2018年11月11日から15日にかけて、東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議、ASEAN プラス1、ASEANプラス3、東アジア首脳会議(EAS)等、一連のASEANトップレベル会合が議長国シンガポールで開催された。赤道直下の都市国家にASEAN域内外の首脳が一堂に会し、各種会合では東南アジア地域にとどまらず、インド太平洋全体、ひいてはグローバルな観点から、様々な問題が協議された。そこで本稿は、各種会合の演説や声明の言説を中心に分析し、東南アジアの戦略環境、特に地域秩序構想をめぐる議論をフォローすると共に、ASEAN域内外の認識と対応を探る。

ASEANをめぐる米中の激しい綱引き

 インド太平洋地域には現在、中国が推進する「一帯一路」構想と、日米が提唱する「自由で開かれたインド太平洋」のヴィジョンという2つの地域秩序構想が並び立ち、競合している。双方の構想において、ASEANは地理的にも戦略的にも中心的な位置にある。それゆえ、二者択一の選択肢を含め、ASEANが2つの構想にどのように関与するのかという問題は、ASEANにとっての重要課題であるのみならず、2つの構想をそれぞれ推し進める中国や日米にとっても大きな関心事項となっている。

 実際、今回のシンガポールでもASEANをめぐる米中の激しい綱引きが展開された。米ASEAN首脳会議においてマイク・ペンス副大統領は、アメリカの意思として「自由で開かれたインド太平洋」のヴィジョンを実現し、同ヴィジョンの推進にあたっては繁栄、安全保障、原則の共有に焦点を当てると言明した。ペンス演説はASEANに関し、アメリカはコントロールではなく協力を求め、ASEANは「自由で開かれたインド太平洋」のヴィジョンの実現にとって中心的な存在であり、欠くことのできない戦略的パートナーであると強調した。一方でペンス副大統領は演説において「インド太平洋において帝国や侵略に場所はない」「インド太平洋ヴィジョンはいかなる国も排除しないが、いかなる国も隣国に敬意を払い、他国の主権と国際秩序に関するルールを尊重することを求められる」と述べ、中国の南シナ海における活動を暗に批判した。またアメリカは東南アジアにおけるデジタルインフラ投資を活発化させると述べ、デジタル分野での中国の進出に警戒感を示した。[1]

 アメリカの「自由で開かれたインド太平洋」のヴィジョンに対しASEANは、「ASEANの指導者たちは、アメリカの『自由で開かれたインド太平洋』の概念が、開放的で、透明性があり、包括的かつルールに基づく地域アーキテクチャを支援するとのアメリカの約束を強調していることに留意した」と反応し、アメリカの地域への関与を歓迎すると同時に、「自由で開かれたインド太平洋」のヴィジョンが特定の国を排除しない開放性を有することを今一度確認する姿勢を示した。[2]こうした言説の背景には、この「インド太平洋ヴィジョン」は安全保障偏重ではないか、そしてアメリカは同ヴィジョンから中国を排除するつもりなのではないか、とのASEANの懸念がある。同時にASEANには、今回のASEAN会合にトランプ大統領が出席しなかったことから、大統領個人がASEAN多国間主義へ無関心であることを懸念する向きもある。[3]

 一方中国も、ASEANを自陣営に取り込むことに腐心する様子を見せた。中ASEAN首脳会議で李克強首相は、中国はASEANとの「ウィン・ウィン」協力の枠組みを構築し、両者はASEAN連結性とのシナジーを念頭に、「一帯一路」構想の実現に向けて共同で取り組むことに合意したと述べた。また李演説は南シナ海に繰り返し言及し、特に今年「行動規範」(COC)の草案で中国とASEANが合意したことを重要な進展と位置づけた。また南シナ海におけるアメリカとの対立を念頭に李首相は、中国が南シナ海で進める埋め立てや建設を、環境や気象、災害協力に資する「文民」活動とし、こうした活動は南シナ海を公共財とする協力を促進するものとの解釈を示し、「非沿岸国は南シナ海における中国とASEANによる平和と安定に向けた努力を尊重し、支援すべき」と述べ、アメリカを牽制した。さらに中国は、ASEANとの自由貿易やインフラ協力を引照しながら、東アジア地域は保護主義や一国主義といった新たな課題に直面しつつあるとして、暗にアメリカを批判した。[4]

 中国のアプローチに対しASEANは、対中協力の基本文書である「中ASEAN戦略パートナーシップヴィジョン2030」の採択と、ASEAN連結性に対する中国の支援、特に連結性と「一帯一路」構想のシナジーを歓迎した。[5]一方で南シナ海に関してASEAN首脳会議議長声明は、中国との協力の進展を歓迎しつつも、「南シナ海における埋め立てやその他の活動に関する懸念」を表明し、また「係争国やその他すべての国々による活動における非軍事化と自制の重要性を強調」するなど、中国との見解の相違をにじませた。[6]

米中の綱引きへのASEANの姿勢

米中の綱引きへのASEANの姿勢

 今回の諸会合においてASEANは、米中間の綱引きの中で、競合し、時に矛盾する2つの地域秩序構想を「弁証的に」解決しようとする姿勢を示した。まずASEANは、双方の構想に平等に目配りする。ASEAN首脳会議の議長声明は、2つの構想について「我々は、インド太平洋に関する概念や戦略、『一帯一路』構想、質の高いインフラのための拡大パートナーシップといった、ASEANの域外パートナーから提案された新たなイニシアチブのいくつかを議論した。我々は、ASEAN中心性、特に我々の地域における平和と安定の促進と、貿易、投資、連結性の深化を目的とし、これらのイニシアチブと互恵的な関係を探り、相乗効果を生み出すことで合意した。我々は、開放的で、透明性があり、包括的で、ルールに基づくASEAN中心の地域アーキテクチャの強化の必要性を再確認した」と述べ、双方への関与に前向きな姿勢を示すと同時に、ASEAN中心性や、特定の国を除外しない枠組みの開放性や包括性を保証するよう求めた。[7]

  次にASEANは、「インド太平洋」に関する「第3の道」として、独自のイニシアチブを示そうとした。ASEAN首脳会議で加盟各国は「相互信頼と尊重、互恵性を高めるため、ASEAN中心性、開放性、透明性、包括性、ルールに基づくアプローチ、を主要原理とする、インド太平洋地域におけるASEANの集団的協力を発展させるイニシアチブを議論した」。[8]ASEANは今後も議論を続け、2019年にはインド太平洋の概念と戦略について、ASEAN独自の見解をまとめた共同声明を出す予定にしている。[9]

  またASEANを代表し、インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は、東アジア首脳会議(EAS)において、独自のインド太平洋概念を発表した。ポイントは、協力、包括性、透明性、開放性、国際法の尊重である。そして協力の主要な3分野として海上犯罪への対応、経済成長を促す連結性の向上、持続可能な開発目標(SDG)の達成、をあげた。またジョコウィ大統領は演説の中で、EASの枠組みにおいて、ASEANが中心となって域外対話国との間でインド太平洋の概念をオープンな形で議論し、EASでの議論が成熟し、メンバー国間の協力が活発化した暁には、インド洋諸国に協力の範囲を拡大することを提案した。[10]こうしてASEANは今一度、中国と日米の争いに埋没せず、二者択一を強要されることもなく、地域秩序の構築に独自のイニシアチブを発揮しようとしている。

  地域秩序構想や貿易、南シナ海をめぐる米中対立が激しさを増す中、ASEANは自らの立ち位置を常に探し続けている。こうした姿勢が、今回の各種声明や演説にも色濃く表れていた。シンガポールのリー・シェンロン首相は一連のASEAN関連会合を総括した記者会見で「ASEANは米中のどちらかを選びたくないが、どちらかを選ばなければならない事態が訪れるかもしれない」と述べ、ASEANが対大国関係を適切に管理することの困難さを吐露した。[11]米中2大国とそれぞれが推進する地域秩序構想の間で、ASEANが自らの戦略的自律性を保つことができるか、その強靭さは常に問われ続けている。

  (本稿の見解は筆者個人のものであり、所属組織の公式見解ではない)

(2018/12/26)