デジタル技術と政治の新潮流(番外編)
オードリー・タンと語る
「Democracy, Social Media and America」

渡辺 将人
*本稿「デジタル技術と政治の新潮流」は、「前編」「後編」「番外編」の3本から構成されています。以下は後編「台湾の政治現場との比較から」に続く番外編です。
以下「番外編」は、筆者がハーバード大学国際問題研究所でのデジタル技術と民主主義をめぐる研究の延長で取り組むオンライン政治とメディアの米台比較考察について、台湾のオードリー・タン(唐鳳)デジタル大臣が趣旨に賛同して協力してくれたものである。インタビューは2021年7月下旬(7月20日)にオンラインにて英語で行われた。
民主化はBuild Back Better(より良い復興)
渡辺:最初の質問はデモクラシーについてです。昨年の10月にハーバード大学で行われた国際会議で、大臣は戒厳令時代の台湾の歴史について大変興味深いお話をされていましたね。大臣は戒厳令の記憶がある最後の世代です。ご両親は新聞記者としてその時代に活躍されました。お話の中で大臣は、戒厳令に対する集団的記憶が台湾の自由を守っていることを示唆されていました。もし付言することが許されるならば、台湾の事例では民主化の成功をめぐる集団的記憶が台湾市民の政府への強い信頼を醸成したと思うのです。社会運動で政府を創り上げた経験があれば、「自分たちがプレイヤーで、政府をコントロールする主だ」という概念は強まるだろうからです。台湾人が政治や政府を信頼できるものとして理解する現象を、台湾史における民主化経験からどのように説明できるか、大臣のお考えをお聞かせいただければ幸いです。
オードリー・タン:戒厳令終了が台湾の民主化運動の直接の産物だったことで、多くの人々が草の根活動、あるいはこれまで私が別の場で述べてきたように「社会セクター」に(今も)関わりを持っているというあなたの解釈は正しいと思います。戒厳令終了や民主化そのものに関しては「社会セクター」を抜きには語れません。だからこそ民主化の集合的記憶はエンパワーする力を持っているのです。これは例えば自然災害時との比較で考えられます。再建、復興、福祉の拡充過程が人々の自発的な組織によってなされれば、それは強い力になりますし、個別に存在していた慈善活動や協同組合、社会起業家などからも社会セクターが形成されます。私にとっての民主化は、復興。すなわち、戒厳令と独裁の後により良い復興(Build Back Better)を行うのと同じなのです。
アンチ・ソーシャルな性格を発揮するかは、空間の構成が決定する
渡辺:選挙における斬新なオンライン技術の利用に関する問題についてお尋ねします。2004年大統領選挙のディーン陣営以来、オンライン・コミュニケーションの到来がアメリカの選挙を激変させました。2008年のバラク・オバマの勝利は戸別訪問や電話説得など伝統的な地上戦を補完するソーシャルメディア応用が関係していました。しかし、オバマは最近の自著で、(否定的に)次のように述べています(略:注参照)1。いわゆるソーシャルメディアのフィルターバブルに関するオバマの考え方は限定的かもしれません。ソーシャル・ネットワークは同じような考え方の同じような思考の人々で構成されがちです。「有権者と繋がるためにソーシャルメディアを使うのは、広報が支持層以外に届きにくいフィルターバブルを考えると支持拡大の手段や力をある程度制限する」と指摘する研究者もいます。政治的分極化を伴う政治とオンライン・コミュニケーションに関するオバマ氏の2020年時点でのある意味悲観的な見解について、どのようにお考えになりますか?アメリカとあるいは台湾における分断された政治の文脈でフィルターバブルの概念についてどのようにお考えですか?
オードリー ・タン:私にとって、ソーシャルメディアは、プロ・ソーシャルにもアンチ・ソーシャルにもなり得るものです。ソーシャルメディアに参加しているのは概ね同じ人間や市民です。それがプロ・ソーシャル、あるいはアンチ・ソーシャルな性格を発揮するかは、空間の構成が決定します。台湾での例を一つあげると、いかなる株主や広告主の利益にも奉仕しない学術ネットワークによって築かれ支えられている公的フォーラムを、私たちは持っています。そうした場では、(台湾)政府が作っているプロ・ソーシャルなメディアであるポリス(Polis)やジョイン(Join)というプラットフォームを使い、人々は足元の政策争点に集中することできます。なぜならそこは、ソーシャルメディアのアンチ・ソーシャルな側面に見られるような分断や陰謀論、あるいは復讐や差別の温床になるような怒り。そういったものを促進する空間のデザインにはなっていないからです。違いは人間ではないのです。空間の構成です。例えばFacebookで、オバマが選挙や政権で促進したようなタウンホールの討議を開こうとすることは、爆音で音楽が鳴り響くナイトクラブでリアルのタウンホール討論を行うようなものです。聴いてもらうには怒鳴らないといけません。中毒性のある飲み物、ボディガード、酔いの回るお酒など、他にいくらでも列挙できますが(笑)、そうしたものが存在するわけですから。私はナイトクラブの悪口を言っているのではありません。街にはナイトクラブのための地区があります。ただ、こうした場や空間はタウンホールには適してないだけなのです。
2019年以降、Facebookが広告に関するリアルタイムで厳格な透明性を採用した(世界における)事例としての台湾
渡辺:ソーシャルメディアの主要なプラットフォームの拡大により、とりわけアメリカでは匿名のネガティブ・キャンペーンが容易になりました。洗練されたサイバー技術により、皮肉にも、海外のアクターも選挙キャンペーン過程で主要アジェンダに影響を与える力を持つに至っています。匿名のネガティブ・キャンペーンによるフェイクニュースで、ときに海外からの介入という形で様々な勢力が政治アジェンダを支配することが増える中、現代のデモクラシーが直面する問題をどうお考えでしょうか?さらなる規制だけが解決策でないとすれば、どう対処すればいいのでしょうか?
オードリー・タン:重要なのは「人々の官民パートナーシップ」と私が呼んでいるものを備えることです。つまり、「社会セクター」が非民主的な力の中で規範を定め、「公共セクター」がその規範を増幅させ、「経済セクター」がその規範を実行する流れです。一つの例ですが、2018年に台湾で国民投票と市長選があったとき、ソーシャルメディアに海外から資金提供を受けた広告が流れ込んでいる疑惑がありました。政治的あるいは社会的争点やアジェンダ設定に絡む問題です。台湾ではラディカルな透明性を求めるg0vとかGov-Zeroという「社会セクター」運動があります。これらは選挙資金のデータ公開をめぐるラディカルな透明化の試みで、今ではかなり浸透しています。g0v参加者は市民的不服従を行使するわけです。例えば、人々は国の監察院に行き、選挙献金支出(履歴)のコピーをとってスキャンし、私たちがOCR(Otaku Character Recognition:オタク文字認識)と呼んでいることをしました。協力してくれる人々をオンライン上に集めて、コピーした紙の資料をスプレッドシート上で、逆行工学(リバース・エンジニアリング)で分析してもらったのです。私たちがg0vで行ったのは規範を設定することでした。そうすることで、政府すなわち国の監察院などがようやく重い腰を上げて立法委員と共に規範を拡充すべく動き出したのです。
2018年は、選挙運動の寄付金支出のデータが紙面だけでなくオープンデータとして公開された初めての選挙となりました。それにより調査報道のジャーナリズムが、ほぼ、と言いますか、実際にはおそらく全ての外国のソーシャルメディア広告が、選挙資金の支出として申告されていないことを突き止めることができました。選挙運動支出は、国内の献金者だけに認められていることや開示の必要があるという点では、しっかりとした規範があります。そこで私たちは「厳格な社会的規範があるので、選挙中の政治広告はリアルタイムでオープンデータとして公開されなければならない。それにより、いわゆる『ダークパートナー』を監視し見つけることができるのだ」とFacebookや他のソーシャルメディア企業に訴えかけたのです。
新しい法律を通過させたり、何かの法律を改正したりすることなく、「社会セクター」が「公共セクター」をけしかけて規範を施行することで、「民間セクター」も連動するわけです。2019年以降、Facebookが広告に関するリアルタイムで厳格な透明性を採用した(世界における)最初の事例の一つに台湾はなりました。その後、2020年の総統選のスポンサー広告には、ヘイトスピーチや分断を煽るキャンペーンがあまり見られなくなっています。これは一つの具体例です。他にもいろいろな例がありますが、「公共セクター」が一方的にトップダウンで動かすよりも、規範の設定では市民すなわち「社会セクター」が動くほうが、貿易交渉のように、ずっとやりやすいと思います。
社会的プレッシャーの大きさに応じて、異なるポリシーを採用
渡辺:GAFAに代表されるビッグ・テックのプラットフォームと規制の問題はどうでしょうか。
オードリー・タン:今、私が言ったのはまさにそのことですが、GAFAは管轄区域によって異なるポリシーを採用しています。Facebookのシビック・インテグリティ・チームを辞した社員の一人がのちにメディアに語ったところによりますと、Facebookは社会的プレッシャーの大きさに応じて、異なる市民的な規範に関するポリシーを採用しているとのことでした。例えば、私たちの国を含むいくつかの国を取り上げて、こうしたプレッシャーがあるから台湾ではより透明性の高い別のポリシーを採用しなければならないと述べたわけです。何らかの理由で社会的プレッシャーがあまりない地域では、彼らはそれほど素早く対応していません。
アメリカのデモクラシーの精神・・・
異なるイノベーションを試しては失敗し修正し
渡辺:アメリカとアメリカ政治について、お考えを共有していただければ幸甚です。大臣はベイエリアで起業された経験をお持ちです。アメリカでの経験とアメリカのデモクラシーからどのようなインスピレーションを得ましたでしょうか。もしあればお聞かせください。
オードリー・タン:私にとってのインターネットは、アメリカのカウンターカルチャーの影響を強く受けていると思います。エンド・ツー・エンドの原則、つまり、他の人を説得してイノベーションを試すことができれば、どんなイノベーターでもOKという考え方です(笑)。そうすれば、インターネット上の誰も彼らを止めることはできません。これにより、インターネット上で許可無きオープンイノベーションと呼ばれるものが可能になりました。これは、率直に言って、非常にアメリカ的です。私にとって、アメリカの実験はアメリカ合衆国憲法に限定されるものではないです。もちろんアメリカの憲法も素晴らしい実験ですが、インターネットの形成をはじめとする他の多くの分野においても、さまざまな異なるイノベーションを試しては公に失敗し、ときには公に長い間をかけて修正し、という行為も同じなのです。私にとっては、それがアメリカのデモクラシーの精神ですね。
渡辺:興味深いですね。
オードリー・タン:有難う。
渡辺:このような機会を頂戴して大変光栄でした。記録に関して大臣の秘書と打ち合わせます。
オードリー・タン:感謝します。思慮深い質問をどうも有難う。
(了)
■「インタビュー後記」
インタビューは大臣の希望でSkypeにて行われました。台湾が新型コロナウイルスの感染者増に伴う「第三級」措置で政府内でも激務の最中に特別に時間を割いてくれたことに深く感謝申し上げます。インタビュー文字起こしに関しては大臣側とも記録を突き合わせて内容の正確さを期しました。タン大臣の比喩については、市民運動「社会セクター(social sector)」、政府「公共セクター(public sector)」、民間企業「民間セクター(private sector)」という分類を手がかりにするとわかりやすいかもしれません。つまり、政府が法制化する上でも、出発点は市民からの草の根である方が実現しやすく、社会的プレッシャーが醸成されることで、単に政府を動かすだけでなく、民間企業を連動させる力も持ち得るサイクルです。
- 「だが、こうしたテクノロジーはその後、当時の私の理解を超える柔軟性や応用性を示し、またたく間に商業的利益に取り込まれ、既存権力層に利用されるようになっていった。さらに、人々を調和させるためでなく、惑わしたり分断したりするために使うことも簡単にできた。私をホワイトハウスにたどり着かせたツールの多くが、私が支持するすべてのものに対立する形で使われる日がくることを、私は想像できていなかった」(バラク・オバマ著 邦訳版『約束の地:大統領回顧録Ⅰ』上巻(集英社、2021年)216頁におけるオバマによる記述)。(本文に戻る)