はじめに
イラン戦争が始まって3カ月以上が経過した。4月7日にトランプ大統領が2週間の停戦とイランとの交渉を唱えて以降、戦闘と交渉の実施・中断が続く中、5月29日にアメリカ・イラン間の交渉で暫定的に合意された停戦案がトランプ大統領の下に挙げられ、同大統領は数日中に決断を下すといわれていた[1]。その後、イスラエルによるレバノンのヒズボラ攻撃が継続し、かつイラン・イスラエル間の攻撃の応酬も強まり、停戦交渉はとん挫したかにみえた。しかし、6月14日には、近日中にも合意署名が行われる見込みであるとの情報が流れている[2]。合意がなされたとしても、ホルムズ海峡の開放について、世界経済が望む状況が生れるのか疑問が残っている。また、核問題については最低2か月間の交渉が継続するとされており[3]、最終的な和平については見通すことができない。
これまでのイラン戦争の状況を概観すると、報道では、当事国のイラン、アメリカ及びイスラエルの言動を中心に伝えられ、この戦争により大きな被害を受けているアラブ湾岸諸国を始めとする中東及びその周辺諸国、及びホルムズ海峡からの石油・天然ガスと関連製品を輸入するアジア・太平洋諸国や西欧諸国についてはその経済的被害のみに焦点を与えられがちである。しかし、これら諸国、特にアラブ湾岸諸国を始めとする中東及びその周辺諸国は、自らの安全保障につきイラン戦争後も見据えたと思われる対応をとり始めている。こうした新しい動きについてはほとんど報じられていない。
本稿では、イラン戦争の現状を分析しつつ、イラン戦争後の将来の安全保障を中東及び周辺各国、特にアラブ湾岸諸国がどのようなものにしようとしているのか、また、日本がどのように対応していくべきかについて議論したい。

アメリカ、イラン、イスラエルの状況
イラン戦争は、ハメネイ最高指導者及び政権幹部を殺害し、同政権を転覆させる目論見で始まったが、1カ月の戦闘及び2カ月以上の停戦と交渉を経て明らかになったことは次のとおりである。
アメリカとイスラエルの攻撃にもかかわらず、イラン政権は倒れず、イスラム革命防衛隊が権力を握り、戦争前以上に国民への統制が進んだ。革命防衛隊の目的は、イスラム体制の護持存続であり、アメリカを屈服させたということを国民に示さねばならず、ホルムズ海峡を事実上封鎖するというツールを得て、アメリカとの交渉を優位に進めてきた。
当初の目論見が外れたアメリカは、イランの軍事能力の弱体化と核開発及び核能力保持の阻止を目的として軍事攻撃及び威嚇を進めてきた。しかし、ホルムズ海峡の事実上の封鎖による物価高騰(特にガソリン価格高騰)に反対する国内世論、イラン戦争反対の国内世論、並びにトランプ大統領の個人的野心(アメリカ独立250周年記念式典で自己を偉大な大統領にみせることなど)を勘案し、アメリカは交渉による戦争の終結を目指しているように考えられてきた。
一方、イスラエルの戦争目的に変更はないとみられる。イスラエルは、ガザ戦争から一貫して自国の存立を危うくする勢力、つまり、ハマス、ヒズボラ、シリア国内にいた革命防衛隊等を壊滅させることを目指してきた。イスラエルの立場からすれば、今回のイラン戦争はイスラエルの存在に異議を唱えるイランの政権に狙いを定めて始めたものである。そのため、イスラエルが、イスラエル北部のレバノンとの国境地帯の安全を守るための行動が重視されていることは当然のことであろう。もし、アメリカとイランとの合意で戦闘停止の国家、地域にレバノン南部が含まれた場合でも、何らかの脅威が北部イスラエルに向けられれば、軍事行動に訴えるのは当然の行動と考えられ、かつ国民の支持もあるだろう。
なお、イスラエルは、過去2年半のガザ、レバノン、イランとの戦争にもかかわらず、経済状況は好調である。イラン戦争の結果、2026年第1期GDPは3.3%縮小したが、テルアビブ株式市場も通貨シケルも値上がりしており、インフレ率も失業率も低い。地中海から採掘する天然ガスの輸出も助けになっている[4]。また、この間の戦争遂行に対する国民の支持も大きい。
アラブ湾岸諸国(GCC諸国)は、イランによる同諸国攻撃及びホルムズ海峡封鎖による経済的被害を被っており、アメリカ・イラン間の交渉を推していた。イランに対して最も尖鋭な批判勢力であるアラブ首長国連邦(UAE)さえもトランプ大統領に戦争終結を進言しているという[5]。同諸国はいずれもホルムズ海峡の安全な航行再開を強く望んでいる。
アラブ湾岸諸国の中に生まれた将来に向けての2つの潮流
アラブ湾岸諸国は、アメリカ・イスラエルのイラン攻撃に対するイランからの反撃の対象とされ、ミサイルやドローンでエネルギー施設及び生活インフラを攻撃された。こうしたなか、イラン戦争後に向けた安全保障に関し、2つの異なる対応が見られる。
1つは、サウジアラビアが提唱するものでヘルシンキ協定型[6]の緊張緩和構想、「中東諸国及びイラン間の不可侵条約」である[7]。アラブ湾岸諸国からすれば、イラン戦争が終われば、傷つき、ますます先鋭化したイスラム体制が目の前に存在する一方、アメリカの軍事プレゼンスが縮小するのではないかとの懸念が生じるに至った。イランは、今回の戦争でアラブ湾岸諸国の経済施設を容易に攻撃でき、ホルムズ海峡を事実上封鎖すれば、アラブ湾岸諸国の経済を低迷させることができることを学んだ。アラブ湾岸諸国からすれば、アメリカによる安全保障を重視してきたものの、そこには限界があり、イラン戦争後を考えればヘルシンキ協定型の緊張緩和策が有効と考えたものであろう。
もう1つは、UAEの姿勢である。UAEは、2020年にイスラエルとアブラハム合意を締結したが、今次イラン戦争ではアラブ湾岸諸国の中でも最も先鋭的であり、イランからの攻撃を防御するイスラエルの防空システムを導入するに至った[8]。UAEは、アラブ諸機関がイランからの攻撃に対して断固たる対応をしていないと批判している。
両者ともイラン戦争が終結して欲しいということで一致しているが、来たるべきイラン戦争後の安全保障については、相対立する2つの流れができてしまった。UAEがイスラエルの防空システムを導入したことをエコノミスト誌は「ルビコンを渡った」と評した[9]。アラブ湾岸諸国の有力国の1つが、イスラエルと結び、自国の安全保障を確保しようとしている。一方で、サウジを中心とする他のアラブ湾岸諸国は、ガザのハマス、レバノンのヒズボラの攻撃やシリアの一部の占領でイスラエルを好戦的で地域を不安定化させる勢力として見ている。また、トランプ大統領をイラン戦争に巻き込んだとしてイスラエルを批判している。さらに、サウジは、昨年9月パキスタンと相互防衛協定を結んでおり、パキスタンは、5月11日、トルコとカタールにこの協定に参加することをよびかけた。アラブ湾岸諸国を超えて、周辺の地域大国も交えた協定ができる可能性も生じてきた。
トランプ大統領は、5月25日、イランとの合意の一環として、サウジ、カタール、パキスタン、トルコ、エジプト、ヨルダンに対して、イスラエルとの国交正常化を目的とするアブラハム合意に一斉に参加するよう要請した[10]。しかし、パキスタンはその場で拒否した。トルコ、エジプト、ヨルダンはイスラエルと既に国交を結んでおり、実際のターゲットは、パキスタンに加え、サウジとカタールだったと考えられる。しかし、両国が上記のようにイスラエルを見ている以上、アブラハム合意への参加は難しいであろう。
いずれにしろ、イスラエルとの関係を強化するUAEと周辺の地域大国を交えた地域全体の緊張を緩和させる方向で進むサウジという2つの動きが生まれてきている。ペルシャ湾岸産油国からの石油とナフサ等石油関連物資の安定供給を考える上で、イラン戦争の行方とともにこの動きをよく見ていく必要があるであろう。

日本の対応
日本の中東への石油依存度は94%と極めて高く、かつアラブ湾岸諸国を代表するサウジ及びUAEの2カ国からの輸入は合わせて80%を超えている[11]。現在、日本は、備蓄石油の放出と石油・天然ガス供給先の多角化など緊急時の対応を行っているが、イラン戦争後を考えれば、石油供給につき両国と協議していくべきである。両国は1973年の第1次石油ショック以来、一貫して日本に石油を供給してきた産油国であり、この歴史を無視してイラクやイランからの石油輸入を減少もしくは停止していったように政治的あるいは安全上の理由から輸入をとめることは政治的にも経済的にも困難である。
問題は、アラブ湾岸諸国の安全保障上の2つの潮流であるが、サウジとUAEの政治的対立に焦点を充てるのではなく、日本と両国との共通の利益を全面に出して、共通利益獲得のために日本ができることを示していくようなアプローチが受け入れられやすいであろう。
イラン戦争が進行中の現在、アラブ湾岸諸国は一致して同戦争の停戦をアメリカに求めている。日本は、同諸国を代表するサウジ、UAEと協議し、和平へ向けた動きをみせていくべきである。このためには、日本が築いてきたアジア太平洋諸国及び西洋諸国との協力関係を活用し、これら諸国を日本が巻き込む形でサウジ、UAEと協力していくことが考えられる。また、ホルムズ海峡を迂回するパイプラインの増強建設などもサウジ、UAEの双方に対して提案可能なのではないか。パイプラインは、イランからのドローン・ミサイル攻撃に脆弱なところを見せているものの、両国の防空網の強化も考え合わせれば、検討に値するのではないか。
もう1つの両国と日本の間の共通の課題は、ホルムズ海峡の開放である。停戦になったとしても、イランが管理権をもつということになれば、これまでの国際法と国際慣行を踏みにじる新たな国際法秩序の破壊である。これについても、日本は、両国と協力しつつ、さらにアジア太平洋諸国及び西洋諸国を巻き込んで反対の働きかけを戦争当事国に対して行っていくべきであろう。
最後にサウジ及びUAEと協議を行っていく際には、日本のイスラエルに対する立場を両国から確認されるであろう。日本はこれまで採ってきた立場、つまりパレスチナに関しては二国家解決、信頼醸成のための「平和の回廊構想」のような経済協力関係づくりへの従事を明確にすることが、両国の信頼を勝ち取る上で重要となるであろう。

(2026/06/17)
脚注
- 1 “Iran War Updates: Trump Puts Off ‘Final Determination’ on Iran Proposal," The New York Times, May 29, 2026.
- 2 “Ceace-Fire Deal Appears Within Reach, Officials Say,” The New York Times, first published June 12, 2026, Updated June 14, 2026.
- 3 “Ceace-Fire Deal Appears Within Reach, Officials Say,” The New York Times, first published June 12, 2026, Updated June 14, 2026.
- 4 “Israel’s economy is booming,” The Economist, May 21, 2026.
- 5 “What an America-Iran deal might look like,” The Economist, May 25, 2026.
- 6 ヘルシンキ協定は、アメリカ、欧州諸国及びソ連とその同盟国間で1975年に署名された。安全保障問題に取り組むとともに、冷戦下で敵対関係にあるこれら諸国間の経済協力を強く涵養するものとされた。
- 7 “Saudi Arabia floats Middle Eastern non-aggression pact with Iran,” Financial Times, May 14, 2026.
- 8 “Israel the lonely,” The Economist, May 19, 2026.
- 9 “Israel the lonely,” The Economist, May 19, 2026.
- 10 Doina Chiacu and Humeyra Pamuk「トランプ氏がアブラハム合意拡大を要請 イラン合意と連動 パキスタン拒否」『ロイター』2026年5月25日。
- 11 高橋雅英「UAE:2024年に続き、2025年も日本の最大の原油調達先に」中東かわら版、No.118、2026年1月29日。
