2021年1月にアメリカ・バイデン政権が発足してから、丸3年がたとうとしている。アメリカはグローバルパワーとして中国、ウクライナ、ガザ等々世界中で生起する国際問題に関与している(せざるを得ない)が、バイデン政権は主としてインド太平洋戦略の一環として東南アジア、そして東南アジア諸国連合(ASEAN)との関係強化も進めてきた。グローバル、地域、2国間と様々なレベルで策定され、実施されるアメリカの対外政策は、直接間接にASEANに影響を及ぼしてきた。そのためアメリカの政策から発せられるメッセージは時として錯綜し、ASEANを困惑させた。本短評は、錯綜するアメリカのメッセージを紐解き、そこから浮かび上がるバイデン政権の対ASEAN政策の基本姿勢を読み解く。

政権発足当初の対ASEAN政策――期待外れの対応

 バイデン政権の発足にあたり、ASEANはアメリカが「ASEANの望む形で」この地域に関与することを期待した。この期待は、ASEANの多国間主義を軽視したトランプ前政権に翻弄された経験から生じ、またオバマ前々政権への「郷愁」でもあった。オバマ政権期のアメリカは、ASEANの多国間主義を尊重し、大統領は東アジア首脳会議(EAS)に参加するためほぼ毎年東南アジアの国々を訪れた。また経済面では、環太平洋パートナーシップ(TPP)を主導し、東南アジアを含むアジア太平洋地域の多国間経済協力システムの構築を図った。多国間主義に基づく協調への関与がASEANにとって望ましいアメリカの姿であり、ASEANはオバマ政権で副大統領だったバイデンが、その姿勢を踏襲することを望んだ[1]。

 しかし、発足当初のバイデン政権の対応は、期待外れであった。発足後の約半年間は、アメリカからASEANに対する特段のアプローチはなく、この地域がバイデン外交の最優先課題ではないことは明白であった。半年「放置」された後、ようやくバイデン政権の対ASEAN外交は本格的に始動した。2021年7月にオースティン国防長官がシンガポール、ベトナム、フィリピンを歴訪し、翌8月にはハリス副大統領がシンガポールとベトナムを再度訪問した。またバイデン大統領自身も、オンラインではあったが、10月に米・ASEAN首脳会議とEASに出席した。さらに、12月にはブリンケン国務長官がインドネシアとマレーシアを訪問した。バイデン政権の要人歴訪はこうして、当初の出遅れを取り戻すかのようなインテンシブなものであった[2]。

錯綜するメッセージとASEANの困惑

 ASEANへのアプローチとは別に、アメリカはインド太平洋でミニラテラルな連携を強化し、グローバルな民主主義外交を活発化させたが、そうした動きの一部はASEANを困惑させた。

 2023年5月に行われたクアッド首脳会議で日米豪印の4カ国は、ASEANの中心性・一体性に対する一貫して揺らぐことのない支持と、インド太平洋に関するASEAN アウトルック(AOIP)の実現を引き続き支援することを再確認した[3]。こうしたクアッドの姿勢をASEANは概ね好意的にとらえる一方、AUKUSについては、東南アジア地域を非核地帯化するというASEANの目標の障害となり、米中間の軍事的緊張が高まることによってASEANを含むインド太平洋地域全体を不安定化させるのではないかと懸念した[4]。

 また、バイデン政権の民主主義外交は、ASEANの国々を選別した。2021年12月にアメリカが民主主義サミットを主催した際、ASEANからはインドネシア、マレーシア、フィリピンの3カ国のみ招待され、2023年3月の第2回サミットにはインドネシアとフィリピンのみが参加した[5]。アメリカが提示する民主主義対非民主主義の対立軸は、ASEANの一体性と米・ASEAN協力にマイナスのメッセージを送った。

ASEANの多国間主義――重視から軽視?

 2022年、アメリカは折に触れASEAN重視の姿勢を示した。同年2月、ホワイトハウスが発表したインド太平洋戦略では、強力で独立したASEANが東南アジアを主導することを歓迎し、ASEAN中心性を支持、ASEANが地域の最も喫緊の課題に継続性ある解決策をもたらすよう支援する、と力強くうたわれた[6]。また5月には米・ASEAN特別首脳会議がワシントンで開催され、その際発表された共同ビジョン声明には「互恵関係のための諸原則に関するEAS宣言」に依拠しつつ、コロナ対応、経済協力と連結性、海洋協力など8つの協力分野が包括的に盛り込まれた[7]。そして11月には米・ASEAN首脳会議がカンボジアで開催され、バイデン大統領が出席した。会議では、両者の関係が包括的戦略パートナーシップに格上げされることが高らかに宣言された[8]。

 しかし、2022年の盛り上がりから一転、2023年の対ASEAN外交は精彩を欠いた。バイデン大統領は9月にデリーで行われたG20には出席したものの、ジャカルタで開かれたEAS等一連のASEAN関連会合を欠席し、ハリス副大統領が代わりに出席した。バイデン大統領の欠席は、アメリカのASEAN軽視、議長国インドネシアの軽視、ASEANやインドネシアを中国に傾斜させる、アメリカの対外政策の重点は同盟国やパートナー国との2国間やミニラテラルな連携にある、ミャンマー問題の対応をめぐってアメリカはASEANの機能不全に落胆している等々、様々な憶測を呼んだ[9]。

多国間より2国間?

 2023年に目立った動きはむしろ、中国を見すえた2国間関係の重視である。デリーでG20に出席したバイデン大統領が向かったのは、ジャカルタではなくベトナムのハノイであった。バイデン大統領のベトナム訪問に際し、両国首脳は米越関係が包括的戦略パートナーシップに格上げされることを宣言した。これはベトナムの対外関係において最も高次のレベルであり、アメリカは中国、ロシア、インド、韓国に次いで5番目の締結国となった。また2013年に両国が包括的パートナーシップを結んだ後、10年後に戦略的パートナーシップの段階を飛び越えて2段階引き上げが行われたことになる。南シナ海問題を見すえ、ベトナムにとってアメリカとの協力は不可欠であるが、アメリカにとっても対中戦略、インド太平洋戦略においてベトナムは重要であった。今回の大統領訪越にあたり、中国や南シナ海の話題は注意深く避けられたものの、両国は半導体やクリティカルミネラルのサプライチェーンに関して協力を強化することで合意した[10]。大国間競争における経済安全保障の観点から協力強化がうたわれたことは、両国の関心の中心はやはり中国であることを示していた。

 南シナ海や台湾を見すえ、同盟国フィリピンとの関係強化も進んだ。2023年2月にはオースティン国防長官がフィリピンを訪問し、米比相互防衛条約の適用範囲は南シナ海のフィリピン国軍、公船、航空機に及ぶと明言したほか、両者は2014年に結ばれた防衛協力強化協定(EDCA)に基づき、従来の5カ所に加え、新たにフィリピン国軍の4カ所の拠点を米軍が使用することで合意した[11]。同年4月、ワシントンで米比外務・国防担当閣僚会合(2+2)が7年ぶりに開催され、両国は同盟協力を現代化することで合意した。具体的には、EDCAに基づく9カ所の米軍利用拠点に対し、米国防省は2023年度末までに1億ドル以上のインフラ整備予算を計上するほか、米比海軍による南シナ海共同巡視の実施、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の締結、といった事項が盛り込まれた[12]。さらに5月、南シナ海が米比相互防衛条約の適用範囲であることが明記された米比ガイドラインが締結された[13]。

バイデン政権の姿勢――米主導の2国間・多国間協力を優先

 総じて、バイデン政権の外交には、民主主義の理想と現実、中国への硬軟両用の対応、多国間主義・ミニラテラルな連携・2国間協力という多種多様な対抗軸があり、例えばインド太平洋レベルでのミニラテラルな連携の目的は、対ASEAN外交の目的とは必ずしも一致しなかった。換言すれば、バイデン外交は、さまざまな対抗軸のバランスのとり方を試行錯誤するプロセスであったといえる[14]。また中国との戦略的競争が構造化し、その競争に勝ち抜くことで議会における超党派な合意が形成されているとも言われる中、対中政策、そして対ASEAN政策を含むインド太平洋戦略において、バイデン政権も前政権と類似した政策的選択肢をとる傾向にある。

 その中から浮かび上がる対ASEAN政策の基本姿勢とは、第1に、ASEANに対する一般的な支持であり、トランプ政権よりASEANを重視するが、オバマ政権時ほどではない。第2に、2国間のプラクティカルな関係の重視である。そこには常に中国との戦略的競争が念頭にあり、アメリカの対中戦略の実現にとって重要な国を選別する。第3に、トランプ政権とは様相の異なるアメリカ第一主義であり、その主眼はアメリカ主導の枠組みの堅持である。新規の民主主義サミットやインド太平洋経済枠組み(IPEF)のみならず、伝統的なアジア太平洋経済協力(APEC)をも引き続き重視する。ASEANの多国間主義を無視はしないが、2国間関係やアメリカ主導の枠組みよりは優先順位が低くなる。

 バイデン政権が発する錯綜したメッセージは、ASEAN側の認識を混乱させ、アメリカの地域関与に対する疑念を増大させる。ただASEAN側とて、単純に「アメリカがダメなら中国」と選択できるわけでもない。アメリカとASEANの非対称な外交の駆け引きは、バイデン政権下でも、その後も続くであろう。

 (本稿の見解は筆者個人のものであり、筆者の所属組織の公式見解ではない)

(2024/01/10)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
The ASEAN policies of the Biden administration in the United States ― The basic stance which emerges from its jumbled messages

脚注

  1. 1 拙稿「ASEANの『中立』――米中対立下のサバイバル戦略」増田雅之編著『大国間競争の新常態(NIDSパースペクティブ1)』インターブックス、2023年、105-106頁。
  2. 2 同上、106-107頁。
  3. 3 “Quad Leaders’ Joint Statement 20 May 2023, Hiroshima,”外務省「日米豪印首脳共同声明」2023年5月20日。
  4. 4 Prashanth Parameswaran, “AUKUS, Southeast Asia, and the Indo-Pacific: Beyond Cyclical Perception Management?” The Diplomat, June 6, 2023.
  5. 5 U.S. Department of State, “Summit for Democracy 2023.”
  6. 6 The White House, Indo-Pacific Strategy of the United States, February 2022, p. 9.
  7. 7 The White House, “ASEAN-U.S. Special Summit 2022, Joint Vision Statement,” May 13, 2022.
  8. 8 The White House, “ASEAN-U.S. Leaders’ Statement on the Establishment of the ASEAN-U.S. Comprehensive Strategic Partnership,” November 12, 2022.
  9. 9 Kiki Siregar, “Analysis: Biden’s no-show at ASEAN summit could cast doubts on US commitment to region,” Channel New Asia, September 5, 2023; Niniek Karmini and Edna Tarigan, “ASEAN leaders besieged by thorny issues as they hold summit without Biden,” Associated Press, September 4, 2023.
  10. 10 The White House, “Fact Sheet: President Joseph R. Biden and General Secretary Nguyen Phu Trong Announce the U.S.-Vietnam Comprehensive Strategic Partnership,” September 10, 2023.
  11. 11 U.S. Department of Defense, “Readout of Secretary of Defense Lloyd J. Austin III Meeting with Philippine Senior Undersecretary and Officer in Charge of the Department of National Defense Carlito Galvez,” February 2, 2023.
  12. 12 U.S. Department of State, “Fact Sheet: U.S.-Philippines 2+2 Ministerial Dialogue,” April 11, 2023.
  13. 13 U.S. Department of Defense, “Fact Sheet: U.S.-Philippines Bilateral Defense Guidelines,” May 3, 2023.
  14. 14 Prashanth Parameswaran, “US in Southeast Asia: Striking a New Balance?” RSIS Commentary, S. Rajaratnam School of International Studies (RSIS), No. 14, February 16, 2022.