はじめに
米国とサウジアラビアは2026年7月、原子力平和利用に関する協力協定に署名した[1]。同年8月末には、トランプ大統領が同協定を議会に送付し、議会は90日以内に協定の可否を審議する[2]。その行方に注目が集まるとともに、核拡散の懸念からも大きな関心を集めている。議会への送付時に公開された協定原文を読むと、サウジアラビアへの原子炉輸出だけでなく、同国におけるウラン濃縮事業の検討が含まれるためである[3]。
米国が中東の大国・サウジアラビアとの協定締結に至った背景として、原子力産業の復興をトランプ大統領が掲げていることがある。原子力国際市場は中国、ロシアが台頭し、ここ10年の原子炉輸出は両国で90%近くを占める。そのため昨年5月、原子力産業の復興に関する4つの大統領令を発出し[4]、サウジアラビアとの協定を足掛かりに、反転攻勢を狙う。
一方、今回の協定では、米国がこれまで締結してきた二国間協定と比較しても、核不拡散への取り組みを大幅に後退させている。将来におけるウラン濃縮容認の可能性に加え、国際原子力機関(IAEA)に抜き打ち査察などより厳しい措置を認める追加議定書の締結をサウジアラビアに求めていない[5]。同じく追加議定書を締結していない隣国のイランが、核兵器への転用も可能な高濃縮ウランの製造に至る中、サウジアラビアのムハンマド皇太子は以前、イランが核開発に至れば、自国も追随すると表明している[6]。これらの状況が中東における核拡散への懸念を惹起している。
本稿では、米国-サウジアラビア間で署名された協定の背景と問題点を検証した後、核の拡散防止に対する米国の自覚や国際社会の関与のあり方について考察する。

米-サウジ原子力協定の概要と背景
米国-サウジアラビア間で署名された協定は1954年に制定された米国原子力法の第123条に基づいている[7]。米国が他国と民生用原子力分野の協力を行う際の法的枠組みを定める条文で、米国が原子炉、核燃料など重要な原子力品目を外国へ輸出する場合、原則として相手国との間で同条に基づく協定を締結する必要がある。
協定署名時の米国エネルギー省(DOE)の声明を読むと、核不拡散より、原子力分野において米国企業が国際競争力を取り戻すことに力点を置いていることが分かる。DOEのライト長官は声明で「協定は原子力の安全性と核不拡散に関する最高水準の基準を維持している」と短く言及するにとどめ、「トランプ大統領のリーダーシップの下、米国は世界の民生用原子力市場における競争力の回復を進めている」と強調している。さらに「本協定は、大統領令『国家安全保障のための先進原子炉技術の展開』を基盤とするものであり、特に米国の原子力輸出の促進に関する第8条を具体化するものである」と続ける[8]。ウラン濃縮については、米国とサウジアラビアの合同チームが実現可能性を検討し、同国で実施する余地を残した[9]。
サウジアラビアとの協定締結を急いだのは、ライト長官が明言しているように、トランプ大統領が原子力産業の復興を国策として掲げている事情がある。2025年5月に発出された原子力に関する4つの大統領令においては、2017年以降、世界における原子炉設置の87%が2つの外国(注:ロシア、中国を指す)の設計に基づいている、と具体的な数値を示したうえで[10]、これらの国が原子力国際市場を支配することは、米国にとって国家安全保障の問題になりかねないと警鐘を鳴らしている。具体策として、改良型第3世代原子炉(第3+世代原子炉)[11]、小型モジュール炉(SMR)、マイクロリアクター(微小型原子炉)など次世代炉分野の振興により、国際競争力を取り戻すよう指示した[12]。
原子力協定と核不拡散
このように、今回の協定は、サウジアラビアが中国やロシアと原子力に関する協定を結ぶ前に、米国企業によるサウジの原子力計画への参入を確保しようとする狙いがうかがえる。米国のこれまでの政策や実際に他国と締結した協定と比較しても、核不拡散への関与が後退していることは明らかである。
米国の核不拡散政策は1974年、インドが核実験に至ったことを踏まえ厳格化された。同国がカナダ提供の重水炉[13]や米国提供の重水によって炉を運転し、使用済み燃料からプルトニウムを抽出して実験を実施したとみられたためである[14]。この際、原子力法第123条も改正され、協定の締結相手にIAEAによる保障措置(原子力施設、核物質への査察)を義務付けるなど新たな施策が導入された。同条はこれにより、原子力関連の輸出が単なる商業契約ではなく、米国が国際的な核不拡散の責任を果たすことを担保する制度とみなされてきた[15]。
そのIAEAによる保障措置もこの間、強化された。1971年にIAEA理事会で承認された包括的保障措置協定(CSA)では、締約国に原子力施設、および核物質に関するすべての活動をIAEAに申告させ、必要に応じてIAEAがそれらを査察することが定められた。2024年12月現在、核兵器不拡散条約(NPT)で非核兵器国に分類される国々の大半にあたる182か国が締結している[16]。しかし、当該国の申告ベースでは、原子力技術を秘密裏に軍事転用しようとする動きを止められない事例が出てきた。1990年代初頭の北朝鮮やイラクによるIAEAに未申告の施設での核開発疑惑である。そのため、未申告の施設へのIAEAによる抜き打ち査察を認める追加議定書(AP)が1997年にIAEA理事会で承認された。APについては、国家主権を超える権限をIAEAに認めているとみなす国もあり、締約国はCSAより少ない143か国にとどまっている[17]。CSAとAPの主な違いは表1のとおりである。
表 1:包括的保障措置と追加議定書
| 包括的保障措置協定 | 追加議定書 | |
|---|---|---|
| 英語名 | Comprehensive Safeguards Agreement (CSA) | Additional Protocol (AP) |
| 成 立 | 1971年 | 1997年 |
| 主目的 | 原子力技術の利用についてすべてIAEAに申告させ、軍事転用を防止 | 未申告の核物質、核開発がないかを検証 |
| IAEAの権限 | 申告された施設、核物質への査察により、核物質の在庫および施設運用が申告通りである事の検認 | 核物質を扱わない原子力研究などの施設も申告させる。また、秘密裏の活動がないか、申告されていない施設であってもIAEAの判断により抜き打ち査察が可能 |
| 実効性 | 申告された施設に査察が限定される。核不拡散に最低限必要に過ぎず、未申告施設の探知は不可能 | 軍事施設であろうとIAEA独自の情報により立ち入り可能で、未申告活動も探知できる。しかし、軍事機密の漏えいを警戒し、AP受け入れを拒否する国も少なくない |
出典:外務省「核軍縮・核不拡散 国際原子力機関(IAEA)保障措置」2025年7月4日、日本原子力研究開発機構(JAEA)「保障措置」2026年10月20日アクセスなどを参照して筆者作成
イランも2002年、反体制派によるIAEAへの密告でたまたま未申告の核開発が明らかになり、CSAの限界を露呈した事例の一つである[18]。
こうした経緯を経て、2009年に締結された米国とアラブ首長国連邦(UAE)の原子力協力協定では核不拡散を徹底した。APの締結をUAEに求めるとともに、ウラン濃縮施設、使用済み燃料の再処理施設など軍事転用の懸念がある機微な施設、技術をUAEが保有しないことを条文に明記した[19]。UAEは翌2010年にAPを締結している。
同協定と比較すれば、米国-サウジアラビア協定はサウジアラビアにAPの締結を求めておらず、同国におけるウラン濃縮実施の可能性も残している。米国にとって、原子力法第123条の改正は1974年であり、当時はCSAしか存在していなかった。そのため、サウジアラビアがすでにCSAを締結していることで、法律上の要件は満たされたことになる。とはいえ、その後露呈されたCSAの限界を考慮し、UAEにAPの締結を要求した経緯からすると、今回の協定で米国の核不拡散への関与が後退していることは否めず、国際社会に不安を呼び起こしている。
核不拡散体制の維持のために
サウジアラビアだけでなく、脱化石燃料の取り組みや気候変動対策の一環として新たに原発を導入する国は増加し、原子力輸出市場における競争の激化が想定されている。こうした状況下で、米国-サウジアラビア原子力協定が核不拡散より原子力技術を輸出する国の利益を優先するあしき先例にならないために必要なことを2点指摘しておきたい。
第一に核保有国としての核不拡散に対する米国自身の自覚である。90日間の審査期間を付与されている議会の役割は大きい。1974年のインド核実験を契機とする原子力法の改正、原子力技術の輸出厳格化により、米国の核不拡散政策の基盤を築いたのは議会である。今回の協定についても、トランプ大統領が志向する原子力産業の復興だけでなく、核兵器のこれ以上の拡散を防止することが米国、および国際社会の長期的な利益になるとの視点も踏まえ、審査がなされることを期待したい。
第二に核不拡散への取り組みはこの2か国のみの問題ではなく、国際社会も深く関与するべきである。なぜなら、今回の協定の中身にかかわらず、国際社会がサウジアラビアに対し、APへの署名、締結を含め核の拡散防止に責任を持つよう求めることは可能だからである。この点において、日本は独自の役割を果たせる立場にある。1988年に米国と原子力協定を締結し、APも締結している。二国間協定とAPにより、核物質利用の透明性を確保し、使用済み核燃料の再処理によるプルトニウム抽出を含めた商業規模の核燃料サイクルについても、軍事転用につながるおそれがありながら非核兵器国で唯一認められている。また、1979年イスラム革命後もイランと良好な関係を維持し、サウジアラビア、イラン両国に働きかけることができる。中東における原子力平和利用と核不拡散の両立に貢献可能な下地があり、外交で成果を挙げられる分野として取り組むべきだろう。

(2026/10/22)
脚注
- 1 U.S. Department of Energy, “United States and Saudi Arabia Reach Historic Nuclear Cooperation Agreement,” July 22, 2026.
- 2 Anniek Bao, “Trump’s Saudi nuclear deal reaches Congress as experts warn of proliferation risk,” CNBC, August 25, 2026.
- 3 The White House, “Agreement for Cooperation Between the Government of the United States of America and the Government of the Kingdom of Saudi Arabia Concerning Peaceful Uses of Nuclear Energy,” Communication from the President of the United States, H. Doc. 119-191, August 27, 2026.(以下、U.S.-Saudi Nuclear Agreement)ウラン濃縮に関する取り決めは、上記協定Article 7(13-15頁)参照。
- 4 拙稿「原子力推進に関するトランプ大統領令を読む:米国の狙いと日本への影響」笹川平和財団、日米関係インサイト・米国政策コミュニティ論考、No.7、2025年8月25日。
- 5 U.S.-Saudi Nuclear Agreement, Article 10, pp. 17–19; Erin D. Dumbacher, “The Saudi Nuclear Deal Would Set a Dangerous New Proliferation Precedent,” Council on Foreign Relations, July 28, 2026.
- 6 「米サウジ協定 核拡散への疑念が拭えない」『読売新聞』2026年8月2日。
- 7 U.S. Department of Energy, “United States and Saudi Arabia Reach Historic Nuclear Cooperation Agreement.”
- 8 Ibid.
- 9 Saudi Nuclear Agreement, Article 7, pp. 13–15; “US Signs Landmark Nuclear Deal with Saudi Arabia,” BBC, July 23, 2026.
- 10 The White House, “Reinvigorating the Nuclear Industrial Base,” Executive Order 14302, May 23, 2025.
- 11 第3世代原子炉は1990年代以降に導入が進んだ安全性を高めた原子炉を指す。第3世代原子炉よりさらに稼働率や安全性を高めた原子炉を第3世代+原子炉と呼ぶ。
資源エネルギー庁「世界の原子力技術の動向を追う」2018年4月25日、などを参照。 - 12 The White House, “Deploying Advanced Nuclear Reactor Technologies for National Security,” Executive Order 14299, May 23, 2025.
- 13 重水炉とは、核分裂の速度を調節する減速材に比重の大きい水(重水)を用いる原子炉。通常の水(軽水)に比べて中性子を吸収しにくく、燃焼効率が上がるため、天然ウランをそのまま燃料として使える利点がある。一方、使用済み燃料を再処理して取り出すプルトニウムは軽水炉のそれと比べ、純度が高く核兵器に適するため、核不拡散上の課題がある。資源エネルギー庁「世界の原子力技術の動向を追う」などを参照。
- 14 秋山信将「米印合意の何が問題か:期待と懸念が交錯する米印原子力協力」『日本原子力学会誌』、第49巻第8号、2007年、26頁。
- 15 浅田正彦「アメリカの核不拡散政策と日米原子力協定」『国際問題』No. 644、2015年9月。特に17-18頁参照。
- 16 外務省「核軍縮・核不拡散 国際原子力機関(IAEA)保障措置」2025年7月4日。
- 17 APの締約国数はCSAと同じ2024年12月現在。脚注16「核軍縮・核不拡散 国際原子力機関(IAEA)保障措置」を参照のこと。
- 18 中村直貴「イランの核開発問題~米国の中東政策との関わりを中心に~」『立法と調査』No.265、2007年3月、特に48-49頁参照。
- 19 APの締結についてはArticle 10、ウラン濃縮および使用済み燃料再処理施設の不保持についてはArticle 7を参照。U.S. Department of State, “Agreement for Cooperation Between the Government of the United States of America and the Government of the United Arab Emirates Concerning Peaceful Uses of Nuclear Energy,” May 21, 2009.
