トランプ以降、われわれは誰を知識人と呼ぶのか
井上 弘貴
メディアの多様化がもたらす問い
アメリカの右派のインフルエンサー層内部で生じている対立状況を、あたかもMAGA派全体の分裂であるかのように報じる論調がネットメディアを中心に存在している。しかし、2026年8月7日付の渡辺将人氏のSPF論考が指摘しているように、このような議論はMAGA派の現状理解を歪めることにつながりかねず、注意が必要である。「『壁面』に過ぎないインフルエンサーMAGAをMAGA全体を代弁する存在と見ると、トランプハウスの強度測定を見誤りかねない1」。このように、センセーショナルなメディアの取り上げ方に警告を発する渡辺氏の指摘は的確である。もちろん同氏の論考は、インフルエンサーの役割を軽視ないしは否定しているのではまったくなく、彼らの役割とその範囲を適切に把握すべきであることを指摘している。
インフルエンサーをめぐって、本稿ではもう少し違う角度から考察をめぐらせたい。左右問わずであるが、従来のハイブロウなジャーナルがネットでも論考を――しかも、すべてではないにしても場合によっては一部を無料で――掲載するようになってから、すでにそれなりの年月が経過してきた。近年では紙媒体をまったく発行せず、オンラインのウェブジャーナルとして完結するものも少なくない。オンライン上での文字による発表のスタイルについても、サイトやブログだけでなく、サブスタックのようなプラットフォームが使われることも増えている。なによりも、欧米においても日本においても、Xを中心としたSNSを介した短文での発信が、大きな反響や論争を引き起こすことさえ珍しくない。
さらに今日では、ポッドキャストによる音声配信、あるいは動画プラットフォームからの動画配信のかたちで、従来であれば評論や時評のかたちで発表された内容が世に出ることもありふれたことになっている。生成AIの普及によって、実在の人格を介さずに高度な内容を含む文章が生み出せる時代には、場合によっては言いよどみや言い間違いさえ含む動画による思考の表出が、ますます「意味ある」語りとして重要性を増していくということもあり得るかもしれない。
このような考え方には未来予測として外れている部分もあるだろう。しかし、従来の書籍、新聞、ジャーナルを中心とした紙以外の媒体(メディア)が比重としてますます大きくなっている現在、否応なしに一つの問いが浮かび上がってくる。それは、発信媒体が多様になっているなかで、わたしたちはそもそも誰の発言を分析すべきなのか、そしてその「誰」とは一体どのような人びととして集合的に位置づけることができるのかという問いである。
インフルエンサー、知識人、イデオローグ
この問いについて、かつてであれば知識人という括り方で大筋、事は足りた。歴史を遡るなら、1914年創刊の、今日まで続く進歩派/リベラルの論壇誌である『ザ・ニューリパブリック』は、ハーバート・クローリー、ウォルター・リップマン、ウォルター・ワイルによって共同で始められたが、今日もっとも著名なリップマンをはじめとして、彼らはジャーナリストに分類される人びとである。1955年に創刊された保守の論壇誌である『ナショナル・レヴュー』は、ウィリアム・F・バックリー・ジュニアとその仲間たちによって開始された。バックリー・ジュニアは出自や活躍華々しく、知識人と呼んで異論が出る人物ではないとはいえ、経歴だけをたどれば、ジャーナリストであり、小説家であり、テレビ司会者であったことは確かである。
エドワード・サイードは、専門家という立場に安住するのではなく権威に挑戦する者、権力に対して真実を語る者こそ知識人であると述べたが、そのように知識人が語ることを可能にするのは「ある別の、より原理原則に即した立場(an alternative and more principled stand)」によってであることも同時に指摘をしていた2。つまりサイードにしたがうなら、ある者が知識人であるか否かは、その者が原理原則を内に有し、それを発言や行動のなかで一貫性をもって維持しているかどうかに依る。なお、エルサレムに生まれたパレスチナ系のサイード自身は左派の知識人であり、『知識人とは何か』のなかで、ネオコンに連なるシドニー・フックやアーヴィング・クリストルを、秩序におもねる迎合的な者たちとして否定的にみなした。そうではあれ、権力とは一線を画す原理原則をもっているかという点に照らすなら、サイード個人による特定の知識人の評価はともかく、左右の別は関係がない。
サイードの指摘が仮に正しければ、現在でも知識人は変わらず――少なくとも潜在的には――存在すると言える。したがって、アメリカの現状をモニターする際に、知識人というカテゴリーが意味をなさなくなったとは言えない。ただ他方で、インフルエンサーというカテゴリーが端的に示しているように、世論に対して言論の力で影響力を行使する人びとのなかで、従来の知識人の発信媒体や発言スタイルに収まらない人びとがこれまで以上に増えてきたということは言える。たとえば、ミシガン州の民主党の上院議員候補であるアブドゥル・エルサイードと一時期までは関係が深かったネット配信インフルエンサーのハサン・パイカー(Hasan Piker)は、ゲーム実況などのライブ配信プラットフォームであるTwitch(ツイッチ)上での配信で、若者に対して影響力を確立してきた。パイカーにどのような原理原則が見いだせるのか、それゆえに彼を知識人と呼ぶことができるのかについて、ここでは即断をしないでおく。ただ、いずれにしても彼のインターネットを通じた苛烈なイスラエル批判とハマス擁護は、民主党の政治家たちに波紋を投げかけてきた3。
もちろん実際には、こうした発信媒体や発言スタイルは、新しく見えて古い問いなのかもしれない。2021年に亡くなった、右派のラジオ・パーソナリティとして長らく共和党の支持者に多大な人気を誇ったラッシュ・リンボーは、広く読まれた著作を出しているものの、知識人と呼ぶには躊躇を感じさせる人物だった4。では、リンボーを知識人とは呼ばないとしたら、今日、かつてのリンボーと同様に共和党の支持者に影響力を及ぼしているタッカー・カールソンはどうだろうか。
カールソンを、トランプ大統領の変節に対して毅然とした態度で反旗を翻している、ペイリオコン――対外的なアメリカの介入に反対して孤立主義を支持したオールドライトを継承し、2000年代のテロとの戦いにおいて戦争反対を堅持してネオコンと激しく対立した保守の潮流――の正統な後継知識人としてみなすのか、それとも9.11陰謀論を唱え、反ユダヤ主義にも消極的な黙認を与えている、良くも悪くもメディア・インフルエンサーとして位置づけるのか。その位置づけ如何によってカールソンの評価は大きく変化するが、その評価の分かれ目は、彼のなかにどのような原理原則が見いだせるのか否かにかかってくる。
先の拙稿で扱ったように、2025年10月にカールソンがみずからのポッドキャストに極右のインフルエンサーであるニック・フエンテスをゲストとして呼んだことをきっかけとして、ケヴィン・ロバーツによるカールソン擁護が飛び出し、それがヘリテージ財団内部の亀裂へと波及した。そうした一連の動きのなかで表面化してきたのは、再編が進んできた右派の知識人内での極右主義をめぐるゲートキーピングの問題、とくに反ユダヤ主義に対する態度表明であることも、拙稿にて触れたとおりである。あからさまな反ユダヤ主義を拡散させようとしている点で、カールソン以上に、フエンテスを知識人と呼ぶことには躊躇どころか疑問を感じる人びとが多いことだろう。フエンテスを極右のイデオローグとして分類することもできるところである。
ただし、それは知識人とイデオローグの境界を確定するというまた別の作業を誘発することにもなる。また、フエンテスを知識人のなかに含めないとしても、フエンテスの発言や行動が若い世代を中心とした右派の知識人たちに抜きがたく影響を与えていることは否定できず、したがって彼の存在とその発言を現状分析のための考察から除外するということは今やできない。いずれにしてもフエンテスは、有力なメディア・インフルエンサーである。
上記拙稿では、知識人に加えて、「インテリ層」という表現を使用した。インフルエンサーを用いなかった理由は、メディア・インフルエンサーとしては活動していない、従来の意味での知識人を考察の対象に含めたいという考えからだった。しかし、仮にある人物が個人としてSNS等のアカウントをまったく持っていなくとも、冒頭で触れたように従来のジャーナルもウェブ上にサイトを有している現在、書かれた論考がアップされれば、実際の反響はたとえ小さくとも、潜在的にはオンライン上で影響を与える回路が開かれている。そうである以上、今日、かつてのインテリはことごとくインフルエンサーに包摂されてしまうのではないか。知識人は現在でもなお存在するとしても、インテリ層は今や、インフルエンサーという新たな層によって飲み込まれてしまったのではないか。本稿はこの疑問を払しょくするのに困難を感じているというのが、率直なところである。
今日、発信媒体の多様化のなかで従来のインテリにかわってインフルエンサーが新たな分析上の集合的概念として浮上してきている。ただ、そのなかにあっても知識人と呼びうる人びとは、発信媒体や発言スタイルを変容させつつも存在することをやめてはいない。すなわちそれは、少なくともアメリカ現状モニターという点に限れば、生成AIがますます台頭する現在にあってもなお、アメリカをめぐって競い合う原理原則は、右派であれ左派であれ、死に絶えてはいないということである。
(了)
- 渡辺将人「『トランプ2.0のアメリカ』共和党編① MAGA研究①:インフルエンサーMAGA vs草の根MAGA?:『トランプ4本柱』」SPFアメリカ現状モニター、2026年8月7日、<https://www.spf.org/jpus-insights/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_209.html>(2026年10月5日閲覧)。(本文に戻る)
- エドワード・W・サイード(大橋洋一訳)『知識人とは何か』(平凡社、1998年)156頁。Edward W. Said, Representations of the Intellectual: The 1993 Reith Lectures (New York: Vintage Books, 1994), p. 97.(本文に戻る)
- ミシガンの下院議員であるヒラリー・ショルテン(Hillary Scholten)は、2026年8月24日、イスラエルを支持するユダヤ系アメリカ人が暴力を誘発していると発言したとして、発言主のパイカーを非難する声明を出した。“Congresswoman Scholten Statement on Hasan Piker’s Recent Antisemitic Comments,” Congresswoman Hillary Scholten, August 24, 2026, <https://scholten.house.gov/media/press-releases/congresswoman-scholten-statement-hasan-pikers-recent-antisemitic-comments>, accessed on October 5, 2026.(本文に戻る)
- 2000年代にリンボーを考察の俎上にのせた例外的とも言える取り組みとして、下記の論考を参照のこと。渡辺将人「アメリカNOW第41号 「政治メディア」の変容(2)保守派ラジオからエスニック「物語」再興まで」東京財団、2009年12月16日、<https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=350/>(2026年10月5日閲覧)。(本文に戻る)