はじめに
イラン戦争が始まって半年以上が経過した。6月17日に合意された停戦覚書も反故にされ、全面的な武力衝突のない緊張状態、つまり戦争でも平和でもない状況が続いている。イランによるホルムズ海峡の封鎖とアメリカによる海上封鎖が対峙し、石油価格の高騰など、世界経済への悪影響も継続している。
この間、アラブ湾岸諸国およびその周辺諸国では、サウジアラビア(以下、サウジ)、パキスタンおよびトルコによるメッカ共同防衛協定が締結され[1]、この3か国のグループとアラブ首長国連邦(UAE)を筆頭とするアブラハム合意グループ[2]が、明確に見えるようになった[3]。エジプト等この2グループのどちらにも入っていない国々も視野に入れるとアラブ諸国は3つのグループに分かれたとも言える[4]。
このアラブ諸国[5]および中東とその隣接部に位置する複数の地域大国[6]は上述の3グループに分かれてはいるが、中東地域の対立軸はイスラエル対イランであり[7]、これら諸国は、この対立軸にいかに対応するかということに対し、方法が違っているだけとも言える。
日本は、この状況を踏まえ、自国の石油・ガス供給や経済安全保障のため何をなすべきか考えていかねばならない。日本経済新聞の報道によれば、高市政権は、ホルムズ海峡迂回石油パイプラインの建設支援を計画しているという[8]。本稿では、イラン戦争が終わらない中、生まれつつある新しい中東秩序を踏まえつつ、日本が、経済安全保障の観点からどのように対応していくべきか、検討する。

終わらないイラン戦争
元駐イラン大使の齊藤貢は、自著『なぜ米国はイランに負けたのか』で、イランは「非対称戦略」によってアメリカを打倒したと述べている[9]。ここで言う「非対称戦略」は、「イスラム革命体制の存続」を最大の目的とし、アメリカとイスラエルの圧倒的軍事力に対抗するために、「石油(高騰)戦略」を採用し、「ホルムズ海峡の封鎖」を安価な機雷、スピードボート、ドローンを駆使する戦略のことである。「高価で少量の兵器」対「安価で大量の兵器」という非対称性により、イランはアメリカの「高価で少量の兵器」を効率的に消耗させ、アメリカを迎撃兵器の在庫不足に陥らせた[10]。
この結果、トランプ大統領は、当初の戦争目的であるイランの核開発阻止よりもホルムズ海峡の封鎖によるガソリン価格高騰への対応に注力せざるを得なくなった。一方で和平協議を進め「ホルムズ海峡の封鎖」を解こうとし、もう一方で、アメリカが勝者と見える幕引きを模索し、イラン関係船舶に対する海上封鎖および軍事攻撃・威嚇を行った。トランプ大統領には、「7月4日のアメリカ建国250周年記念式典」と「11月3日の中間選挙」という政治日程があり、その前にガソリン価格の高騰を抑え、トランプ大統領が勝者であるということを見せる必要があった。
紆余曲折を経て、6月17日にアメリカとイランは「60日間の停戦延長と和平交渉の開始」に関する「覚書」に署名した。しかし、イランがホルムズ海峡の管理権を主張し、7月6日に管理に服さないとして、3隻のタンカーを攻撃した[11]。これに対し、アメリカは、7月11日にイランのミサイルシステムを攻撃し[12]、攻撃は約2週間継続した。イランによるホルムズ海峡封鎖とこれに対するアメリカによる対イラン船舶海上封鎖が再開され、その後両国間の攻撃の応酬と戦闘のない状態が交互に繰り返され、緊張状態は続いてきた。
しかし、ここにきてガリバフ国会議長は、「比例対応の時期は終わった」「これ以上の攻撃があれば、これまで以上に速攻、大規模、かつ痛みを伴う反撃を行う」と述べている[13]。イランの外貨収入は主に石油輸出からであり、アメリカの海上封鎖はイラン経済のさらなる悪化をもたらしていると考えられる。また、アメリカの迎撃能力の低下は周知のものとなっており、イランは今を攻撃の時と考えているのかもしれない。
トランプ大統領の念頭にあるのは、中間選挙であろう。イラン戦争についての言及が減り、ウクライナ戦争の仲介の特使を両交戦国へ派遣し、中間選挙に向けての外交的得点をイラン戦争以外から得ようとしているようにも見える。また、アメリカ軍幹部は、これ以上イラン戦争を続けることがアメリカの軍事戦略上問題がある旨の警告を行っている[14]。さらにベッセント財務長官はイランへの経済制裁の一層の強化に言及している。海上封鎖以上のことは、イランの攻撃への報復以外は行わないのではないかと推測しうる。

イスラエルとイランの対立軸を見据えた中東情勢の変化
筆者は、アラブ湾岸諸国の中に生まれた将来に向けての2つの潮流として、サウジおよびUAEそれぞれを中心とする動きを指摘してきたが[15]、過去3か月間でこの2つの潮流が明確になってきた。
冒頭で述べたように、8月7日、サウジアラビアは、トルコおよびパキスタンと相互防衛協定(メッカで署名されたので「メッカ協定」と呼ばれている模様)に署名した。協定のテキストは公開されておらず、署名各国の義務等については明らかでないが、署名したパキスタン外相は、「1か国に対する攻撃は全ての協定国への攻撃とみなす」と規定されていると述べたと報じられている[16]。しかし、現実的には、イランからの攻撃を受けているサウジに味方してトルコやパキスタンがイランを攻撃するとは考えられず、この協定は象徴的な意味合いが強い。また、最近のイエメン・フーシ派からのサウジ本土攻撃に対し、トルコ外相は、トルコ放送局の質問に対しサウジからの軍事支援要請があれば、メッカ協定に従い対応できるとしているが[17]、具体的軍事支援の動きは報道等からは見られない。
とはいえ、メッカ協定国にとってメリットも大きい。同協定は、昨年9月にサウジ・パキスタン間で結ばれた防衛協定を基礎としているが、トルコにとっては、サウジとの防衛装備品の取引とさらなる財政支援が期待でき、サウジにとっては、イランあるいはイエメンのフーシ派からの攻撃に対する象徴的な抑止力強化となる[18]、と考えられている模様である。
さらに、2023年10月7日のハマスによるイスラエル攻撃に対するイスラエルの国家安全保障の追求がイラン戦争開始の主要な要因の1つであることを考えれば、メッカ協定は、イスラエル対イランの対立軸を見据えたアラブ湾岸諸国の国家安全保障の1つの回答とも言える。湾岸アラブ諸国は、国家安全保障をアメリカに頼ってきたが、イラン戦争で分かったことは、もはやアメリカだけに頼るというわけにはいかないということである。現実のイラン攻撃に対しアメリカの基地は必要ではあるが、トルコおよびパキスタンという地域大国がサウジをはじめとした湾岸アラブ諸国の安全保障に関与する意味は大きい。協定参加の3国はスンニ派イスラム諸国の指導的国家であり、ユダヤ国家イスラエルとシーア派イスラム国家代表のイランに対し、スンニ派諸国をバックに対峙することができるようになる。
もう1つの回答であるアブラハム合意の代表国であるUAEは、サウジとの間に現在進行中の溝がある一方、イスラエルとの関係を深めており、メッカ協定諸国とは一線を画している。
エジプトは、メッカ協定3か国と近い関係にあるが、同協定には参加しなかった。エジプトを始めとして、他のアラブ諸国や非アラブ・イスラム諸国は、メッカ協定派とアブラハム合意派のどちらかを選ぶことには躊躇している模様であり、この流れがどう動くかはまだ見通すことはできない。エジプトやヨルダンは、20世紀中にイスラエルと和平協定を結び、国交を持っており、外交的にはイスラエルと対立するトルコやそもそもイスラエルと外交関係を持たないパキスタンが加盟するメッカ協定に参加することは、難しいところがある。しかし、明確なことは、中東の新しい秩序の形成が始まったということである。
日本のとるべき対応
日本は、ホルムズ海峡経由の石油・天然ガスとこれらを使って生産した石油関連製品に大きく依存する経済体制であったが、日本のイニシアティブにより、アジア太平洋諸国が石油・天然ガスの輸入元を変更することが可能となり、当面の問題は切り抜けた。日本は、高市総理の「エネルギー強靭化に関するAZECプラス・オンライン首脳会合」におけるPOWERR Asia構想の立ち上げ発表を皮切りに、石油・ガスおよび石油関連製品の協力に関しアジア太平洋諸国および西側諸国との協力関係を築いてきた。短期的な「緊急対応」として、代替原油・石油製品の調達支援、サプライチェーン維持支援、関係国政府への財政支援をアジア諸国に対し行い、中長期的な「構造的対応」として、石油備蓄制度の整備、貯蔵インフラ整備、LNG、バイオ燃料、次世代太陽光、小型モジュール炉(SMR)等へのエネルギー多角化、省エネ投資と産業高度化に取り組んでいる[19]。
しかし、イラン戦争の現状を考えると、戦争継続・ホルムズ海峡封鎖、さらにはフーシ派によるバブ・エル・マンデブ海峡封鎖を前提に中東地域からの石油・天然ガスの輸入確保の道を探る必要がある。
筆者は、歴史的経緯に鑑みて、将来にわたってサウジおよびUAEからの石油供給を確保する必要があり、このために両国との共通の利益獲得に日本が貢献できることを示していくべきであることを述べてきた[20]。共通の利益とは、イラン戦争の停戦とホルムズ海峡やバブ・エル・マンデブ海峡の開放であるが、現時点では、アメリカ、イラン間の交渉の目途がたたず、サウジ・フーシ派間の争いが続く中、これらについて、日本を含むアジア太平洋諸国ができることはないと考えられる。
そのため、イラン戦争およびホルムズ海峡とバブ・エル・マンデブ海峡の封鎖継続を前提に湾岸地域からの石油供給の確保について考えていかなければならない。この基礎となるのは、高市総理のPOWERR Asia構想とアジア太平洋諸国や西側諸国への同構想の広がりと協力関係の構築である。この協力の輪を、アラブ湾岸諸国を中心とする中東諸国に広げていくことは、イラン戦争とホルムズ海峡およびバブ・エル・マンデブ海峡の封鎖の継続を踏まえれば、極めて重要になる。
日本経済新聞の報道にあるように、日本が率先してイランの攻撃で発電所や石油施設に被害を受けた湾岸諸国のインフラ復興支援を行い[21]、さらにホルムズ海峡を迂回するパイプライン増設等に協力[22]したとすれば、日本を含むアジア太平洋諸国や西側諸国にとってもアラブ湾岸諸国にとっても利益となるものと考えられる。同時に、もし、これらの協力に連帯が生まれれば、アメリカ、イスラエルおよびイランの戦争当事国やメッカ協定各国やアブラハム合意グループに意見する機会が出てくるのではないかと期待される。

(2026/10/01)
脚注
- 1 Ben Hubbard, “Saudi Arabia, Turkey and Pakistan Sign Joint Defense Pact,” New York Times, August 7, 2026.
- 2 アブラハム合意は、UAEとイスラエルとの協定合意であるが、ここでは、2020年にイスラエルと外交関係を結んだバーレーン、モロッコおよびスーダンも合わせ、アブラハム協定グループと呼んでいる。
- 3 サウジを中心とするグループおよびUAEを中心とするグループについては、拙稿「停戦交渉の行方と中東の新秩序-イラン戦争後を見据えた日本の課題」国際情報ネットワーク分析IINA、2026年6月17日を参照のこと。
- 4 “The realignment of the Middle East,” Financial Times, August 17, 2026.
- 5 ここでは、アラブ連盟に加盟する諸国を指している。
- 6 中東の地域大国としてイランおよびトルコを、隣接地域の地域大国としてパキスタンを指している。
- 7 “The realignment of the Middle East,” Financial Times.
- 8 「ホルムズ海峡迂回、代替パイプライン建設支援 政府の新エネ新需要計画」『日本経済新聞』2026年8月25日。
- 9 齊藤貢『なぜ米国はイランに負けたのか』文春新書、2026年。
- 10 “Military Leaders warn Hegseth against extending Iran war operations” Washington Post, August 30, 2026.
- 11 Barak Ravid, “Strait of Hormuz: Iran attacks three ships in 24 hours, U.S. says” Axios, July 7, 2026.
- 12 Renee Hickman, “U.S. conducts strikes on Iran missile systems around Strait of Hormuz,” Reuters, July 12, 2026.
- 13 Emmanuel Morilla, “Iran Warns of ‘More Painful’ Retaliation after US Strikes Three Oil Tankers,” International Business Times, September 7, 2026.
- 14 “Military Leaders warn Hegseth against extending Iran war operations,” Washington Post.
- 15 拙稿「停戦交渉の行方と中東の新秩序-イラン戦争後を見据えた日本の課題」。
- 16 Ben Hubbard, “Saudi Arabia, Turkey and Pakistan Sign Joint Defense Pact.”
- 17 「トルコ外相、サウジの「軍事的ニーズに対応」 フーシの攻撃巡り」『日本経済新聞』2026年9月20日。
- 18 “The realignment of the Middle East,” Financial Times.
- 19 山田滝雄「ホルムズ海峡の危機とアジアのエネルギー強靭性-POWERR AsiaとAZEC2.0:日本の新たな地域戦略」日本国際問題研究所、2026年6月24日。
- 20 拙稿「停戦交渉の行方と中東の新秩序-イラン戦争後を見据えた日本の課題」。
- 21 「日本、湾岸諸国のインフラ復興支援へ イランの攻撃で電力・石油被害」『日本経済新聞』2026年8月12日。
- 22 「ホルムズ海峡迂回、代替パイプライン建設支援 政府の新エネ新需要計画」『日本経済新聞』。
