2020年12月9日から10日にかけて、ASEAN国防相会議(ADMM)と拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス)が開催された。この2つの会議は、東南アジア諸国連合(ASEAN)の多国間安全保障協力の中心となる枠組みである。本稿は、今回のADMMとADMMプラスの意義を軸に、ASEANを中心とするインド太平洋地域の多国間安全保障協力枠組みの機能を考察する。

ADMMとADMMプラスの沿革

 ADMMは、ASEAN加盟国の国防相間の会合として、2006年に発足した。ADMMの設立はASEAN政治安全保障共同体(APSC)構築の一環であり、その設立目的は、信頼醸成措置を通じて地域の平和と安定を実現することであった[1]。

 ADMMは、通例年2回、本会合と非公式会合(retreat)が開催される。各会合においてASEAN各国の国防相は、地域の安全保障情勢について議論すると同時に、軍同士の協力を中心とする域内の安全保障協力の可能性を探ってきた。そのためADMMはこれまで、人道支援・災害救援(HA/DR)、防衛産業、PKO、軍事医学、海洋安全保障、CBRNなど、様々な協力分野に関するコンセプト・ペーパーを作成し、協力の実践を模索してきた。

 一方ADMMプラスは、ADMMの拡大バージョンとして、2010年に発足した。構成メンバーはASEAN10か国とASEANの8つの対話国(日本、アメリカ、中国、インド、ロシア、韓国、オーストラリア、ニュージーランド)である。当初3年に一度の開催とされていたADMMプラスは、2年に一度となり、現在では毎年開催されるようになった。

 ADMMプラスが従来の多国間安全保障対話枠組みと大きく異なる点は、専門家会合(EWG)制度に求められる。EWGは、7つの非伝統的安全保障分野(HA/DR、軍事医学、海洋安全保障、対テロ、PKO、地雷処理、サイバー)に関してそれぞれ下部会合を形成し、それぞれの会合につきASEAN加盟国と対話国がペアとなって共同議長を務める。各EWGは、当該分野における具体的な協力を志向し、共同演習や共通の標準作業手順(SOP)の作成作業を行っている。

対照的な発展経路

 ADMMは、ASEAN加盟国の軍当局間の信頼醸成を促進した。ADMMの枠組み内では、ASEAN防衛交流プログラム(ADIP)など様々なレベルでの会合や交流プログラムがつくられ、実施された[2]。信頼醸成の促進は軍関係者間にとどまらず、APSC、そしてASEAN共同体全体の信頼醸成に寄与した。

 しかし、ADMMにおいて具体的な協力はあまり進展することはなかった。前述の通り非伝統的安全保障の様々な分野での協力が提案され、十数のコンセプト・ペーパーがつくられたものの、具体的な実践に行きついたものはほとんどない。その原因は、個別具体的な問題に関する加盟各国の考えや利益の違い、資金やアセット、能力の不足にあった。具体的な協力に至らないという意味では、ADMMにおける「真の」信頼醸成も道半ばといえる。

 これに対してADMMプラスでは、EWG制度が機能し、様々な非伝統分野に関する数多くの会合やセミナー、演習が行われてきた。そこには、域外国による資金やノウハウの提供が大きく貢献した。EWG制度は、域外国のASEAN諸国に対する能力構築支援の場となった。

 しかし一方では、ADMMプラスは信頼醸成にさしたる進展を見せることはなく、むしろ米中対立の激化を背景として、域外国を中心として対立の場面が目立った。例えば、2015年の第3回ADMMプラスでは、アメリカが共同宣言に南シナ海問題に関する文言を挿入しようとしたのに対し、中国がこれに強く反対した。結果議論は紛糾し、ADMMプラスは共同宣言を出すことができなかった[3]。また、つい先日行われた第7回ADMMプラスでは、中印国境のラダック地方における中国人民解放軍とのにらみ合いを背景に、インドのラジナート・シン国防相は、インド側の自制姿勢を強調しつつ、中国の力による現状変更への批判を示唆した[4]。ただ、こうした域外国間の対立と競争にはプラスの側面もあった。米中をはじめとする域外各国はASEANとの協力強化を推進し、結果としてEWG制度におけるASEAN諸国に対する能力構築支援が進んだ。域外各国間の競争は、ASEANの戦略的重要性を高め、その中心性を維持することにつながった。

 このように、ADMMとADMMプラスは設立経緯や設立目的において密接に関連しているにもかかわらず、きわめて対照的な発展経路をたどった。これは、ASEANの「内と外」の環境の相違に起因する。ASEANの「内」、つまり加盟国間では、安全保障共同体を形成する共通の意思が存在する。これに対しASEANの「外」、すなわち域外主要国の間ではそのような意思は存在せず、むしろ今後の地域秩序や安全保障をめぐる見解の相違や対立が顕在化している。2つの枠組みは、ASEANを中心として同心円状に位置するにもかかわらず、共通のビジョンを共有するか否かによって、その進展内容が大きく異なる結果となった。

第14回ADMMと第7回ADMMプラス――共同宣言の比較

 2020年12月9日から10日にかけて、第14回ADMMと第7回ADMMプラスがオンラインで開催された。各会議での議論の詳細は非公開であるが、会議後に発表された共同宣言の内容や文言を検討し、比較すると、2つの枠組みが異なる発展経路を経て異なる機能を帯びていることが一層明瞭となる。

 ADMMの共同宣言は、南シナ海問題に多くの紙幅を割いている。その内容は、2002年の共同宣言(DOC)の履行、国連海洋法条約(UNCLOS)に依拠した行動規範(COC)の早期締結、海空域の航行の自由の確保、中国に対してのメッセージを示唆する自制の必要性の強調、そして信頼醸成措置の一環としての洋上で不慮の遭遇をした場合の行動基準(CUES)等、特に目新しい論点はないものの、南シナ海問題に対するASEANのこれまでの対応を総括し、今後もASEANが一体となって問題に取り組む姿勢を明示している[5]。南シナ海問題にここまで言及するのは、議長国ベトナムの強いイニシアチブがあってのことだろう。

 またADMMの共同宣言は、ASEAN憲章(Charter)、東南アジア友好協力条約(TAC)、ASEAN中心性(centrality)といったASEANが今後も守るべき基本原則に触れつつ、ADMMがAPSCと共同体形成の一環であることを再確認している。そして、今後も信頼醸成を進めると同時に、プラクティカルな協力を追求する姿勢を示している[6]。こうした文言は、ASEANが安全保障共同体を形成する一環としてADMMを活用し、強化するこれまでの道を再確認し、その取り組みを継続する意思を示したものといえる。

 一方、ADMMプラスの共同宣言の内容はADMMとは大きく異なっている。まず宣言は、EWGを中心とするこれまでの取り組みの成果を中心に言及しているが、宣言文全体がADMMの半分程度であり、ここに加盟国間のコンセンサスに至った具体的内容に乏しいことが現れている。宣言には「南シナ海」という言葉は用いられず、抽象的に「平和、安定、安全と海空域の航行の自由の維持の重要性」、「相互の信頼と信用を高め、活動を自制し、状況をさらに複雑化する行動を回避する必要性」、「国連海洋法条約を含む国際法に依拠した、威力を用いない紛争の平和的解決」に言及しており、背景知識のない人間が読むと、何の問題に言及しているのか理解しがたい表現になっている[7]。

 さらに宣言には、ADMMプラス加盟国を包括する地域を表す言葉として「アジア太平洋とインド洋(the Asia-Pacific and Indian Ocean regions)」という耳慣れない表現が用いられている[8]。これは、日米豪印が推進する「(自由で開かれた)インド太平洋」概念と、中国が「インド太平洋」を否定し、引き続き用いる「アジア太平洋」の綱引きの結果であろう。「アジア太平洋とインド洋」という表現には、議長国ベトナムが調整に骨を折った跡がうかがえると同時に、ベトナムをはじめとするASEAN各国の、2015年の轍は踏まないという意思を感じさせる。しかし、そうした強い意志と努力の結果発表された宣言が、かえって米中対立をはじめとする加盟国間、特にASEAN対話国間の意見対立をあぶり出したのは皮肉な結果であった。

 2つの共同宣言は図らずも、ADMMとADMMプラスというASEANを中心とする2つの多国間安全保障協力枠組みが、当初共通のビジョンに基づいて発足したものの、きわめて異なる発展経路をたどってきたことを示した。これはいみじくも、米中対立をはじめとする域外主要国間の対立と、それに翻弄されつつも踏みとどまろうとするASEANの姿を表しているのである。

(2020/12/23)