はじめに
2023年1月11日、日米安全保障協議委員会(以後、日米「2+2」)と13日に日米首脳会談が開催された。これは、2022年12月16日に、安保3文書(「国家安全保障戦略」、「国家防衛戦略」、「防衛力整備計画」)[1]を閣議決定したことを踏まえ、米国と日本の防衛協力についてすり合わせることを目的としたものであった。
これらの作業と同時並行で日米の外務・防衛当局間では、事務レベル協議を開催し、米国の各種政策文書との整合性を取りながら内容を詰めた上で、日米「2+2」と日米首脳会談が開催された。過去の日米間の防衛協力に関する協議を振り返ると、日米間の大きな政策の変更とそれを受けた合意の後には、「日米安全保障のガイドライン」のような同盟マネージメントの「解説書」的な文書が作成されてきた。今回、両国政府は安全保障協力のガイドラインの作成はしない方向のようだ。しかし、日米同盟の役割分担に実質的な変更があると考えられる中で、日米両国民や周辺諸国への説明は十分なのだろうか。本稿では、日米同盟の新たな役割分担という現実を踏まえ、日米が今後、同盟協力のために必要なことを考える。
RMC(役割・能力・任務)協議
安保3文書の改訂作業と同時並行に実施されていた日米協議は、「役割・能力・任務」(Role Mission Capability:RMC)に関するものである。RMC協議の目的は、日米の防衛戦略の方向性を整理し、個々の論点を防衛全体の戦略の中に位置づけ直すことである[2]。
このRMC協議は、2021年3月16日、日米「2+2」において同盟強化に向けた具体的な作業を進めることを担当部局に指示し、開始されたものである[3]。2022年1月7日、日米「2+2」では、「日本側から、日米同盟の役割、任務および能力に関する議論を通じて、日米の能力を最大化する旨発言した。その上で、日米双方は、役割・任務・能力の進化および共同計画作業に関する力強い進展を歓迎した」[4]と発表された。
RMC協議は、議論の詳細は非公開だが、ミサイル防衛、戦闘機や水上艦の戦力バランスなどのテーマごとに日米の外務・防衛事務レベルの担当者が集まり、両国が直面する脅威を踏まえて役割分担や必要な装備について認識のすり合わせを行っているようだ[5]。また、日米の関係筋によると台湾有事も含めて非公式の意見交換が実施されている[6]。
過去を振り返ると2002年から2006年に実施した「防衛政策見直し協議」(DPRI)において初めて日米間でRMCが検討された。DPRIは、米ジョージ・W・ブッシュ政権期、同時多発テロ後の新たな安全保障環境に応じて実施された「世界的な戦力態勢の見直し」(GPR)と緊密に連携して進められ、その内容を反映させたものであった。このプロセスでは、第一段階で日米の「共通戦略目標」を定め、第二段階の「米軍と自衛隊の任務・役割の評価」、第三段階の「兵力構成の評価」が議論された。成果として2005年10月にRMCの基本的な考えと15項目の協力項目を列挙した「日米同盟:未来のための変革と再編」(中間報告)が発表されるに至った[7]。
その後、2006年5月、「中間報告」で示された再編案に基づいた実施工程として「再編実施のための日米のロードマップ」(ロードマップ)を発表した[8]。これらの文書は、沖縄の負担軽減を考慮しつつも抑止力を向上させることを目的として、米軍再編に合わせて在日米軍と自衛隊の具体的な部隊運用・基地再編も含めた形で日米同盟強化の方向性を示すものであった。2006年以降、日米間において定期的にRMCの検討が実施されるようになり、2015年の「日米防衛協力のための指針」[9]につながることになる。
今後も議論が進められるであろうRMCは2021年11月に作業が完了したGPRの内容を反映している[10]。このGPRは、中国からの潜在的な軍事的侵略を抑止する取り組みを進めるためにインド太平洋地域の同盟国やパートナーとの協力強化が示されており、日本、韓国、オーストラリアなどの同盟国と継続的に協議するため内容を非公開としており、在日米軍の態勢について具体的なことが明らかになっていなかった[11]。
しかし、2023年1月の直近の日米「2+2」では、米国は沖縄県に駐留する米海兵隊を改編し、2025年までに離島有事に即応する「海兵沿岸連隊(MLR)」および横浜に小型揚陸艇部隊を創設することが発表された[12]。今後のRMC協議においては、自衛隊および米軍の作戦面の連携強化や施設の共同使用、在日米軍基地への中距離ミサイル配備[13]などの具体的な取り組みについての議論が進むことが予想される。
「日米防衛協力のための指針」の協議
RMC協議と類似したものとして「日米防衛協力のための指針」(「指針」)[14]の協議がある。「指針」とは日米の防衛協力の大枠であり、この協議の目的は、政治レベル(日米「2+2」)が承認(オーソライズ)した形で、自衛隊と米軍の共同対処するべき局面を特定し、それぞれの役割を定め、共同作戦計画を作成することである[15]。
具体的には「指針」は、日米「2+2」の指示のもと「防衛協力小委員会」(SDC)を設置して策定される。SDCは、「緊急時における自衛隊と米軍間の整合のとれた共同対処行動を確保するためにとるべき指針など、日米間の協力のあり方に関する研究協議」であり、事務レベルと制服レベルが参加する[16]。これまでSDCは、1978年「指針」策定、1997年および2015年の「指針」改定時のみ開催されてきた。
近年では「指針」は2015年に改訂されたが、その発端は、2010年代に中国の海洋進出などが活発になり、米国の東アジアへのコミットメントの不安から日本側から打診したものであった[17]。2013年9月の日米首脳会談において安倍首相からオバマ米大統領に対し「安全保障環境の変化を踏まえ、日米の役割・任務・能力(RMC)の考え方についての議論を通じ、指針の見直しの検討を進めたい」[18]旨が述べられ、日米「2+2」において正式に改訂作業が開始された[19]。
このプロセス(2013年10月~2015年4月)では、日米「2+2」で示された、①日米防衛協力の中核的要素である日本に対する武力攻撃への対処能力の確保、②同盟のグローバルな性質を反映する協力範囲の拡大、③地域のパートナーとのより緊密な安全保障協力の促進、④協議・調整メカニズムの強化、⑤相互の能力強化に基づく適切な役割分担の提示、⑥効果的・効率的・シームレスな対応を確保するための緊急事態における防衛協力の指針となる概念の評価、⑦同盟強化を可能とする追加的な方策の探求など7項目の目的を踏まえて議論された[20]。
また、日本側の「国家安全保障戦略」、「防衛大綱」[21]、米国側の「4年ごとの国防計画の見直し」(QDR)[22]とアジア太平洋地域へのリバランスを整合する形で1997年の「指針」の見直しの検討を行った。そして、SDCでは、1997年の「指針」と同様に課長級、審議官級、局長級といった積み上げ式に協議を実施し、根拠法の平和安全法制と整合性をもって調整されていた[23]。
しかし、2015年の「指針」は、中国の台頭などによる安全保障環境の急速な変化が改訂の契機となったが、日米間で対中認識のズレがあった中で策定されたものであった。国防次官補であったデビット・シアーは、「指針」について「地域で起こりうるあらゆる緊急事態に際し、両国が計画、訓練、そして運用を高めることである。緊急事態の相手が誰になるのかは控える」と述べていた[24]。また、国家安全保障局次長であった兼原信克は、「中国を踏まえた戦略のすり合わせが不十分であった」と指摘している[25]。
実際、2015年の「指針」では、日本以外の国に対する武力攻撃に関する具体的な考え方は示されておらず、中台武力紛争について突っ込んだ検討を経ずに策定されていたことが推察される。[26]
RMC協議を通じた「指針」改訂プロセスの意義と問題点
2015年の「指針」改訂は、日本側で「国家安全保障戦略」と「防衛大綱」を策定した後、米国側の戦略文書と整合させて、RMCと一貫したプロセスで実施されていた。
これらのプロセスの意義としては、①日米の政治レベル、事務レベル、自衛隊と米軍の制服レベルなどの防衛当局間で戦略目標やRMCに関する共通意識が形成される。②RMCを通じて起こりうる有事や危機の局面において日米の役割が明確化される。③「指針」によって作戦計画が政治的に承認される形となり、制度化される。共同作戦計画の作業が進展、共同演習・訓練が増加し、日米の防衛協力が更に強化される[27]、などの点がある。
しかし、「指針」改訂には、政治的なリーダーシップと多大なエネルギーが必要となる。例えば、2005年の「中間報告」後に「指針」を改訂するべきという意見もあったが、短命政権が続いた結果、「指針」改訂は2015年まで待つことになった。この作業は、水面下の調整を含めると2年以上(2012年8月~2015年4月)の歳月を要しており、安倍首相の政治的なリーダーシップによって実現されたものであった。
今回の安保3文書改訂プロセスにおいて、2023年1月11日、日米「2+2」の会見で林芳正外務大臣は、「指針」改訂について「直ちに見直しが必要になるとは考えていない」[28]と述べ、米側も同様に否定した[29]。安保3文書に併せた形で「指針」を改定しないことが明確となった。これは、「指針」改訂には多大な政治的なコストと強力なリーダーシップが必要となるため、日米間の政治・事務レベルが現時点での改定は現実的ではないと判断したものであると推察される。
日米同盟への理解と支持のために必要な「解説書」
2022年12月16日に発表された「国家安全保障戦略」では、インド太平洋地域において日米の協力を具体的に進化させることが明記され、「国家防衛戦略」において「日米同盟の抑止力と対処力」の強化が示された。具体的には、①日米共同抑止力・対処力の強化(RMCの議論を深め抑止力を一層強化)、②ACM(Alliance Coordination Mechanism)などの同盟調整機能の強化 [30]、③共同対処の基盤の強化、④在日米軍の駐留を支えるための取組、などである[31]。
2023年1月の日米首脳会談と日米「2+2」では、軍事力を急速に拡大し、国際秩序を変更する中国に勝利する態勢を構築するため「同盟の現代化」(Modernization)という表現が使用されている。これは、これまでの「盾」(日本)と「矛」(米国)と言われている日米の役割を新たな段階へと引き上げるものであり、国民と周辺諸国への丁寧な説明が必要になる。
しかし、日米間では、2021年3月からRMC協議を実施しているものの、そこで議論されている内容は断片的な形でしか共同文書で発表されておらず、RMCの全体像は見えてこない。今回の日米「2+2」では、「現在及び将来の安全保障上の課題に対処するため、同盟の役割及び任務を進化させる作業を加速させ、また、相互運用可能で高度な能力を活用していくことを決定した」としており、RMCについては引き続き議論されるのだろう[32]。
そして「指針」改訂が現実的に難しいことを考慮すれば、2005年の「中間報告」のような日米間のRMCについて基本的な考え方、分野ごとの具体的な方針、それに伴う在日米軍と自衛隊の態勢を明記した、中間報告的な文書を次回の日米「2+2」までに取りまとめるのが現実的ではないだろうか。これは、両国民への理解を促し、政治レベル、事務レベル、制服レベル間で日米同盟の「現代化」に必要なRMCの共通意識を形成し、相互の役割が明確化されることにつながる。これこそが安保3文書改訂後と日米合意を受けた後、日米の有権者の理解と支持を得て、日米同盟を強化するために必要なことであろう。
(2023/3/13)
脚注
- 1 内閣官房「国家安全保障戦略について」2022年12月16日; 内閣官房「国家防衛戦略」2022年12月16日; 内閣官房「防衛力整備計画について」2022年12月16日。
- 2 例えば、高橋杉雄は、RMCに関する協議について日米の防衛戦略の基本的な方向性を整理し直し、日米同盟としての「セオリー・オブ・ビクトリー」を構築していくことが重要な目的になると述べている。高橋杉雄「第8章 日本:大国間競争の時代に求められる政治的選択」防衛研究所編『東アジア戦略概観2022』2022年、261頁。
- 3 外務省『日米安全保障協議委員会(日米「2+2」)(結果)』2021年3月16日。
- 4 外務省『日米安全保障協議委員会(日米「2+2」)(概要)』2022年1月7日。
- 5 「2プラス2 日本、戦略文書改訂急ぐ 敵基地攻撃、役割見直し」『産経新聞』2022年1月8日。
- 6 「日米2プラス2文書、気になる4つの記述『防衛に必要なあらゆる選択肢』とは?」朝日新聞GLOBE+、2022年1月19日。
- 7 外務省「日米同盟:未来のための変革と再編」(仮訳)、2005年10月29日; 詳しいプロセスについては、川上高司「在日米軍再編と日米同盟」『国際安全保障』第33巻3号、2005年12月を参照のこと。
- 8 外務省「再編実施のための日米ロードマップ」(仮訳)、2006年5月1日。
- 9 外務省「日米防衛協力のための指針」2015年4月27日。
- 10 U.S. Department of Defense, "DoD Concludes 2021 Global Posture Review," November 29, 2021; 外務省『日米安全保障協議委員会(「2+2」)共同発表(仮訳)』2022年1月17日。
- 11 "DOD Announces Force Posture Changes in the Indo-Pacific and Europe, but Future of Spangdahlem AB Still Unclear," AIR&SPACEFORCES, November 29, 2021; U.S. Department of Defense, "Pentagon Press Secretary John F. Kirby and Dr. Mara Karlin, Performing the Duties of Deputy Under Secretary of Defense for Policy, Hold a Press Briefing," November 29, 2021.
- 12 外務省「日米安全保障協議委員会(2+2)共同発表」2023年1月11日、5~6頁。
- 13 「中距離ミサイルの本格協議へ 米、日本に配備打診 対中念頭」『産経新聞』2023年2月5日、1頁。安倍政権末期の3~4年前、米側はRMC協議の場で中距離ミサイルの日本への配備を打診していた。2023年1月、日米「2+2」では議題にされなかったが、日本側は今後、米軍の中距離ミサイル配備を受け入れる方向で協議を本格化させる方針だという報道もある。
- 14 防衛省「日米防衛協力のための指針 新「指針」」。
- 15 高橋、前掲書、261頁。
- 16 防衛省編『防衛白書』令和4年版、287頁。日本側の参加者は外務省北米局長、防衛省防衛政策局長及び統合幕僚長、米国側の参加者は国務次官補、国防次官補、在日米大使館、在日米軍、統合参謀本部、インド太平洋軍の代表が出席対象者とされている。
- 17 三百苅拓志「「2+2」の質的変化による日米同盟強化への影響」『国際政治』第206号、2020年3月、125~126頁。
- 18 防衛省編『防衛白書』平成28年版、230頁。
- 19 防衛省編『防衛白書』平成26年度版、235頁; 防衛省「日米防衛協力のための指針の見直しに関する中間報告」2014年10月8日。
- 20 外務省「日米安全保障協議委員会共同発表(概要)」2013年10月3日。
- 21 内閣官房「平成26年度以降に係わる防衛計画の大綱について」2013年12月17日。
- 22 U.S. Department of Defense “Quadrennial Defense Review 2014,” March 4, 2014.
- 23 三百苅、前掲書、126頁。
- 24 「(インタビュー)防衛指針改定、米の視点 米国防次官補、デビッド・シアーさん」『朝日新聞』2015年4月29日。
- 25 著者によるインタビュー、2020年8月28日。
- 26 真部朗「台湾シナリオと防衛政策決定における日本の課題」森本敏・小原凡司編『台湾有事のシナリオ:日本の安全保障を検証する』ミネルヴァ書房、2022年、306頁。
- 27 長島昭久「特別講演「ガイドライン」(日米防衛協力のための指針)見直しについて」『防衛学研究』第48号、2013年3月、35頁;板山真弓『日米同盟における共同防衛体制の形成』ミネルヴァ書房、2020年、206~209頁などを参照。
- 28 外務省「日米安全保障協議委員会共同記者会見」2023年1月11日、12頁。
- 29 「日米防衛指針 早期改定を否定 米国防総省副報道官」『読売新聞』2023年1月20日。
- 30 「転換 日本防衛 新3文書の課題(5)変わる日米同盟」『産経新聞』2023年1月22日。自衛隊と米軍の連携を強化するには連合司令部が必要だという認識が米側から伝えられてきたが、憲法が大きな障害となっている。日米両政府内では、ACMの専用施設設置や専属人員の派遣など、より連合司令部に近い形での運用を求める声もある。
- 31 内閣官房「国家安全保障戦略」2022年12月16日、12頁;「国家防衛戦略(概要)」2022年12月16日、14頁。
- 32 外務省『日米安全保障協議委員会(2+2)共同発表』2023年1月11日。