(1) イラン核施設の爆破

 2021年4月、イラン・ナタンズの核施設で爆発が起こり、大きなダメージを与えた。施設の電源設備は完全に破壊され、中心的な設備である遠心分離機への電源供給が止まった。その結果、これら機器の多くが破損したとされている。爆発は小さかったとイラン政府は発表しているが、爆破の被害を見ようとしたイラン原子力庁(AEOI)のスポークスマンが7メートル落下し、大怪我を負っている[1]。実際には、相当な大穴が空いているということなのかもしれない。

 この爆破工作を、イスラエルによるものだとして、イランは非難している[2]。事件当時にイスラエルの情報機関モサド長官を務めていたヨッシ・コーヘン(Yossi Cohen)は、事件の二カ月後に退任しているが、これが最後の大仕事だったのだろうか。退任後のテレビインタビューで「かつて遠心分離機が回転していた」ナタンズは様変わりしていることだろうと発言している[3]。モサドの関与を明言こそしなかったが、爆破による遠心分離機へのダメージが相当なものだったと示唆した形である。具体的な被害規模は明かされていないが、数千基の旧式の機体が破損したとの報道も見られる[4]。

 本稿では、イスラエルとイランの間で繰り返される爆破工作やサイバー攻撃に検討を加え、その上でグレーゾーン事態の継続が、今後の国際関係においてどのような影響を与えるか考察する。

(2) イスラエルに切り札を切らせたもの

 先述の元モサド長官コーヘンへのインタビュー番組では、かつてナタンズの遠心分離機の土台として強固なプラットフォームが設置されたとき、イラン人たちは、そこに既に大量の爆発物が仕込まれていたことに気付かなかったと語られている[5]。また、イスラエル元首相のエフード・オルメルトも、作戦に関する直接的な知識は持たないとしながら、爆発物が10~15年前に仕掛けられていた可能性を示唆している[6]。はるか以前に仕掛けられながら、長きにわたって温存されてきた切り札をイスラエルは切ったのであろう。その契機となったものの一つとして、その前週にウィーンで始まった大国間協議が考えられる。ウィーン対話と呼ばれるこの一連の対話では、イラン核合意(JCPOA)への米国の復帰と、イランの合意順守を目指した話し合いが持たれている。この対話には英国、中国、フランス、ドイツ、ロシア、EU(欧州連合)が参加している。イランが直接の対話を拒んでいるため、米国とイランの使節団はウィーンの別々のホテルに滞在し、欧州使節の仲介によって間接的に対話を進めている[7]。

 ナタンズでの爆破事件当時にイスラエル首相を務めていたベンヤミン・ネタニヤフは、2015年の締結当初からJCPOAに強く反発してきた。ネタニヤフとつながりの深いトランプ大統領の政権下にあった米国は、2018年に、この合意を単独で一方的に脱退している。しかし、これとは打って変わって、2021年1月に始まったバイデン政権は合意への復帰を目指している。ネタニヤフ首相はこの米新政権の姿勢にも強く反発している。このような背景を踏まえたものか、作戦をネタニヤフ首相がウィーン対話の妨害を狙ったものと解釈する報道も見られる[8]。

 そして、このネタニヤフ首相のバイデン政権への懐疑的姿勢は、ナタンズ爆破工作を米国政府に事前に知らせることをためらわせたようだ。米ニューヨークタイムズ紙の報道によると、攻撃実行のわずか2時間前に初めてイスラエルから米国政府への報告がされている。米国の関係者は、これを重大な不文律違反だとしている。ここでいう不文律とは、イスラエルが秘密作戦を行う場合、事前に米政府に知らせ、異議を唱える機会を与えるというものだったという[9]。

 また、この爆破工作が実行されたのは、新任の米国防長官であるロイド・オースティンがイスラエルへ初訪問するわずか数時間前のことだったという[8]。会合でナタンズの作戦への言及があったかは定かでないが、会合に先立つわずかな時間に、事前連絡はしたという既成事実を作りたかったのかもしれない。

(3) 三度に渡るナタンズへの攻撃

 ところで、ナタンズの核施設であるが、これは数万基の遠心分離機の運用を可能とするウラン濃縮施設である。天然ウランを濃縮し濃縮ウランとすることによって、原子力発電に使用する核燃料とすることができる。そして更に濃縮度を高め、核ミサイルの弾頭に使用する高濃縮ウランを生産することも、施設を高度化することによって実現できる。イランはその核開発をあくまで平和利用のためのものであると主張してきた。しかし、実際には核兵器の保有を目指しているのではないかとイスラエルや米国、欧州諸国に疑われてきたし、最近では国際原子力機関(IAEA)事務局長もまたその可能性を捨てきれないと発言している [10] [11]。

 このようなナタンズの核施設であるが、これまでにも、二度の攻撃に見舞われている。2010年に発覚したサイバー攻撃と、2020年の爆破工作である。2010年に露見した同施設へのサイバー攻撃は、その大規模さと精密さからサイバー空間における国際紛争史において突出した存在となっている。攻撃を受けた施設は安全保障上の観点からインターネットと接続されてはいなかった。このように、オンラインでのサイバー攻撃を防ぐ対策をエアギャップと呼ぶ。しかし、攻撃者らは施設内に実際に人を送り込んでUSBドライブを持ち込ませることによって、この最初の関門を乗り越えている [12]。

 このとき狙われたのはウラン濃縮施設の中核をなす遠心分離機という設備であった。これは、音速を超える回転を行うことによって、ガス状にされて内部に封入されたウラン化合物の濃度を高める円筒状の精密機器である。送り込まれたマルウェア(悪意のソフトウェア)は、これを制御する独シーメンス社製ソフトウェアを乗っ取り、機器に異常な回転を起こさせたのである。このときは、その異常動作によって1千基程の遠心分離機が破損したと見られている [13]。

 このときに見られたように、サイバー攻撃によって実際にモノが壊せるはずであるという警鐘は古くから鳴らされてきていた。コンピューターシステムが物理的な施設を制御し動かしている以上、これらに異常な動作をさせ、破壊したり損傷させたりすることは可能なわけである。このようなシステムをサイバーフィジカルなシステムと呼び、それを対象としたサイバー攻撃をサイバーフィジカル攻撃と呼ぶ。サイバーフィジカル攻撃が壮大な規模で実現され、世界の耳目を集めたのは、まさにここナタンズの地であった。

 このサイバー攻撃に使用されたマルウェアは分析者らによって「スタックスネット(Stuxnet)」と名付けられている。この攻撃はまた、米国とイスラエルの情報機関による共同作戦と見られることから、国家による大規模なサイバー攻撃の実例として、現在も特筆すべき存在であり続けている [14]。

(4) 準軍事作戦としてのサイバー攻撃

 ナタンズへの二度目の攻撃は、今回、三回目のものに見られたような爆破工作であった。2020年7月に、イラン・ナタンズの地上施設で爆発が発生している。破壊された作業施設では、その内部で最終組み立て段階にあった新型の遠心分離機や精密計測機器が破壊ないし損傷させられた [15] [16]。爆発物は、長年に渡って信用されてきた業者によって仕掛けられたものであったと結論づけられている。イラン政府スポークスマンは「このイスラエルが用いた手法」は危険なもので、世界に拡散しかねないものだとして非難する声明を発している [17]。

 このように、2020年の爆破は、高度な遠心分離機の破壊を狙ったものと解釈できる。そして2021年の爆破もまた、同施設で新型遠心分離機の運用が開始された翌日に実行されている。このことは、ナタンズへの新型遠心分離機の導入をイスラエルがいかに警戒しているかを示しているように見える。これら三回に渡るナタンズに対するサイバー攻撃と爆破工作を列挙すると、以下の通りとなる。

表1. ナタンズ核施設への攻撃

時期 手法 攻撃対象 疑われる攻撃者 出典
2007~2010年頃 サイバー攻撃 遠心分離機 米国、イスラエル [14]
2020年7月 爆破工作 新型遠心分離機の組み立て場 イスラエル [15] [16]
2021年4月 爆破工作 電源施設 イスラエル [2]

 これらの攻撃に共通していることは、軍事作戦の一歩手前の攻撃手法が用いられたという点である。情報機関が爆破工作やサイバー攻撃などの実力行使を行う場合、これは秘密工作(covert action)の中でも準軍事作戦(paramilitary operation)と呼ばれるものに含まれるだろう。軍事作戦に近いものだが、その一歩手前にある行為ということである。このような秘密工作自体、議論を呼ぶ行為であるが、このような行為を軍事組織が行う場合、それは秘密の軍事活動(covert military activity)と呼ばれ、更に様々な問題を惹起し得る [31]。

(5) 戦争すれすれをゆく各国

 このような準軍事作戦ばかりがナタンズの妨害工作に採用されている背景には、イラン、イスラエル、米国といった関係する三カ国のいずれもが、本格的な戦争を望んでいないということがあるだろう。とはいえ、何かしらの攻撃をされたときに、それに対する報復を控えるのも難しい。相手に対して、攻撃に何のコストも伴わないというシグナルを送ることは避けたいことだろう。こうして、準軍事作戦の応酬にこれら三カ国は駆り立てられているのである。

表2. イラン・イスラエルを巡る近年の主な準軍事作戦

時期 被害 被害国 疑われる攻撃者 出典
2018年1月 核兵器開発関連資料窃取 イラン イスラエル [3]
2020年1月 ソレイマーニ司令官暗殺 イラン 米国 [18]
2020年4月 水利施設サイバー攻撃 イスラエル イラン [19] [20]
2020年5月 港湾施設サイバー攻撃 イラン イスラエル [21]
2020年7月 ナタンズ核施設爆破 イラン イスラエル [15] [16]
2020年8月 アルカイダ指導者暗殺 イラン イスラエル・米国 [22]
2020年11月 科学者ファクリザデ暗殺 イラン イスラエル [23]
2021年3月 貨物船ミサイル攻撃 イスラエル イラン [24]
2021年4月 革命防衛隊船舶機雷攻撃 イラン イスラエル [25]
ナタンズ核施設爆破 イラン イスラエル [2]

 表2に示した通り、近年、イランとイスラエルの間では、主として、暗殺と爆破が繰り返し行われている。また、2020年4月には、イスラエルの水利施設に対するサイバー攻撃も観測されているし、翌月にはイスラエルの報復と見られるサイバー攻撃によって、イランの港湾施設がマヒしている。このように、サイバー攻撃に訴えているのは、イスラエルや米国だけではない。スタックスネットの発覚以来、その反撃を意図したものか、サウジアラムコ社ハッキング事件、米金融機関への大規模DDoS攻撃(アバビル作戦)、米ニューヨーク州ボーマンアベニューダムのハッキング、米サンズ社のハッキング事件など、イラン政府との関係が疑われるイラン人ハッカーによるサイバー攻撃には枚挙にいとまがない [26] [27] [28] [29]。スタックスネット以降、これらの国家間では、サイバー攻撃が準軍事作戦の一つとして捉えられ、実際に繰り返し使用されているものと考えられる。

 しかし、例えばシリア領内のイランの軍事施設に対しては、イスラエル軍によるミサイル攻撃や空爆が繰り返し行われている。オマーン湾や紅海では、船舶へのミサイルや機雷、爆発物を用いた攻撃の応酬も見られる。2018年には、核兵器開発の証拠を入手するために、イスラエル情報機関モサドが実行部隊をイラン国内に送り込んでさえいる。なお、このとき送り込まれたチームは情報機関のもので、軍の部隊ではなく、また、イスラエル人は一人も含まれていなかったともいう [3]。しかし、ここまで来ると、果たして戦争が始まっていないと言えるのだろうかと疑う声も、イスラエル紙には見られるようになってきている [30]。

 このように、イランとイスラエルは、既に戦争に踏み込んでいるのではないかという微妙なレベルの準軍事作戦の応酬に陥っている。そこでは、サイバー攻撃が「武力行使」や「武力攻撃」と認識されにくいという特徴を活用したグレーゾーン事態が継続されていることが見て取れる。しかし同時に、このようなサイバー攻撃の応酬に往々にして観測されるエスカレーションも起こっている。このようなサイバー攻撃を含んだ準軍事作戦の応酬は、いつそれが、両国や米国の恐れるレベルに至らないとも限らないように見える。そのような事態を当事国はいずれも望んでいないだろう。米国はイスラエルが始めるかもしれない中東の戦争に意図せず巻き込まれることを敬遠してきた。そして、イスラエルに単独でイランを圧倒する力はないし、イランの弾道ミサイルの射程範囲には、イスラエルの首都テルアビブが入っているのである。

(2022/03/22)

脚注

  1. 1 "Iran says Natanz was hit by 'small explosion,' claims damage quickly repairable," The Times of Israel, April 12, 2021.
  2. 2 "Iran blames Israel for sabotage at nuclear site," TV7 Israel News, April 12, 2021.
  3. 3 "In stunning, revelatory interview, ex-Mossad chief warns Iran, defends Netanyahu," The Times of Israel, June 11, 2021.
  4. 4 Yaakov Lappin, "Natanz blast 'Likely took 5,000 centrifuges offline,'" Jewish News Syndicate, April 23, 2021.
  5. 5 "Key passages from outgoing Mossad chief's unprecedented TV interview," The Times of Israel, June 11, 2021.
  6. 6 "Olmert says Iran Natanz bomb could have been planted 10-15 years ago," The Times of Israel, April 14, 2021.
  7. 7 "Explainer: Issues in Vienna Nuclear Talks," The Iran Primer, May 7, 2021.
  8. 8 Amos Harel, "Israel-Iran Conflict: The Hand That Fanned the Flames Now Seeks to Quell Them," Haaretz, April 16, 2021.
  9. 9 Jullian E. Barnes, Ronen Bergman and Adam Goldman, "Israel's Spy Agency Snubbed the U.S. Can Trust Be Restored?" The New York Times, August 26, 2021.
  10. 10 Patrick Wintour, "US and Europe dismiss IAEA warning in hope of reviving Iran nuclear deal," The Guardian, June 7, 2021.
  11. 11 Kelsey Davenport, "Timeline of Nuclear Diplomacy With Iran," Arms Control Association, November, 2021.
  12. 12 Kim Zetter and Huib Modderkolk, "Revealed: How a secret Dutch mole aided the U.S.-Israeli Stuxnet cyberattack on Iran," Yahoo! News, September 3, 2019.
  13. 13 Adam Segal, "Cyber Conflict after Stuxnet: The View from the Other Bank of the Rubicon, " Hannah Pitts, Cyber Conflict After Stuxnet: Essays From The Other Bank of The Rubicon, the Cyber Conflict Studies Association, 2016, pp.1-42.
  14. 14 David E. Sanger, Confront and Conceal : Obama's Secret Wars and Surprising Use of American Power, Broadway Paperbacks, 2012.
  15. 15 "Iran nuclear: 'Incident' at Natanz uranium enrichment facility," BBC News, July 2, 2020.
  16. 16 Farnaz Fassihi, Richard Pérez-Peña and Ronen Bergman, "Iran Admits Serious Damage to Natanz Nuclear Site, Setting Back Program," The New York Times, July 5, 2020.
  17. 17 "Iran names alleged perpetrator of blast at Natanz nuclear site — report," The Times of Israel, July 24, 2020.
  18. 18 Deirdre Shesgreen and Tom V. Brook, "US launched Baghdad airstrike that killed Iranian military leader Qasem Soleimani," USA Today, January 3, 2020.
  19. 19 Joby Warrick and Ellen Nakashima, "Foreign intelligence officials say attempted cyberattack on Israeli water utilities linked to Iran," The Washington Post, May 8, 2020.
  20. 20 "Iranian Cyberattack Aimed to Raise Chlorine Level in Israeli Water, Report Says," Haaretz, June 1, 2020.
  21. 21 Joby Warrick and Ellen Nakashima, "Officials: Israel linked to a disruptive cyberattack on Iranian port facility," The Washington Post, May 18, 2020.
  22. 22 Adam Goldman, Eric Schmitt, Farnaz Fassihi and Ronen Bergman, "Al Qaeda's No. 2, Accused in U.S. Embassy Attacks, Was Killed in Iran," The New York Times, November 14, 2020.
  23. 23 "Mohsen Fakhrizadeh: Iran scientist 'killed by remote-controlled weapon,'" BBC News, November 30, 2020.
  24. 24 Lazar Berman, "Iran blamed as Israeli-owned ship said hit by missile near Oman," Al-Monitor, March 25, 2021.
  25. 25 "Israel-Iran sea skirmishes escalate as mine damages Iranian military ship," The Straits Times, April 7, 2021.
  26. 26 Jose Pagliery, "The inside story of the biggest hack in history," CNN Business, August 5, 2015.
  27. 27 "Manhattan U.S. Attorney Announces Charges Against Seven Iranians For Conducting Coordinated Campaign Of Cyber Attacks Against U.S. Financial Sector On Behalf Of Islamic Revolutionary Guard Corps-Sponsored Entities," U.S. Department of Justice, March 24, 2016.
  28. 28 Tracy Connor, Tom Winter and Stephanie Gosk, "Iranian Hackers Claim Cyber Attack on New York Dam," NBC News, December 24, 2015.
  29. 29 "Sands Casino Website Hacking: Some Customers' Data Was Stolen," NBC News, March 1, 2014.
  30. 30 Alon Pinkas, "Analysis | Netanyahu Plays Dangerous Game With Iran and Biden. It Could Help Him Politically," Haaretz, April 12, 2021.
  31. 31 マーク・M・ローエンタール, 茂田宏(訳)『インテリジェンス ― 機密から政策へ』慶応義塾大学出版会, 2011, p.212.