2025年、マレーシアは東南アジア諸国連合(ASEAN)の議長国を務めている。ASEAN議長国は、基本的に国名アルファベット順の輪番制で担当し、任期は1年間である。議長国の役割は、首脳会議を頂点とする諸会合を主催し、議長を務め、その際各会合での議題設定を主導する。ASEANは堅調な経済成長により、また「グローバルサウス」の有力な一角として国際社会での存在感を高める一方、内外で深刻な課題に直面している。こうした状況下、マレーシアはASEANをどう采配し、諸課題にどう対処するのか。本短評は議長国マレーシアの動きを軸に、2025年のASEANを展望する。

経済にASEANの活路を見出す

 2024年10月、ラオスの首都ビエンチャンで開催されたASEAN首脳会議において、アンワル・イブラヒム首相は2025年にマレーシアがASEAN議長国を務めるにあたっての抱負を語った。そのとき優先的に取り組む政策課題として、貿易と投資の拡大と東南アジア地域におけるデジタル変革の推進、加盟国の経済ファンダメンタルズの強化、加盟国が互いの強みを生かしつつ各国経済を再創造、再構築、再調整することに置いた[1]。このように、マレーシアのイニシアチブの力点は経済に集中していた。

 その後、マレーシアは2025年のASEANの標語を「包摂性と持続可能性」(inclusivity and sustainability)とすることを発表した。マレーシア外務省で行われた標語発表セレモニーは華々しいものであり、2015年に発足したASEAN共同体は10周年を迎え、2045年に向けた次の共同体のビジョンをとりまとめる議長国として、モハマド・ハサン外相は並々ならぬ意気込みを見せた[2]。

2つの難題――ミャンマーと南シナ海

 マレーシアが掲げた持続可能性は、経済面での政策課題に直結するものである。もう一方の包摂性であるが、これはASEANが直面する2つの難題に関連している。ミャンマーと南シナ海である。ミャンマーは2021年2月のクーデターから内戦状態に陥り、4年たった今でも解決の糸口すらつかめない状態が続いている。南シナ海の領有権紛争は、フィリピンと中国の間の緊張状態が続き、両者の海上での衝突が散発的に生じている。他のASEAN加盟国も係争国として加わる南シナ海問題に対し、ASEANとしての対応は後手に回っている。こうしてASEANの包摂性は内外から揺さぶられている。

 2025年1月、議長国マレーシアの最初の取り組みとして、ASEAN非公式外相会議がコタキナバルで開催された。議長国が発表したプレス声明では、デジタル変革の時代と、ますます複雑で予測不可能な世界に直面している中、特に地域の競争力と強靭性を高める必要性を再確認し、包括的で質の高い、将来を見据えた「ASEANデジタル経済枠組み協定」(DEFA)を2025年までに締結する目標を掲げた[3]。DEFAは、貿易の成長を加速し、相互運用性を高め、安全なオンライン環境を創出するほか、中小企業の参加を増やすことで、ASEAN全体の企業関係者を支援するための包括的なロードマップを提供することを目指す枠組みである。そのため、デジタル貿易、国境を越えた電子商取引、サイバーセキュリティ、デジタルID、デジタル決済などの主要なトピックが、AIなどの新しいトピックとともに検討されることになっている[4]。ASEANは、デジタル変革を通じて域内の経済発展をより確かなものとし、地域と各国の政治社会の安定につなげようとしている。

 一方ミャンマーについては、ASEANとしての関与は手詰まり感を隠すことは難しい。内戦と人道危機の深刻化、そしてASEANの対ミャンマー関与について4年来の基本方針である「5つのコンセンサス」の実行が遅々として進まないことに改めて深い憂慮を示すほかなく、ASEAN首脳会議と外相会議へのミャンマー軍事政権の参加を制限し続けることを再確認するにとどまった[5]。議長国マレーシアは、オットマン・ハシム元外務次官をミャンマー問題特使に任命し、ミャンマーの軍事政権と反軍事政権勢力間の対話を含め、事態の打開を図りたいところである。ハサン外相は、ASEANが求めているのは停戦であり、軍事政権が強行しようとしている選挙ではない、と軍事政権を牽制する姿勢を示した[6]。ただ、事態改善の見通しはあまりにも不透明である。

 南シナ海についても同様である。ASEANが30年来の方針としている行動規範(COC)の取り組みは、進展していない[7]。ASEANはCOC交渉の単一テキストについて3回目の読み合わせが完了したことをもって、当面の成果とせざるを得なかった[8]。実効性あるCOCがいつ中国との間で締結されるのか、見通しは立っていない。そうした中、フィリピンと中国の間の緊張は続き、台湾情勢も絡んで海域の安全保障は予断を許さない状況であるが、ASEANとして有効な手立てを見出していない。むしろこの間、ASEAN各国に対する中国の経済的・政治的影響力は高まり、中国に対して交渉力を強め、毅然とした対応をとることはますます困難になっている。

 ASEANが直面する2つの難題は、いかなる国が議長国となっても特効薬を持つものではなく、マレーシアとしても、ミャンマーや南シナ海よりは、デジタル変革を中心とする経済的課題の取り組みに目を向けてもらいたいところであろう。実際、ASEAN非公式外相会議に際し、アムラン・モハメド・ジン外務次官は「(ミャンマーや南シナ海について)直ちに解決策を見出すであろうと断言することは、きわめて野心的であろう」と発言し、議長国への過度の期待を戒めた[9]。

米トランプ政権との付き合い方

 2025年1月に発足した米トランプ政権に、ASEANは専ら不安なまなざしを向けている。現在までのところトランプ大統領の視界にASEANは入っていないようであるが、関税を利用した経済的圧力は、もし措置が発動された場合、ASEAN地域と各国の経済に多大なる影響を及ぼすことは間違いない[10]。

 議長国マレーシアとアメリカの関係も、ガザ問題をめぐり停滞している。マレーシア国民の多くはアメリカのイスラエル支援に反感を抱いており、世論を受けてアンワル政権はハマスとの関係維持を表明した。そのほか、マレーシアはBRICSへの参加を申請しており、米中対立での両国への距離の取り方でも、対米関係には強い遠心力が働いている[11]。トランプ大統領が表明したアメリカのガザ所有、パレスチナ人の再定住のアイディアにマレーシアは猛反発しており、ASEAN議長国として加盟各国の同意を取り付け、この政策に反対を表明するASEANとしての声明を出すと息巻いている[12]。マレーシアは議長国として、東アジア首脳会議にトランプ大統領の出席を求めるであろうし、他の多国間協力枠組みでもアメリカとの付き合い方を模索するであろうが、トランプ大統領が関心を示す可能性は低い。ASEANとマレーシアの多国間・2国間の対米関係は停滞が続きそうである。

 マレーシアは強い意気込みをもって精力的にASEAN議長国関連の活動を行うであろう。ただ、これまで述べた通り、ASEANの経済的展望は明るい一方で、政治安全保障面での課題は重い。試されているのは、マレーシアの議長国手腕のみならず、ASEAN全体の問題解決に向けた強靭性であろう。

(2025/02/21)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
ASEAN in 2025: Challenges for the Region under Malaysia’s Chairmanship

脚注

  1. 1 "Malaysia's strategies as Asean chair in 2025 focus on regional value chains, says Anwar," The Star, October 9, 2024.
  2. 2 Ministry of Foreign Affairs of Malaysia, "Launching Ceremony of the Logo and Theme of ASEAN-Malaysia Chairmanship 2025," October 22, 2024. ASEAN共同体は政治安全保障、経済、社会文化の3本柱(pillar)からなる包括的な取り組みである。
  3. 3 ASEAN, "Press Statement by the Chair of the ASEAN Foreign Ministers' Retreat," January 19, 2025, p. 3.
  4. 4 ASEAN, "Digital Economy Framework Agreement (DEFA): ASEAN to leap forward its digital economy and unlock US$2 Tn by 2030," August 19, 2023.
  5. 5 ASEAN, "Press Statement by the Chair of the ASEAN Foreign Ministers' Retreat," p. 7. 「5つのコンセンサス」については、拙稿「ミャンマー危機とASEAN――仲介外交の展望」国際情報ネットワーク分析IINA、2021年7月21日を参照。
  6. 6 Daniel Azhar, "Asean tells Myanmar junta peace, not election, is priority," Reuters, January 19, 2025.
  7. 7 COCの経緯については、拙稿「南シナ海の領有権問題――中国の再進出とベトナムを中心とする東南アジアの対応」『防衛研究所紀要』第14巻第1号、2011年12月、3頁を参照。
  8. 8 ASEAN, "Press Statement by the Chair of the ASEAN Foreign Ministers' Retreat," p. 2.
  9. 9 "Malaysia takes on Asean mantle but tempers expectations on Myanmar, South China Sea," Straits Times, January 19, 2025.
  10. 10 拙稿「第2次トランプ政権と米ASEAN関係の展望――期待に先立つ懸念」国際情報ネットワーク分析 IINA、2024年12月19日。
  11. 11 同上。
  12. 12 Junaid Ibrahim Martin Carvalho and Gerard Gimino, "Asean to issue statement against Trump's proposal to remove Palestinians from Gaza, says Tok Mat," The Star, February 6, 2025.