はじめに
第2次ドナルド・トランプ政権の「西半球」重視は、ラテンアメリカ諸国の動向を変化させているようにも見える。トランプ版棍棒外交の影響を受けて、ラテンアメリカでは今、右旋回が生じているという声も少なくない。実際、第2次トランプ政権誕生以降に実施されたエクアドル、ボリビア、チリ、ホンジュラス、コスタリカ、コロンビア、ペルーの大統領選挙では全て右派が勝利した。これらの選挙では、右派候補が米国との関係改善を謳い、トランプもそれを歓迎した。米トランプ政権との蜜月を想起させることによって右派が勝利する現象は「オレンジの波」とも呼ばれ[1]、この部分だけを切り取れば、トランプの「西半球」政策は機能しているように思える。
しかし、必ずしもそうとは言い切れない面もある。選挙に関する分析はブラジルの大統領選挙が終わる次回に譲るとして、本稿では、ラテンアメリカ地域で生じている新たな国際環境の変化を踏まえ、現在のラテンアメリカ情勢について検討してみたい。

ラテンアメリカにおける米中対立の深化
世界で米中対立が深まる中、ラテンアメリカ地域の国際環境を変化させたのもまた中国の到来である。概ね2000年以降、WTO(世界貿易機関)に加盟した中国はラテンアメリカ地域への進出を進めてきた。その目的は主に貿易や投資であったが、こうした介入が地域の左派の台頭を助け、ラテンアメリカ諸国の「米国離れ」を加速させた[2]。
当時、ラテンアメリカ諸国で生じた左旋回は、共産主義ではない左傾化であったため「ピンクの潮流」と呼ばれ、このことが、2008年のUNASUR(南米諸国連合)、2011年のCELAC(ラテンアメリカ・カリブ諸国共同体)などの米国を排した自律的な地域機構の発達につながった。地域における左派の台頭は伝統的に米国の警戒感につながるはずであるが、当時の米国は中東やアジアを重視し、ラテンアメリカへの関与を縮小していた。この傾向はバラク・オバマ政権まで続き、むしろ米国は中国の地域への介入を経済発展と地域の安定の観点から歓迎していた。
一方、中国の世界的な影響力が次第に大きくなると、米国もそれに対する警戒感を高めていった。それに合わせて再び米国が「忘れられた大陸」に対する関心を寄せたのは、第1次トランプ政権であった。しかし、「アメリカ・ファースト」を掲げる同政権の関心は、現政権と同じく国土安全保障に関する限られた範囲であった[3]。結果、米国はラテンアメリカ諸国からの信頼を失う。今や中国は米国を抜いて域内における主要な貿易相手国となり、ラテンアメリカ諸国からの支持も米国を超えて獲得している[4]。

現れた機会
こうした米中対立の激化は、ラテンアメリカにも新たな可能性をもたらした。それは、ラテンアメリカ諸国がこれまで一貫して追求してきた自律の促進である。1823年のモンロー宣言以降、米国という大国が地域覇権を握る秩序の中でラテンアメリカ政治は営まれてきた。安全保障上の脅威でありながら、地域秩序を管理する米国に対し、ラテンアメリカ諸国は依存と自律の狭間で揺れ動いてきたのである。
そんな中、新しい大国中国の到来という外的な要因によって域内のダイナミズムに変化が起きつつある。特に、ラテンアメリカ諸国において、米中対立という戦略環境を利用して自律を目指す声が高まりつつある点はこれまでにない現象だ。それを表すのが、近年注目される積極的非同盟(Active Non-Alignment)という考え方である。積極的非同盟とは、途上国が複数ある大国のいずれかの側につくことを拒否しつつ、各国の状況に応じて利用可能な最良の選択肢を選ぶことで国際関係における生き残りを図るという戦略である[5]。この概念は、仔細な違いはあれ、アジアなどを中心に議論されてきた、一国の大国に追従するのではなく、複数の大国との関係を調整しながら、利益を最大化し、コストの最小化を目指すヘッジング戦略と通底する。現代の(一部の)ラテンアメリカ諸国は、米国一国に依存せず、経済的利益と安全保障を同時に追求することができるようになったとの声もある[6]。
米中対立がもたらしたラテンアメリカの新時代
こうした議論の高まりや、実際のラテンアメリカ諸国の動向を見るに、第2次トランプ政権が掲げる「西半球」を再び勢力圏に置き、中国の影響力を排すかのような「モンロー主義へのトランプの系論」がどの程度機能するかに関する評価は、現在のところ抑制的である必要があろう。実際、第2次トランプ政権登場後、選挙で右派が勝利したアルゼンチン、ペルー、コロンビア、ホンジュラスでは、中国との関係は維持されている[7]。米国の影響力が同地域で増していることは事実であるが、それでも各国は中国との関係を意識しながら、国益を追求しようとしているのである。
これは、中国に対しても同様である。例えば、1993年に世界で初めて中国と「戦略的パートナーシップ」を結んだブラジルは、中国の「一帯一路」には参加していない。また、「一帯一路」に参加しているラテンアメリカの小国は、中国への接近を通じて国際的地位の向上を図ろうとしているに過ぎないと指摘する研究もある[8]。ゆえに、単にラテンアメリカ諸国が大国間政治に翻弄される脆弱な国家であるかのように見ることは本質を見誤る可能性がある。米国以外の大国が不在であったかつてのラテンアメリカとは異なる時代に突入しているのである。
おわりに
本小論では、米中対立がラテンアメリカ諸国の戦略的空間を開き、それによって利益を得ようとする各国の姿勢を確認した。その結果、米中の対ラテンアメリカ政策は、両国の思惑通りにいかない可能性があることを指摘した。
しかし、米中対立の深化によって可能となったラテンアメリカ諸国のヘッジング戦略(積極的非同盟)も、それを効果的に実行できるかどうかは各国の国力や、地理的条件、米国との関係に依存する。しばしば、ヘッジング戦略を採っている事例として挙がるのはブラジルだが、同国は域内でも国力が大きく、そのアイデンティティも他国と比べて異質である[9]。例外的な国家であるからこそ、積極的非同盟を体現できてきたともいえるのである。対して、メキシコや北部三角地帯(グアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドル)の3か国に対して、トランプ政権が国境管理の「外部化」を進めているように、米国に地理的に近い国はその影響を避けることは難しいだろう。これは、米国の圧力を受けて運河運営から中国を締め出したパナマも同様である。米中の影響力に抗して、どの程度強かな外交を展開できるかは、各国の状況によって異なるのもまた事実である。
さらに言えば、積極的非同盟に基づいた自律性の追求自体にも課題がある。各国がイシューに基づいて大国と連携するため、地域の結束を弱め、地域としての交渉力を縮小させる可能性がある点[10]、ヘッジングをする余地も大国間競争が激化することによっていずれ縮小していくかもしれない点などがその理由である[11]。
特に後者については、昨今、米中対立が激化するアジアにおいて、各国が米中どちらかを選択せざるを得なくなってきていることからも明らかである。であるならば、ラテンアメリカで積極的非同盟の議論が沸き上がっているのも、現在、地域での米中対立が他地域と比して落ち着いているからといえるかもしれない。

(2026/09/24)
脚注
- 1 “Latin America Has Turned Trumpy. That Creates Opportunities,” The Economist, June 25, 2026.
- 2 遅野井茂雄「米州関係における中国の台頭」日本国際問題研究所編『米中関係と米中をめぐる国際関係』2017年、231頁。
- 3 大澤傑「トランプ2.0が描く西半球」日本国際問題研究所、2026年1月16日。
- 4 Pew Research Center, “How do views of the U.S. and China compare in Latin America?” July 15, 2026.
- 5 Carlos Fortin, Jorge Heine, and Carlos Ominami, eds., Latin American Foreign Policies in the New, World Order: The Active Non-Alignment Option, London: Anthem Press, 2024.
- 6 Juan Pablo Sims and Brice Tseen Fu Lee, “Hedging under Hegemony: Domestic Pathways to Autonomy in Latin America,” Frontiers in Political Science, October 29, 2025.
- 7 Oliver Stuenkel and Adrian Feinberg, “Trump Can Play Kingmaker in Latin America. He Can’t Build Lasting Influence,” Emissary, June 25, 2026.
- 8 Zara Albright, Diego Telias, and Tom Long, “Latin American Small States in the Belt and Road Initiative: Narrating Status Amidst US-China Tensions,” Cambridge Review of International Affairs, March 2026, pp. 1-27.
- 9 Jorge Heine, “Brazil, the BRICS and Active Non-Alignment,” CEBRI-Revista, Vol. 4, No. 13, January-March 2025, pp. 40-57; Janina Onuki, Fernando Mouron, and Francisco Urdinez, “Latin American Perceptions of Regional Identity and Leadership in Comparative Perspective,” Contexto International, Vol. 38, No. 1, January-April 2016, pp. 433-465.
- 10 Mariano Aguirre Ernst, “Is Non-Alignment Possible for Latin America?” Chatham House, March 2, 2023.
- 11 Alexander Korolev, “Shrinking Room for Hedging: System-unit Dynamics and Behavior of Smaller Powers,” International Relations of the Asia-Pacific, Volume 19, No. 3, September 2019, pp. 419–452.
