2023年5月19日から21日にかけて、日本の議長国の下、G7首脳会合が広島で開催された。G7――米国、英国、フランス、ドイツ、日本、イタリア、カナダ、EU(欧州連合)――のみの会合に加えて、招待国として、インド、ブラジル、オーストラリア、韓国、インドネシア、ヴェトナムなどの首脳も一部の議論に参加した。G7ではすっかり慣例となった招待国会合である。ただ、何よりも国際的な注目をさらったのは、急遽対面で参加することになったウクライナのゼレンスキー大統領だった。以下では、G7首脳会合のなかでも、ゼレンスキー大統領の対面参加に焦点をしぼり、その背景と意義を改めて振り返りたい。

ゼレンスキー大統領対面参加、日本における躊躇の背景

 岸田文雄首相が2023年3月にキーウを訪問した際、G7広島サミットへのオンラインによる参加でゼレンスキー大統領と合意していた[1]。しかしその後、各種報道によれば、4月下旬にウクライナ側から対面参加の要望があり、5月の連休明けに岸田首相が受け入れを決断したという。安全をいかに確保するかという問題もあったが、「受け入れない選択肢はない」というのが当時の政権内の雰囲気であり、最後は首相が決断したという部分について、国内の各種報道は一致している[2]。

G7首脳との会合に参加するゼレンスキー大統領(写真:首相官邸)
G7首脳との会合に参加するゼレンスキー大統領(写真:首相官邸)

 日本側に懸念や躊躇があったとすれば、第1に、警備の問題は別として、ゼレンスキー大統領の対面参加に関して日本政府内では、サミット全体がウクライナに関する議論一色になってしまうことへの懸念だった。第2に、招待国のなかには、インドやブラジルなど、ロシアによる侵略への批判を躊躇する国もあった。それら諸国に対する、ゼレンスキー大統領の参加の根回しも必要だったのである[3]。

 そうした事情もあってのことか、日本外務省はゼレンスキー大統領訪日に関する5月20日の発表で、当初はオンライン参加でウクライナ側と合意していたが、大統領の「強い希望」で対面参加に変更されたことを強調するという、外交儀礼上も異例といえる対応をおこなった[4]。同大統領の対面参加は日本の発案ではなかったと、あえて示す格好になったのである。とはいえ、日本政府の受け入れ決定によってゼレンスキー大統領の対面参加が最終的に実現した事実は残る。それでも、日本自身が政府専用機などの提供をおこなわない以上、移動手段を他国に頼らざるを得ず、日本主導で実現できる話でもなかった。これも現実である。

 サミットのアジェンダという観点でも、議長国日本にとって、今回のG7サミットは、ウクライナ支援やロシアへの強い姿勢での結束を示すことと並び、中国を念頭に、経済安全保障やインド太平洋の安全保障情勢を正面から取り上げること、さらに、いわゆる「グローバル・サウス」と呼ばれる新興国、途上国とG7との連携を強化することを意図していたという事情もある。「ゼレンスキー氏にサミットをジャックされかねない[5]」との懸念は確かに存在したのだろう。実際、G7のみの会合に関しては、対中国の部分の注目度が、少なくともメディアの報道においては、相対的に低下してしまった印象が拭えない。

ゼレンスキー大統領対面参加の3つの意義

 それでも、ゼレンスキー大統領の対面参加は、結果として3つの観点で、議長国日本にとっても、G7全体にとっても、そしてウクライナにとっても大きな成功だったといえる。第1に、G7広島サミットへの国際的な注目度が一気に高まった。これは、G7の存在意義を示したとともに、議長国日本にとって外交上の「見せ場」になった。日本国内ではサミットは大きな成功だったとの見方が強く、直後の世論調査にも反映されたが、ゼレンスキー大統領訪日が果たした役割は小さくなかったはずである[6]。

インドのモディ首相と会談するゼレンスキー大統領(写真:ウクライナ大統領府)
インドのモディ首相と会談するゼレンスキー大統領(写真:ウクライナ大統領府)

 第2に、ウクライナにとっては、NATO(北大西洋条約機構)諸国からのさらなる武器供与を取り付ける機会になった[7]。バイデン米大統領が米国製戦闘機F-16のウクライナへの供与を容認し、パイロットの訓練に参加する意向を示したことは大きな展開だった。

 戦闘機供与の件は、2023年春以降、NATO諸国間で議論が急速に進むなかで、広島サミット以前の段階で、すでに「するか否かではなく、いつするか(not whether, but when)」という状況になっていた。それでも、これらは本来G7の議題ではなく、広島で発表される必然性はなかったが、ゼレンスキー大統領の対面参加がそれを後押ししたと考えられる。岸田首相とゼレンスキー大統領との首脳会談で、日本側が、新たに100台規模のトラック等の自衛隊車両の提供を表明したのも、ゼレンスキー大統領を対面で迎えることになったがゆえの結果だといえる[8]。

 第3に、ゼレンスキー大統領は、インドのモディ首相など、いわゆる「グローバル・サウス」の首脳にも二国間会談などで直接語りかけることができた。もっとも、それによって、ロシアへの制裁はおろか、ロシアによるウクライナ侵攻への批判すら控えてきた諸国の状況が急に変わるわけではないだろう。しかし、彼らに対面で会うことができたのは初めてであり、これこそがゼレンスキー大統領訪日の大きな目的の一つだったといえる[9]。ゼレンスキー大統領の訪日にあたって政府専用機を提供したフランスにとっても、これが大きな狙いだったといわれている[10]。いわゆる「グローバル・サウス」との橋渡しは、日本が目指してきたことでもあった。

基本原則再確認の意義

 5月20日に広島に到着したゼレンスキー大統領は、各国との二国間会談を精力的に実施し、21日午前には、G7首脳とのセッション、G7プラス招待国とのセッションに出席した。後者のセッションでは、一時、「広島平和原則」という文書(joint communication)の作成が検討されたとの報道もあったが、結局、個別の文書は発出されなかった[11]。

 しかし、招待国とウクライナがともに参加したセッションでは、ゼレンスキー大統領の発言を全ての参加国が聞き、そのうえで、日本外務省の発表によれば、下記の認識が共有されたという。

  • 全ての国が、主権、領土一体性の尊重といった国連憲章の原則を守るべきこと
  • 対立は対話によって平和的に解決することが必要であり、国際法や国連憲章の原則に基づく公正で恒久的な平和を支持するということ
  • 世界のどこであっても、力による一方的な現状変更の試みを許してはならないこと
  • 法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を守り抜くこと[12]

 この内容は、岸田首相がG7閉幕後の議長国会見で「認識の一致」があったとした4つの点と同一である[13]。これらの原則は当たり前のことに過ぎないだろうか。そうかもしれない。たとえば、国連加盟国が国連憲章を尊重するのは当然である。

 しかし、それに反する事態が起きているために、こうした原則的立場の確認が重要になる。ロシアとの関係をさまざまに有する国々――たとえばインドやヴェトナムはロシア製武器への依存度合が高い――がこうした重要な原則について、ゼレンスキー大統領を前に認識を共有できたとすれば重要な一歩だったのではないか。ただし、これらが、外務省作成の結果概要の一部や、首相会見の、しかも記者の質問への応答に入っているだけでは、発信として弱かった事実は否めない。悔やまれるゆえんである。

 同時に、核兵器は使われてはならず、核兵器による威嚇も受け入れられないとのメッセージも、被爆地広島からのものとして極めて重要だった。ゼレンスキー大統領は、平和記念資料館訪問の際、「世界中のどの国も、このような苦痛と破壊を経験することがあってはいけない。現代の世界に核による脅しの居場所はない」と記帳した[14]。核兵器による威嚇や核兵器の使用を支持する国は皆無に近い。このことはロシアも認識しなければならない。

慰霊碑に献花する岸田首相とゼレンスキー大統領(写真:首相官邸)
慰霊碑に献花する岸田首相とゼレンスキー大統領(写真:首相官邸)

 ロシアが実際に核兵器を使用したような場合には状況が大きく変化する可能性があるが、当面、ロシアに対して制裁を課す諸国はおそらく増えないだろう。それは、経済面を中心に、各国の国益に照らした判断である。しかし、あるいはだからこそ、国連憲章に沿った原則という基本を確認し続けることが重要なのである。

 別のいい方をすれば、ロシアによるウクライナ侵攻をめぐる構図は、決して、「民主主義対専制主義」ではないのである[15]。主権や領土の一体性は全ての国にとっての関心事である。ウクライナを支援するのは、同国が民主主義国家だからではない。侵略者の論理に寄り添わないとの意思は、米欧や先進諸国のみのものではない。それが広島からのメッセージだったはずである。

 ゼレンスキー大統領の対面参加は、G7の結束や新たな武器支援の後押しになったのみならず、そうしたメッセージを発する機会になった点を見落としてはならない。

(2023/06/05)

脚注

  1. 1 外務省「日・ウクライナ首脳会談」2023年3月22日。
  2. 2 「被爆地発信、5月上旬に決定 ゼレンスキー氏広島入り舞台裏」『産経新聞』、2023年5月21日「外交巧者ゼレンスキー氏 滞在30時間、G7の主役に」『日本経済新聞』、2023年5月22日「ゼレンスキー大統領電撃来日 極秘調整と対面参加リスク」NHK、2023年5月24日。
  3. 3 「「ゼレンスキー一色に・・・」悩んだ官邸 各国の分裂避けて探った着地点」『朝日新聞』、2023年5月23日“Volodymyr Zelenskyy speaks to Arab League in Saudi Arabia en route to G7,” Financial Times, May 20, 2023.
  4. 4 外務省「G7広島サミット(ゼレンスキー・ウクライナ大統領の訪日)」、2023年5月20日。
  5. 5 前掲「「ゼレンスキー一色に・・・」悩んだ官邸 各国の分裂避けて探った着地点」。
  6. 6 「内閣支持56%に サミット機に9ポイント上昇【NNN・読売新聞 世論調査】」日テレNEWS、2023年5月21日。
  7. 7 “Bowing to pressure, Biden relents on F-16s to Ukraine,” Washington Post, May 19, 2023.
  8. 8 「ゼレンスキー大統領電撃来日 極秘調整と対面参加リスク」、また、支援内容の詳細については、防衛省「ウクライナへの装備品等の提供について」2023年5月21日を参照。
  9. 9 “Volodymyr Zelenskyy shapes ‘political battlefield’ by confronting developing powers,” Financial Times, May 20, 2023.
  10. 10 “Paris sees success in bringing Zelensky to G7,” France24 (AFP), May 20, 2023.
  11. 11 “How Volodymyr Zelenskyy upstaged G7 summit to confront Ukraine doubters,” Financial Times, May 22, 2023.
  12. 12 外務省「G7広島サミット(セッション9「平和で安定し、繁栄した世界に向けて」概要)」、2023年5月21日。
  13. 13 首相官邸「G7広島サミット 議長国記者会見」、2023年5月21日。
  14. 14 外務省「ゼレンスキー・ウクライナ大統領による平和記念資料館訪問(記帳内容)」2023年5月22日。
  15. 15 Michito Tsuruoka, “Why the War in Ukraine is not about Democracy versus Authoritarianism,” Commentary, RUSI, June 27, 2022.