はじめに

 2024年のアサド政権の崩壊と新政権の成立は、シリアの国家再建と中東の地域秩序をめぐる新たな局面を生み出した。なかでもトルコは、新政権との政治的関係に加え、軍事、安全保障、経済および復興の各分野で関与を拡大している。そのため、シリアの国家再建の行方を考察するには、トルコの対シリア政策を同国の対外戦略との関連から分析する必要がある。

 前稿では、トルコがハードパワーの拡充とバランス外交を通じて「自律的な地域大国」を目指す過程を論じたが[1]、シリア支援もこうしたトルコの戦略の一環と言える。トルコが「シリ​アの独自の軍事能力、インフラ開発に向けた取り​組みを引き続き支援していく」と表明したことも報じられている[2]。

 本稿では、トルコとシリアの軍事・経済上の結びつきを確認したうえで、シリアを舞台としたイスラエルとの衝突回避とロシアの限定的な関与にトルコがどう関わっていこうとしているのか分析したい。

シリア再建の基盤に関与するトルコ

 シリア支援におけるトルコの強みは、地理的近接性だけでなく、内戦期の反体制勢力との関係を通じて蓄積した現地ネットワークにある。これらはアサド政権崩壊後、新たな国家機構との協力を進めるための重要な足場となった。重要なのは、トルコの関与がシリア北部における軍事プレゼンスや駐留拠点にとどまらず、シリアがいかなる軍を編成し、それをどのように運用するかという国家再建の中核領域にまで及んでいる点である。

 2025年8月13日、両国は軍事訓練・助言に関する覚書を締結した。トルコ国防省によれば、協力の対象は訓練や経験共有に加え、装備・兵器システムおよび後方支援資材の調達にも及ぶ[3]。同年10月30日には、同省がシリア軍の一部部隊によるトルコ国内での訓練開始を発表し、翌日から49人のシリア人士官候補生を陸海空軍の士官学校で受け入れる方針も明らかにした[4]。部隊訓練と将来の幹部育成を並行して進める点に、この協力の特徴がある。単発的な武器供与とは異なり、シリア軍の組織文化や運用思想に中長期的な影響を及ぼし得るためである。

 こうした協力が継続すれば、訓練を通じて共有される作戦・運用指針や人的ネットワーク、さらには装備の整備・補給体制が相互に結びつき、両国間の長期的な安全保障協力の基盤となり得る。イスラエルのシンクタンクである国家安全保障研究所(The Institute for National Security Studies: INSS)は、2026年8月時点でみられるトルコ軍の一部前哨基地や施設の再編について、拠点の集約およびシリアとの安全保障協力の深化を伴う再編として位置付けている[5]。こうした見方に立てば、トルコが直接的な軍事プレゼンスからシリア国家機構への継続的関与へと重心を移しつつあると考えられる。

 一方、経済面では、2025年8月2日、アゼルバイジャン産天然ガスのトルコ経由によるシリア向け供給が開始され、年間12億立方メートルを供給目標とする輸出計画が示された[6]。

 さらに、2025年11月には、トルコの大規模インフラ事業を多く受注してきたカリヨン社およびジェンギズ社が参加するカタール主導の企業連合について、シリアの発電事業に関する投資・電力購入契約の締結が公表された[7]。契約の締結は直ちに事業の完成を意味しないが、トルコ企業が湾岸諸国の企業とともに長期的なインフラ事業に参画する枠組みが形成されつつあることを示している。単に復興資金の流入として捉えるのではなく、それがトルコ企業や輸送・物流網との補完関係を通じて、中長的な経済的結び付きを築こうとしていることがわかる。

 このように、トルコは自国資源のみでシリアを支援するのではなく、第三国の供給力とシリアの需要を結びつけるハブとしての役割を担っている。これは、外部アクターの参入が必ずしもトルコの存在感を低下させるわけではなく、むしろ資源・物流・インフラを媒介する接続機能を通じて、その戦略的重要性を高める可能性を示している。軍の再編を支える安全保障協力と、電力供給を支えるエネルギー輸送は、異なる支援に見えて、いずれも国家統治能力を支える基盤に関わる。トルコの特徴は、軍事・エネルギー・物流といった複数の領域を横断してシリア国家の機能回復に関与することで、軍事・経済上の結びつきを深めている点にある。

イスラエルとの衝突回避を模索するトルコ

 トルコはシリアにおける自らの優位性を維持するために、シリア再建への関与がイスラエルとの直接的な軍事衝突に転化することを防がなければならない。2025年4月、トルコ軍が展開候補として調査したT4、パルミラ、ハマーの各基地をイスラエルが空爆したとロイターは報じた[8]。また、2026年8月18日、イスラエル軍機が同日未明、シリア北西部イドリブ県東部郊外にあるアブー・ズフール航空基地の滑走路に対して8回の爆撃を行ったことも報じられている[9]。

 イスラエルがトルコの地域的影響力の拡大を警戒する主要な要因の一つとして、シリアをめぐる両国の安全保障上の利害が挙げられる。イスラエル政府はシリア南部の非軍事化を明示的な政策目標としており、同地域への部隊や兵器の侵入を自国の安全保障にかかわる問題として位置付けている[10]。他方、トルコはシリアの領土的一体性を支持するとともに、シリア北部での軍事作戦や治安維持、復興支援への関与を継続してきた[11]。そのため、イスラエルの姿勢は、シリアにおけるトルコの長期的な軍事的関与が自国の安全保障環境に与えうる影響を予防的に警戒するものと理解することができる。

 トルコとイスラエルの衝突が危惧される中で、衝突回避に向けた協議も行われている。トルコのハカン・フィダン外相は2025年4月、米国やロシアとの既存の仕組みになぞらえ、イスラエルとの間でも誤認や偶発的な衝突を防ぐための実務的な接触を行っていると説明した[12]。また、2026年8月の空爆後には、バラック駐トルコ米大使兼シリア担当特使がイスラエル、トルコ、シリアの間で衝突回避メカニズムの構築に取り組んでいると述べた[13]。こうした接触は、対立の解消を意味するものではないが、シリア再建をめぐる競争が直接的な軍事衝突へ発展することを防ぐための最低限の安全弁として機能している可能性がある。

ロシアの限定的関与を前提としたトルコの戦略

 シリアを巡るトルコとイスラエルの対立を論じるうえでは、ロシアとの関係性も見落としてはならない[14]。ロイターは、イスラエルがトルコの影響力拡大を抑えるため、タルトゥースおよびフメイミムのロシア軍基地を存続させるよう米政権に働きかけたと報じた[15]。注目すべきは、イスラエルがロシアのプレゼンスそのものを問題視したのではなく、むしろトルコへの対抗軸としてその残留を歓迎した点である。アサド政権崩壊後のシリアでは、ロシアの存在意義がトルコとの勢力均衡という文脈の中で再定義されつつある。

 他方、ロシアの再関与はトルコにとっても一定の利用価値を持ち得る。2025年9月15日付のアラビア語紙『アル=クドゥス・アル=アラビー』の論説は、トルコがシリアに対露接近を促したとの一部報道を紹介し、その背景として米国の影響力やイスラエルの軍事行動への対抗を挙げた[16]。また、同年10月のスティムソン・センターの分析も、トルコがイスラエルとの均衡を図る観点から、ロシアの継続的な関与を支持する可能性があると論じている[17]。これらは政府の公式方針を示すものではないが、両論考はロシアの影響力低下を無条件に望むのではなく、その限定的な関与を地域の勢力均衡に活用しようとする見方が存在することを示している。こうした見方が直接影響しているか現時点で明らかではないが、2026年8月、シリアとロシアは、フメイミム空軍基地およびタルトゥース海軍基地を共同訓練・能力構築センターへ再編することに合意した[18]。

 ロシアの関与は、イスラエルにとってはトルコの影響力拡大を抑制する均衡手段となりうる一方、トルコにとってはイスラエルとの直接対決を回避しながらシリア再建への関与を維持するための選択肢となりうる。この意味で、ロシアを完全に排除しないことは、トルコにとって主導権の放棄ではなく、確立してきた優位性を持続させるための現実的な戦略と解釈できる。もっとも、両国がロシアに求める役割は異なっており、そのことが三国間の安定的な協調を意味するわけではない。

おわりに

 ここまで、シリアの国家再建に対して、トルコが複数の基盤に関与することで、軍事・経済上の結びつきを深めており、その関与を継続させていることを論じてきた。今後の焦点は、内戦期に築いた軍事的・人的な関係を、国家間の持続的な協力へと転換できるかに移る。シリア軍の教育・訓練・整備と、エネルギー供給や経済活動の回復が結び付けば、トルコの影響力は個別の武装勢力や駐留拠点だけに依存しないものとなる。

 その成否を測るうえでは、支援した部隊が統一的な指揮系統の下で機能するか、生活基盤の改善が継続するか、危機時にも連絡経路が維持されるかが重要な指標となる。支援がシリア社会に利益をもたらすことができれば、トルコとの協力を支える政治的・社会的基盤も強化される。シリア国家の機能回復とトルコの影響力の持続は必ずしも相反せず、再建を通じて両立し得る関係として捉えることができる。

 こうしたトルコにとって、イスラエルとの衝突は避けるべき課題である。米国を介した危機管理を進めるとともに、ロシアの限定的関与も必要に応じて利用しながら、再建支援を継続できる環境を確保することが重要である。前稿で論じたトルコの地域大国を目指す戦略が功を奏するかは、獲得したシリアへの影響力を定着させることができるかという点にかかっていると考えられる。

(2026/11/06)

脚注

  1. 1 拙稿「『自律的な地域大国』を目指すトルコの国際戦略――ハードパワーの拡充とバランス外交の展開」国際情報ネットワーク分析IINA、2026年5月18日。
  2. 2 「トルコ、シリアの軍機構構築支援と表明 イスラエルの軍事介入許されず」『ロイター』2026年8月20日。
  3. 3 Tuvan Gumrukcu, “Turkey to help Syria with weapon systems, equipment under new accord, source says,” Reuters, August 14, 2025. 署名日は8月13日、国防省筋の説明では8月14日。協力対象の説明であり、列挙された装備の引き渡し完了を確認した記事ではない。
  4. 4 Tuvan Gumrukcu, “Syrians to use Turkish military barracks, attend military academies, Turkish ministry says,” Reuters, October 30, 2025. 国防省発表として、一部部隊の訓練開始と、49人の学生が翌31日から教育を受ける予定を報道。本文でも実施済みの訓練と教育開始方針を区別した。
  5. 5 Carmit Valensi and Amal Hayek, “Israel’s Red Line in Syria—and the Price of Confrontation with Turkey,” INSS Insight, No. 2189, August 27, 2026.
  6. 6 Nailia Bagirova, “Azerbaijan to export 1.2 billion cubic metres of gas to Syria through Turkey annually,” Reuters, August 2, 2025. 供給開始は同日の式典に関する報道。年間12億立方メートルは発表された輸出計画であり、通年実績ではない。
  7. 7 White & Case LLP, “White & Case advises on landmark US$7 billion investment to power Syria’s energy transformation,” Press Release, November 11, 2025. 企業連合の契約を支援した法律事務所による当事者側発表。Kalyon G.I.S. Energy、Cengiz Energy等の参加と、投資・電力購入契約の締結を確認できる。投資実行額、施設の完成、稼働実績を示すものではない。
  8. 8 Suleiman al-Khalidi and Jonathan Spicer, “Israel hit Syrian bases scoped by Turkey, hinting at regional showdown, sources say,” Reuters, April 4, 2025.
  9. 9 Feras Dalatey & Tuvan Gumrukcu, “Israeli airstrikes hit Syrian airbase, drawing Turkish condemnation”, Reuters, August 18, 2026.
  10. 10 Prime Minister’s Office, Israel “Statement by Prime Minister Netanyahu”, July 17, 2025.
  11. 11 Republic of Turkiye Ministry of Foreign Affairs, “U.S.-Türkiye Joint Statement on the Syria Working Group”, May 20, 2025.
  12. 12 Huseyin Hayatsever, “Turkey in talks with Israel about deconfliction in Syria when needed, foreign minister says,” Reuters, April 9, 2025. シリア内戦(2011 – 2024年)中、米軍とロシア軍は同じシリア領内で航空作戦を実施していたため、偶発的な衝突を防ぐ目的で「デコンフリクション(deconfliction)」と呼ばれる軍事連絡メカニズムを2015年以降運用した。具体的には、ホットラインや事前通報を通じて飛行空域や作戦情報を調整し、誤射や空中接触のリスクを低減した。フィダン外相の発言は、シリア上空で活動するトルコ軍とイスラエル軍の間にも、これと同様の衝突回避体制が必要であるとの認識を示したものである。
  13. 13 Timour Azhari, “US working on deconfliction mechanism among Turkey, Israel and Syria, US envoy says”, Reuters, August 19, 2026.
  14. 14 ロシアに関する考察にあたっては、笹川平和財団の畔蒜泰助上席研究員から貴重な示唆を得た。記して感謝申し上げる。
  15. 15 Maya Gebeily and Humeyra Pamuk, “Israel lobbies US to keep Russian bases in a ‘weak’ Syria, sources say,” Reuters, February 28, 2025. 働きかけは2月の会談等についての匿名筋の証言に基づく。米政権が提案を採用したとの確認ではない。
  16. 16 Bakr Sidqi, “Awda Rūsiyya Qawiyya ilā Sūriyā”(「力強いロシアのシリアへの回帰」), Al-Quds Al-Arabi, September 15, 2025. アラビア語の署名論説。トルコが露シリア接近を促したとの対米・対イスラエル均衡という動機づけは論説筆者の分析。
  17. 17 Emil Avdaliani, “Russia Keeps a Foothold in Post-Assad Syria,” Stimson Center, October 21, 2025.
  18. 18 “Syria, Russia agree to reorganize Russian military presence under new memorandum”, Syrian Arab News Agency, August 10, 2026.