られた事業や失われた組織が元に戻るとは限らない。
日本でも成立済み予算の執行停止や見直しはあるが、通常は国会多数派に支えられた内閣が予算案を作成し、執行する。成立した予算には内閣の政策方針が反映されやすいため、内閣には、その執行を通じて自らの政策を実現しようとする動機がある。それゆえ、「執行留保」のような場面は、日本ではあまり馴染みがない。
大統領はそもそも予算を自由に止められるわけではない
米国憲法は、国庫からの支出には、議会が法律によって歳出を認めることが必要だと定める。議会は、何にいくらまで支出できるかを定める歳出予算法(以下歳出法)によって、各事業に資金を用意する。ところが、法律が成立した瞬間に、現金が助成先や契約先へ送られるわけではない。行政機関が助成を決めたり、契約を結んだりした後に、ようやく送金される。したがって、最後の送金だけでなく、助成審査や契約の締結の段階で止めても、予算執行は進まなくなる。
もっとも、予算を使い切らないことや支出の遅れが、直ちに違法になるわけではない。予定より安く事業を実施できる場合もあれば、申請の不備を確認するために時間がかかる場合もある。そこで、議会の定めた政策目的を実現するために必要な遅延と、その政策の実現を阻む遅延や停止とは、区別されてきた。
1970年代初め、ニクソン政権は、議会の定めた住宅政策や環境政策に反対し、予算を執行しないという戦術を多用した。これを受けて議会が制定したのが、1974年議会予算及び執行留保統制法(以下執行留保統制法)である。現在、同法は、大統領が政策的な理由で予算執行を延期することを認めず、資金を恒久的に取り消す「予算廃止」には議会の承認を必要とする。大統領が提案しても、法定の45日間に議会が承認する法律が成立しなければ、資金を利用できるようにしなければならない。議会の歳出決定を大統領が単独で覆すことを制限したのである。
議会は「予算廃止」に賛同することもある。実際、2025年7月には、公共放送と対外援助を中心とする約90億ドルの予算廃止が、議会の承認を経て成立している。大統領が削減を提案し、議会がそれを承認する手続きを踏んだので、これは合法である。大統領が議会に承認を求めるなら、議会にはその削減内容を修正したり、拒否したりする機会がある2。
ところがトランプは、この制約自体を問題視してきた。2023年の選挙演説では、大統領の執行留保権を回復すると表明した。大統領のもとで予算を管理する行政管理予算局(OMB)の長官となったラッセル・ヴォートも、就任前の公聴会で執行留保統制法を合憲だとは考えていないと述べた。歳出法に書かれた額は使用可能な上限であり、大統領が不要と判断した支出まで実施する必要はない、という考え方である3。
行政手続を使った資金停止と政策変更
2025年1月27日、行政管理予算局は各省庁に覚書を送り、連邦政府による財政支援について、新たな助成などの決定と資金の支払いを一時停止するよう求めた。多様性施策や環境政策、対外援助などを変更する行政命令に、各事業が整合するかを調べるためだった。州政府や大学、医療機関などに混乱が広がり、訴訟も提起され、覚書は2日で撤回された。
しかし、覚書の原因となった行政命令が撤回されることはなかった。その後政権は、個々の支払いが政権の方針に合うかを、上級職員が文書で確認する手続を設けた。契約の場面では政府都合による解除条項を、助成については機関の優先順位に合わない場合の打切り条項を使った。行政管理予算局による包括的な予算停止の方針を撤回した後にも、個別の契約や助成を扱う手続を通じて、資金を止めようとしたのである4。
例えば、電気自動車の充電設備整備では、議会が各州向けに資金を用意し、各州は法律に従って、その使途を示す計画を連邦政府に提出していた。ところが連邦道路庁は2025年2月、従来の事業指針を撤回し、州計画に対するそれまでの承認を停止した。既存の契約への支払いをすべて止めたわけではないが、各州は新たな事業に資金を使えなくなった。他にも、国立衛生研究所(NIH)についても、研究助成が打ち切られた。議会に属し、予算執行を監視する米国会計検査院(GAO)は、これらの資金留保が執行留保統制法に違反するとの法的見解を示した5。
行政管理予算局は、ほかの手法でも資金を止めた。「予算配賦」は、議会が認めた予算を時期や事業ごとに割り当て、各省庁がいつ、何について、いくらまで支払義務を負えるかを定める手続である。本来は、年度途中で各省庁が資金を使い切り、追加予算が必要になる事態を防ぐために設けられている。
ところが第二次トランプ政権では、一部の配賦文書の脚注に、各省庁が行政管理予算局と支出計画について合意するまで、新たな義務負担を給与関係費や法律上必要な支払いなどに限る、という条件が付された。一部では、支出計画自体にも行政命令など政権方針との整合性が求められた。議会が予算を認めても、それだけでは各省庁は事業を始められない。大統領の政策に適合することが、資金を使い始める条件として組み込まれたのである6。
事業の審査も予算配賦も、本来は予算を適切に使うための手続である。それを、大統領側が、自らの政策方針に沿った政策を実現するための手続きに変えている。歳出法そのものには変更が加えられていないのに、執行の手続を通じて、政策の内容を変えているのである。
違法性の争いの中で失われるもの
予算を止める手法の中には、時間を味方に付けることで、議会の承認なしに予算廃止と同じ結果を得ようとするものもあった。2025年8月末、政権は約49億ドルの対外援助に関わる予算廃止を提案した。政権の解釈では、議会で審議されている間は資金を留保できる。その間に9月30日の会計年度末を迎えれば、資金は失効するという戦略だった。
年度内に適法に助成を決めていれば、実際の支払いは次年度でも行われ得る。しかし、助成を決定しないまま期限を過ぎれば、残った資金を新たな助成には使えなくなる。これが「時間切れ予算廃止」である。米国会計検査院は、年度末まで資金を留保することは法律上認められず、助成などを適切に決定できる時間を確保すべきだと指摘した。
資金を受け取る予定だった団体は、期限までに政府が支払義務を負うよう命じることを裁判所に求めた。連邦地裁は政権にその実施を命じたが、9月26日、最高裁は、連邦地裁の命令のうち約40億ドル部分に関する効力を上訴中の暫定措置として停止した(なお、最高裁は、「時間切れ予算廃止」の適法性を判断したわけではなかった)。年度末まで残されたのは4日であり、対象資金は9月30日に失効した。合法性をめぐる争いの決着を待たず、時間の経過によって、援助に資金を使う道が閉ざされたのである7。
資金が失効しなくても、停止された事業を元に戻すことが難しくなる場合がある。国際開発庁をめぐる事件で、連邦地裁は履行済みの業務への支払いを命じたが、打ち切られた数千件の契約や助成を全面的に復活させることまでは命じなかった。その間に、事業を担う職員や現地との協力関係が失われれば、後から支払いを再開しても、以前の体制を取り戻すことは難しい。研究助成でも、審査や支払いの停止は、雇用や研究の継続を脅かす。予算の停止は、政策や事業を一時的に止めるだけでなく、それを再開させるための体制を損なうのである8。
第二次政権への対抗力
執行留保統制法が長く機能してきたのは、条文の力だけによるものではない。行政機関の法律家や予算担当者は、歳出法や米国会計検査院の法解釈を行動基準として受け入れてきた。議会の歳出委員会も、事前通知や非公式の協議を通じて執行を監督した。省庁が議会の意向を無視すれば、翌年度の予算削減や、より具体的な法的制限が加えられる可能性もあった。裁判所が毎回介入しなくても、行政機関の法令遵守と議会の監督が、予算の執行を支えていたのである。
しかし米国会計検査院の法解釈にも、それ自体で助成や契約を復活させる強制力はない。行政機関がその解釈を尊重し、議会が判断を後押しすることによって実効性が生まれていた。ところが第二次トランプ政権では、行政管理予算局が一部の調査への協力を拒み、同院の結論に従わないよう行政機関に求めている。下院共和党からは、同院自体の予算削減や提訴権限の制限も提案された。成立はしなかったが、監視を担う機関そのものが攻撃の対象になったのである。違法性を指摘する仕組み、監視の仕組みが内側から侵食されている9。
この状況が深刻なのは、トランプ大統領が権限の限界を試しているからだけではない。行政機関が議会の定めた法律を自らの行動基準とし、議会がその執行を監督するという、裁判所の介入以前の仕組みが弱まっているのである。米国会計検査院が違法性を指摘しても、行政機関がその判断を退け、議会の一部が監視を担う同院を弱めようとするなら、指摘は是正につながらない。是正を訴訟に委ねている間にも、資金は期限を迎え、事業を担う体制が失われ得る。大統領を法廷で止められるかだけでなく、議会が大統領と同格の部局として、大統領の行動を積極的に抑制しようとするか、が問われている。
(了)
- Executive Order 14169 of January 20, 2025, “Reevaluating and Realigning United States Foreign Aid,” 90 Fed. Reg. 8619 (Jan. 30, 2025); Ellen Knickmeyer, “Secretary of State Rubio says purge of USAID programs complete, with 83% of agency’s programs gone,” Associated Press, March 11, 2025, <https://apnews.com/article/trump-musk-rubio-usaid-foreign-aid-bf442d62af67918a6fc5eee839074601>, accessed on October 15, 2026.(本文に戻る)
- 梅川健『大統領が変えるアメリカの三権分立制』(東京大学出版会、2015年)48–52頁。(本文に戻る)
- Donald J. Trump, “Speech: Donald Trump Addresses a Republican Women’s Lunch in Concord, New Hampshire - June 27, 2023,” RollCall, June 27, 2023, <https://rollcall.com/factbase/trump/transcript/donald-trump-speech-gop-womens-lunch-concord-new-hampshire-june-27-2023/>, accessed on October 15, 2026; Alan Rappeport, “Russell Vought Poised to Expand Power of White House Budget Office,” The New York Times, January 15, 2025, <https://www.nytimes.com/2025/01/15/business/russell-vought-budget-office-confirmation-hearing.html>, accessed on October 15, 2026; Zachary S. Price, “Trumpian Impoundments in Historical Perspective,” Stanford Law Review Online Vol. 78 (2025), pp. 22, 24–26.(本文に戻る)
- Charlie Savage, “Trump Team Finds Loophole to Defy Spirit of Court Orders Blocking Spending Freezes,” The New York Times, February 19, 2025, <https://www.nytimes.com/2025/02/19/us/politics/trump-foreign-aid-freeze.html>, accessed on October 15, 2026.(本文に戻る)
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