南シナ海に突如現われた中国漁船群

 2021年3月初旬の南シナ海、フィリピンが自国の排他的経済水域(EEZ)と主張するスプラトリー諸島周辺の青天下の海上に、約220隻の中国の漁船が出現した。まるで三国志演義の赤壁の戦いで孫権・劉備軍の策謀による「連環の計」によって数珠つなぎにされた曹操軍の艦隊を彷彿させる。この状況を国際社会が知ってから早や2か月が過ぎた。しかし、未だにそれら中国の漁船は居座っているようである。これに対して、フィリピンでは、ロクシン外相がツイッターで外交辞令を超えた発言をするなど、苛立ちを募らせている[1]。

 中国のこのようなふるまいに、フィリピンは、そして我が国を含む国際社会はどのような対応をしていく必要があるのだろうか。

中国の民兵は中央軍事委員会の指揮下にある

 数珠つなぎのように連なる中国の漁船群について、フィリピン軍は3月早々にそれらが中国の海上民兵によるものであるとの懸念を示した[2]。また、米海軍大学中国海事研究所のエリクソンとマーチンソンは、公表された画像に映し出された漁船名やAIS(自動船舶識別装置)信号などを分析することにより、それら中国漁船が過去にも民兵活動に従事していることを明らかにした。そのうえ、ロクシン外相と会談したブリンケン米国務長官は、それらを民兵であると認識したうえで米比両国が懸念を共有し、南シナ海に米比相互防衛条約が適用されることを再確認した[3]。そもそも南シナ海で操業している漁船群では海上民兵が活躍していることを従来から中国の研究者も自慢げに伝えている[4]。

 中国の民兵(ミンビン)は、日本人の多くが民兵(みんぺい)という言葉から連想する反政府勢力や怪しげな集団とは異なる中華人民共和国の正規の軍事力である。民兵は人民解放軍(PLA)や人民武装警察部隊(PAP)と同様に習近平中国共産党総書記を主席とする中央軍事委員会の指揮の下にあり、国際法において武力紛争時に正規の戦闘員に要求される制服や徽章などが決められている。国際法に規定された軍艦の要件[5]さえ満たせば、海上民兵が乗船する漁船も軍艦として扱われることになる。

 PLAやPAPと民兵との違いは、その構成員や組織が、様々な職業や学業に従事している一般市民であり、彼らが所属する企業や団体であるという点と、動員命令によってその都度、民兵として活動するという点にある。戦時に限らず平時に動員されることも多く、今回の南シナ海での漁船群も、民兵として動員命令が出ていない限りは単なる漁船と漁民であるが、一旦、動員を命じられれば、その時点で瞬時にその立場を民兵に変えて活動することになる。

 したがって、彼らが民兵として動員されて他国に被害を与えるということは、駆逐艦や潜水艦等とその外見上こそ異なるものの、活動自体はPLA海軍となんら変わりのない国家意思に基づく武力の行使であるということを理解する必要があるだろう。

 付言すると、中国の民兵を正体不明の怪しげな武装集団のように扱うことは、国防の最前線に立つ軍人だと自負する彼ら民兵の自尊心を傷つけることにもなりかねない。

 ただ、本稿の執筆時点では、彼らが民兵であることを中国政府は認めておらず、漁民が悪天候を避けているだけだと主張している[6]。また漁船や漁民からは中国の民兵であることを示す徽章や制服も確認されていない。

 中国自身がこの漁船群の乗員を民兵ではないと否定する以上、その実態がどうであれ、国際法の上では、彼らはただの漁船と漁民として扱うことができる。フィリピン政府から見れば、彼ら漁船群はEEZにおけるフィリピンの経済的権利を侵す不法な漁船であり犯罪者であるにすぎない。

居座る中国漁船は自由意思にもとづく行動か?

 南シナ海で居座りを続ける漁船群が民兵によるものでないのであれば、それは私的で勝手気ままな活動であり中国当局のあずかり知らないものと言えるのであろうか。日米はじめ自由主義社会ではそうした状況もあり得るが、今日の中国社会ではそうした事態は起こりづらい。

 ITやAIをフル活用した市民を管理するシステムが構築されている中国では、独自の「北斗」衛星航法通信システム等によって、全ての中国籍の船舶はその所在や活動を中国当局にリアルタイムに管理されており、それは中国政府も公言している[7]。特に今回のように、他国との主張が異なる敏感な海域では、些細な摩擦が外交問題化することから、相手国や国際社会の反応を見ながら、手綱を締めたり緩めたりするごとく国益衝突の最前線に矢面や「人間の盾」として漁民を用いてきた過去が中国にはある[8]。

 それゆえ今回の漁船群の動向を、中国の国家意思によって統制されているものとの疑念をフィリピンのみならず国際社会が持つことは自然な流れである。

中国の土俵に乗って対応することのリスク

 中国の漁船や民兵への対抗手段としてフィリピンの一部にはM-CAFGU(Maritime - Civilian Armed Forces Geographical Unit)の活用を検討しているとの報道がある[9]。

 CAFGUは、フィリピン国内における反政府勢力に対処するために、国軍の作戦統制下で国軍や警察とともに住民の安全を守ってきた軽武装の自警団的組織である。主に漁民によって編成されるM-CAFGUはその海上版であり、いまだその実情は明らかではないが、見方によってはフィリピン版海上民兵であるとも言えなくもない[10]。

 目には目を、漁船には漁船を、民兵にはCAFGUで対抗するというのは一見リーズナブルな感じがしなくもない。しかし、そうした対応は中国の思う壺であり、中国的価値観、つまり国益衝突の最前線で一般市民を人間の盾として、その犠牲をも厭わないと考える国益重視の価値観を認めることにもなりかねない。それは、二度の世界大戦を含む様々な武力紛争から多くの反省と教訓を学び、悲劇を繰り返さないための人道主義を尊重したルール作りを重ねてきた我が国を含む国際社会とは全く真逆の価値観であり、国際社会の共感を得ることは決して容易ではないだろう。

段階を踏んだ対応と国際社会の共感が必要

 居座りを続ける漁船群について、中国当局が海上民兵であることを否定している以上、彼らを中国の正規の軍事力として遇する義務は国際社会にはない。

 不法漁船や犯罪者であるかぎり、厳格な法執行で臨み、もし彼らが民兵であることを中国が認めれば、その上で中国の武力による威嚇・武力行使の非を国際社会に訴え、必要に応じて自衛権の行使へと段階を踏むことが賢明ではないだろうか。

 当然、その間に「無辜の中国漁民を虐めるフィリピン云々」と中国は声高に非難するのだろう[11]。これに対してフィリピンやその友邦は、自国民を人間の盾としている中国の非人道性を可視化し国際社会の共感を得る努力が必要になろう。幸いにもフィリピンの防衛力や法執行力の強化に理解を示す友邦は少なくない。米国は同盟国であり、日本も防衛省自衛隊や海上保安庁と国軍やコーストガードとの関係も年々強化されている。

 今年は英国はじめ西欧諸国がこぞってインド太平洋方面に艦艇を派遣すると報じている。南シナ海を航行する各国艦艇を通じて、国際社会の多くの人々が、中国漁民による人間の盾を目の当たりにして、その非人道性をあらためて理解することになるだろう。

※本論で述べている見解は、執筆者個人のものであり、所属する組織を代表するものではない。

(2021/5/17)

脚注

  1. 1 ロクシン比外相ツイッター。(2021年5月4日、アクセス)このtweetは既に削除されているが、原文は以下のとおり。「China, my friend, how politely can I put it? Let me see… O…GET THE FUCK OUT. What are you doing to our friendship? You. Not us. We’re trying. You. You’re like an ugly oaf forcing your attentions on a handsome guy who wants to be a friend; not to father a Chinese province …」 / Twitter.
  2. 2 “Priam Nepomuceno, “183 Chinese vessels still in Julian Felipe Reef: AFP,” Philippine News Agency, March 23, 2021.
  3. 3 “Secretary Blinken’s Call with Philippine Secretary of Foreign Affairs Locsin,” U.S. Department of State.
  4. 4 刘昱彤 胡耀中「这片海是“祖宗海”(この海は先祖代々の海)」『中国民兵』中国军网2018年第4期、PP.30-35。
  5. 5 国連海洋法条約では軍艦の定義を「一国の軍隊に属する船舶であって、当該国の国籍を有するそのような船舶であることを示す外部標識を掲げ、当該国の政府によって正式に任命されてその氏名が軍務に従事する者の適当な名簿又はこれに相当するものに記載されている士官の指揮の下にあり、かつ、正規の軍隊の規律に服する乗組員が配置されているもの」と規定されている。またここでいう「一国の軍隊」とは、「海軍」に限られたものではなく、たとえば米国沿岸警備隊の巡視船も米海軍籍はないが「軍艦」であるとされている。
  6. 6 外交部報道官記者会見、「外交部发言人赵立坚主持例行记者会」中华人民共和国外交部、2021年4月6日; 在マレーシア中国大使館HP、「中国驻菲律宾大使馆发言人关于所谓中国海上民兵船在牛轭礁附近聚集的声明」中华人民共和国驻菲律宾共和国大使馆、2021年3月22日。
  7. 7 「中国远洋渔业履约白皮书(2020)(中国遠洋漁業約束コンプライアンス白書(2020))」、 中华人民共和国农业农村部、2020年11月。
  8. 8 過去には尖閣諸島への出漁を嫌がる漁民に対して、当局が補助金まで出して無理やり向かわせたことが明らかにされている。「尖閣へ出漁『中国政府の命令』」『朝日新聞』、2017年9月10日。
  9. 9 David Santos, “PH Navy defends plan to deploy militia to West Philippine Sea to counter China’s,” CNN Philippines, October 21, 2020.
  10. 10 拙稿「公設武装漁民と文民の保護」『人道研究ジャーナル』Vol.9、2020年3月、32-41頁。
  11. 11 過去にも同様な事例がみられる。例えば、「南海渔民:每与他国舰艇遭遇一次 损失足以从小康回到赤贫(南シナ海漁民:外国艦艇と遭遇するたびに貧しくなっていく)」『鳳凰衛視聴』、2016年7月27日。