NATO(北大西洋条約機構)は2018年7月11-12日に、NATO本部のあるベルギーの首都ブリュッセルで首脳会合を開催した。トランプ政権になってからは、2017年5月に次いで2度目だが、前回は短時間の非公式会合とされたため、成果文書を発表する正式な首脳会合としては初めてだった[1]。

「トランプ劇場」に翻弄されたNATO

 今回の首脳会合を一言で表現すれば、「トランプ劇場」だったということだろう。トランプ大統領の「一人芝居」に始まり、それに終わった。

 サミット初日の7月11日は、ストルテンベルグNATO事務総長との朝食会でのトランプ大統領の痛烈なドイツ批判で波乱の幕開けとなった。標的となったのは独露間で進む新しい海底パイプライン「ノルド・ストリーム2(Nord Stream II)」だった。トランプは、エネルギーでロシアに依存するドイツは「ロシアの捕われの身(captive)」だと批判した[2]。それでも、同日の首脳会合後には「ブリュッセル首脳会合宣言」が採択され、関係者の間には安堵感が広がった。

 しかし翌朝にどんでん返しが起きてしまった。ウクライナやジョージアの首脳を招いての拡大会合を行なっている最中に、欧州諸国の国防予算問題でのトランプ大統領の怒りが爆発したのである

 トランプは、欧州諸国がGDP(国内総生産)比2%というNATOとしての国防支出目標を満たさないのであれば、「米国は別の道を歩む」と脅迫めいた発言をしたと報じられた[3]。これが米国のNATO脱退を示唆するものだったか否かについては評価が分かれるが、そうした発言があったこと自体はトランプ自身否定していない[4]。いずれにしても焦点は国防予算問題であり、米国ばかりが負担するのは不公平だということに尽きる。

 議場の空気は一瞬で凍りつき、議長を務めていた事務総長がウクライナやジョージアの首脳に退席を促し、NATO加盟国のみでの緊急セッションが行われることになった。この経緯については、すでにさまざまな検証がなされている[5]。前日は(ドイツ批判を除いて)意外とスムーズに進んだとの論調が各種報道では多かったことに対してトランプ大統領が激怒し、現状に「不満である」ことを改めて明確に示そうとしたようである。

 緊急セッションでの協議内容については、増額や増額の前倒しなど、国防予算に関するさらなるコミットメントがあったとするトランプ大統領の説明に対して、例えばフランスのマクロン大統領は、新たなコミットメントはなかったとするなど、食い違う部分が残っている[6]。事務総長もこの点については言葉を濁している[7]。

 この緊急セッションを終えて、当初の予定になかった記者会見をしたトランプ大統領は、国防予算増額の必要性を特有のストレートな表現で改めて主張し、同盟とは全てが金銭の問題であるような発言を繰り返した。異様な雰囲気の会見だった。しかしNATO脱退について問われると、連邦議会の承認なしに可能であるとの見方を示しつつも、「その必要はなくなった」と述べ、「2日前に比べてNATOは強くなった」、「問題は解決した」と述べたのである[8]。

 ちゃぶ台倒しをしつつ、最後は自分のお陰で全てが解決したという、テレビのリアリティ・ショーそのままの展開であった[9]。実際、記者会見では「会場の皆が自分に感謝していた」とさえ述べている。唯我独尊の極みである[10]。

 際どい場面があったものの、結果として喧嘩別れという最悪のシナリオは回避され、トランプ大統領も一応満足してNATO本部を後にしたのである。

サイバー分野の能力強化

実は豊富だった首脳会合の成果

 そんなトランプ大統領の一人芝居とは全く異なる世界の出来事かのように、粛々と採択され、発表されたのがブリュッセル首脳会合言言である[11]。これだけを読めば、首脳レベルでの大立ち回りが嘘のようである。従来の首脳会合と全く変わらぬ調子で、事前に事務的に詰められたであろう文言が整然と並んでいる。

 そして実際、首脳会合における具体的成果は通例と比べても多かったといえる。目玉はの一つは、「4つの30(Four Thirties、または30-30-30-30)」と呼ばれるNATO部隊の即応態勢向上のための取り組みであり、「NATO即応性イニシアティブ(NATO Readiness Initiative)」と名付けられた[12]。方向性自体は2018年6月の国防相会合ですでに承認されていたが、今回、首脳レベルで再確認された。これは、有事の際にNATO諸国から、海は戦闘艦艇30隻、陸は30個機動大隊、空は30個戦闘飛行中隊を、30日以内に確保することを可能にするとの計画である。

 従来はNRF(NATO即応部隊:NATO Response Force)や、そのさらに即応性を高めたVJTF(高高度即応統合任務部隊:Very High Readiness Joint Task Force)など、小規模な緊急対応部隊の整備、およびバルト諸国とポーランドに対するNATO部隊の事実上の常駐(「強化された前方プレゼンス(enhanced Forward Presence:eFP)」)に重点が置かれてきたが、ここにきて、「4つの30」という形でより大規模な有事を見据えた増派の態勢整備が目指されたのである。

 さらに司令部組織の改変も今回の目玉の一つだった。冷戦後廃止されていた北大西洋を担当する司令部を米ノーフォークに復活させ、欧州内の軍の移動性(military mobility)を中心に兵站に特化した司令部をドイツに設置することになった。いずれも、「4つの30」イニシアティブに符合するものである。

 というのも、通常戦力の結集が求められる本格的有事においては、米本土からの航路による増派ルートとしての北大西洋が死活的に重要となる。加えて、欧州内での増派には域内の移動が不可欠であり、そこでは、戦車や装甲車など重量のある車両の移動のためのインフラの整備や、武器弾薬を含めた装備品の国境をまたぐ移動に関する手続きの平準化・簡素化などに取り組むことが必要になる。これらを手当てしたのが今回の司令部改革である。

 加えて、サイバー分野の能力強化も強調されている。これにはサイバー攻撃能力も含まれるとみられる[13]。また、NATO司令部の一部としてサイバー空間作戦センター(Cyberspace Operations Centre)のベルギーへの設置も合意された[14]。この他、EU(欧州連合)との協力も大きな成果の一つであり、NATO・EU協力のための新たな宣言が採択されている[15]。特に、上述の移動性はEUが常設構造化協力(Permanent Structured Cooperation:PESCO)という新たな枠組みで取り組んでいる課題であり、この分野でのNATO・EU協力の必要性は極めて高い[16]。

 こうした成果に鑑みれば、今回の首脳会合にいたる準備段階では、従来どおりのプロセスが繰り広げられ、米国もハッチソン大使(元テキサス州選出共和党連邦上院議員)率いるNATO代表部をはじめとして、国防総省、国務省、国家安全保障会議(NSC)が十分に調整し、建設的に主導権を発揮していた様子が窺われる[17]。現実派のマティス国防長官の役割も大きかったとみられる。

 なお、国防予算問題についてブリュッセル首脳会合宣言は、2014年9月のウェールズ首脳会合で示された2024年までの努力目標としてのGDP比2%を再確認したのみで、トランプ大統領が新たに主張しはじめた(米国自身達成していない)GDP比4%という数字には一切触れていない。2024年までという達成期限の前倒しについても、文書上の裏付けはない[18]。

70周年に向かうNATO

70周年に向かうNATO

 こうした具体的成果を踏まえれば、今回の首脳会合は、首脳による会合「以外」の部分は大きな成功を納めたという評価になる。この議論をさらに一歩進めれば、トランプ政権が続く限り、NATOは首脳会合を行わない方がうまくいくということになる。NATOにおける首脳会合は、いわば「箔付け」としては重要だが、外相会合や国防相会合で全ての意思決定が可能である(さらにいえば、大使級の会合でも全ての決定ができる)。少なくとも、トランプの一人芝居に付き合わされるのであれば、首脳会合などやらない方がよいとの感覚は、関係者の多くで共有されることになったといえる[19]。

 しかし、NATOは来年(2019年)に創設70周年を迎える。最近だけでも、50周年の1999年は米ワシントンで、60周年の2009年は仏ストラスブール・独ケールで、それぞれ記念の首脳会合が開催されている。70周年の首脳会合が行われないのは不自然であるし、実際、ブリュッセル首脳会合宣言の最後の段落は、2019年に再び首脳会合を開催することに触れている。しかし、通常であれば明記される開催地に関する記載がない[20]。手を挙げる国がなかったのだろう。

 そんな状況のNATOを、「強くなった」として楽観視することは当然できない。今回トランプ大統領が改めて示したのは、同盟など負担でしかなく、しかもその物差しはお金のみであるとの基本的考え方である。これは、戦後の世界を支えてきた米国の同盟観からの大きな転換である[21]。米国の同盟国は重大な局面に立たされているといってよい。

 短期的には、米国以外のNATO加盟国が国防予算を増額させることで、トランプ大統領の怒りというNATO最大の波乱要素を回避するしかない。これについてトランプ政権は、各国の国防予算増額計画の提出を求め、2024年までという当初の目標年限からの前倒しでのGDP比2%の達成に圧力をかけるだろう。

 同盟の全てが金銭の計算で成り立つとの考え方のもとでは、有事が発生した際の集団防衛(NATOでは北大西洋条約第5条)の措置も「ペイするか」がまず問われるということになりかねず、これでは同盟は機能しない。有事の際の戦闘を伴うような同盟国の防衛は、短期的な視野に立った金銭計算ではマイナスになるのが当然だからである。

 実際、トランプはNATO首脳会合後のFOXニュースとのインタビューで、(NATO加盟国である)モンテネグロは「攻撃的であり、そうなったら第三次世界大戦だ」と述べている[22]。そこまではいわなかったものの、「もちろんそんなことはご免だ」との主旨であろう。

こうして今日のNATOは、同盟の盟主がその根幹に疑問を投げかけつつ、しかし同盟としては何とか平静を装っているような状況である。当面は、「トランプからいかにNATOを守るか」が主眼となる。しかし、今回のブリュッセル首脳会合を受けて、米国は信頼できないパートナーであるとの認識が欧州でさらに固まったことは否定できない。NATO首脳会合直後のドイツでの調査では、プーチン大統領よりもトランプ大統領の方が世界にとって危険だとの回答が64%にのぼった[23]。

 ブリュッセル首脳会合直後の7月16日、ヘルシンキでトランプ・プーチン両大統領による米露首脳会談が行われたのと同じ日に、北京ではEU・中国首脳協議が開催された。そして翌17日には東京での日・EU首脳協議でEPA(Economic Partnership Agreement:経済連携協定)とSPA( Strategic Partnership Agreement:戦略的パートナーシップ協定)の署名式が行われている。これらはNATOに直接の関係はなく、タイミングも偶然の要素が大きいものの、何かを示唆するような展開だった。さらに7月25日に来日したドイツのマース外相は、東京での講演で、トランプ政権の方向性が日欧の「共通の試練」だと指摘し、日独・日欧協力の強化を訴えた[24]。

 もちろん日本にとって、特に安全保障・防衛を考えた場合に、米大統領が誰であれ日米同盟以外の選択肢は当面存在しない。程度の差こそあれ、欧州にとっても米国との同盟を捨て去ることは困難であるし、それは欧州諸国の利益にも合致しないと考えられている。だからこそ苦悩が深まるのである。しかし、米欧同盟の行方に深刻な疑念が生じており、その一つの結果として欧州では、日本との協力を含めて対外関係上のさまざまな模索が始まっている。こうした状況は日本でも意識しておく必要があろう。米欧関係悪化の余波である。

(2018/08/01)

脚注

  1. 12017年5月の会合については、鶴岡路人「全てが振り出しに戻ったトランプ大統領の欧州訪問――日本にとっても対岸の火事ではない」ハフポスト日本版(2017年5月29日)を参照。
  2. 2White House, “Remarks by President Trump and NATO Secretary General Jens Stoltenberg at Bilateral Breakfast,” Brussels, 11 July 2018.
  3. 3“Trump’s whiplash NATO summit,” Politico.eu, 12 July 2018.
  4. 4 White House, “Remarks by President Trump at Press Conference After NATO Summit,” Brussels, 12 July 2018.
  5. 5最も詳細な検証として、“Druckversion - Friendly Fire: Trump Takes Aim at Germany and NATO,” Spiegel Online International, 13 July 2018 を参照。
  6. 6“Trump’s whiplash NATO summit,” Politico.eu, 12 July 2018; “Donald Trump gives final tongue-lashing to Nato allies,” Financial Times, 12 July 2018 (online).
  7. 7“Press conference by NATO Secretary General Jens Stoltenberg at the conclusion of the Brussels Summit,” NATO HQ, Brussels, 12 July 2018.
  8. 8White House, “Remarks by President Trump at Press Conference After NATO Summit.”
  9. 9Ashish Kumar Sen, “Trump’s NATO Strategy: Shake, Rattle, and Commit,” Atlantic Council, 12 July 2018.
  10. 10渡部恒雄「唯我独尊と化したトランプ大統領――同盟国軽視とロシア宥和の『落とし穴』」国際情報ネットワーク分析(IINA)、2018年7月26日。
  11. 11 “Brussels Summit Declaration,” Issued by the Heads of State and Government participating in the meeting of the North Atlantic Council, Brussels, Press Release (2018) 074, 11 July 2018.
  12. 12“Brussels Summit Declaration,” para. 14.
  13. 13“Brussels Summit Declaration,” para. 20. 同パラグラフには、「我々を害する相手にコストを賦課する手段の向上のために[NATO内での]協力を続ける」との文言がある。また、「国家が保有するサイバー効果(sovereign cyber effects)を統合する」とも表明されている。後者は、2018年6月のNATO国防相会合後の記者会見でストルテンベルグ事務総長が最初に使用した表現である。“Press conference by NATO Secretary General Jens Stoltenberg following the meeting of the North Atlantic Council (NAC) in Defence Ministers' session,” NATO HQ, Brussels, 7 June 2018.
  14. 14 “Brussels Summit Declaration,” para. 29.
  15. 15 “Joint Declaration on EU-NATO Cooperation by the President of the European Council, the President of the European Commission, and the Secretary General of the North Atlantic Treaty Organization,” NATO, Press Release (2018) 095, Brussels, 10 July 2018.
  16. 16鶴岡路人「岐路に立つ米欧関係と欧州『自律性』の模索」『外交』第49号(2018年5-6月号)参照。
  17. 17Robbie Gramer, “U.S. Envoy to NATO: A Washington Insider Caught Between Trump and a Hard Place,” Foreign Policy, 11 July 2018 (online).
  18. 18“Brussels Summit Declaration,” para. 3.
  19. 19Derek Chollet and Amanda Sloat, “Ban NATO Summits: As long as Donald Trump is president, they're just not worth it,” Foreign Policy, 13 July 2018 (online).
  20. 20“Brussels Summit Declaration,” para. 79.
  21. 21中山俊宏「トランプ外交の一貫性――シャルルボワ、シンガポール、ブリュッセル、ヘルシンキで見えてきたもの」SPFアメリカ現状モニター、2018年7月25日。
  22. 22 “‘Very aggressive’: Trump suggests Montenegro could cause world war three,” Guardian, 18 July 2018 (online); “Trump says defending tiny NATO ally Montenegro could lead to World War III,” Washington Post, 18 July 2018 (online).
  23. 23 “Germans fear Donald Trump more than Vladimir Putin, poll finds,” dw.com, 15 July 2018 (online).
  24. 24「ハイコ・マース外務大臣、政策研究大学院大学においての講演」東京、2018年7月25日(在日ドイツ連邦共和国大使館ウェブサイト)。