2024年11月5日、アメリカで大統領選挙が行われ、トランプ前大統領が再び選出された。2025年1月に発足する第2次トランプ政権の陣容や政策に関して多くの注目が集まっているが、対外政策も例外ではない。対中強硬姿勢、ウクライナ戦争をいかに終結させるか、貿易を中心に2国間での「ディール」重視、同盟国に対する一層の負担の要求といった事項は、東南アジア諸国連合(ASEAN)の各国にとっても他人事ではない。この地域の多くの国にとって、対米関係は自らの経済や安全保障に多大なる影響を与える要素であり、彼らは第2次トランプ政権の動向をもっぱら不安視している。本短評は、第1次トランプ政権からバイデン政権までの米ASEAN関係を振り返り、2025年から始動する第2次トランプ政権期の米ASEAN関係を展望する。

第1次トランプ政権と米ASEAN関係――多国間主義への無関心

 2017~2021年の第1次トランプ政権時のアメリカとの関係は、ASEANにとって必ずしも快適なものではなかった。トランプ大統領は就任直後に環太平洋パートナーシップ(TPP)から離脱し、アジア太平洋地域の多国間経済協力でアメリカのイニシアチブを期待していたASEANを失望させた。また大統領個人はASEANの多国間主義に関心を示さず、ASEANがアメリカ大統領の参加を望む東アジア首脳会議へは、任期中一度も出席しなかった。さらに任期中、ASEAN大使とシンガポール大使は任命されることはなかった[1]。

 トランプ大統領はASEAN各国との2国間関係にも特に関心を持たなかったが、自国よりはるかに経済規模の小さいASEANの国々に対しても貿易不均衡の是正を要求するなど、「アメリカ第一主義」と「ディール」は適用された。

 ただ、ASEANの一部の国にとって、トランプ政権は頼もしい側面もあった。当時アメリカは中国を戦略的競争相手と明確に規定し、同国との対立はエスカレートしたが、トランプ政権は中国の南シナ海での強硬姿勢を厳しく批判した。またオバマ政権時に比べ、南シナ海での航行の自由作戦の頻度は3~5カ月に1回から1~2カ月に1回と倍増し、中国を強く牽制した[2]。

 経済面では、米中の貿易戦争により、ASEANの国々は「漁夫の利」を得た。中国からアメリカへの輸入品に課される関税を嫌い、中国企業を含め多くの企業がASEANに生産拠点を移したためである。その結果、ASEANとアメリカの貿易は堅調に拡大した[3]。

バイデン政権と米ASEAN関係――期待から失望と停滞へ

 2021年にバイデン政権が発足した際、ASEANはアメリカが自らにとって望ましい形でこの地域に関与することを期待した。この期待はオバマ政権への「郷愁」であり、同政権がASEANの多国間主義、就中大統領自身の東アジア首脳会議への参加を重視し、TPPの拡大によってアジア太平洋地域の多国間経済協力を主導したように、オバマ政権で副大統領だったバイデンが多国間主義重視の姿勢を踏襲することをASEANは望んだ[4]。

 2022年のアメリカの対ASEAN政策は、概ねASEANの期待に沿ったものであった。同年5月、米・ASEAN特別首脳会議がワシントンで開催された。アメリカで開催されるのはオバマ政権以来2度目であった。会議に際して発表された共同ビジョン声明には、新型コロナ対応、経済協力と連結性、海洋協力、気候変動対策などASEANが重視する8つの協力分野が包括的に盛り込まれた[5]。11月にはバイデン大統領も出席して米・ASEAN首脳会議がカンボジアで開催され、両者の関係が最高レベルの包括的な戦略的パートナーシップに格上げされた[6]。

 しかし、その後バイデン大統領はASEANの多国間主義に冷淡だった。2023年と2024年の東アジア首脳会議に大統領が出席することはなかった。政権後半に目立った動きはむしろ、中国を見据えた2国間関係の重視である。2023年9月、バイデン大統領は東アジア首脳会議が開かれるインドネシアのジャカルタではなくベトナムのハノイを訪問し、その際に、アメリカとベトナムの関係は包括的な戦略的パートナーシップに格上げされた。また同盟国フィリピンとの関係も強化された。バイデン政権期には、防衛協力強化協定(EDCA)に基づく米軍展開拠点の拡充、防衛ガイドラインの締結、外務・国防担当閣僚会合(2+2)の定例化、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の締結など、米比の防衛協力の制度化が一気に進んだ。

 ガザ問題でのアメリカの対応も、米ASEAN関係に影を落とした。マレーシア国民の多くはアメリカのイスラエル支援に反感を抱いており、世論を受けてアンワル政権はハマスに接近し、アメリカとマレーシアの関係の停滞に拍車をかける結果となった[7]。マレーシアのBRICSへの参加も、こうした文脈から語ることが可能であろう[8]。シンガポールのISEASユソフ・イシャク研究所(東南アジア研究所)が毎年行う世論調査において、「米中どちらを選ぶか」の問いに対し、2019年の調査開始以降初めて中国がアメリカを上回る結果となったのも、バイデン政権に対するASEANの失望を反映している[9]。ただ、米中対立からASEANは引き続き「漁夫の利」を得続け、第1次トランプ政権に引き続き、バイデン政権下でも米ASEANの貿易は堅調に推移した[10]。

第2次トランプ政権への不安なまなざし

 第1次トランプ政権時の経験を活かし、ASEANは第2次トランプ政権下の米ASEAN関係の適切な管理を試みようとするであろうが、それには当然限界がある。次期政権との関係には多くの不確定要素、予測不可能な事態が想定され、地域には期待をはるかに上回る懸念が渦巻いている。

 もとより、ASEANの多国間主義にトランプ大統領が関与することは期待しようがなく、バイデン政権が主導したインド太平洋経済枠組み(IPEF)もその命脈を絶たれる可能性がある[11]。

 2国間関係については、ASEAN各国とアメリカの関係で「ディール」が行われるであろう。その際中国の迂回貿易を手助けしている、とトランプ政権からみなされた国は、関税や為替で経済的圧力を受けるかもしれない。

 安全保障上の関与も「ディール」の俎上に上る可能性がある。中国への対決姿勢が強まると予測される一方、アメリカの軍事的関与の継続は確実なものではない。台湾同様、バイデン政権期に強化された米比の同盟協力も、制度化された取り組みは継続するであろうが、特に財政面での支援は保証されているわけではない。フィリピン内政でも正副大統領の政治闘争が激化する中、フィリピンの内外両面での不安定さが際立つかもしれない。

 ただ、以上の懸念が現実化した場合でも、ASEANが全体として「中国一択」となることはないであろう。ラオス、カンボジア、ミャンマー等大陸部を中心としてすでに「アメリカより中国」となっている国々の対中傾斜は強まるであろうが、南シナ海で中国との緊張が続く国々もある。ASEAN全体としては、中国一極支配の地域秩序を望んでいるわけではなく、アメリカの、特に軍事的な関与は依然として必要とされている。アメリカ企業の投資も彼らの経済発展には不可欠である。トランプ政権の「ディール」に翻弄されつつも、ASEANはアメリカとの適切な関係を追求するであろうし、また日本をはじめとする他の主要国との関係は、いっそう重要なものとなろう。

(2024/12/19)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
US-ASEAN Relations under Trump 2.0: Concerns Outweigh Expectations