インドの筋書き通りのサミットだった。ロシアのプーチン、中国の習近平という「悪役」不在のなか、主演として内外の注目を独り占めしたのがインドのモディ首相だ。クライマックスはいきなり訪れる。開催初日9月9日の午後、「バーラト(Bharat)」[1]と書かれた国名プレートを前にした議長のモディ首相は突然、「すべてのチームの懸命な努力の結果、G20首脳宣言についてコンセンサスを得ることができました」と、首脳宣言採択を一方的に発表したのである[2]。誰もが仰天しただろうが、米国のバイデン大統領、日本の岸田首相をはじめ、出席したすべての首脳が拍手で応じた。

出典:G20 India 2023.

「世界のインド」への貢献

 世界をあっと言わせたクライマックスの舞台裏ではどのような動きがあったのか。そもそも、今回のサミットではG20が始まって以来初めて首脳宣言が発出できない事態も予想されていた。ロシアによるウクライナ侵略をめぐって西側と中ロとの溝が深まっていたからである。実際、この半年余りの間にインド各地で開催されてきた閣僚会合では、一度も共同声明を出すことができていない。中ロは、国連総会と安保理でのロシア非難決議に言及した昨年のバリ宣言すら受け入れないのに対し、西側各国はバリ宣言からの後退は許されないとの立場を主張してきた[3]。ところが、9日にモディ首相が発表した首脳宣言にはロシア非難どころか、ロシアへの言及すら消えた。「G20には誇れるものは何もない」と即座にウクライナ報道官が批判したように、バリ宣言からの後退は明らかだった[4]。

 さまざまな報道を総合すると、少なくともサミット直前まで、首脳宣言のコンセンサスは成立していなかったようだ。そんななかで、インドのシェルパが開催前夜に、前回議長国のインドネシア、次回、次々回議長国のブラジル、南アとともに「最終案」なるものを各国に提示し、「異論があればモディ首相に直接言ってほしい」と通告したという[5]。初日の午後まではどの首脳からも異論が出なかったが、その後の異論を封じる狙いから、またバイデン大統領が滞在中で[6]、世界の注目が集まっている初日のうちに発表に踏み切ったものと思われる。

 それにしても、なぜ西側各国は、ウクライナへの裏切りとも受け止められかねないような宣言案に同意したのだろうか?それは一言で言えば、「非西側」ではあるけれども、中ロのような「反西側」とは一線を画す新興国との関係を重視したからにほかならない。なかでも日米豪がクアッドの枠組みで連携を深めるインドは、対中国を念頭においた西側のインド太平洋戦略にとって不可欠なパートナーと位置付けられてきた。インドのGDPは現段階でも世界第5位であり、IMFによれば、2027年には日本を上回って世界第3位になると見積もられている[7]。対中戦略上、無視できないパワーなのは明らかだ。そのインドの面子を潰すわけにはいかないと考えるのは当然だろう。それに、もし西側が首脳宣言の発出を妨げ、G20という枠組みの形骸化を許すならば、インドを含む「非西側」を、BRICSや上海協力機構(SCO)のような「反西側」に追いやってしまう恐れもある。

 インドのかなり強引な「コンセンサス」形成は、自らが西側に「望まれている」というポジションにある現実を巧みに利用したものだったといえよう。ジャイシャンカル外相は、「G20はインドを世界に通用する国にし、世界もインドを受け入れるのに寄与した」と成果を誇った[8]。たしかに、台頭するインドのパワーを世界に見せつけたG20サミットであった。

「世界のモディ」像の形成

 しかし今回のG20サミットのもつ意味はそれだけにとどまらない。インドの国民に刻み込まれたであろう、世界の偉大な指導者、「グル」としてのモディの姿である。

 G20議長国となった昨年末以来、モディ首相の写真を大写しにしたG20の看板、ポスターがインドの街中に溢れた。モディのおかげでG20が主催できることになったのだと誤解する国民が出るのも不思議ではない。今回のG20サミットほど、個人化と政治利用が顕著なサミットはほかに例がなく、2016年の杭州サミットでの習近平による個人化と政治利用をはるかに上回るとも指摘される[9]。

 世界の名だたる国の首脳が居並ぶなか、議長としてコンセンサス成立を発表するモディのパフォーマンスをインドの多くのメディアはこぞって賞賛した。誰しもが無理だと思っていた「コンセンサス」を実現できたのは、モディのリーダーシップによるものだ、と実務を担当したインドのシェルパも、ジャイシャンカル外相も、アミット・シャー内相も喧伝した。政府の閣議と、与党インド人民党は、モディを礼賛する決議を採択した[10]。

 インド国内では失業の増加や物価高騰に対する国民の不満が渦巻きつつある。他方で、モディ首相個人への国民の人気は根強い[11]。チャイ売りの少年から身を起こした庶民性と巧みな弁舌、そしてなによりも多少強引でも、強い指導者に対する国民の憧れが高い支持の背景にある。2024年春の総選挙に向け、政府与党としてはモディ首相を前面に押し立てて戦うほかない。G20後のインド国内の報道を見る限り、世界における偉大な指導者としてのモディ像を投影させる演出は功を奏したように思われる。その意味では、インドの、という以上に、「モディの、モディによる、モディのためのサミット」であった。

高揚感のなかで浴びせられた冷や水

 ただし、G20サミットの舞台裏では、不穏な空気も流れ始めていた。モディ首相とカナダのトルドー首相との冷ややかな関係である。まず9日の首脳夕食会をトルドー首相は「スケジュールの都合」を理由に欠席した。翌日に行われた二国間個別会談でモディ首相は、トルドー首相に対し、カナダ国内でインドからの独立を主張するシク教徒過激派の活動が野放しにされている問題について、面と向かって「叱責した」という[12]。さらにその日のうちにカナダへ帰国予定だったトルドー首相の専用機が「機体不良」に見舞われ、2日間インドに足止めを食らったことも憶測を招いた。

 そうしたなかで、やっと帰国したトルドー首相から爆弾発言が飛び出した。インド起源のシク教徒でカナダ国籍のハルディープ・シン・ニジャールが6月にカナダのブリティッシュ・コロンビア州で殺害された事件に、インド政府が関与した疑いがあると9月18日のカナダ連邦議会で述べたのである[13]。この疑いをG20の際にもモディ首相には伝えたという。カナダ政府はただちに諜報機関出身のインド外交官を国外退去処分とした。

 インドは「馬鹿げた話」だとして、政府の関与を否定する一方で、カナダはシク教徒過激派を匿ってきたと反論している。ただ、カナダは米国を含む情報協力、ファイブ・アイズのなかでインド関与の情報を共有しているともみられ、米国のカナダ大使もインド関与が事実なら、「ルールに基づく国際秩序に反する行為」と言明した[14]。

 G20サミットで、自国の優位性をフルに活用して、対外的にも国内的にも成果を上げたインドとモディだが、この問題の展開と対応次第ではせっかくの成果も水泡に帰するかもしれない。

(2023/10/06)

脚注

  1. 1 バーラトとはヒンディー語をはじめインドの複数の言語で「インド」を意味する言葉である。インド憲法には、「インド、すなわちバーラト」と書かれているが、国際的な場面でバーラトという表現が使われることはなかった。しかし今回のG20開催前、各国首脳らに送られた印大統領主催夕食会の案内状が、従来の”President of India”ではなく、”President of Bharat”と表記されたことで大きなニュースになった。
  2. 2 “India PM Modi says G20 leaders' declaration adopted,” Reuters, September 9, 2023.
  3. 3 たとえば、EUや日本の高官はサミット直前になってもインドの宣言案は不十分であるとしていた。“Indian Text on Ukraine Does ‘Not Go Far Enough’, Says EU Official on G20 Declaration Draft,” The Wire, September 6, 2023; Suhasini Haidar and Ananth Krishnan, “New Delhi declaration ‘almost ready’, says India’s G-20 Sherpa, as Ukraine para remains sticking point,” The Hindu, September 8, 2023.
  4. 4 「G20首脳宣言、ロシア非難弱まる ウクライナは「失望」」『日本経済新聞』2023年9月10日。
  5. 5 Suhasini Haidar, “Summit without a declaration would have meant death for the G-20: German Ambassador,” The Hindu, September 12, 2023.
  6. 6 バイデン大統領は2日目の午前中のうちにデリーから次の訪問先ベトナムに向かうことになっていた。
  7. 7 IMF, World Economic Outlook Database, April 2023 Editionによる。
  8. 8 Rezaul H Laskar, “India world-ready, world India-ready: Jaishankar at G20 Summit,” Hindustan Times, September 10, 2023.
  9. 9 Ananth Krishnan and Suhasini Haidar, “New Delhi G-20 summit | How PM Modi turned an annual diplomatic event into a grand political spectacle,” The Hindu, September 14, 2023.
  10. 10 “Union Cabinet, BJP pass resolutions lauding PM’s leadership of ‘people centric G20 Summit’,” The Hindu, September 13, Updated September 14, 2023.
  11. 11 India Today誌の2023年9月4日号に掲載された世論調査、”Mood of the Nation”によれば、56%が雇用状況をきわめて深刻とし、62%が生活費の上昇に苦しんでいると回答している。その一方で与党インド人民党に投票する最大の要因として、44%はモディが首相だからと答えている。モディの支持率は依然として6割を超えている。
  12. 12 “Modi scolds Trudeau over Sikh protests in Canada against India,” Reuters, September 11, 2023.
  13. 13 中井大介・石原孝「インド政府、カナダでシーク教徒殺害に関与か トルドー首相が明かす」『朝日新聞』2023年9月19日。
  14. 14 Julian E. Barnes and Ian Austen, “U.S. Provided Canada With Intelligence on Killing of Sikh Leader,” The New York Times, September 23, 2023.