2021年1月25日から2月1日にかけて、ベトナム共産党第13回党大会が開催された。当初は2月2日までの開催が予定されていたが、首都ハノイで新型コロナウイルスの新たな感染者が判明したため、党・政府はコロナ対策に集中するため予定より1日早く閉会した。党大会は通例5年に一度開催され、共産党一党独裁体制のベトナムにおいて新たな政治指導部を決定する、きわめて重要な政治的行事である。本稿は、今回行われた党大会の意義について、新指導部の発足を中心に考察する。

チョン書記長の続投

 今回の党大会人事で最も注目すべき点は、2011年の第11回党大会で書記長に就任したグエン・フー・チョン(Nguyễn Phú Trọng)の3期目の続投が決定したことである。ベトナム共産党規約第17条は「書記長の任期は連続して2期を超えない」と規定しているが、チョン書記長は異例の3期目となった[1]。そもそも、党は人事の方針として政治局員は65歳を超えて再任されないと規定しているが、チョンが政治局員3期目で初めて書記長に就任した際、彼はすでに67歳であった[2]。書記長の3期連投は、ドイモイ(刷新)以後のベトナム共産党史では例がない。

 今回の書記長レースを改めて振り返ってみると、チョン書記長は自らの異例の再任のため、数年前から数々の布石を打っていたことがわかる。第1に、2018年に当時のチャン・ダイ・クアン(Trần Đại Quang)国家主席が病気のため死去すると、チョン書記長は自ら国家主席を兼ねた。このため従来は政治4役(党書記長、国家主席、首相、国会議長)間の分権と均衡を是としていたベトナム政治指導部内のバランスは崩れ、チョン書記長への権力の集中が進んだ。

 第2に、「資格要件」の設定である。2020年1月、チョン書記長は中央委員会規則第214号を出した。同規則は書記長以下、党・政府内の様々な要職に就く人間の「資格要件」をきわめて詳細に(だが抽象的に)規定している。例えば党書記長の資格要件については「・・・中央委員会、政治局内、党内、国民からの信任が厚く、団結の象徴として政治システム、党全体、全人民の総合的な力と時代の力を結集して発揮し・・・」となっている[3]。チョン書記長は前党大会で書記長の座を争ったグエン・タン・ズン(Nguyễn Tấn Dũng)前首相につながる人々が党の要職に就くことを阻止するため、その根拠たる詳細な資格要件を設定したと考えられる。実際、2020年2月にはズン前首相に近いとされるハノイ市党書記が、汚職を理由に職を解かれている[4]。

 第3に、「特例」の適用である。ベトナム共産党における代表選出は、建前上、中央委員の投票による(ただし投票の結果は完全非公開)。2020年12月に行われた第14回中央委員会では、党政治局員に関する投票が行われた。この時、委員会では「特例」(3期続投の禁止と政治局員65歳定年制の例外)が議論され、チョン書記長再選への道が固められた[5]。そして党大会直前の2021年1月に行われた第15回中央委員会で、新政治4役が確定した。党中央委員会を舞台とする書記長レースの間、人事をめぐる議論や表決の内容は完全非公開とされ、情報は徹底的に秘匿された。それでも各種報道機関や専門家のサーベイによって、党大会前からチョン書記長留任の可能性は濃厚、と報じられていた[6]。

 ただ、チョン書記長の再選は決して既定路線ではなく、2020年の書記長レースの終盤で決まったとの観測もある。そうした観測によると、当初、チョン書記長は自らの後継者に、汚職対策で辣腕を振るったチャン・クォック・ヴオン(Trần Quốc Vượng)政治局員を指名する予定であった。しかし、ヴオンの書記長就任について中央委員会の承認が得られず、チョン書記長はヴオン指名を断念し、自らの異例の再選によって汚職対策の継続と党体制の維持を図った、という経緯である。ヴオンは65歳定年制に従い、今回の党大会で政治局から退き、引退を余儀なくされた[7]。

チョン書記長再選の理由

 権力集中と周到な布石のほか、チョン書記長再選の理由は、第1にコロナ対策の成功である。ベトナムの新型コロナウイルス感染者数は現在までのところわずか2,000人足らず、死者は35人である。ベトナム政府は感染初期から、出入国管理、感染者の早期発見と区画ごとの隔離、都市封鎖など感染状況に応じて迅速かつ徹底した措置をとり、感染封じ込めに成功した。こうしたコロナ対策の成功により、経済は3%弱のプラス成長を維持し、党は人々の信認をつなぎとめた。また感染者の追跡と発見を可能にしたのは、社会主義体制下の監視システムの活用であった[8]。ベトナムの例は、こうした抑圧体制がコロナ対策には有効であることを図らずも示し、コロナ下の「共産党一党独裁体制の制度的優位性」を知らしめた。

 第2に、チョン書記長個人への信任の高さである。チョン書記長は、汚職対策に力を入れる清廉な人物であるとの評判に加え、筆者のベトナムの知人によると、老齢にもかかわらず依然として極めて頭脳明晰であり、党の行事において長時間にわたる演説も原稿なしでこなすという。一般の国民からの人気も高い。

 こうして3期目に突入したチョン体制であるが、不安要素もある。まず、書記長自身の健康不安である。チョン書記長は2019年4月に心臓発作で倒れ、数か月間、ベトナム政治の表舞台から姿を消した。復帰後は精力的に政治活動を行っているものの、疾患の再発はベトナム政治の不安定化に直結しかねない。加えて、チョン書記長への過度の権力集中の問題もある。権力集中と汚職摘発(という名の政敵排除)を進めるチョン書記長は「ベトナムの習近平」であるかの様相を呈しているが、伝統的な権力分散のスタイルを排し、こうした権力集中を進めることが政治体制の安定化につながるかは未知数である。チョン書記長のイデオロギー色の強い統治体制が、ベトナムの実際の国益に則した経済政策や対外政策との齟齬を来す可能性も否定できない。

新指導部の決定

 書記長以外の主要ポストとしては、まずグエン・スアン・フック(Nguyễn Xuân Phúc)首相は国家主席に、ファム・ミン・チン(Phạm Minh Chính)党組織委員会委員長が首相に、ヴオン・ディン・フエ(Vương Đình Huệ)副首相が国会議長に内定した。彼らは次期国会で正式に指名され、各役職に就任する予定である。

 フック首相は党内順位が3位から2位になったことで「昇任」とはいえるが、国家主席はベトナムの国家元首として主として外交儀礼に従事する役職であり、党や政府の実権を握る立場からは実質的に離れることになる。

 フック首相に代わって就任予定のチン次期首相は日越友好議連会長で、日本にとっては対越関係の重要なパイプとなろう。チン委員長は党の組織運営に際してチョン書記長を右腕として支え、書記長からの信頼が厚い人物と思われる。そのため今党大会で首相に「特別昇任」した。チョン書記長の最重要関心事項は党体制の存続であり、汚職対策と言論統制はこれを支える。しかし、長く公安畑を歩んできたチン委員長は、政府の実務経験に乏しく、経済政策や外交政策の実行力は不安視されている[9]。

 国会議長になるフエ副首相であるが、フック首相が前党大会で副首相から首相に昇任したため、かつ専門家として経済政策に明るいため、一部のマスメディアの直前の下馬評では、首相への昇任がささやかれていた。だが、直前でチン委員長に「逆転」された形となった。

新指導部発足にともなう、対外関係、対日関係の展望

 チョン書記長の続投で、ベトナムの対外政策の基本方針は変化せず、継続性が担保されるだろう。その基本方針とは、ドイモイ政策に基づく経済発展と、それを促進する外交の全方位性である。ベトナムは、南シナ海での緊張がありながらも、中国との関係安定化を追求し、米国との漸進的な関係強化を進めるだろう。日本にとっては、新政治4役に太いパイプを持ち続けることとなり、これは両国関係の一層の強化にプラス材料となろう。

(2021/02/19)

脚注

  1. 1 Đảng Cộng sản Việt Nam, “Điều lệ Đảng (do Đại hội đại biểu toàn quốc lần thứ XI của Đảng thông qua),” September 20, 2018.(党規約)
  2. 2 Đảng Cộng sản Việt Nam, “Nhiều điểm mới trong công tác nhân sự Đại hội XIII của Đảng,” December 29, 2020.(第13回党大会人事における新たな観点)
  3. 3 Ban Chấp hành Trung ương, Đảng Cộng sản Việt Nam, “Quy định Số 214-QĐ TƯ: Khung Tiêu chuẩn Chức danh, Tiêu chí Đánh giá Cán bộ Thuộc diện Ban Chấp hành Trung ương, Bộ Chính trị, Ban Bí thư Quản lý,” Hà Nội, January 2, 2020.(党中央決定第214号:中央委員会、政治局、書記局所属幹部の任命・評価基準)
  4. 4 「ベトナム共産党トップ、『反汚職』で政敵排除 1月党大会で主導権狙う」『日本経済新聞』2020年10月18日。
  5. 5 “Hội nghị TƯ 14: ‘Nhất trí rất cao về nhân sự Bộ Chính trị, chưa bàn trường hợp đặc biệt’,” BBC News Tiếng Việt, December 18, 2020.(第14回中央委員会:政治局人事について高いレベルでの合意)
  6. 6 “Ông Nguyễn Phú Trọng, Tứ trụ, và các chủ đề nhân sự ‘giải quyết’ ở Hội nghị 15,” BBC News Tiếng Việt, January 18, 2021.(チョン書記長、4役等人事の主要課題が第15回中央委員会で「解決」される)
  7. 7 Zachary Abuza, “The Fallout from Vietnam’s Communist Party Congress,” The Diplomat, February 2, 2021.
  8. 8 Bill Hayton, Tro Ly Ngheo, “Vietnam’s Coronavirus Success Is Built on Repression,” Foreign Policy, May 12, 2020.
  9. 9 David Brown, “Vietnam Party Congress: Better Being red than Right,” Asia Sentinel, February 3, 2021.